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第59話『いつかは届く、そう信じて――』

 漆黒のオーラ。

 何もかも詰め込んだこの輝きは健輔には絶対に出せない。

 強さと可能性、どちらも併せ持つ桜香だからこそ出来る技だった。

 噴き出す魔力に初めて健輔の表情が変わる。

 

「ここから、か」


 ここからが本番。

 健輔はしっかりと現実を認識している。

 先ほどまで、流れとして有利だったのは健輔であるが、戦況はほぼイーブンなのだ。

 数々の技、力を駆使して戦って、ようやく手に出来たのは互角と言う結果だけだった。

 相手の攻撃は回避したり防いだり出来るのだが、残念なことに健輔の攻撃も桜香には効果がなかったのだ。

 肝心要の敵を討ち滅ぼす力だけが、健輔に足りない。

 流石に世界最強、と言うべきだろう。

 全てで彼女の領域に至らないと、勝負にはなっても試合にはならないのだ。

 遥かな高み、遠い距離を再度認識した。

 わかり切っていたことに、苦笑しつつ最後の最後まで太陽に挑むことを辞めない。


「陽炎、制御は頼んだ。――多分、余裕はない」

『お任せを、マスター。……来ますッ!』


 術式の展開が終わった桜香が、剣を構えて真っ直ぐに向かってくる。

 迷いの消えた瞳。

 熱情は力にもなるが、同時にノイズにもなる代物である。

 桜香の中からようやく無駄な力が抜けた。

 この状態の彼女こそが、真実の世界最強。

 澄み切った闘志と身の丈に合った力。

 この姿の前には、今までの桜香など前座に過ぎない。

 ごく普通の一閃、奇を衒った部分など皆無の一撃。

 そんな通常攻撃を、健輔は決死の覚悟で回避した。


「ぐっ!?」


 黒い剣閃をなんとか回避するが、表情は硬いままである。

 桜香にとっては剣を振るっただけなのだ。

 追撃があるに決まっていた。


「はあああッ!」


 二撃目。

 健輔の肌が全力の警報を鳴らすが、全て無視する。

 ここから先は全てが必殺攻撃。

 何をしようが掠っただけで終わる。


「確かめるぞッ! その力!」


 剣に最大級の破壊系を注ぎ込み、桜香の攻撃を待ち構える――振りをした。

 お互いの攻撃が接触するタイミングで、全力で後方に転移する。

 逃げ切れるとは思っていないが、重要なのは破壊系を籠めた剣がどうなるのかだった。


「やはりか!」


 まるで同じ破壊系とぶつかり合うかのように、効果を発揮せずに健輔の剣が無残に砕かれる。

 『漆黒』の魔力は変わらず、些かのブレもない。

 つまり、あの魔力は魔力であって、魔力でないということの証左であった。

 少なくとも既存のルールには合致しない。

 皇帝の魔力であろうが、一切の例外なく破壊系は影響を及ぼす。

 数少ない例外は同じ破壊系だけである。

 あの『漆黒』が破壊系に近い力を持っていることは間違いなかった。

 いや、恐らくだがあれは『全部』を持っているのだ。


「チィ!」


 至った答えを前にして、怯む己に活を入れて前に出る。

 剣を交えることを恐れたら、直ぐに終わってしまう。

 しかし、畏れを抱くのも無理はなかった。

 仮に健輔の予想が正しいとしたら、先ほどまでの戦い方は今の桜香に通用しない。

 力にある程度対抗するためのリソースの集中なのだが、集中している状態でも一切通用しない可能性が出てきた。


「考えろ、考えろ!」


 桜香の状態は一見すると、世界大会の時から何も変わっていない。

 バトルスタイルもパワーで押していく力技のままである。

 しかし、これを『漆黒』でやられると危険極まりない。

 如何なる系統であろうが突破も出来なければ、防御もさせてくれない。

 破壊系という抜け道も通らせないのは徹底している。


「防御もダメ、攻撃もダメ、次いでに回避はジリ貧。――ああ、これが不滅の太陽だッ!」

「はああああああああああああッ!」


 桜香の斬撃を紙一重で回避して、拳を叩き込む。

 漆黒のオーラに阻まれてしまうため、魔力攻撃は届かない。

 こういった時に定番は物理攻撃。

 魔力に由来しないもので攻撃を仕掛けるものだが、


「甘いッ!」

「だよなっ!」

 

