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第57話『決意』

 翌日の朝。

 普段通りの日課をこなす健輔と優香だが、普段通りの健輔に対して優香はにどこか浮ついた空気があった。

 開幕が近づいてきている世界大会。

 多くの強豪と出会うのは疑うべくもないが、その中でも間違いなく頂点に位置する女性とぶつかり合う。

 練習試合という形式だが、気を抜くことなどあり得なかった。

 僅かでも気を抜けば健輔でも直ぐに落とされる。

 相手はそういう領域の傑物だと理解していた。

 姉の強さを知っているからこそ、優香は健輔を案じずにはいられないのだ。


「うっし、ウォーミングアップは終了だな」

「はい。……今日は少し、緊張しますね」

「まあ、大会が終わってからの3ヶ月でどこまで変わったかの確認だからな。ぶっちゃけると勝率は低いしな」

「姉さんは切っ掛けを得て、才能を爆発させました。昔のままでも十分だったのに、今はどこまでいっているのか、想像も出来ません」

「そっか。……ま、そんな心配そうな顔するなよ。なんとかなるさ。思ってるよりも、面白い展開になるとは思うよ」

「健輔さん……そう、ですね。はい、信じてます」


 溢れんばかりの才能。

 努力を粉砕する天才と実際に出会うことは少ないが、その天才の中でさらに怪物的な存在となると希少などと言うレベルではない。

 九条桜香はそれほどまでに格が違う。

 優香も普通に考えれば天才なのだが、彼女が霞んでしまう程に桜香は飛び抜けている。

 健輔を凌駕しているなど当たり前、フィーネも届かず、皇帝も才能では負けていた。

 才能で彼女を凌駕し得る存在は魔導の歴史の中でも、片手で存在するかどうか、というほどに飛び抜けている。

 

「ま、しっかりと見届けてくれ。俺がどこまでやれるのか。これから、どこまでいけるのか。本当に良い機会だよ」

「……健輔さんは、どうやってあの人に勝つつもりですか? あの、不滅の太陽に」


 敵として対峙するにおいて、桜香の存在は最大の脅威となる。

 1度勝利したあの時が幻に思えるほど、彼女の存在は圧倒的だった。

 夢でも見たのではないか、と自らに問いかけたくなる気持ちが湧き出る。

 しかし、あの勝利は事実であり、あれがあったからこそ太陽は真実の傑物となった。

 健輔が生み出したとも言える才能の化け物。

 もしかしたら、目覚めることのなかった存在を不用意に起こしただけなのかもしれない。

 

