幕間『伝説』
レジェンドクラス。
本来のクラス表記はアカデミー、エキスパート、マイスター、マスターの4つであり、レジェンドなるクラスは存在しなかった。
このクラスの誕生したのは、ひとえに『ウィザード』クラスのせいである。
格落ち、というと印象は悪いが、このレジェンドに所属していた者たちは1人の例外もなくかつて『ウィザード』に所属していた者たちなのだ。
魔法使いではなし、しかし、マスターとも言い難いだろう。
だからこその『伝説』。
彼は魔導の最先端どころか、常識をぶち抜いたバカの集団。
今でこそ部分単位での解明は進んだが、なんだかんでマスターたちとは異なると明確に示されている極大のアホたちだった。
別名をアンタッチャブル。
数多の研究者を奈落の底に叩き込んだ極悪集団である。
「まさか、俺が呼ばれるとは思わなかった」
「同意だわ。というか、俺たちを狩り出すとか学園長とかもついにアホになったのか」
「自慢じゃないけど、教育には私は不適切だと思うんだけど。むしろ、私たちが何をやっているとか、私たちが知りたいもの」
この場に集まったのは5人。
レジェンドクラス自体はそこそこの人数がいるのだが、ここにいるのはいろんな意味で有名な5人だった。
彼らが魔導に与えた大きさから考えればレジェンドの重鎮と言ってもいいだろう。
10年単位でウィザードに居座る者たちと比べれば、常識も存在していた。
「ま、まあ、愚痴を言っても仕方ないし建設的にいこう。不肖だが、俺が司会をする」
「異議はない」
「お任せします」
5人の中からレジェンドには珍しく理知的な声が響く。
健輔を大体10年分老けさせて、もっと魔導バカにすればれレジェンドになる。
翻ってウィザードもそんな感じの集団なのだ。
この中にいる者としては異色の存在。
彼の現役時代の2つ名は『空の旅人』――魔導師にとって欠かすことの出来ない技能『空戦』の生みの親、『天木義嗣』である。
固有能力『スカイウォーカー』を保持しており、飛ぶことに関しては誰の追随も許さない。
全ての飛行術式は彼の切れ端、といってよいほどに『空』に関しては誰にも負けない魔導師である。
ただその部分以外については至極真っ当な大人だった。
「今回の目的は聞いていると思う。来るプロ化、これへの前段階として俺たちも魔導競技に参加して欲しい、とのことだ。トップクラスには現役時点で俺たちに名を連ねそうなのもいるらしい、要請の経緯自体はこれで納得してくれ」
「まあ、仕方ないでしょう。それに個人的には良い機会だと思いますよ。青春の魔導。今ならば以前と違った形で関わることも出来るでしょう」
品のある声が部屋に響く。
義嗣が影響から選ばれた伝説ならば、彼女は強さによって伝説となった者。
フィーネと同じ系譜のより源流に近く、『女神』を戦闘者として押し上げた存在である。
「わたくしとしては、今代の女神や、先代の元素の女神が気になるところですわね。特に、フィーネ・アルムスターとは雌雄を決したいものですわ。私も成せなかった初代越えに届きそうな逸材のようですからね」
2人目。
マスタークラスのものたちと同じように髪の色を大きく変化させた女性が自信満々に言い切る。
紫の髪が淫靡な雰囲気も感じさせる魔導師。
欧州が誇る4代目の女神『アルメダ・クディール』。
固有能力『幻想奏者』を保有する魔導師である。
現在の汎用能力形成に大きな影響を持つ戦闘能力では歴代最強と謳われた女神。
初代女神が系譜としてはバックス系だったために、有名であるが勇名ではなかった称号を真の意味で欧州最強へと押し上げた中興の祖だった。
「私たちを狩り出すのだから、それだけ追い詰められているということでもあるのではないのでしょうか? 微力ながらお役に立つのならば労を惜しむつもりはないです」
