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第56話『返礼』

 本気でいく。

 言葉の意味を哲矢が理解するよりも早く、身体に衝撃が走る。

 鳩尾に突き刺さる拳。

 彼が認識するよりも早く、現実は駆け抜けていく。

 横たわるどうしようもない彼我の差。

 無慈悲に伝えてくる拳の前に哲矢の出来ることは何もなかった。


「ガッ!?」

「間抜け。敵を前にどこに意識を向けた」


 左腕を掴まれて、引き寄せられると右の脇腹に膝が突き刺さる。

 徹頭徹尾、健輔は肉弾戦で哲矢を圧倒していた。

 動きが掴めず、よって反応することも出来ない。

 彼が今まで上級生や教師とやってきたものは何だったのかと問いたくなるほどに、横たわる溝は大きかった。


「っ、ぼ、僕は――」

「アホ。主張をしたいなら、始める前にやっておけ」

「ゴォッ!?」

 

 遠慮など皆無。

 練習、ようは稽古だから身体で覚えろと哲矢に刻み付けているのだ。

 内部生の特徴として、彼らは実力を履き違えることがある。

 彼らが悪いというよりも魔導は客観的に見た際の実力の判別が難しいのだ。

 何故ならば自分達も実戦でやれることはともかくとして似たようなことが出来てしまう。

 体感してみないと、本当の差が理解出来ず、内部生は普通の新入生よりも長く接していたがゆえに甘く見る傾向が強い。

 教師では教えてやれない現実、先輩として叩き込むのが一種の伝統となっていた。


「まったく、変に格好をつけようとするからこうなるんだよ。別に弁えろ、とは言わんよ。でもな――」

「な、がはっ!」

「――痛い目を見るのぐらいは、覚悟しとけ」


 何も喋らせないし、そもそもここから逃がすつもりが微塵も存在していない。

 聞かせている評価はボロボロだし、実際に相手をサンドバッグにしているが、これでも健輔は哲矢を評価していた。

 新世代とぶつかり合うのは楽しいのだが、気合の入っていない奴とやっても健輔へのフィードバックがないのだ。

 黄昏の盟約や自らのところの新人も含めて、結構な数の1年生を健輔はボコボコにしていたが、哲矢は中々の逸材だった。

 これだけ殴られても瞳に浮かぶのは反感の色である。

 不屈といってもおかしくはないだろう。

 人間、殴られ続ければ反発心よりも恐怖が湧き出てくる。

 ましてや健輔のような思考回路がよくわからない相手には折れてしまうものも多い。

 友香や、朔夜などのそれなりに芯の強いタイプでも例外ではなかった。

 対する哲矢は殴られても、目だけは負けない感じは実にいい感じである。

 興が乗ってしまい、大目に殴ってしまう程度には気に入っていた。


「がっ! グオォッ!」

「ほれほれ、まだまだいくぞー!」


 魔導をほとんど用いていない状態での圧倒。

 殴られて無理矢理思考を分断されているが、哲矢は分析は続けていた。

 ここまで圧倒されているのは、ひとえに両者に横たわる格の差が問題なのである。

 何をしようとしたところで、哲矢の技にはオリジナルティがない。

 彼だからこそ出来るというものを積み上げられていないのだ。

 健輔に技が通用しないのも当然だろう。

 学園で習っていた戦闘技術は基礎であり、そこから自分で魔導を積み上げていくものである。

 健輔も昨年度の同じ時期には似たようなことを真由美に言われていた。

 トラウマに刻まれた訓練など、あの頃の弱かった健輔もまた、この洗礼を受けていたのである。

 

「おお、良い目だな。少しは感づいてきたか? お前は中々に優秀だな。惜しむべきは1人でやれるほど優秀じゃないことか? 視野が狭く、頭が固い。これだけ殴ってようやく解れたってところだろう?」

