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第58話『最強であれ、不滅の太陽』

 桜香対策というものを進める上で健輔が辿り着いた真理がある。

 まず、如何なる能力であっても魔導という側面で桜香には勝てないということ。

 次に最初の勝ち方のせいなのか、桜香は非常に初見というものに注意を払っている。

 よって奇襲性に頼っても絶対に対応してくるということ、この2点を念頭に置いておくということだった。

 魔導師が魔導に頼ると負ける。

 字面にするとひどいものだが、桜香の才能を前にすれば健輔も受け入れることが出来た。

 決して諦めないことと、事実を受け入れないことは話が違う。

 健輔は如何なる相手であろうが諦めないのは絶対の真理であるが、その前に自分のことは正しく評価しないといけない。

 彼――佐藤健輔は才能においては絶対に九条桜香に優ることはない、と認めないと話は進まないのだ。

 仮に健輔が可能性を極めても、彼女は必ず凌駕する。

 必要なのは自分の才能を信じて進むことではない――仮に才能がなく、絶対的に届かないとしても勝利するという意思が必要なのだ。


「ここからが、本番だ!」

「望むところですッ!」

 

 健輔の脅威の戦闘方法に気圧されていたが、桜香も直ぐに持ち直してくる。

 裸に等しい健輔を潰そうと桜香は的確に戦法を切り替えてきた。

 大火力での一撃必殺ではなく、面での必中攻撃。

 防御をほぼ捨てている健輔には特効である手段を迷わずに選択する。


「砕け散りなさいッ!」


 桜香の魔導機『天照』に魔力が集い、一閃すると同時に放たれた魔力が広域に分散した。

 包み込む攻撃に健輔は真っ直ぐに立ち向かう。

 この手段を選んだ時から、この光景は幾度もシミュレートしていた。

 今更怯える要素など欠片も存在していない。


「融合リミットスキル、だったか。そんなのなぁ――」


 迫る光の壁を前に健輔は不敵に笑う。

 佐藤健輔の努力の結晶をここで見せる。

 完全に魔力の流れを制御して、部分に限定して力を集めて力不足を補う。

 ここまではあくまでも第1段階。

 本命はここからである。

 健輔の根本は千変万化――力はあくまでもおまけにすぎない。


「――素でやれるんだよッ!」


 双剣を消して、拳に魔力を集中させる。

 右手には、浸透系を、左手には破壊系を――異なる部位に異なる魔力。

 万能系を誰よりも使いこなす男だからこそ出来る絶技が不滅の太陽に示される。


「突き破るッ!」


 接触する桜香の魔力を左手の破壊系で受け止める。

 時間にして一瞬、桜香の密度では拡散系の攻撃でも破壊系でも消しきれない。

 拳分、僅かに稼いだ時間は泡の如く掻き消えようとしていた。

 しかし、健輔は小さく空いた穴に直感を頼りに右の拳を叩き込む。


「なっ!?」

「抜けたぞッ!」


 瞬間、健輔の周囲の魔力が弾け飛ぶ。

 浸透系で魔力の結合を緩くされて、抑え込まれていた破壊系が弾けたのだ。

 結果として、一部分とはいえ桜香の魔力が破壊される。

 両者の間の壁は消えた――今の桜香は、健輔から見て無防備だった。


「陽炎ッ!」

『ツインブレード、展開』


 再び全ての魔力を飛行に回して、一気に空を駆ける。

 翼の如く広がる双剣を桜香は嬉しそうに見つめた。

 次の瞬間、健輔を待つのではなく桜香が同じように天を駆ける。


「健輔さんッ!」

「貰うぞ、九条桜香ッ!」


 腕に集中した魔力が桜香の剣を片手で受け止める。

 力で優る双剣士の連続攻撃。

 桜香といえども体感したとこのない領域の技に喜悦を浮かべた。

 見たことも、聞いたこともないバトルスタイルは健輔が桜香と戦うために編み出した戦い方だろう。

