第5話『終幕』
「――シルエットモード『真紅の星』!」
健輔の身体を覆うように真紅の魔力が噴き出す。
シルエットモードとは、健輔の戦い方を支える骨子の部分、すなわち他者の能力の模倣というスタイルの技術の部分を司るものである。
万能系とは全ての系統を使える系統であり、つまり全ての魔導師の戦い方を出来る系統でもある。
実際はそこまで簡単ではないし、万能系は出力不足というハンデを抱えていた。
――それを乗り越えた万能系こそ、佐藤健輔その人である。
完全には程遠いが、部分的な再現は十分に可能なまでの領域に至っていた。
未だに制御の難しさから完全とは言い難い。
それでも世界大会を経験したことで爆発的に成長した力は未熟なれどエースとして十分な力を持っていた。
「今のシルエットモード、昔と同じと思うなよ!」
基本は戦闘技術の模倣であることは変わらない、しかし、技術だけの模倣でもない。
魔力パターン、質などを限りなく近づけることで健輔なりに至高の砲台をトレースする。
力強さ、魔力の量、何より本家のようなその場にいるだけで場を制圧するような存在はない。
それでもその姿は1年前、チームを率いたリーダーのものとよく似ていた。
「この人の戦い方を知ってるか? 新世代!」
「真紅っ!? それって……」
真紅の力を目撃して栞里の中で狂気が落ち着きを見せる。
彼女は朔夜以外にはそこまで興味はない。
しかし、逆に言えば朔夜が興味を持つものは彼女もよく知っていることになる。
『終わりなき凶星』近藤真由美。
クォークオブフェイト前リーダーにして、前世界ランキングの第5位。
最強の砲台についてはよく知っていた。
「お、終わりなき凶星!? 嘘、1人でそんなのっ!」
「デッドコピーだよ。まあ、お前さんをボコボコにするくらいは訳がないけどな!」
「それでも、さ、さっちゃんの分まで、私が負ける訳には……!」
「クっ、友達のため、か。いいぞ、なら全力で俺に当たれよ!」
栞里の言葉に健輔は笑みを浮かべる。
意気込みは十分であるが、実力が足りていない。
想いは重要な要素であるが、それだけで押し切れるほどのものでもなかった。
「見せてみろよ、お前の本気をな!」
先ほどの猛攻には確かに驚いたが、驚いただけでもある。
全身を用いた戦闘技術。
攻撃に特化した前衛として、将来性は感じさせるが今はまだ未熟な部分が多い。
他者の動きを観察し、要点を見抜く事に関しては健輔は誰にも負けるつもりはなかった。
「大変申し訳ないが、いつまでも1年生のままじゃ俺もいられないからな! これも、その1つという訳さ」
「おいおい、勝手に2人だけの世界に入ってんじゃないよッ!」
健輔と栞里の間に生まれる魔力の流れ。
干渉してきたのは焦りからだろうか。
先ほどまでは冷静に流れを読もうと努力していた男子学生が高揚した表情で手を翳していた。
「無論、忘れてはないさ。だがな――」
男子学生、白藤嘉人の力は悪くはないが同時に決定打に欠けるタイプの魔導師でもあった。
通常の健輔ならばともかく今の健輔にとっては、遠距離からの干渉など全く意味をなさない。
「――この程度じゃあ、遊び相手にもならない!」
「はあ!?」
「下がって! いきますっ!」
真由美と違い健輔は万能系であり、あくまでもシルエットモードは模倣に過ぎない。
同じ戦い方、同じ在り方であれば勝つのはオリジナルである。
しかし、健輔には本物には出来ないことが出来た。
かつて彼が目指していたのは複数のバトルスタイルの融合。
その目標は今も変わらない。
「はあああああああッ!」
烈火の気迫と共に、栞里が突貫してくる。
手刀の鋭さは先ほどよりも鈍いとはいえ、それでも学年を考えれば十分な力があった。
かつての己を容易く超える才能の塊に嫉妬を感じないと言えば嘘になるだろう。
「無い物強請りだな。隣の芝生が青いだけ、俺には俺にしか出来ないことがある。それだけで十分だ」
誰かのバトルスタイル、誰かの能力、そういう評判があることは知っていた。
オリジナルに力強さでは及ばない。
培った技術も本物には及ばない。
そんなことは輝ける凶星の直弟子だった健輔が誰よりも知っている。
しかし、だからこそ真似るべき場所をわかっているのも自分だけだと言う自負があった。
他の誰でもない、真由美の戦い方を継承したのは健輔だけなのだ。
