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第53話『共犯者』

 伸び悩む。

 成長の悩み、というのはどんなスポーツ、どんな物事にも付き纏う。

 才能に溢れ、努力を欠かさず、前に進む彼女にも例外ではない。

 他人からすればある意味では贅沢な悩みであろう。

 彼女が居る場所にすらも至れずに、折れてしまう者の方が遥かに多いのだ。


「……とりあえず、私の強化プランはこんなものでいいですか。コーチとしての仕事もありますし、中々時間が作れませんね。ああ、そういえば、こっちの計画表がありましたね」


 研究室でコーヒーを片手に、憂いげに溜息を吐く銀髪の美女。

 人間離れした美貌は作り物めいているが、生気には溢れている。

 ある種のアンバランスさを奇跡的に調和させている彼女の名は、校内でファンが急増中の『元素の女神』フィーネ・アルムスター。

 輝かしい栄光に彩られた先代の女神様は今後の予定に頭を悩ませていた。

 コーチとしての役割はチーム全体への技術の伝播など、多岐にわたっておりフィーネは今日に至るまで精力的に仕事をこなしてきた。

 健輔などは深く考えずにすぐさま信頼していたが、葵などの信任を得たのは実は最近だったりする。

 どれほど高名な存在でも、自らの目で確かめることを第1とする女傑はフィーネにもしっかりと目を配っていたのだ。

 フィーネもその事に気付いており、2人は裏では激しくぶつかり合っていた。

 その甲斐もあって、というべきなのはわからないが、彼女は信頼に足る人物として葵からも頼られるようになったのだ。

 実に順調――なのだが、好事魔多し。

 思いもよらぬところで彼女は躓くことになる。


「健輔さんは勝手に成長中、優香も今は自分を飲み込むところ、美咲は言うまでもなし。圭吾くんも自分なりで進めている。3年生には余計なお世話。本当に可愛げのない人たちですよ」


 コーチとしてやることがない。

 新入生たちにはあるのだが、彼女たちはチームの方針として今は自分を見つめるところなのだ。

 フィーネがあれこれと指示をする段階ではない。

 優秀すぎる生徒たち、そのためにフィーネの仕事は半ば消滅の危機を迎えていた。


「まるっきりやることがない訳でもないんですけど……」


 健輔との私的な勉強会は続いているし、あれもコーチの一環ではある。

 彼女としても非常に楽しいのだが、あれも理想とは微妙にずれてしまっている。

 願望と現実を一致させるために鋭意努力はしているのだが、難敵は簡単には屈してくれていない。

 そうこうしている内に、面倒臭い太陽が徐々に近づいている。

 私的な面まで含めれば、やることはいくらでもあったのだが、このふんわり加減が微妙に辛い。


「コーチに集中し過ぎると、成長が鈍化していますし、1度いろいろと整理しないとダメですね。何事もバランス、ですか。まあ、そのためにも――」


 コンコン、と部屋をノックする音が響く。

 浸透系で外の気配へと力を飛ばして念話を送る。

 フィーネが日本に来た理由の1つ、この辺りで本人から協力してもらいたいと彼女は思っていた。


「空いていますよ。いらっしゃいませ、健輔さん」

「勉強会じゃないのに呼び出しとか、珍しいですね。フィーネさん」


 慣れたように部屋に入ってくる健輔に微笑みかけて、フィーネはソファを勧める。

 既にこの部屋で幾度も重ねた光景。

 外から健輔がフィーネの部屋に入るのを見て、男子たちが血涙を流した景色が広がっていた。


「すいません、お手数をかけてしまい」

「いいですよ。フィーネさんにはいろいろとお世話になってますからね」

「ふふっ、そう言っていただけるのは有り難いですが、ほとんど健輔さんの力ですよ。私の力なんて本当に僅かなものです」


 フィーネは足を組み替えて、健輔に微笑みかける。

 穏やかな空気、流れるものに淫靡さなど欠片もないが女神には妙な色気があった。

 健輔は鉄面皮を張り付けて、必死に内心が表に出さないようにしている。

 彼の頑張りを気付くことが出来たのなら、実は攻撃が意外と効いていたことを知れるのだが、今のフィーネはそういう気分ではなかった。

 こうして絶好のチャンスを逃す。

 女神の運の悪さはこういう微妙なところで現在も発揮されていた。


「それで、一体何のようですか?」

 