 初見だけの必殺技などではない、芸術的に組み上げられた戦闘機構。

 部位に限定しているゆえに疑似的に系統を融合したように使っているのだ。

 今までの万能系よりも単純にもう1段階上の技である。

 威力を跳ね上げ、かつ応用性も損なわない。

 この技を使うのに必要なものは地道な努力と、桜香を前にして裸で挑む勇気だけ。


「――最高ですッ!」

「ぐっ!?」


 桜香の魔力がテンションと共に際限なく上昇する。

 かつてないほどに調子の良い魔力回路が全開を超えて唸っていた。

 しかし、彼女のテンションとは裏腹に戦い方は真逆の様相を見せる。

 噴き上がった魔力が絶妙に制御され、必要最低限に纏められていく。

 自然そのままの暴威が人の手を経た強さへと加工されていた。

 洗練される制御と、戦い方は誰かを幻視させる。


「ちィ――!」

「これを、こうして、こうですっ! ――どうですかッ!」


 健輔の戦い方を見ただけで徐々に学習していく。

 誰よりも健輔を見つめているがゆえに、桜香の観察眼は健輔の全てを見抜こうと全力で稼働していた。

 戦えば戦うほどに桜香の前に健輔は武器を差し出していく。

 今もこうして、近接戦の技術と魔力を制御する技術が奪われていた。


「私も、少しは様になってきましたか!」


 無邪気に笑顔で問う怪物。

 戦う健輔よりも審判として試合を見守る優香の顔が歪む。

 目の前で努力の結晶を容易く読み取られる。

 心が折れる、などいうレベルで済めばいい。

 戦えば戦うほどに進化する才能の怪物。

 現時点ではまだ健輔よりも拙いが、1度学習した彼女は2度目を許さない。

 上限など存在しない傑物を前に、健輔という凡才の限界は吸い尽くされるだろう。

 明確な彼我の格差。

 桜香の熱量にただの人間は耐えられない。

 優香でさえも1度は目を逸らしたのだ。

 彼女を正面から見詰めて、受け止められる人間などほぼ皆無に等しいだろう。

 しかし、世の中というものは必ず例外が存在している。

 ベクトルは違えど、皇帝もまた桜香を正面から凌駕し得る存在だろう。

 そして、ここにもう1人。


「――いや、まだだ!」


 可能性だけならば誰にも負けない男がいる。

 そもそも桜香が成長することを忌諱するのならなこの戦闘に参加していない。

 最初は夏の合宿でやるつもりだったことが、健輔としては2ヶ月ばかり早くなっただけだった。

 九条桜香は物凄い勢いで成長するが、それには方向性を与えてやる必要性がある。

 アマテラスのメンバーでは香奈子くらいしか彼女に成長を促せる存在がおらず、香奈子もどちらかと言えば『力』に寄っている存在だ。

 健輔がわざわざこの戦いで、技術を晒している理由はたった1つ。


「戦いというのはこうやるッ!」


 技術的にも成長した完全無欠の太陽へ九条桜香を育てるためである。

 どうせ世界最強と戦うのならば、疑問を挟む余地のない最強と戦う方が楽しい。

 自分が負けてしまうことも織り込み済みで、健輔は正気とは思えない選択をしていた。

 ここで自分の全てが読み取られても、また超えていけばいい。

 進化する最強との戦いを誰よりも楽しみながら、全力で彼は立ち向かう。


「陽炎ッ!」

『了解――!』


 右手の剣に変換系、左手の剣に浸透系。

 右足には破壊系を、左足には創造系を宿して健輔は空を舞う。

 狙うは太陽、彼女の懐。


「砕け、重力の剣――!」

『術式展開――『グラビティ・ブレイド』』

「これはっ、女神の!」


 フィーネから託された術式で生み出した重力の剣が桜香の剣を確かに押し込む。

 驚愕を顔に出すが、まだ桜香には余裕があった。

 噴き出そうとする魔力は、彼女が魔力バーストでの態勢立て直しを図っていることを教えてくれる。

 予想通り、口角を吊り上げて健輔は悪戯の成功を確信した。

 

