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第51話『お仕置き』

 大地に伏せる人影。

 乙女にあるまじきことに完全に死んだ顔をしていた。

 暮稲ササラは完全に燃え尽きている。

 都合戦闘時間は2時間。

 限界を遥かに超えた領域で、ササラは最大限努力をした。

 

「さ、ササラちゃん? えーと、その佐藤先輩、大丈夫なんですか?」

「多分、大丈夫かな?」

「うぅ……聞き返さないで下さいよ……。さ、朔夜ちゃん、助けてぇ」


 あんまり過ぎる発言に栞里は涙目になり、親友に助けを求める。

 少し様子の変わった友人に僅かに驚くも、要望自体はスッパリと断った。

 朔夜にはどうにも出来ないことが世の中にはあり、これもその1つである。


「ごめん、この人は手に負えないかな。美咲先輩にお願いして、叱って貰おう。きっとそれが1番ダメージがあると思うよ」

「わ、わかったよ。お願いしておくね」

「い、いや、あの……そんなに悪いことした? 俺なりに、精いっぱいやったんですけど」

 

 困惑する健輔を余所に後輩女子たちはササラを起こし始める。

 ササラを思っての行動なのはわかるが、やはりなんというかやり過ぎだろう。

 朔夜から見てもドン引きである。

 割と健輔寄りの朔夜ですらもそうなのだから、他の面子に関しては言うまでもなかった。

 