「……そうだな。とりあえず、戦いを挑もう。他のことは戦いながら考えればいい」

「――ふふふっ、健輔さんらしいですね」


 しかし、全てを理解した上で健輔は桜香の存在に感謝していた。

 自分がどこまでも上を見ることが出来るのは、隣にいる優香と、彼女すらも超える桜香がいてくれたおかげである。

 やるべきことは既に定まっていた。

 貫き通せるのか、そのまま折れてしまうのか。

 道は1つしかない。

 折れるという選択肢がないのだから、貫けるまで健輔は戦い続ける。

 貫くまでやれば、目的は達成できるだろう。

 楽観的なのか、それともアホなのか。

 どちらでもあって、どちらでもない独特の感性が健輔を支えている。


「来たか」

「はい」


 強化された視力がアマテラスのユニフォームを纏った桜香の存在を捉える。

 顔にはいつものように笑みが浮かんでいるが、隠しきれない興奮も存在していた。

 遥かな格下であるのは健輔も他の魔導師と変わらないが、この男だけは何をしてくれるのか桜香でもわからない部分がある。

 期待、そして後は純粋に楽しみだったのだろう。

 九条桜香が、心から戦いを希求するようになったのは、本当に最近のことなのだ。

 自己を表現する力として、魔導を以前よりも親しみを持って扱っていた。

 どこまで強くなれたのか、確かめる相手として健輔を超えるような存在は皆無である。

 彼女を地に叩き付けたことのある、唯一の存在。


「さて、2人共準備はよろしいですか?」

「愚問ですよ。万全ですので、言い訳なんてしませんよ」

「2人の戦い、しっかりと見届けさせていただきます」

「いい返事です。私も一切の隠し事はしません。全身全霊――どこまで引き出せるかを期待しています」


 ごく自然に、あるがままに桜香は2人を見下ろした。

 己の方が上位であるという絶対の確信。

 瞳が何よりも雄弁に語っている。

 これが練習試合であろうが何であろうが、詰まらない戦いとなった瞬間に桜香は健輔に見切りをつけるだろう。

 不滅の太陽は恐ろしいが、彼女に失望もされたくはない。

 アマテラスのメンバーが必死に努力しているのは、その想いがあるからだった。

 もっとも、最初から失望するほどの期待も抱いていないため、ある意味でから回っているとも言えたが知らなければ存在しないも同然だろう。

 しかし、健輔と優香は違う。

 明確に期待されているし、それを両者が認識している。

 特に健輔への執着は桜香の原動力なのだ。

 仮に消えてしまった場合など、想像することも難しい。


「私は、審判としてAIの補佐に付きます。両名、準備はよろしいですね」

「ああ」

「お願いね、優香」


 2人も桜香の想いを正しく理解していた。

 優香に対してはその基準が甘いため、また話が異なるのだが、健輔は桜香から信じられないほどの期待をされている。

 周囲が桜香に寄せる以上の想いを抱いているのは間違いなかった。

 矛盾した態度であろう。

 上から見ているが、同時に隣にいて欲しいとも思っている――歪だからこそ桜香の想いは強い。

 ひどく傲慢であるが、桜香は真摯でもある。

 上に立つものが相応しい振る舞いをしてくれることに安心感を持つ者もいるのだ。

 彼女が王者であり、頂点なのは事実なのだからそのように振る舞うことは間違っていないだろう。

 ――ここで激しく反感を抱いている男の方が例外なのである。

 

「良い闘志です。では、さっそく始めましょう」

「小細工はいらない。基本ルールで正面からの戦闘。遠距離戦をするだけの距離もいらん」

「お望みのままに。私から何か注文をつけることはないです」


 桜香の正面から白兵戦闘を仕掛ける。

 自殺行為に等しいが、健輔の顔に油断も驕りも存在しない。

 普段通り、それこそ後輩たちに指導を行う時と在り方に変化はなかった。

 自然体で最強魔導師に挑もうとしている。

 夏へ向けての前哨戦。

 世界大会への試金石となる戦いの幕が開く。

 背を向けて、3人はそれぞれの開始地点へと向かう。

 去っていく健輔の背を桜香はなんとも言い難い表情で見つめ、誰にも聞こえない声で呟くのだった。


「――見せてください、今のあなたを。信じさせてください、可能性を」






『試合開始してください』


 合成音声が響き、戦闘が始まる。

 集中力は極限、今日まで考えて考え抜いた全てをぶつけていく。

 健輔の頭の中にあるのは、それだけの想い。

 己が非才だと理解している、その上で凌駕すると決めたのだ。

 難易度は最初から承知しており、苦難を前に笑顔しかない。

 相手が最強の魔導師であろうが、やるべきことは同じである。


「陽炎」

『術式展開『回帰・万華鏡』――いけます』

「よし……!」


 健輔の闘志に静かに火が灯る。

 接近する彼を空で悠然と待ち受ける太陽。

 輝ける恒星は、構えもせずに待ち構えていた。

 舐めていると捉えてもおかしくない光景、しかし、健輔の心に波は立たない。

 怒りが発生しない理由は簡単だ。

 ――そもそも、健輔の心に余裕などない。

 全てを桜香を倒すだけに絞っている。

 余計なプライドも既に投げ捨てていた。


「いくぞッ! 九条桜香ッ!」

「きなさい、佐藤健輔!」


 双剣と交差する大剣。

 健輔の連撃を一振りで粉砕するのが、桜香の力強さである。

 スペックでの比較など馬鹿らしくなるほどの差しか存在していないのだ。

 常識的には、どう考えても勝てるはずがない。

 挑むだけでも、大事になる。


「はああああああッ!」

「――良い攻撃です。しかしッ!」


 噴き出す魔力が周囲の魔力を染め上げる。

 魔素固有化まではいっていないが、この光景を健輔は知っていた。

 この戦いを見守る相方の技なのだ。

 知らぬはずがないだろう。


「なるほど――!」

「手品ですが、お気に召しましたか!」


 格下の特異な能力も、彼女ほどの万能性を持っていれば再現は難しくない。

 ある種の挑発、桜香が精神的に健輔を揺さぶろうとしているのだ。

 考えられる全ての手段、つまりは遠慮など皆無の全力の戦いはこういう部分にも出ている。

 世界最強が健輔を落とすために、全力を尽くす。

 認識と同時に背筋が震えたのは、間違いなく武者震いであろう。

 歓喜の笑みを浮かべて、健輔はハッキリと言い切った。

 