「させるかあああああああああッ!」

「いえ、押しとらせていただきますッ!」


 噴き出す魔力は圧倒的で剣ごと弾き飛ばされそうになる。

 右足がなければ、実際にそうなっただろう。

 魔力バーストで生まれた距離を1歩踏み込むように足を出す。

 局所的に消える魔力、先ほど己の技が突破された光景を思い出すのに、十分な布石だった。

 桜香の顔色が変わる。

 再現されるのは先ほどの光景。

 初見の必殺などではない。

 健輔の努力の結晶が無理矢理にでも桜香への道を作る。


「この程度で!!」

「貰ったあああああああああああああッ!」


 必勝を確信した健輔の攻撃に桜香が気迫で応じる。

 一瞬で創造された魔力の剣が健輔の重力の剣を受け止めてしまう。

 さらにブーストされる魔力で、健輔の集中を凌駕して、攻め込もうとした時、


「がっ!? なっ……」


 背中からの衝撃に桜香は目を見開く。

 障壁で砕け散っているが、間違いなくそれは剣だった。

 ダメージはほぼ存在しないが、一体どこからやって来たのかわからない。

 創造系の力など感知していない――そこまで思考を巡らせて、桜香の思考は正常に復帰する。

 そんなことに、気を回す余裕などない。

 ほとんど無意識に結界障壁を前面に全力展開した。


「させないッ!」

「ええい、ここが限界かッ!」


 桜香を覆う結界障壁がすぐさま突破出来なかった。

 目立たないが、この防御力も桜香の強さを支えている。

 火力もそうだが、なんとか突破してもこの硬さがこちらを追い詰めるのだ。


「仕切り直させていただきます!」

「クソっ!」


 戦闘に浮かれていた桜香の心が急激に冷静さを取り戻す。

 未だに熱くはなっているが、健輔の全力を発露に彼女の中で感じ入るものがあったのだ。

 恋に浮かれている場合ではない。

 健輔が素晴らしい奮闘を見せてくれるからこそ相応しい自分にならないといけなかった。

 

「見事です、健輔さん。あなたの強さに、敬服します」

「はっ、まだ大したダメージを与えられてないのに、随分と評価してくれますね」

「当然のことです。……あなたが、あの日から変わらないなんてあり得ないと信じていました」


 桜香の言葉に健輔は不敵に笑い返す。

 世界大会での無念、1日であっても忘れたことなどない。

 浮かれている暇などなかった。

 全ては眼前の最強に、一切の言い訳の余地のない敗北を齎すために、鍛え上げたのだ。

 この太陽を必ず、2度目の敗北に沈めると誓った。

 

「俺は、ここまで来ましたよ。あなたの力、まだ底があるでしょう」

「……なるほど。私に技の重要さを学ばせて、その上で力も見たいと、そういうことですか」


 桜香も健輔の意図は理解している。

 言うならばこの戦いは佐藤健輔が、九条桜香に稽古をつけようとしていたのだ。


「優香が世話になるらしいからな。俺なりの、返礼だよ」


 健輔の方が能力的には格下なのに妙に自信に溢れている。

 桜香は苦笑するが、不愉快な気分ではなかった。

 健輔の言葉は不思議と説得力があるのだ。


「有り難く受け取りましょう。その上で、私の積み重ねをお礼としたいと思います」


 最強であろうと、健輔に相応しい敵であろうと桜香なりに努力していたのだが、健輔にはまだ不足のようである。

 最強たる者は才能だけでなく、技術とそして精神においても頂点に行け。

 健輔の瞳が桜香にそのように語りかけている。

 現時点でも大きな差はあるはずなのだ。

 しかし、健輔には怯む様子が欠片もない。

 自らが必ず相手を凌駕するという自負が、強く伝わってきた。

 今日まで桜香なりに真剣にやっていたが、まだ水準には届いていないようである。

 恋に浮かれていた心では不足なのだろう。


「……そうよね。素敵な想いでも、酔っていたら、本当の意味では楽しめない」


 桜香は澄んだ瞳で健輔を見返す。

 落ち着いた闘志は桜香が次の段階に進んだことの合図だった。

 魔導師にとっては基本だが、そんなものは必要なかったため、習得の遅れていたものが桜香に宿る。

 雑念の排除、戦士として太陽が1つ高みに至った。


「些か、無様なところもお見せしましたが、ここからは一味違うと宣言しましょう」


 健輔の真っ直ぐな想いは桜香に伝わっていた。

 最強であってくれ、と桜香だからこそ強く願われている。

 浮かれに浮かれていたが、今日まで努力していなかった訳ではないのだ。

 融合リミットスキルですらも彼女の才能の前では技の1つに過ぎない。

 恥ずかしいところを見せた分まで、やれるところを見せよう。

 桜香の闘志が強く研ぎ澄まされる。


「今度は私から言いましょうか。――ここからが、本番です!」

「いいね。いくらでも、付き合ってやるさ。こっちにとっても本望だ」


 桜香の奮起を闘志の発露と捉えて健輔は嬉しそうに笑った。

 微妙にすれ違う心。

 ズレはあるが、これ以上ないほどにお互いを見つめて、両雄は激突を再開するのだった。






「天照!」

『承知』


 今までの系統にプラスして、変換系の6系統。

 桜香の持ち得る怪物的な才能が正しく健輔を倒すのに用いられる。

 いつもよりも瞳を鋭くして、桜香は力を籠めて技を叫ぶ。

 