「まあ、普通はこうなるよ。嘉人くんと海斗くんもしっかりと反面教師にしてね」

「いや、暮稲の奴白目剥いてますよ。どうやってらあそこまで追い詰められるかがわからないっす」

「じ、自分は……その、素晴らしい根性だと……」

「ああ、もう! いいよ、いいよ……。どうせ、俺は戦闘狂ですよーだ。ケッ、お優しい圭吾くんの方針じゃ大した奴は育たないね」


 健輔の発言に圭吾の唇が震える。

 図星というか、圭吾なりに気にしているところを撃ち抜かれていた。

 健輔が育てた魔導師は基本的に強くなるのだ。

 こうやってからかって遊んでいるが、間違いなくササラは何かを掴んでいるだろう。

 ただの防衛本能だけで気絶するまで戦うのは不可能である。

 経験則から圭吾は理解していた。


「け、健輔、言うじゃないか。久しぶりにちょっと、カチンと来たよ」

「おっ、珍しいな。何、やっちゃいますか?」

「……最近、増長が激しいようだね。君にならば、僕は簡単には負けないよ?」

「言ってろよ。過去の栄光にすがるのは格好悪いぜ」


 外ではかなりの強さを発揮する健輔だったが、実のところ身内の対戦戦績があまりよくない。

 優香にはほぼ全敗、圭吾には勝ち越しているがいくつかの負けも積み重なっている。

 お互いがお互いを知り尽くしているが故の拮抗がそこにあった。

 一触即発、もうすぐ日も沈むという時間帯。

 まさかの第2ラウンドが始まろうとした瞬間、このチームの代表者の声が響いた。


「おー、良い感じにやってるわね。流石、健輔! 私の1番弟子!」


 朗らかな笑顔で乱入してきた存在を見て、健輔の中で警戒心が湧き上がる。

 気のせいでなければ、目の前の笑顔は臨戦態勢に入っているものではなかろうか。

 眼だけは笑っていない葵の最終形態が、何故か優しい微笑みを浮かべて健輔を射抜いている。

 こういう時の勘には定評のある健輔だったが、彼を上回るハンターの本気には流石に勝てなかった。


「……葵、さん? もしかして、もしかします?」

「おお、流石だねー。最近、ちょっとノリノリ見たいだからね。少し、お灸を据えておこうかと」


 嫌な予感を裏付ける言葉に健輔の顔を引き攣る。

 無駄と承知で最後の抵抗に移るか、それともどうせ散るならドデカい花火になるかを秤に掛け、


「じ、自分だって好き勝手やってるじゃないですか……」

「おんやぁ、そんなことを言う悪い子とはちょっと、お話し合いが必要かもね」


 葵が歯を剥き出しにして威嚇してくる。

 そんなことをしているから女性扱いされないんです、と心の中でツッコミを入れたのだが、悪魔の嗅覚が何故か嗅ぎつけてしまう。

 ニンマリ、と口に不気味な半円を描き、葵は逃れられない宣誓を告げた。


「健輔、今、思ってはいけないことを思ったわよね?」

「さ、さあ? なんのことでしょうか。しょ、証拠はあるんですか?」


 微妙に語尾が震えたが毅然と言い返す。

 葵が勘だけで物を言っていることくらいはしっかりと学習している。

 いくら葵が横暴とはいえ、筋の通らないことはしない。

 知らぬ存ぜぬで押し通せばなんとかなる。

 健輔も1年前とは違うのだ。


「――ほう、なるほど、なるほどね」


 しかし、その決意に罅が入る音が聞こえた。

 葵の機嫌が1段階下がったのだ。

 目を閉じて、次の瞬間には強烈な眼光で健輔を射抜く。


「健輔、もう1回聞くけど……やるよね? 最近遊んでないし、お姉さん、ちょっとは構ってくれると嬉しいな」


 葵の声が恐ろしく優しくなる。

 もう逃がさんぞ、という合図だった。

 ササラをボコボコにした健輔が、今度は葵と戯れることになる。

 急変する事態に新人の顔を青ざめていた。

 戦闘狂の師匠は、弟子が引くほどの戦闘狂である。

 嫌すぎる伝統の一戦が幕を開けようとしていた。

 どうせやるならばと、気力を振り絞って健輔は葵に喧嘩を売る。


「い、いつまでも簡単にやられると思わないでくださいよ。いいですよ、そろそろ下克上してやりますよ」

「ふふふ、あらあら、本当に強くなったわね。……ええ、やりましょうか。去年の今頃って、真由美さんと特訓していた時期だものね。どれだけ変わった採点してあげるわ」

「の、望むところですよ。負けないですからね! いや、本当に……多分……」


 唐突に発生する健輔対葵に新人たちは完全に流れから取り残される。

 味方同士なのに苛烈な闘志を見せ付けながら、クォークオブフェイトのリーダーとジョーカーは自然と闘いに突入するのだった。






 健輔にとっての目標、倒すべき存在は九条桜香である。

 世界大会を優勝する上で絶対に避けられない壁。

 彼女を超えないと魔導師として、頂点に立つのは不可能である。

 健輔も理屈として、その辺りは弁えていた。