「はっ、下手くそだな!」

「あら、残念です!」

「だったら、もう少し残念そうな顔をしてくれよ!」


 斬撃を飛ばして、風の刃で包囲する。

 おまけに魔力弾も張り巡らせるが、桜香が持つ鉄壁の守りが発動してしまう。

 魔力攻撃は彼女に通じない。

 最高峰の守りの能力『魔導吸収』があるからだ。


「すいませんが――」


 微笑む桜香は『魔導吸収』を発動させたままで、無造作に前に出た。

 健輔の攻撃を必要以上に恐れていない。

 同時に侮っている訳ではなかった。

 冷静に、これは私には効かないと判断しているのだ。

 肥大化したはずの想いに引き摺られないのは、想いの内容が内容だからだろうか。

 酔っているのに、冷静という矛盾は健輔を的確に追い詰める。

 健輔の腕を掴み、桜香の手品は次の段階へと進む。


「――リミットスキル発動」

「ちィ――ッ! 陽炎!」

『魔力を保持。内部へと保管――転送は、間に合わない!』


 健輔の叫びよりも先に桜香のリミットスキルが発動する。


「潰れなさい。『効果(ブースト・)拡大(アップ)』」


 遠距離系のリミットスキル『効果拡大』。

 世界大会の決勝で真由美が披露したように遠距離系の特性を最大限に用いることで、自身の魔導の効果を大きく向上させる力がある。

 能力の適用範囲、純粋な威力、使用者の力量によってはどこまで強くなるリミットスキル。

 系統の保有者の数の割に発現者が少なく、変換系と万能系を除けばもっともレアなリミットスキルと言ってよかった。

 真由美ですらも3年目の最後の最後でようやく発現したところを考えれば難易度は推してしるべしである。

 

「ぐっ!? がっ……」


 そして、発動された力は凶悪の一言に尽きるものだった。

 健輔が強烈な脱力感に呻き声をあげる。

 彼の中から何かが一気に抜けていく。

 力の源、彼らを超越に至らせるために必要な要素がごっそりと奪われた。

 

「まさか……!」

「魔導吸収の適応範囲を広くしました。接触状態に限りますが、相手の内部から力を奪えますよ。まあ、これも手品の範疇ですが」

「これが、手品かよ!」

「ふふっ、怒らないでください。だって――」


 浮かぶ笑顔は菩薩のようで、今も変わらず愛に溢れている。

 しかし、行動は完全に裏切っていた。

 大きく力の減少した健輔の脇腹に突き刺さる蹴り。

 桜香らしくない、としか言いようのない攻撃が弱った健輔に放たれる。


「――こういうのも、嗜みかなと思いまして」

「人の真似を、してるんじゃねえッ!」


 如何に桜香であろうとも、格闘戦での威力は他の魔導師とそこまで大きくは変わらない。

 気合で耐えた男は、剣を構えて正面からのぶつかり合いを選択する。


「だが、クソっ」


 攻撃の意思だけは苛烈だが、身体が付いてこない。

 魔力を回そうにも健輔の体内の分はごっそりと奪われていた。

 健輔のバトルスタイルは魔導師だからこそのスタイル。

 力を失ってしまえば、我流の未熟さが全面に出てしまう。

 結果、健輔の双剣は桜香の剣で一撃で吹き飛ばされてしまった。


「なっ――!?」

「女の細腕1つで、弾き飛ばされるなんて、情けないですね。――健輔さん?」


 驚きで固まってしまった隙を桜香は見逃さない。

 優香すらも大きく上回る速度で、健輔の懐に入り込む。

 