3人目。
穏やかな空気を漂わせる優しそうな女性だが、騙されてはいけない。
彼女は史上初にして、誰も想像していなかった極点の技量を持つ魔導師である。
――リミットスキルの限界を超えて系統を己のモノとした存在。
穏やかな微笑みに反して、戦場では無類の強さを発揮した傑物。
最強の称号『皇帝』に抗したことから『女帝』と称された女性である。
『制覇の女帝』クラリス・アンバー。
女帝はある意味で特殊な呼び名のため、代替わりというのが原則存在しないのだが、あえて呼ぶならば3代目になるであろう。
「いやいや、もう少しさ、考えませんか?」
強すぎる女性たちの賛意の声にこの中で1番若い男性が慌てて声を上げる。
「ち、血の気が多すぎるでしょう……! 俺たち、一応先輩ですよ。どうして若人たちをぶちのめす方向に思考がいきますか。姉さんたち、怖すぎでしょうっ」
4人目。
空間使い、転移という超常技術を生み出した魔導師。
本人は凡夫を自称する存在だが、彼の空間を操る力の前には同じように空間に長けていないと何も出来ない。
『ディメンション・アーティスト』ミハエル・アドラム。
転移系の術式は全て彼が生み出したとも言える。
如何なるものでも、彼の技からは逃れられない。
「あはは! 皆さん、お優しいですよね。私なんか戦闘能力皆無なのに、なんでここにいるんでしょうか」
「よく言うよ、傷なしのフィオナ」
「うわー懐かしい! よく知ってますね、ミハエルさん」
5人目。
朗らかに微笑む女性はラテン系の女性と言うべきなのだろうか。
色の付いた肌と豊満な肉体がなんともいえない色気を感じさせる。
特殊な固有能力を発現し、日常用の魔導を大きく発展させた存在。
身体保護などを筆頭に女性を引き込んだのは彼女と言っても過言ではないだろう。
『美姫』フィオナ・テューク。
戦闘能力皆無だが、3年間で1度もダメージを負わなかった魔導師でもある。
言葉とは裏腹に非常に厄介な魔導師だった。
「初代の女神様と皇帝が結構乗り気なんだっけ?」
「あの人たちは能力もそういう系統だもの。女神様は他者の『魔導』を目覚めさせる力。あれを一部解析したものが今の魔導の基礎だものね」
「まだ完全解明は出来てないからな。『女神の眷属』たちは全員が今のマスタークラスだ。歴代最高最強の欧州のチームを生み出した力は健在と言う訳だ」
魔導の歴史に大きな変革を齎した存在たち、それが彼らである。
強さ云々はともかく、誰よりも魔導に忠実なのは疑うべくもない。
魔導を戦闘技術などにしてしまったマスターとは異なり、いくつになろうとも彼らは魔導師のままだった。
戦闘向きではないものもいるが、弱いのか、と問われると異なると断言できる。
何故ならば魔導とはたった1つの己に収束するものなのだ。
この理に忠実な彼らが弱いはずがなかった。
「全員が固有能力と2つ名持ちだったんだものね。今でも通用する連中ばっかりでしょ? あんな人を出していいのかしらねー」
「女神の系譜としては非常に腹立たしいですが、同じ方向性であの方を超えるような存在は皆無ですからね」
「あの人たちが現役に関わるなら、俺らでやれることをする必要がある、と。きつい、辛い……」
レジェンドもかつてウィザードだった者たちである。
両者にある差異など理解出来るバカなのか、もしくは理解出来ないバカなのか程度の差でしかない。
本当に誤差程度なのだが、未だにウィザードに居る者たちと比べると大人しいという印象になってしまうのは仕方のないことでもあった。
魔導の研究の大きな躍進と、普及が始まったのは30年ほど前からだが、その時と比べると格段の進歩を遂げたのが今の魔導である。