 妙に片言なのだが、フィーネは特に気にした様子もなく、己の目的を告げる。

 声に宿る真剣な色に健輔の心が微妙に痛んだが、当然気付くはずもなくすんなりと答えを得られた。


「私のヴァルハラを更なる高みに導くために、あなたのデータを私にください。より正確に言うのならば、あの『万華鏡』に至った詳細なデータが欲しいです」

「ふーん……。ええ、いいですよ、って言いたいんですけどね」

「わかってますよ。あなたにとって、あのデータを提出すること言う事は必然として周辺データも、つまりは戦闘記録も私に放出する必要がある」


 フィーネの試用期間とも言える時期は終わり、既に彼女もメンバーとして認められている。

 しかし、それでもフィーネはかつてのヴァルキュリアのリーダーなのだ。

 情報流出の懸念、というものは常に付き纏う。

 データが漏れて対策されても超えるだけなので健輔は全然気にしないが、周囲と他ならぬフィーネが気にしてしまう可能性は高かった。


「それでも、あえて願います。皆が上に進む中、私が足を止める訳にはいかないのです。無論、対価はありますよ」

「へぇ、じゃあ、それは?」

「これから、私が作り上げる全てを。太陽にも決して劣らぬ力を差し上げると、お約束しましょう」


 万能系の真理に至るのに、リミットスキル到達は絶対の条件となる。

 達成する方法はまだ見えていないが、1つだけ確かなことがあった。

 少しでも強い敵との戦いは必ず必要な要因となる。

 1人でも多く、かつ強力な相手との戦いのみが健輔を頂きに導く。

 元々、自分が対策されることなど大した脅威とも思っていない男はフィーネの覚悟に対して殊更軽く返事をした。


「まあ、くれると言うのなら有り難く。そんな報酬よりも、あなたが強くなってくれるならそれだけでもいいんですけどね」

「私にも矜持がありますので。施しを受けるほどには、飢えておりません」


 誇り高く気高い姿で女神は真っ直ぐに健輔へと宣言した。

 自信ある振る舞いの女性は美しい。

 フィーネの姿をしっかりと心に焼き付けて、健輔は不敵に微笑んだ。


「では、どうぞ。強くなってくれるのならば、俺はそれだけでいいですよ」

「ふふっ、ありがとうございます。私もそろそろ上にいかないと、置いて行かれてしまう。それだけは、嫌ですので」


 美しき女神の手と固く握手を交わし、健輔は不敵に笑う。

 ここにも落とすべき敵がいる。

 かつてない規模の最高の戦いが出来る世代に生まれた幸運を健輔は噛み締めていた。

 この女神がいれば、必ず自分は更なる高みに至れる。

 予知のような勘に身を任せて、健輔はその日がくるのを楽しみに待つのだった。






 健輔が裏でフィーネと結託していた時、ほぼ同時刻の別の場所で空と太陽が対峙していた。

 ニコニコと機嫌の良さそうな桜香。

 憂い顔で珍しくも不機嫌そうな優香。

 よく似た姉妹は真逆の表情で向かい合う。


「あなたに呼ばれて来てみたら、随分と面白いことになってるみたいね。いい感じの圧力を感じるわ。私が知ってる中では五指に入るわよ」

「姉さんに褒められるのは嬉しいですが、少し嫌味にも聞こえますよ。私の力は把握できる、とそのように言われているように感じます」

「あら、ごめんなさい。でも、誤解しないで欲しいかな。私は――」

「他人の力など気にしない、でしょう。姉さんのことですから、わかりますよ。探ろうとしてくれただけ、気を使ってくれたんですよね」


 優香の発言に桜香は意味深な笑みを向ける。

 健輔によって取り繕っていたものが破壊されて地が大幅に露出してきた太陽は自然と人を見下ろす。

 持ち得る才能に相応しく傲慢に、それでいて狩りには手を抜かない最悪のハンターとなっていた。

 彼女にとって大半の戦いは狩りである。

 結末は見えており、どのように相手を仕留めるかだけが問題となっており、対等の生き物との闘争ではない。

 無論、狩りが闘争に劣る訳ではない、ないのだが立場が異なるのだけは間違いないことだった。

 彼女が戦う時――相手を対等と見做す時とは、すなわち健輔との決戦のみである。

 たった1つを捧げるからこそ、彼女は価値があると思っていた。

 

「いい子ね、優香。私とは似てなくてよかったと思うわ」

「素直に賛辞として受け取ります。……昔は怖かったのに、今の姉さんはそれほど怖くなくなりました。理解出来るから、でしょうか」

「そうかしら? 私も今の方が気が楽ではあるけど、興が乗るとやり過ぎるようになっちゃったから、そう言う意味ではまだ自分を制御出来てないんだと思うわ。我が事ながら、まだまだ未熟よね」