葵は精神を受け継いでも魔導師としてのスタイルは独自のものを確立している。
1人くらいわかりやすいものを受け継ぐ者がいても悪くはないだろう。
そこに自分なりの在り方を付け加えるのが、彼なりの真由美への恩の返し方だった。
自分が模倣する力は、これだけ凄いのだと相手に知らしめないとならない。
誰よりも、その力に頼っている身として、それだけは譲れないのだ。
「悪いな。これを出した以上は、圧倒的に粉砕させてもらう」
「ごちゃごちゃと、うるさいですッ!」
右手を突き出すように見せかけて、本命の左を隠す。
激昂しているように見えて、栞里は冷静に戦い方を組み立てていた。
親友のことについての沸点は低いが同時に戦いに関しては非常に冷たい論理を持っている。
あらゆる意味で2面性の強い少女、それが川田栞里だった。
場合によっては親友の朔夜、すなわち豊富な魔力を持ち硬い障壁を備えている砲台を切り裂く一撃。
「えっ……」
栞里は間の抜けた声を出してしまう。
攻撃が防がれるのは予想通り、迎撃されるのは屈辱だが認められた。
しかし、本命に左手が掴まれるなど予想外以外の何ものでもない。
何より、
「ど、どうして……魔力に、干渉出来ないの!?」
栞里の戦い方は魔力に干渉して、強化した身体による肉弾戦である。
すなわち攻勢能力のほとんどが自前のものとなっている。
そのため安定感があるのだが、その攻撃力を支える根本の部分が相手の魔力に干渉して突破をしやすくするところに集約していた。
「単純な話だ。お前の干渉を弾くほどに俺の方が強い。それだけだよ」
「で、出鱈目ですっ!?」
悲鳴のように、いや、実際に悲鳴なのだろう。
目の前の先輩が普通の皮を被った怪物だと栞里はしっかりと認識した。
あまりにも大きな力のブレ幅、それすらも健輔は武器にしている。
振り払うために自由な右手を突き出そうとするが、
「こ、このォ!」
「甘い、さっきの怒ってた方がマシだったぞ。あまり俺をがっかりさせるなよ? ――後、お前は隙を狙い過ぎだ。誘われているとわからんと、そのスタイルは厳しいぞ」
「そんなのありかよっ!」
栞里の攻撃を避けると同時に死角から健輔に向かって、一筋の魔弾が放たれた。
光の軌跡は美しく、胆力、そして技量も素晴らしいものがある。
周囲の魔力に干渉して集め、それを収束系のように弾丸にして放つ。
言葉にするのは簡単だが、それなりに錬度を必要とする技だった。
技術の無駄使いではあれど、嘉人の実力は申し分ないものであろう。
健輔はそんな彼の技を睨みつけるだけで消滅させる。
視線による魔力の結集、これもまた世界大会後に身に付けたものだった。
「自分の系統の特性はしっかりと把握しておけ。お前は攻撃型じゃない。そんな奴がやけっぱちの攻撃をしたところで通用するかよ」
意図的に作り出した絶好の攻撃タイミングにホイホイと釣られた男子学生は、無防備に健輔へ隙を晒してしまう。
両手は栞里を拘束しているが、健輔に武器など必要ない。
万能系はあらゆる魔力を操る系統。
視線で魔力を収束させ、それを固定することで砲撃と同じプロセスを無理矢理に再現する。
「――落ちろ」
「これが――俺たちの先輩かよっ!」
嘉人は突然目の前に生まれた砲撃を回避することも出来ずに、
「ち、くしょおおおおおおおおお!」
閃光に包まれて、戦場から脱落してしまうのだった。
残るは拘束された少女と戦意を失おうとしている敗残者たちのみ。
ここに戦いの決着は付こうとしていた。
「お前たちに敬意を。だからこそ、今回はここまでだ」
「あ、ぁあ……さ、さっちゃん、ごめんね」
流れるように鳩尾に全力の拳を叩き込んでまずは栞里を眠らせておく。
これで核となる可能性がある者たちは全て落ちた。
戦意を失った残り者たちを一瞥してから、大きく溜息を吐き、健輔は試験を終わらせるために空を駆けるのだった。
「好き放題、っていうか大暴れって感じね」
「健輔はそういう奴だから仕方がないんじゃないのかな。強さ云々よりも競うってことが大好きだからね」
「世界大会で悪化した、というよりも開花したっていうべきかしら、前よりもさらに元気になって私は大変よ」
「ありがとう、美咲。あなたにはいつも迷惑を掛けてますよね」
「ああ、別に嫌って訳じゃないからね? でも、こう、いろいろとあるのよ」