 桜香もこの対応には素早く反応してきた。

 健輔も通用するとは思っていなかったが、あまりにも予想通り過ぎて逆に笑える。

 

「クハっ、どうするかね!」


 何も考えない力押しになってから桜香のキレが増している。

 適性にあっているというか、下手な技の方が彼女には扱いずらいのだろう。

 なんとも豪快なことだが、桜香は基本的に火力のアベレージが高すぎる。

 歩兵を始末するのに対艦ミサイルどころか、核ミサイルを持ち出すレベルでの過剰火力なのだ。

 健輔を倒すのに必要なのは研ぎ澄まされた一撃であり、周囲を死の大地にするような環境破壊攻撃ではない。

 複合リミットスキルは厄介だが、この漆黒と比べたらゴミみたいなものだった。

 真っ直ぐ行って、正面から斬る。

 この在り方こそが桜香には1番似合っていた。


「受け止めれますかッ!」

「さて、どうだろうな!」


 黒い斬撃を衝撃を分散させながら受け流す。

 健輔は格闘戦が1番気に入っているが、剣技も中々のものである。

 魔導師としての変幻自在のバトルスタイルは自慢の1つだと、ハッキリと言える程度に健輔も自信を持っていた。

 桜香に立ち向かう方向性と選んだものに間違いではないと断言できる。

 健輔を教本に桜香が強くなったところで、健輔が葵にボコボコにされているように大した問題にはならない。

 桜香の才能で踏み潰すことが出来ないものとして、1つの前提は押さえている。

 

「今の俺で、まだ足りない。ハっ――」

 

 技術を、知恵を、全てを絞り尽くして、立ち向かった。

 桜香に新しい方向性を与えるという隠れた目的も達成している。

 やるべきこと、やらないといけないことは既に終えていた。

 そして、健輔には『漆黒』を突破する手段がない。

 系統云々、で足止めされている今では絶対にどうにも出来ない。

  

「――やっぱり、頑張って前提を満たさんと無理だな」

「――そこッ!」


 1秒でも長く戦い、桜香の力を解析するのは大切だが、この試合に勝つためには――生き残るためには、目の前の敵を倒す必要がある。

 この絶対条件を達成する方法が見つからない以上、健輔の敗北は必定なのだ。

 漆黒と戦うには『純白』が必要であり、健輔単独では今は遠い夢である。

 何かしらの裏ワザでもないと、ここからの逆転はあり得ない奇跡の類だった。

 健輔も笑うしかないぐらい、この状況は詰んでいる。

 桜香の全身を覆う『漆黒』の衣は、最強の矛であり、無敵の盾だった。

 常時あの出鱈目を纏う魔力も合わせて、まさに最強の魔導師であろう。

 桜香の剣を弾きつつ、徐々に追い詰められながら、健輔は感心していた。


「流石だよ、見事な強さだ。桜香さん」

「少々浮かれていた分、お見せすると言いました。ご期待に、沿えたでしょうか?」

「ああ、ただ、可能ならばもっと強くなってほしいね。まだ、その系統を使いこなせていない。あれ、とかそれ、だと不便だな、名前を付けるなら――」

「あなたは――!」


 今はまだ名もない力、あえて健輔が付けるとしたら、その名は――


「統一系、と言ったところかな。だろう? 不滅の、太陽」

「……さあ、でも私としてはしっくりと来ましたよ」

 