「ふ、ふふ、ご教授、ありがたくいただいておきますよッ!」


 隙というほどでも間隙だったが、攻撃が止んだタイミングで哲矢が反撃に打って出る。


「――ほう、いいね」


 息も絶え絶えの状態で戦う姿勢に健輔は内心で感動していた。

 魔導師とはこういうものであるべきだろう。

 先輩の圧倒的な強さに内側の闘志に火が灯り、外にも漏れ出てくるくらいがちょうどいい。

 クォークオブフェイトの新人もそうだが、些か謙虚すぎるのだ。

 己の分を知るのは悪いことではないが、いくらなんでも弁えるのが早すぎる。

 この年代はいくらでも挑戦すべきだと、健輔は信じていた。

 下の代には、己に負けないほどの負けず嫌いはいないのかと寂しく思っていたのだが、どうやら勘違いだったようである。

 見事なまでの闘志でこちらを睨みつけてくる。

 これは伸びる素材であろう。


「そうだよ、そうそう! いいね、もう少し気合を入れていくか。ほれ、今度は魔力付きだ。喜べよ」

「……!!」


 声にならない悲鳴を上げて、哲矢の意識が飛びそうになる。

 多少強化した程度の拳から収束系を使った火力型のパンチに変わっていた。

 威力が跳ね上がり、猛烈な勢いで哲矢の意識を削り取る。

 無様の極み、あれだけの大言を放っていたのに、健輔に手も足も出ない。


「まだ睨むか。いいね。だから、ここで言っておこうか。お前の冒険は悪くはないんだが、身の丈を弁えないとこうなるってことを知っておけよ」

「っ――!」


 言い訳の言葉もない。

 健輔が哲矢に刻み込む絶対の真理は1つ。

 冒険は構わないが、失うモノもあるということだった。

 これでも甘い方だろう。

 最悪のタイミングで露見するよりはダメージが少ない。


「後、自分を見つめるのもしっかりとやっておけ。あの姉妹に夢を見るのは自由だが、追いかけるには覚悟も、才能も、全く足りていない」


 手向けとばかりにアドバイスを送り、渾身の回し蹴りで哲矢を大地に叩き付ける。

 

「面白い奴だったけど、まだまだ自覚には遠いだろうなぁ。環境も大事だぜ、少年」


 高橋哲矢は中々に良い魔導師だった。

 長ずれば、ランカーとはいかずとも2つ名クラスには届くだろう。

 しかし、同時にそれだけでもある。

 負けん気だが強くとも、凡人では1人でいける場所に限りがあるのだ。

 チームを1年生から作るのは悪くないが、余程の覚悟がないとやるべきではない。 

 皇帝のように、皇太子のようにやれるのは一握りどころの話ではないのだ。

 真由美ほどの器の持ち主でも自らを磨くのに2年掛けている。

 哲矢は悪くはないが、かと言って希少でもない。

 自らを正確に判断することの必要性を叩き込み、健輔は後輩への指導を終えるのだった。






 シーンとする新入生たちの塊を遠巻きに見つめて、チームに所属している魔導師たちが先ほどの試合の評価を述べていく。


「流石、だな。無策で喧嘩を売って勝てる相手ではないか」

「いや、それが当然だろうに。そもそも、あいつらは何を考えてるんだろうな。上にいるのはいるだけの理由があるんだよ」


 学生クラスを大きく逸脱した力を持つのがランカークラスの魔導師たちである。

 卒業後、大学部から適応されるクラス制度に従えば、ランカーは最低でもエキスパートの上位に名を連ねるのだ。

 高等部の段階で実力だけでその位置にいるのは並みではない。

 社会に出た後の魔導のスキルを示す指針、その上位に学生の時点でいるだけで脅威は伝わるだろう。

 現時点では正しく学生に毛が生えた程度の内部生では実力者といってもこの程度だった。


「あいつ、どうなると思う?」

「チームは解散じゃないないか? あれだけボコボコにされるとな」

「だろうな。1年生チームということはあいつの強さで纏めたんだろうし、まあ、どっちにしろあのままじゃ大会では砕けただろう。早いか遅いかの違いだけか」


 国内大会の段階で1年生で作られたチームはかなりの数が消滅している。

 淘汰されたゆえの結末なのだが、消滅したチームの特徴として中途半端に強いというのがあった。

 実力を鑑みるほどに弱くはなく、かと言って全てを圧倒するほどに強くもない。

 内部生に多いタイプであり、中途半端に先に触っているからこそ、自分の力がよくわからなくなっているのだ。

 