「融合リミットスキル――!」

『創造・身体――『秩序構築(オーダー・コントロール)』』


 桜香の空間展開は本人を覆う形での特殊空間なのだが、これは範囲を拡大したものである。

 すなわち、周囲一体を桜香と見做す絶対空間。

 桜香の周囲にある魔素が全て彼女に押さえられる。

 偶然か、それとも必然なのか奇しくも優香とよく似た能力だった。


『マスター!』


 陽炎の警告に何も答えずに、健輔は直進する。

 桜香によって制圧された一体を前にして、彼の顔からは笑顔が消えない。

 

「おいおい、忘れてるのか? 俺に、2度ネタが通じるかよッ!」


 複合リミットスキル。

 なるほど、確かに驚いた素晴らしい力である。

 そして、健輔にはそれだけの代物だった。 

 先ほども言った通り、そんなことは素でやれる。

 桜香以外の魔導の存在を許さない空間で何故か平然と彼は魔導を行使していた。

 あまりにもあっさりと超えられた事に桜香は笑うしかない心境に陥る。


「あっさりと超えてくれますねッ! これでも、期待していた技なのですが!」

「悪いが、それが性分でねッ!」

「ふふっ、本当に抜け目ない人ですね! いつ間に私を写し取りましたか!」


 優香よりも圧倒的な支配力を誇る桜香の領域。

 そこまで広くはないが、広くないからこその周辺の魔素は全て桜香に押さえられている。

 これだけで並みの魔導師どころかランカーすらも圧殺可能な技の中、健輔が平気で魔導を行使しているのには理由があった。


「そっちが学習するんだ。こっちもまた然り、だろう?」


 九条桜香は確かに強い。

 彼女の完全再現は健輔にも不可能であろう。

 才能による強さの上昇、比類なき潜在能力を筆頭にどこから見ても怪物だった。

 しかし、怪物染みた天才を倒す可能性を持つのも、必死の努力を重ねた者である。

 如何なる才能、如何なる能力を持っていても、勝敗とは直接の関係はない。

 冷静に、かつ静かに健輔は未来を見据えている。

 出来ることと出来ないことを見極めて、その上で無謀に挑戦するのだ。

 それこそが、佐藤健輔の戦い方で、在り方である。

 