 その上で彼は切に切に願っていることがある。

 自らをここまで引っ張り上げてくれた者。

 感謝してもしきれない存在に礼がしたい、と健輔は常々思っていたのだ。

 自らの師に最高のプレゼントを贈りたい。

 すなわち、敗北しかないだろう。


「ウオオオオおおおおおおッ!」

「はいはい、やる気はわかったわよ。でも、気合だけで終わらないようにね」


 健輔は藤田葵に最大限の警戒を向けている。

 数多の魔導師が存在する中で、葵は健輔と飛び切りに相性が悪い存在なのだ。

 新入生たちは健輔がこれほどまでに葵を恐れていることを知れば首を傾げるだろう。

 確かに葵は強いが、彼女の強さはあくまでも既存の強さである。

 どう頑張っても、桜香や皇帝といった怪物たちには届かない。

 両者に勝利した健輔が何故、葵に勝てないのか。

 この世が単純な方程式で出来ているのならば理屈は間違っていない。

 ――しかし、世の中には何事も例外が存在しており、これもその中の1つに過ぎなかった。

 世界ランク第5位、『掃滅の破星』藤田葵。

 彼女はこの世でただ1人の、佐藤健輔の師匠である。

 この言葉が持つ意味の重さを、知っているのは他ならぬ当人だった。


「攻撃を止めないッ!」


 葵に対して健輔はあえて拳での白兵戦を挑む。

 迂闊に距離を取ろうものならば、この女性が直ぐ様にこちらを沈めにくるのは知っている。

 小細工を許してくれるほど、この人は優しくないのだ。

 健輔レベルの砲撃では正面突破を容易く敢行する。

 お互いに知り尽くしているからこそ、最初から真っ向勝負以外の選択肢を捨てるしかない。

 他のものならば幻惑される変幻自在のバトルスタイルも、この英傑には通じない。

 単純な格闘戦能力ならば『騎士』ともタメを張るだろう。

 何より、健輔すらも上回る勝負強さがこの人物にはある。


「あら、良い表情ね。必死なのを見るのは結構久しぶりかしら?」

「そう、ですかねッ!」


 拳と拳がぶつかり、健輔側があっさりと押し負ける。

 既に万華鏡は発動しているのだが、まるっきり通用するイメージが湧かない。

 呼吸、テンポ、後は経験。

 積み重ねた健輔の強みが全て、この人物には通用しない。

 当然と言えば当然のことなのだ。

 いくら健輔とはいえ、センスのみで戦い続けることは不可能である。

 誰かが見抜き、刃として育てからこそ万能系と融合した果てに強さを身に付けた。

 健輔の魔導の原風景、始まりにいるのがこの藤田葵である以上、他の者には通用する幻惑は一切が通用しない。

 類稀な戦闘センスも全てが読まれていてはただの薄っぺらなパフォーマンスに過ぎなかった。


「さて、そろそろ――いくわよッ!」

「はっ、望むところだ!」


 魔力の充溢、葵の力が内部で精錬されていくのを感じる。

 健輔が葵を苦手とする第2の理由がここにあった。

 とにかく外部と接触しない。

 彼女が外から取り込むのは魔素ぐらいで、他は全てを内側で完結させている。

 収束系の高密度な力を極限まで内側で高めて、身体系で相手を穿つ。

 シンプルかつ完成されており、穴がないのだ。

 桜香をして正面から凌駕する以外の撃退法が存在しない。

 純粋な格闘戦ではフィーネも負けることがあるほどに対人での強さがずば抜けている。

 強固な芯、ササラが望んでやまないものをまさに体現していた。

 力押しに弱い。

 万能系の弱点がここぞとばかりに曝け出される。

 

「ぐっ!?」

「ほらほら、最近少し手品に頼り過ぎて、基本が疎かになってるわよ。男だったら、女に黙って殴られてないで、反撃しなさいッ! ――それとも、負けたままの方がいいのかしらッ!」

「はっ――」


 話す間も拳の嵐は止まらない。

 健輔との相性が最悪である葵だが、実はまだまだ理由は存在している。

 戦闘センス、つまるところ健輔にとっての真実の切り札。

 彼を支える最大の柱たるこの部分が葵には届かない。

 格闘センスにおいて、藤田葵は佐藤健輔を凌駕しているのだ。

 総合力では能力と合わせて健輔に分があるが、同じ距離、同じスタイルで戦う限りは勝てないだろう。

 しかし、距離をとっても健輔の火力では葵を落とせない。

 原風景を知られており、おまけにセンスで勝てず、得意なフィールドに引き込むには力が足りない。

 詰んでいる、とはこういうことを状況を指す。

 戦況は極めて劣勢、これが日常であり健輔が葵に勝てない理由である。

 健輔も認めてはいた。

 なるほど、確かに佐藤健輔は今、藤田葵に劣っている。

 なので、諦めます、とそんな素直な奴だったら、おそらくこの学園にいないだろう。

 葵の挑発にノータイムで乗っかるアホが楽しそうに叫ぶ。

 