「しかし、俺たちのチームが勝てそうな日は遠いなぁ」

「俺たちも頑張ってるさ。ただ、俺たち以上にあの領域の奴らはバカなんだろうよ。痛いのも、楽しいのも全部同じなんだろうさ」

「俺も美人さんたちとお近づきになりたいと思ったことはあるが、あそこまでいかないと視界にも入らないのは辛いわな」


 哲矢が今後どうなるのかはわからない。

 彼が歩む道のりの先で、優香や桜香に届くことも可能性自体は0ではないのだ。

 1つ確かなことは今の彼では、夢物語に過ぎないということだった。

 健輔さえも届いていない道に、内部生というブランドだけでは手が届くはずもなかった。


「ま、これからも努力しないとな」

「勝てれば、楽しいからな」


 こうして1人の新入生の挑戦はあっけなく終わり、健輔の名を轟かすだけとなった。

 1年生たちの間でも容赦のない男として、健輔はしっかりと殿堂入りを果たす。

 健輔は晴れて学園全員の男子生徒から畏れと嫉妬を一身に集める存在となった。

 そんな事態になっているとは露とも知らずに、自らが沈めた哲矢を暖かく見守る。

 ランカーというものを知らしめつつ、前座の戦いは終わりを迎えるのだった。






「……健輔さんもいろいろと面倒を背負うようになったのね」

「あの人は別になんとも思っていないと思いますよ。姉さんよりは軽いでしょうし」

「あら、私は1回負けたからそれほどでもないわよ。人間、畏怖をしていても単純なものよ。別に自分が凄くなった訳でもないのに、1度傷がついたら、自分でもと思うものよ」


 桜香の冷めた意見に優香は何も返さない。

 実際、優香も周囲の激変する反応を見たことがある。

 九条桜香は何も変わっておらず、打倒出来たのは健輔の尽力によるものなのに、桜香が無欠でなくなったと錯覚するのだ。

 1度負けたのだから2度目はあり得る。

 理屈の上では間違っていないが、桜香は何も変化していない。

 彼女はドンドンと強くなっているのに、1度の敗北で不滅の太陽の畏怖は大きく下がってしまった。

 良いことなのか、悪いことなのかはともかくとして桜香を舐め過ぎであろう。

 自らの才能を御しきれない優香だからこそ、才能で才能を御す桜香の恐ろしさを誰よりも理解していた。

 初見の力、覚醒したばかりの力を世界大会の決勝という舞台で完全に収めたのだ。

 健輔さえもあの時には成せなかった偉業。

 九条桜香は真正の天才だった。


「まあ、そういう輩も道理は弁えるものよ。基本的に私やあなたには手を出さない」

「だから、健輔さんですか。まあ、能力値だけを見れば勝てるかも、と思いますよね」

「外から見た力、というものがわからないのでしょうね。見栄えがないと判断出来ないなんて、私は2流ですと声高に叫ぶようなものなのにね」


 桜香の辛辣な言葉に優香は苦笑する。

 優しい微笑みのままで、彼女の姉は毒を吐くようになっていた。

 理想の姉、完璧な姉だったかつてから考えると随分と人間臭い。

 しかし、優香は今の姉が嫌いではなかった。

 想いをぶつけ合うのに、片方に熱がないのは寂しいだろう。

 健輔のように言うならば、今の桜香とならばよい喧嘩が出来そうだった。

 桜香を観察する優香もかなり健輔に染まっているのだが、気付かぬは本人ばかりである。

 ちなみに感染元も気付いていないので、そういう属性の者が感染し易いのかもしれない。


「まあ、良いものは見れたわ。健輔さんが私の予想を超えてくれるかもしれない。これだけで心がワクワクするもの」

「それは……どういうことですか?」

「あの人、私の前で『回帰・万華鏡』という術式を使ったでしょう。あれは、私に対する宣戦布告よ」


 嬉しそうに桜香は言い切る。

 茶番に等しかった戦いを最後まで見守ったのは男からのメッセージに気付いていたからこそだった。


「私に対して何も隠さない。つまりは、そういうことでしょう?」

「正面から正々堂々と、今度こそ超えてみせる、ですね」

「正解」


 初見の技で奇襲。

 それによって健輔は勝利を1度掴んだ。

 しかし、2度目の対決では敗北した。

 この2度の対戦から健輔が学んだことは1つ。

 桜香に対して、以前と同じ方法で挑んだのが過ちだったのだ。

 1度だけ勝てればいい。

 そのような甘い考えでは、絶対に勝利することが出来ないと悟ったのである。

 

「今度の合宿でも、得たものは全て私に見せるはずよ。力での奇襲、覚醒はもう捨てている。ふふっ、情熱的だと思わない?」

「嬉しそうですね。姉さん」


 桜香は満面の笑みを浮かべる。

 邪念などなく、そこには喜悦しかない。

 彼女にとって健輔がここまで真剣に向き合ってくれている、その事実が嬉しかったのだ。

 やはり、間違いではなかったと確信を持てる。

 

「――殿方がそうまでしてくれるのなら、応えるのが淑女の嗜み、よね」

「姉さん?」


 明らかに姉に雰囲気が変化した。

 警戒感を滲ませて、優香は問いかける。


「なんでもないわ。ええ、大したことじゃないのよ。条件は、イーブンの方がいいと思わないかしら?」

「それは……まさか、姉さんっ」


 微笑む桜香に優香は驚きを隠せない。

 姉が言おうとしている内容を悟ったからこその驚き。

 世界最強の力。

 健輔にもう1度体験して貰えば、彼が得るものは少なくないだろう。

 情熱的な告白に桜香も返礼したくなる程度には逆上せている。


「今からは、ちょっと時間がないかしら。うん、明日にしましょうか」

「……はぁ、わかりました。伝えておきます」


 世界最強が今の強さを見せつける。

 ただそれだけのために、健輔に戦いを挑むのだ。

 この戦いの果てに何があるのか。

 小さな頂上決戦が密かに行われようとしていた。


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