 言うや否や桜香が全力で飛翔し、今度こそ対応出来ないだけの速度差が生まれる。

 僅かな緩み、やることをやったという充足感が健輔を敗北へと誘う。

 たった1度の勝利などとは言わせない。

 この先、桜香がどれほどの進化を果たし、止まらないとしても次の正式な戦いで必ず越えていく。

 確かな思いを抱いて挑んだが、やはりまだ早かった。

 しかし、健輔の宣誓は確かに太陽へと届いている。

 最後の一撃、美しい一閃を放って――桜香は、優しく微笑んだ。

 何人も近づけない最強の太陽を、この人物は欠片も恐れていない。

 正面からぶつかってくるライバルの存在に心地よさと、これほどの人物が初恋なのだと、桜香は少し誇らしくなっていた。


「では、これで。――今日は、本当にありがとう。そして、ごめんなさい」

「謝られながら負けるとは、斬新だな。今度は、もっと自信ありげに笑って欲しいね」


 健輔に漆黒が叩き込まれて、戦闘は終幕へと向かう。

 最強の太陽は勝利はしたが、再び己の未熟と直面することになった。

 この事が夏の、ひいては世界大会でどのように結実するのか。

 未来を描いた者――健輔だけが想像しているのだった。






「……そういうこと、ですか」


 健輔の振る舞いに影響を受けたのは桜香1人ではない。

 ここにも1人、彼から強い影響を受ける者がいる。

 桜香でなければ、と思い姉の下へとやって来たが、優香の求める答えは思わぬ方向から与えられた。

 健輔が桜香に技術の重要さと力の規模について話していたが、全てがそっくり優香にも当て嵌まる。

 闇雲に力を高めても目的を達する強さになるかはわからない。

 優香は桜香から制御の方法を学ぼうしていた。

 方向性自体は間違っていないのだが、結論に若干の誤りがある。

 優香がすべきは、理想の自分をしっかりと自己に収めることだった。

 無論、それは無難なイメージにする、ということではない。

 しっかりと自分ならば可能だという自負を持ち、その上で更なる先を夢見るのだ。

 『夢幻の蒼』――確たる意思がないと彼女の夢は幻となってしまうのである。


「姉さんにあって、私にないもの……」


 自信であり、各個たる己が優香にはない。

 健輔の傍を歩みたいと思っているのは、各個たる意思だが、それとは別に描く理想が必要になる。

 覚醒した力に理想が引き摺られてしまったからこその暴走。

 夢の焦点がぼやけてしまったから制御が出来なかったのだ。


「私にしか、出来ないこと、私だから出来ること」


 桜香でも健輔でも出来ないことが九条優香には出来る。

 他ならぬ健輔が言ってくれたのを優香は決して忘れない。


「その様子だと、私の手助けはいらない感じですか?」

「姉さん」


 まだ少し剣呑な気配を発しているが、既に『漆黒』は消えている。

 圧倒的な力押し、揺るぎない在り方で健輔を粉砕した太陽は妹に暖かく微笑む。

 今度は彼女が優香に教えを授けるつもりだったのだが、意地悪な男は再び役目を持っていってしまった。

 チクチクと刺されるかのような攻撃に桜香も苦笑するしかない。

 

「健輔さんには本当、敵わないなぁ……」


 少し唇を尖らせて桜香は不満そうに呟く。

 健輔を追い掛ける身としては、少しぐらいは寄り掛かって欲しいと思っていた。

 そのために最強になろうと努力していたのだが、まさか諭されるとは予想外もいいところであろう。

 あなたはもっと強くなり、真実の最強に成れる。 

 どう考えても敵に送る言葉ではないが、健輔は一切の虚偽を挟まない。

 真剣に九条桜香は最強だと、戦いで訴えかけていた。

 明らかに立場を間違っているのだが、桜香には彼の子どもような訴えを無視出来ない理由がある。


「私も……本当に変な人に惹かれたものです。熱に浮かれていた方が、倒しやすかったでしょうに、本当にもうっ」

「む……」


 優香の何かが妙に嬉しそうな桜香に反応する。

 本当に、仕方のない人だ。

 桜香の顔に描いている文字が酷く癪に障る。

 普段怒ることなどほとんどない優香がこの時だけは猛烈に怒っていた。

 当然、桜香も気付く。


「あら、優香、あなた怒っているの?」

「……怒ってないです」


 桜香からするとひどく懐かしい光景だった。

 少しだけ顔を伏せて上目使いに若干頬を膨らませる。

 2人がまだお互いの能力を気にもしていなかった頃、大人しかった優香が機嫌の悪い時に示した仕草。

 桜香が忘れるはずがない。


「……ぷ」

「む!」


 不機嫌です、と全力で主張する優香の身体に桜香はつい笑ってしまう。

 この姿を最後に見たのはいつだっただろうか。

 優秀な頭脳で記憶を探ってみるが、思い当たる出来事は何もない。

 つまり、桜香は優香を怒らせてやることも出来ていなかったのだ。

 