ノウハウの蓄積、魔導師人口の増大、変化をあげればいくらでも書き連ねることが可能だが重要なことは進歩、という点であろう。
得られた経験則や研究データによりかつては理解不能だった力も人知の及ぶ範囲にまで引き摺り下ろすことが可能となった。
『空』、『空間』、果てには『美』。
特定の『才能』までも抽出と適合が可能となっているのだ。
端的に恐ろしいといってもいい進歩だろう。
世界各国が力を入れている金の卵。
当然、関わるのも一級レベルの天才、秀才ばかりだ。
魔導師としても、技術者としても優秀な彼らが昼夜も惜しみ研究している。
この事実が魔導の急速な発展を支えていた。
そして、この一級の天才の胃をボコボコにするのが彼らである。
今日もどこかの研究者の胃を生贄を捧げて魔導は進化していた。
「系統開発の最先端、イギリスの魔導機関もウィザードはお手上げらしいですからね。特に初代の女神様に関しては10年を超える戦いだとか。わたくしは理解出来るが、あの方は理解できない。屈辱ですが、まあ、認めるしかないですわね」
「それを言うなら魔導の本場、アメリカも同じだ。先代、というか最後の皇帝も晴れて仲間入りらしいしな。この間、同期の研究者が『俺は俺、でどうしてそんな能力になった』って叫んでたよ」
「あら、我が母国よりも変態の名を欲しいままにしている日本の研究機関も通用しなかったという今代の太陽殿はどうなのですか? 中々の難物だと聞いていますよ」
上げられた称号を聞けば健輔辺りが強い興味を示すだろう。
皇帝、女神、太陽。
昨年度に3強として並べられた称号。
各国の魔導校の中でも最強に至った者たちに捧げられた名だが、各々に発生の経緯は異なっている。
これらの称号は完全に同時期に誕生した訳ではなく、年代順に言えば、女神、皇帝、太陽の順で生まれた。
最も古い称号が女神であり、初代の彼女こそがある意味では現在の欧州が激戦区となっている遠因でもある。
代々の女神に共通していることなのだが、彼女たちは強さよりも魔導史における転換点たる存在としての役割が大きい。
4代目であるアルメダがそうであるように、後の魔導開発にいるだけで影響を与えるのが彼女たちなのだ。
初代は系統の完全なる選択、4代目は汎用能力への契機、そして8代目のフィーネは変換系を誕生させた。
「何にせよ、俺たちも出陣でいいんだな」
「偉大なる初代様、オリジナルの壁は高く険しかったものですが、そろそろ超えても問題ないでしょう。我らが青春でもあった魔導に帰るのも一興」
「私は先ほども言ったようにお役に立てるのなら、それで問題ないです。チームに関しても、ご随意に」
「では、他の奴らにも言っておきますよ。行きたい、というものばかりだろうから、最後は殴り合いになるかもしれないですけどね」
「私、荒事は苦手なんだけどなぁー。ほんと、なんでここにいるんだろう」
伝説が動く。
新ルールと共にかつての栄光が健輔たちに立ち塞がる。
見えざる脅威が本格的に動きだそうとしていた。
「ふむ、やはりレジェンドクラスも招集。となるとウィザードも動きますね。学園側は本気、ということですか」
研究室で銀の髪を靡かせて麗しき女神が報告書に目を通す。
欧州にいる友人からのレポートに彼女は憂いげな視線を放っていた。
絵画のように、という言葉がぴったりと合う美しい光景。
彼女のファン――正確には信者がこの光景を見たら、いくらでもお金を積み上げるだけの価値があった。
残念ながら健輔を筆頭に、そんなものに価値を見出す者は存在しないため、今日も貴重な光景は無為に浪費されていくのみである。
「コーチ制度は不死身を付与する代わりに撃墜を取り上げますが、相手によっては中々に厳しそうですよ、葵」
「ふーん。正直なところ、私は欧州ほど昔の称号とかに馴染みがないからピンとこないのよね。女神であろうが、なんであろうが、最後は倒すだけでしょう?」