「魔力パターンのコピー、私の領域で活動するだけの力! 初見で直ぐに対応されるとは思いませんでしたよ!」

「俺の系統は、万能だ。出来ないことなんて、あってはならない!」


 仮に出来ないことがあるとすれば、健輔の努力が足りないのだ。

 万能系は必ずやれる、と信じていた。


「融合リミットスキルが、本当に玩具にしかならないとは! ふふっ、いいです。それでこそ、健輔さんッ!」

『――彩れ、荘厳なる世界。融合展開』

「秩序よ、集え――創造・浸透・破壊・固定、4重融合スキル『太陽の衣』」


 桜香の周囲に羽衣のような魔力体が形成される。

 4つのリミットスキルを組み合わせた化け物術式。

 反発する破壊系を『系統融合』で同一のものとして無理矢理に纏めていた。


「防御を……!」

「あなたの戦い方は大凡わかりました。千変万化のスタイルに、こちらに技量で対峙する勇気。認めましょう、私よりもその点では間違いなく優れている」


 先だって展開した『秩序構築』があっさりと無効化されるのも必然だろう。

 千変万化のバトルスタイル。

 桜香の魔力に適合することで、能力の低下を最小限に抑えたのだ。

 そんな対処法も含めて、健輔は本当に強い。

 その上で桜香は冷静に判断していた。

 このバトルスタイルは間違いなく長期戦に向かない。

 ギリギリの綱渡りは相手の動揺と攻撃を誘い、戦闘時間を短くすることも狙っているはずだった。

 いくら健輔が素晴らしいと言っても、桜香にスペックで勝つことはないのだ。

 この戦いの最初からその事実は揺るがない。

 堅実に防御を固めることこそが、健輔のやって欲しくないことだと見抜いていた。

 また、桜香はこのまま黙って待っている訳ではない。

 相手の思惑を理解して、踏み潰す準備をした上で、一気に駆け出していた。


「次はこちらの番ですッ!」


 斬撃一閃。

 纏う衣と共に太陽が空を駆けた。

 迎え撃つは1人の戦士。


「くっ!」

「温いッ!」


 衣が健輔の攻撃を弾く。

 破壊系で出来た鎧という反則さがこの術式の厄介さを物語っている。

 固定されているため、消滅にも期待出来ない上に、浸透系は保全の役割だろう。

 砕いても直ぐに復活するのは目に見えていた。


「このまま、押し潰す!」

「――――ッ!」


 力、力、力。

 極まった力押しに健輔の小さな技が押されていく。

 人型の恒星、魔導師の中でもとっびきりの怪物を前に健輔の小さな刃が届く可能性は限りなく0に近いだろう。

 そんな危機的状況、それでも――健輔の表情は変わらない。

 如何に魔力量が大きかろうと、そんなことはもはや普通のことである。

 桜香は一際強大であるが、基本的に周りは全員自分よりも強いと思っている男には特に大した感慨もない。

 膨大な力を前にして静かに集中するだけだった。 

 目に宿すは流動系。

 魔力の流れを見切って、最高のタイミングで桜香に迫ること以外何も考えていない。

 不滅の防御術式、ならば復活する間に桜香を倒そう。

 シンプルな思考にノイズが混じることはない。

 

「そこッ!」


 剣戟の最中、術式が撓んだ一瞬を見逃さない。

 強大な術式のため、細部に粗が多いのだ。

 美咲だったら、こんな構成は許さない。

 浸透系で相手の浸透系を防御しているようだが、対策も甘かった。

 健輔の魔力の識別は気持ちの悪い領域にいる。

 指先に極限の魔力を集中して、5本の指で別の系統を宿す。

 宿すのは、桜香が使った4系統に流動系を追加している。

 相殺して、足りない分は押し流す。

 極限まで圧縮された魔力が指先に宿る。

 放たれた手刀は太陽の衣に直撃し、あっけないほど簡単に弾けさせた。


「どうだッ!」

「なんという、人ですか!」


 複合リミットスキルは用意していた中でも軽いものだが、こうもあっさりと超えられるのは予想外だった。

 桜香だからこそ簡単にやれているが、割と魔導の歴史を変えかねない物凄い技術である。

 残念なことに頭が戦闘一色のバカには通じていないが、普通はこれだけで戦局を決するレベルの技なのだ。

 健輔の対応能力が異常なだけであり、桜香が弱くなった訳でも大したことのない能力という訳でもない。


「よっしゃあッ!」


 喜びの声を上げる健輔を桜香は今だけ意識の外へと追い出した。

 放つ技は全てが致命傷。

 何も変わっていないのに、健輔の対処能力だけが桁外れに跳ね上がっている。


「強い、でも覚醒している訳でも、珍しい力でもない。これが、この人の強さ」


 呼吸するかのようにバトルスタイルを変化させる。

 野球などで言うのならば、投手が球を投げる度に投球フォームを変えるようなものなのだ。

 必要とされる努力、錬度、全てが並みではない。

 いくら桜香と言えども完全無欠の才能の持ち主ではなかった。

 全般的に優秀であるし、魔導への適応は十分に怪物だが『戦い』の才能だけは健輔に負けている。

 この事実を桜香は素直に認められた。

 同時に思う。

 

「……神様は、なんとも面倒な人に面倒なモノをプレゼントしましたね。私も贔屓されたとは思いますが、健輔さんには脱帽しますよ」

「おいおい、そんなに褒めるなよ」


 健輔の態度に微笑が浮かぶ。 

 限界を超えて、全てを超えて桜香を超えようとする男性に興奮は高まるばかりである。

 冷静になったのも、期待に応えたいと言う想いがあったからだ。

 しかし、まだまだ足りない。

 いや、おそらく期待しているものは出せていないのだろう。

 健輔が瞳で訴えている。 

 あれは、どうした、と。


「……小手先の芸だけを磨いても、意味はない。ということですか。良い教訓となりました。私の本質は、やはり力にあるようです」

「まだ見ている場所が低いぞ。仲間の雑魚をポチポチ潰す程度の努力じゃ、今度はあっさりと負けるかもしれないな。それでもいいなら続けていればいいさ」


 比類なき才能で上り詰めたからこそ、足りていないものが桜香にもある。

 突き付けられた事実に苦笑を浮かべて、桜香は静かに魔力を解放した。


「お詫びです。健輔さんのお役に立つかはわからないですが……お見せしましょうか。私の至った場所を」


 剣を横向きに、突き出して手を添える。

 高まる魔力。

 虹から『漆黒』へと移り変わる魔力を以って、不滅の太陽は静かに宣言した。


「モード『アマテラス』。――顕現せよ、黒き太陽」


 世界大会で見せた『漆黒』。

 あの頃よりも遥かに完成度を増して、健輔の前に極点が現れる。

 これこそが本当の暴虐。

 既存の魔導を踏み潰す暗黒の太陽がついに姿を現した。


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