「――んな訳、ねえだろッ! 負けてる状況で、俺がどうするかはわかってるよなッ!」

「劣っているのなら、あらゆる手段で埋めればいい。至極単純よね。今の自分が負けるのならば――」

『――負けない自分になればいいッ!』


 重なる声は全く同時に放たれる。

 師弟の絆はここに健在、だからこそ攻めがさらに苛烈になっていく。

 葵の攻撃手段は何も変わらないが健輔の攻撃は多彩に変化する。

 相手に合わせて変化するのが健輔のバトルスタイル。

 タイミングを読まれている、テンポを掴まれている、諸々理由があって万全な使用にはリスクがある。

 普通はここで、もしかしたらを恐れるものだろう。

 大きな隙を晒すのは必定なのだ。

 安全を考えれば取れる手段ではない――間違いないが、健輔に賢い選択など出来るはずがなかった。

 読まれているから、攻撃されながら攻撃しよう。

 理屈が通っているようで通ってない確信を抱いて戦士は進撃することを選択する。

 容赦なく突き刺さる葵の拳。

 懐かしき鳩尾への痛みに満面の笑みを浮かべたまま健輔は反撃を放った。


「――これで!」

「浸透系からの破壊系、それで次は?」

「火力、だよ!」


 腕に紫電を纏って、掌に力を集う。

 放たれるのは渾身の一撃。

 葵を倒すには大規模な火力こそが必須となる。


「――なるほど、まだ甘いわね。私がいつまでも弱点をそのままにするとか、思っていたの?」


 弟子の奮闘を一撃で無に帰す。

 同じように掌に魔力を集い、葵が押し返した。

 砲撃のような形での放出は葵には出来ないが、近距離での放出は系統的にも不可能ではない。

 元々が火力重視の女性である。

 安定していることと停滞は別の意味なのだ。

 健輔が進歩するように葵も成長していた。


「本気でやりなさいよ。あなたにとって、今年度の戦いは厳しくなる。クラウディアと戦って気付いたでしょう? 余裕が無くなってきている。対策されているってね」

「ええ、勿論、言われるまでもないですよ」


 クラウディアが現段階であれだけの対抗策を練っていた。

 更に時間を経る世界大会では健輔はほとんど裸にされてしまい、戦法のほとんどが通用しなくなる日も来るだろう。

 徹底的な解析は健輔から未知というヴェールを剥ぎ取り、在り来たりな魔導師へと貶める。

 避けられない運命――このままならば必ず健輔は沈む時がやってくるのだ。

 しかし、


「俺が、もっと強くなる機会がやってくるということでしょう? いいじゃないですか、対策、解析、全て存分にやって貰えばいい。俺も知らない俺の弱点、見つけてくれよ。俺もそれを楽しみにしている」


 超えて欲しい、挑ませてくれ。

 来るいつかは彼にとっての福音。

 理屈は単純である。

 何やら健輔が強いのには理由があると思っている連中がいて、そいつらは理由を封じれば健輔に勝てると思っているのだ。

 ――だったら、俺が全て超えてやろう。

 その時、健輔は誰に文句を付けられることのない真実の強者となる。

 葵がシンプルで単純なように弟子も変わることはない。

 困難な状況を超えれば強くなれる。

 頭の中にあるのは至極単純な方程式だった。


「あらあら、男の目をしてるわね。困ったなー、お姉さん、そういう目をしてるの大好きなんだけど」


 笑顔で楽しそうに話す葵だが、瞳が実に嫌な感じに輝いている。

 健輔が更なる壁を欲しているように、葵も更なる壁を欲していた。

 この2人は本当によく噛み合っているのだ。

 健輔が追いかけ、葵が離す。

 健輔と優香の関係も似たようなものだが、それよりも更に苛烈な絆で両者は繋がっている。

 お互いにお互いをよい壁だと思っている似た者同士、血縁でないのが不思議なくらいだった。


「世界大会では、『騎士』が鬼門になるわ。あいつに当たっても勝てるくらいには昇って貰わないとね」

「他人の世話していていいんですか? あっさりと追い越してしまいますよ」

「ふふっ、あなたがそう思う分には、それでいいんじゃないかしら」

「……やっぱり、変な言い方をしてくるってことは、何か隠してますね」


 葵が大人しくしている姿など想像も出来ない。

 今まで見てきた分は昨年度と大した差が存在していなかった。

 葵が変わらないなど、健輔が諦めるくらいにあり得ない。


「引き摺りだしてやる」

「来なさい、バカ弟子。師匠は偉大だと言うことを再教育してあげましょう」


 結局、最後にはやることが変わらない2人は更に苛烈にぶつかる。

 この日の対戦回数は10戦。

 健輔は最後まで葵から隠れたものを引き摺り出すことが出来ず、敗北回数に10をプラスすることになるのだった。


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