フィーネは苦笑した。
彼女が気に掛ける少年も言いそうな言葉、本当に2人は良く似ている。
確かに葵が言うことにも一理あるのだ。
敵を気にし過ぎてもしょうがないし、所詮はコーチである。
彼らは撃墜を封じられているし、1人に過ぎない。
派遣されたチームによっては真価を発揮することもなく沈むだろう。
葵は現時点でもマスタークラスに劣らぬ戦闘能力があるし、フィーネはレジェンドにも劣らない。
かつての頂点など蹴散らしてやる、というのは若者の発想としておかしくなかった。
「別に怯えろ、という訳じゃありません。しかし、警戒はしておくべきです。マスターまでは能力も想像し易いですが、レジェンドとウィザードはどちらも非常に面倒臭い性質ですので」
「まあ、言いたいことはわかるわよ。私たちみたいなのがいくところまで行った奴らでしょ? 弱くはないわ。でも、戦いの根本は数でしょう。主役は私たちで、脇役の出る幕じゃないわよ」
必要以上の警戒は、逆に苦境を招く。
葵の言葉にも筋は通っている。
フィーネもわかるのだが、それ以上に歴代の存在をよく知る者として警戒すべきだとも思っていた。
天祥学園の場合は紗希、桜香が2代に渡って伝説を塗り替えた上に、現在進行形で更新中のため実感がないのだろうが、あのクラスにいる者たちはかつて桜香だった存在なのだ。
桜香に劣らない、優ると言える力を持つ者もいる。
「あなたの強さ、チームも強さもわかっています。その上で私を信じてください。教師としては、まあ、微妙な人もいますが、戦力として出て来られると困る人もいるのですよ」
フィーネが視線を落とした資料に乗っているのは、現役時代に幾度も確認した資料。
欧州の全土に才能のある魔導師をばら撒き、質の大幅向上を成し遂げた功労者にして主犯格。
彼女が出会った人間の才能を無秩序に覚醒、拡散させた結果、欧州は今のような修羅の巷になってしまった。
天祥学園、日本が長らく頂点を掴めなかった最大の要因でもある。
レジェンドにも警戒すべき逸材は何人もいるが、この魔法使いだけは見逃せなかった。
「初代女神ね。まあ、御大層な名が付くのもわかるけど……」
「戦闘系でないからこそ、恐ろしいのですよ。周りを極端に強くする力、それも身の丈に超えた力ではなく、制御可能な強さとしてです」
「油断はしてないわよ。ただ、昔の姿勢そのままでやってくるのかしら? いくらなんでも、それはやり過ぎでしょう?」
「……そんな常識的な人が、魔法使いと呼ばれると思いますか?」
言外に健輔たちよりもモノを考えていないと言われて葵の表情が引き攣る。
フィーネの悟ったような表情が彼女の嫌な予感を更に後押ししていた。
「ま、まさか……」
「遠慮なし、確実にチームを仕上げてくると思います。あの人に直接会った事があるので、わかりますが天然は非常に厄介です」
初代の女神は掛け値なしの善人である。
問題は彼女が極度、と言う言葉でも足りないほどに俗世から浮いた存在だと言うことであろう。
健輔の魔導バカと優香の世間知らずを融合させて、そこに桜香の才能を併せ持つ劇物。
フィーネにとって、初代女神とはそういう存在だった。
「ぜ、善意の押し売り……さ、最悪だわ。現役を力で潰すつもり……?」
「本当に、嘆かわしいばかりですよ。結果として私たちは追い詰められる訳ですが、努力がバカらしくなるような力は害悪でしょうね」
偉大なる先輩をボロクソに言う2人。
両者の視線を捉えて離さない面倒臭い固有能力。
この女神の代名詞がある限り、チームが1つ間違いなくダークホースになる。
厄介事を増やしてくれる大人に呪詛を吐きながら、2人は協力して夏合宿の予定を組み立てるのだった。