「貰います!」

「させるかッ!」


 魔力に意識を集中させて、破壊系の性質を現出させる。

 桜香の剣に間一髪で、叩き付けられる拳。

 魔力による強化を失った剣は桜香の膂力で振り回されただけの威力となる。

 

「っ、まさか!」


 拳で受け止めた瞬間に違和感が健輔を襲う。

 まるで健輔の拳による足止めなど意味がないかと主張するように、桜香の剣は止まらない。

 重すぎる斬撃、魔導師の限界を超えた膂力が彼女には宿っていた。

 残った魔力で同じように強化している健輔が一般人と変わらぬ扱いになるほどに両者の差異は大きい。


「まだだ!」


 止められないと判断すると同時に健輔は力を受け流すことを選択した。

 流れるように変化するバトルスタイル。

 葵のように健輔の師匠でもなければ、変化の予兆は決して掴めない。

 不滅の太陽であろうとも決して覆せぬ道理である。

 不屈の在り方が健輔の信念。

 彼の誇りが輝くほどに力は増し、戦況は変わっていく。

 仲間にも大きな変化を与える在り方、チームとしてのクォークオブフェイトもこの男がいる限り、仮にいなくなっても決して諦めないだろう。

 循環の中心点としての面目躍如だった。

 しかし――、


「――ふふっ、もっと、ですよね?」

「!?」


 ――桜香もまた、健輔が輝くほどに輝いてしまうのだ。

 彼の奮起が越えるべき状況を更に悪化させてしまう。

 攻撃をなんとか受け流した次の瞬間には桜香の破滅的な力が動き出していた。


「融合リミットスキル――」


 宣言される名称に健輔の中で戦慄が走る。

 彼女の固有能力『系統融合』。

 かつてはただの力押しに使われていたものが、健輔を打破するために強さとなって襲い掛かる。

 異なる系統を融合させて、かつ生まれた新しい系統でリミットスキルを発現。

 理屈は単純だが、だからこそどうしようもない暴力としてこの場に顕現しようとしていた。


「浸透破壊――マギノ・ディストラクション!」

 

 魔力を浸透させて、健輔の周囲の魔素を破壊する。

 桜香だけの必殺技。

 複数のリミットスキルの長所を融合させて生み出した新しい技が脅威の効果を示した。


『マスター!!』

「わかってるッ!」


 魔力の空白地帯をいきなり創られてしまえば、健輔に出来るのは逃げるという行為だけだった。

 このままでは何をしようが通用しない。

 怪物を倒すための大前提、倒すための武具が破壊されている。

 離脱を選んだのは迅速だったが、相手にもこの行動は読まれているのだ。

 逃げるとわかっている獲物を逃がす狩人はいない。


「あら、つれない方ですね。もう少し、私なりの歓待を受けていただけませんか?」

「余裕があったら受けてやりたいが、この程度ではダメだねッ!」

「まあ、素敵」


 笑顔のままで桜香の必殺が丸裸の健輔に迫る。

 なけなしの魔力を掻き集めても、周囲には何もない状態。

 空を飛ぶだけで消耗する現状では、対抗手段がなかった。

 それでも顔に浮かぶのは不敵な笑み。

 この窮地においても、健輔に諦めなど存在しない。


「陽炎!」

『魔力を遮断――いけます』

「――これは!」


 健輔から障壁が消滅したのを感じる。

 より言うならば全身を巡るはずの魔力が消えた。

 代わりに飛行速度が今までとは比べ物にならない早さになっている。

 高機動型の優香の平常時に追いつけるレベル――あまりの急上昇に何かの能力でも覚醒したのかと疑ったが、桜香の直感は否と叫んでいた。

 これは、そういうものとは異なる。


「しかし、なんであれッ!」


 有利なのは桜香なのである。

 攻めればいける、という確信と共に妙に存在感が薄くなった健輔へと斬撃を放つ。

 融合リミットスキルを含めて、まだまだ新しい技はあるのだ。

 健輔を追い詰めるには、確かに十分な手段があった。


「はああああああああッ!」

「――オラあああああああああッ!」


 剣と剣がぶつかり合い、表情が固まったのは――桜香だった。


「ばっ……!」

「バカな、か? ――今、俺を侮ったな」

「っ……!」

 