美咲の言葉に圭吾は苦笑を浮かべる。
親友に対する級友の言葉は去年から1度も変わらない。
「それよりも圭吾君と優香はどうみる?」
同級生が下級生を蹂躙する光景を前にして平然とした様子で会話を行う3人。
健輔との付き合いも長く、各々が各々でなくてはならない人材たる彼らは新しい後輩たちを暖かい目で見つめる。
「健輔が優先的に倒した子たちは合格じゃないかな。葵さんの好きそうな子もいるしね」
「多少は同情するわ。戦闘系って大変よね。健輔とかと正面から戦わないとダメなんだし」
「私は楽しいですよ? 己を賭ける、と言葉にするのは簡単ですが、実際に賭ける機会は多くないです。貴重なことを体験出来て、実りの多いことだと思っています」
優香の優等生な解答に美咲は苦笑する。
かつては遠慮があった2人も今では親友となっていた。
時間と、そして過ごした風景がこの関係を生み出したのである。
「そうね。いろいろと大変だったけど、だからこそ楽しかったわ。真由美さんや早奈恵さん、妃里さんには本当にお世話になったしね」
「僕たちがそうして貰ったように、彼らにも返さないとね。健輔もそのつもりなんだよ。……ちょっと、方法があれだけどさ」
「あいつに悪意なんて立派なものはないわよ。頭の中にあるのは、強いか弱いか、だけ。もっと言えば楽しければなんでもいいんでしょうよ」
「否定はしないさ。誰かを傷つけるって意味での戦いはあんまり好きではないと思うし、周りに迷惑を掛けてないのなら、そういうのは自由でいいんじゃないかな」
後輩たちの素質はしっかりと見て取れた。
現在のチームは前衛が戦力過多であり、後衛が不足気味となっている。
そこを十分に補える人材、そしてチームで適合できそうなメンタルを直ぐに嗅ぎ分けた辺り、健輔の同類を見抜く力は流石の一言だった。
「葵さんはあの3人を採用するでしょうね」
「となると、僕や九条さんも彼らの練習に付き合うこともあるかな」
「先輩、という形で誰かに付くのは初めてですね。個人的にはとても胸躍る気分です。私の技がどこまで彼らの役に立つかはわかりませんが、微力を尽くしたいと思います」
朔夜の砲撃適性と自信のある態度は真由美の後継として十分に機能する。
彼女を鍛え上げることが出来るのは間違いなく1人しか存在しておらず、技術面さえ鍛えてしまえば勝手に成長するだろう。
栞里に関しては前衛系、つまりは葵を筆頭に十分な力を持つ者が多い。
技術的に、ということを考えれば優香が教導することに違和感はなかった。
そして、最後の男子生徒――嘉人は非力だが、だからこその役割を担って貰う必要がある。
同じように特定の戦場以外では戦えない圭吾こそが彼の教師役に相応しいだろう。
「どんな魔導師になるのか、楽しみだよ。彼らは皆、才能に溢れている」
「ええ、本当に。私も負けてられないです」
「後輩、か。なんか不思議な気分。何も変わってないのに、周りだけは確かに変わってるだもんね」
世界大会が終わってから僅か2ヶ月しか経っていない。
しかし、その間にも彼らを囲む環境は大きく変化した。
世界ランカーとしての立場を得た健輔や優香。
中核としてチーム全体の術式の管理を行う美咲。
そして、中堅としてチームの穴を埋める圭吾。
もはや1年生たちは、かつての未熟者ではなく一端の魔導師としてしっかりとした役割を持つようになっていた。
「いつか、私たちがチームを背負った時を考えて、今はただ全力で葵さんたちを支えましょう」
「そうだね。その上で個々の目的をしっかりと達成しようか」
「私、個人的に3回目の悔し涙はいらないと思ってるのよね。出来れば……次は嬉しくて泣いてみたいかな」
新たなる仲間を歓迎しながら、彼らは遥かな先を思う。
季節は春――かつての出会いがもう1度。
今度は切り拓くだけではなく、支え受け継ぐための戦いが始まる。
全てのチームがそうであるように、『クォークオブフェイト』――運命の欠片たちは再び出会ったのだ。
敵は強大である。
最強の太陽、戦乙女や騎士たち、さらには時の幻影や流星の後継者。
それ以外にもどこに難敵が潜んでいるかはわからない。
まだ見ぬ未来、そして強敵たち。
不安と期待を胸に、彼らの新学期がついに始まるのであった。
「うんうん、良い感じね。1人くらいは、って思ってたけど、まさか3人も釣れるとは」