 優香がそうであるように、桜香も感情で強さが激しく上下する。

 しかし、特性が似ているからこそ違いが際立つ。

 輝く恒星たる太陽は高いレベルで安定しているが、未だに未熟な月は姉に明確に劣っていた。

 自己を制御する、と言う意味では優香は桜香よりも優れているのだが、感情を爆発させるのには徹底的に向いていない。

 しかし、向いていないと諦める訳にもいかないのだ。

 優香は優香の事情で、負けられない理由がある。

 誇らしい自分であるために、過去を振り切って未来のためにやるべきことがあった。

 優香の決意を感じ取ったのか、桜香の笑みが深くなる。

 いろいろと溝があり、今でも通じ合っているとは言い難いが彼女たちはお互いに理解者でもあった。

 この事実だけは誰にも覆せない。


「真剣な瞳のあなたを見ると、私も少し落ち着くわ。ちゃんと自分を保って、その上でぶつかりたいと思うの」

「普段は暴走している、みたいな言い方ですね。アマテラスの皆さんは大変そうです」

「あら、あなたもきっと周囲からはそういう風に見られているわよ。それに、私は私のあるがままに振る舞うのと同時に、皆が描く王者を自分なり演じているわ。謙虚で、大人しい最強よりも傲慢で、奔放な暴君の方が倒し甲斐があるでしょう?」


 香奈子が桜香を、アマテラスをより最強に相応しいように磨き上げているように、桜香も自分を倒し甲斐があるように彩っていた。

 既に頂点に立った者である彼女には明確な目標は存在していない。

 わかりやすい数値目標がなく、概念としての勝利しか残っていないのだ。

 道なき道を自分で照らして、進むことを強いられている。

 

「詰まらない小物ではなく、誰もが認める怪物を倒すからこそ、英雄譚も輝くものよ。敵が詰まらない、ということは味方も大したことがないのよ。薄っぺらい勝利、そんなものをあの人に用意する? あり得ないわ」


 冷たく吐き捨てる桜香に優香は苦笑で応じる。

 思考も、能力も昔とは大きく変化していたが、それでも変わらない部分もあった。

 桜香が優香を知るように、優香も桜香を知っている。

 他人の評価など気にはしなくても気になる人物には最大限に気を使っているのだ。

 桜香なりの勝利への報酬が、自分というモンスターを倒した際の名誉である。

 倒すに相応しい存在として、彼女は決して止まらない。


「ええ、姉さんはそういう人ですね」

「わかってくれて嬉しいわ。だから、先に答えを言っておくわ。いくらでも相手をしてあげる。でも、教えなんてものは期待しないでね」


 突然に切り替わる話、しかし、優香はゆっくりと首を縦に振った。

 お互いに誰よりも見つめ合った間柄である。

 多少の変化程度で見誤るほど底の浅い関係ではない。

 この場を作った時から、双方がお互いの望むことに気付いていた。


「ありがたく。……健輔さんにも、ちゃんと伝えておきます。れ、練習も何回かは合同で開くので問題ないです」

「有り難くいただくわ。とてもいい交渉の仕方だったわよ」

「そうしてください……。ちゃんと、相手はしてくださいよ」


 優香は少しだけ拗ねたように言った。

 彼女がこの手段を取りたくなかったのは、間違いなくこうなるとわかっていたからである。

 健輔と必要以上に接近されるのは優香の胸がムカムカするので嬉しいことではなかった。

 妹の心情を察しているのか桜香が苦笑する。

 正面から私は不機嫌です、と主張する優香は桜香の記憶の中でも数えるほどしか存在しない。

 普段は大人びているのに、今だけはかなり幼く見えていた。

 妹の精いっぱいの我儘に、姉として応えたくなる程度には情もある。


「大丈夫よ、ちゃんとわかってるから。ふふっ、不思議ね。前の方が明確な問題はなかったのに、敵である今の方があなたのことを好きになれそう」

「結局、私も姉さんも人間だったと言う事だと思います。2人とも、体面ばかりを気にしていました。それが、きっとダメだったんですよ」


 穏やかな空気、同時に決して交わらない一線も見える。

 2人の間にはお互いを理解出来たという喜びがあった。

 だからこそ、ここから起こることは2人にとっては自然な流れである。

 どちらともなく席を立ち、2人は並んで学園に向かう。

 思い立ったのならば、直ぐに行動に移す。

 やろうとしているのはただそれだけである。


「まずは、今の全力を教えてもらいましょうか。受け止めてあげるから、好きにしなさい」

「ありがとうございます。私がどれだけの力を出せるのか、見ていて下さい。期待に沿えるものだといいんですけど」

「大丈夫よ。――あなたは、私の妹だもの」


 去年の今頃ならば苦い想いと共に飲み干したかもしれない言葉。

 たった1年前の自分との違いに優香はつい笑ってしまう。

 桜香も釣られて笑みを零した。

 2人が変わった原因に密接に関わる男のなんとも言えない笑顔が脳裏に過る。

 あの人はこの状況をどう思うのか、と優香は考えて、直ぐに答えに至った。

 考えるまでもなく、答えは1つしかないだろう。


「強い奴と戦えるなんて――」

「――羨ましい、ですね」


 同じ解答に頷きあい、姉妹は学園へと向かう。

 優香は高みに至るために。

 桜香は最強として更に完成するために。

 敵同士となった姉妹は手を取り合い、今はまだ誰もいない領域へと手を伸ばす。

 この先に、必ずやってくるであろう誰かのために美しく、強く自分たちを彩るのだった。


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