 一瞬であろうとも心に隙が出来た桜香をこの男は見逃さない。

 桜香が驚いたのは、まともに力を発揮出来ないはずの健輔の双剣が桜香の剣を押し返したからである。

 片手で振るっており、強化も壊滅しているはずなのに、どうしてという思いが彼女の動きを鈍らせた。

 

「不思議そうな顔をするなよ。何、簡単なことさ。どんな攻撃も、当たらないと意味はないだろう?」

「――まさか」


 どれほどの暴威であろうが、当たるまで意味はない。

 健輔がやったことはリソースを集中させただけだった。

 まずは常時展開状態になっている障壁を止める。

 次は常に全身を巡る魔力を止めた。

 後は全てが制御の問題である。

 必要な時に、必要な力をその一点で全力で発現させていく。

 

「しょ、正気ですか! 一撃でも、いえ、掠ってしまえば終わるかもしれないのに!」

「さあ、そこは運と言う奴だろうさ。それに、常に展開するなんて力の無駄だろう? 自分の安心感のために、なんて理由ならば俺は丸裸で構わんさ」


 紙一重で桜香の攻撃を回避すると、そのまま魔力が足りない状態で突き進む。

 台風の中を裸で突っ切るがごとくの所業に流石の桜香も顔色を変えた。

 余波でライフを削るような斬撃が脇を通ったのに、平然としているのは胆力が優れているという領域ではない。

 桜香は改めて眼前の相手がとんでもないと言うことを認識していた。

 あらゆる意味で、普通ではない。


「堕ちなさいッ!」


 有り余る魔力で強化された剣は一撃必殺の威力を秘めていた。

 漲る魔力は可視化されており、掛かる圧力は他者を萎縮させる。

 健輔を倒さんと前進する桜香に愛しい敵手は嬉しそうな視線を向けた。

 加減のない全霊での斬撃に鎧を捨てて立ち向かう。

 言うならば全てをマニュアルで制御している健輔の技は術者の力量に大きく力が左右される。

 どこかで気を抜けば、ベテランクラスどころか、新人にもやられてしまうだろう。

 それほどまでに今の健輔は脆い。

 防御を全て技術に頼った形は、安心感などは皆無である。

 しかし、だからこそ健輔は桜香とも戦えた。


「ははッ! 楽しいな!」

「っ、見事な、技です!」


 健輔のバトルスタイルは誰かの模倣を組み合わせたものだが、使われる技術は彼が必死に磨き上げたものである。

 葵に手も足も出ないのは、全ての根幹となるこの体術の師匠だからこそだった。

 魔導師としてならば桜香の才能は化物である。

 しかし、人間として、磨き上げたスキルのみで対峙するのならば桜香の才能も理解出来る範疇に押さえることが可能だった。

 健輔はド派手な技を使ってはいない。

 精緻な制御と防御を捨てた覚悟だけで、最強の魔導師と戦っている。

 

「よく、このような決断をしましたね!」

「そんなに大層なこととは思ってないですよ。足りないなら他所から持ってくるしかないけど、それだと自分が強くなれないので」

「な、なんという……!」


 決戦術式が味方から魔力を集めて無理矢理高みに至ったとすると、今の健輔は自分を見つめて必要のない部分を削ぎ落として高みに至ったのだ。

 魔力による障壁などに頼るくらいならば、技術のみを高める。

 全身に巡る魔力の高揚感ともしかしたらに備えての備蓄、これも結局は安心感を得るために過ぎない――だから、捨てたのだ。

 自分ならば、少ない魔力でも部位を限定すれば直ぐに集められる。

 防御は技で受け流し、避けて、時に迎え撃つ。

 傍を過ぎる攻撃は確かに怖いが、それだけだった。

 決めてしまえば、大したことのないものである。

 健輔の覚悟に、桜香は心臓が高鳴った。


「――さあ、ここからが本番だ。お互いに摺り合わせは終わっただろう?」


 健輔の宣言が響き、桜香は瞳を潤ませた。

 小手調べは終わり、ここからはお互いに技を尽くす。

 太陽との境界を万華鏡が見定める。

 小手調べは終わり、本当の戦いが始まろうとしていた。


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