「ふ、ふふふっ、優香、変わってないわねぇ」

「し、失礼です! わ、笑わないで下さい!」


 妹の反応が可愛くて桜香は余計に笑ってしまう。

 昔もこうして拗ねる優香が見たくて意地悪をしたような気がする。

 ――そんな単純な付き合いもなくなるほどにお互いに断絶していたのだ。

 胸に僅かに過った寂しさは、何をやっていたのかという自問の声だった。

 才能に溢れて、順当に強くなったのは何も不満はない。

 しかし、これが桜香のやりたいことだったのだろうか。

 輝かんばかりの才能で君臨しているがゆえに気が付く者もほとんどいないが、桜香もまた己の核が定まっていない1人である。

 魔導で何をやりたかったのか、桜香も己に問う時が来ていた。


「……もしかして」


 全てお見通しだったのではないだろうか。

 健輔が『純白』を使わなかったことも含めて、桜香は少しだけ疑問に思う。

 あの抜け目のない男性が、何も準備をしていなかったとは思えないのだ。

 僅かな疑問が過るが、直ぐに一笑して、考えを捨てた。

 無計画ではないだろうが、今は使えなかった――これでいいのだ。

 健輔は戦いに手を抜かない。

 博打をするべき場面と、してはいけない時があり、今回は後者だったのだろう。

 桜香はスッパリと意識を切り替えて、未だに不機嫌ですアピールをする妹に向き合った。


「優香」

「……何、ですか?」


 不機嫌なままでの返答だったが、桜香の雰囲気が変わったのを察したのだろう。

 優香も直ぐに真剣な表情に戻った。


「今日の戦い、本当に有意義だった。でも、これじゃあ、私の方が貰ってばかりだわ」

「姉さん……?」


 妹との暖かい関係を取り戻してくれたことにも、しっかりと自分と向き合ってくれたことにも、桜香は強い感謝を抱いている。

 魔導で何をしたかったのか。

 原点を問うための気付きも全ては健輔から齎されたものだ。

 ただ我武者羅に、真剣に、何よりも真っ直ぐに相対する姿に自分の不実さを突き付けられた。

 最強を、不滅の太陽を名乗る者としてこのまま終わらせる訳にはいかない。

 受けた恩は倍にして返す。


「……固有能力の発現方法は知っているわね?」

「は、はい、強い想いと切っ掛けで目覚める魔導の奇跡――魔導師の到達点」

「その通り。じゃあ、この話は知ってるかしら? 固有能力にもね、更なる段階があるの。上、というのとは違うんだけどね」

「えっ……」

 

 桜香は静かに語る。 

 この情報はそもそもが高等部では必要とされず、さらに言うのならば大学部でも必要としない。

 魔導師として最後の最後、本当に何もやることがなくなった時に問いかけるものなのだ。

 優香には早いなどと言うレベルではない。

 

「系統への理解を深めるのと同じね。錬度が上がればやれることが増える。ね、単純でしょう」

「道理としては、そうですが」

「深く考える必要はないわよ。そういうものだと、覚えておけばいいの」

「わ、わかりました」


 知っているのと知らないのでは、意味が異なる。

 これから先、アマテラスに所属する桜香だからこそ知っている情報から考えると知っていて損はないだろう。

 マスタークラスは元より、レジェンド、ウィザードのクラスにいるのはある意味では彼女を上回る怪物ばかりなのだ。

 何も知らない状態でぶつかれば、優香でもどうにもならない。


「……リミットスキルにも早く至らないとダメね」

「姉さん?」

「さっきの事、覚えたわね?」

「も、勿論です」


 描くのは妹を高みに導くための計画。

 熱に浮かれまくっていたのが冷えれば元は優秀なのだ。

 素早く知性は回転を始める。

 まだ夏の合宿まで1ヶ月はあった。

 それまでに妹も、そして自分も更に高みに至る必要がある。


「急がないとダメね。優香、行きましょう」

「へ? ね、姉さん!? あの、健輔さんはっ」


 太陽を冷ますという偉業を、1人の男が人知れず成し遂げて6月は終わる。

 季節は7月。

 夏休みの前、最後の安息の時を迎えようとしていた。

 潜んでいた者たちがついに動き出す。

 それに呼応するかのように、現役最強の太陽も輝きを増す。

 巨大で、素晴らしい敵――不滅の太陽であれ。

 願われた通りに、彼女は舞うのだろう。

 そして、彼女の輝きに惹かれて戦士たちもまた集い始める。 

 昨年度ですらも新しい時代の前には前哨戦に過ぎない。

 その事を示すかのように大きな流れが生まれようとしていた。


第3章、これにて終了になります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

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