「じゃあ、新入生は5人、か。これである程度は問題なしって感じかな?」
「ええ、準備完了。ここからが本番よね。他のチームもそろそろ動きだしているだろうし、タイミングとしては悪くないと思うわ」
健輔が試験を終えてから数時間。
もうすぐ日が沈むという時間帯の部室で香奈と葵は今後についての計画を立てる。
去年と目標は変わらず世界大会優勝だが、達成するために同じことをやる訳にはいかない。
確かに基本的な部分は個々の実力を高めて連携を強化する、という部分に絞られる訳だが、ただ漠然としたイメージで先に進む訳にはいかなかった。
特に今年からは新ルールの採用がある。
バックスの戦闘参加、安全な場所から遠距離攻撃などについてはしっかりと対策しないと危険だろう。
「真由美さんが抜けた分、というか火力はバックスで補えるけど、それって他のチームも同じだからねー。防御系もいろいろと考えないとダメだし」
「転移についてもトラップとかが張られるでしょうね。防護結界もパワーアップするしで、やることは本当にたくさんあるわ」
今までも細かい部分のマイナーチェンジはあったが、今回ほどの規模は魔導の歴史でも始めてのことだった。
激変する環境を如何にして制するのか。
チームの舵取りを行う葵には慎重な姿勢が見え隠れしていた。
大胆なのは変わらないが、大胆なだけではない。
彼女が尊敬する真由美と同じように、葵は彼女なりのやり方でチームを栄光へ導こうとしていた。
「ま、教導については楽になるよね。何せ、新しい制度がある訳ですし」
「そうね。まあ、それがあるからこそ対策も大変なんだけどね」
葵が健輔たちに話していない新制度の中でも肝となる部分のもの。
そこに関わってくる存在が、今後のクォークオブフェイトにとっても、正確には彼らだけではなく全てのチームに関わってくるものとなる。
葵もその制度の必要性を理解はしていたが、受け入れる側としては面倒臭いことも事実であり、なんとも言えない感覚を抱いていた。
「全体の錬度、及び魔導の発展に関して有益なのは認めるけど……、もうちょっと段階を踏んで欲しかったわね」
「まあ、文句を言っても始まらないし、やれるだけやるしかないでしょう。得られるものはかなり大きいと思うよ」
「……そうね。異なるチームで育った文化、戦術、能力、お互いに刺激を与えることでそれはもっと磨かれるでしょうね」
葵の手元には新制度に関わる資料があり、そこにはクォークオブフェイトの今後を左右するほどの情報が描かれていた。
「……本当、嫌になるほど優秀よね。はぁぁ、真由美さんとかみたいに好きにやれなくなるのはちょっとあれよね」
「まあ、私たちみたいに独立独歩でもなんとかなるチームはよくても、大多数のチームはあっさりと解体とかになってるからねー。上位の固定化、とかは安定はしてるかもしれないけど、ハッキリ言えば詰まらないよね」
「痛し痒しね。……ま、決まっている未来に文句を言っても仕方ないか。精々、万全の状態で受け入れて吃驚させてあげましょうか」
「そうだねー。じゃ、そろそろ片付けしましょうか。葵はそっちをお願いね!」
元気のいい香奈に微笑み、葵は視線を手元に落とす。
新ルール、その中でもチームに一際大きな影響を与える制度。
「コーチ制度、か。卒業した魔導師たちをオブザーバーとしてチームに派遣する。……今年のチームは何処も危ないかもしれないわね」
派遣される生徒には単位の免除や研究資料の閲覧許可など多数の優遇処置が付く。
これに立候補する魔導師は有力な者が多いだろう。
現に葵が知る限りにおいて厄介な魔導師たちはどこかしらのチームに派遣されていた。
「また山が険しくなるけど、まあ、それ以外の方が遣り甲斐があるかしら」
まだまだ道半ばの己を思い、葵は口元を少し緩めた。
迷いを振り払うかのように、資料を整えるとファイルの中に仕舞い込む。
「さてと、明日から忙しくなるわよ。頑張ろうね、香奈」
「うしし、任せてよ、葵」
クォークオブフェイトの新しいリーダー藤田葵。
健輔が尊敬する魔導師は彼女のままで前に進む。
ついにチームが動き出す。
出会いの春はまだ始まったばかりである。
小さな1歩、しかし、大事な1歩が大地に刻まれた。
この日から、確かにクォークオブフェイトは新生したのだった――。