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第49話『マスタークラス』

 健輔たちが登場した昨年度からの時期を『黄金期』だと言う者たちがいる。

 3強の最後の戦い、健輔を筆頭にした新しい戦い方の台頭など全般的に上がった質も含めての評価だった。

 ランキングにしてもそうだが、基本的に3強という頭がおかしいのを除けば平均的な強さは上がっていた。

 むしろ、平均的に強くなったからこそ、圧倒的なものが台頭しなくなったと考えるべきなのかもしれない。

 技術の上昇とカリキュラムの整備による全般的な質の向上。

 その結果が表れている。


「確かに、この子たちは凄いわねー。私たちが現役の時だと負けるんじゃない?」

「否定はしないが、無意味な仮定であろう。今の俺たちならば、遅れは取らんよ。3強、だったか。『マスター』クラスのSランクに届くような連中は流石に厳しいがな」


 天祥学園から離れた日本本土。

 東京に設置された魔導協会の本部に数人の男女の姿があった。

 魔導の恩恵故に全員が若々しい姿をしているが、全員が20代の後半程度の年齢ではある。

 働き盛りであり、同時に人間としても円熟を始める年代だろう。

 今では職場が異なるが、彼らはかつて同じ戦場を駆けた魔導師という共通点がある。

 そんな彼らが集まって話すのは、新しい制度に関する話であった。


「しかし、私たちのような世代が駆り出されるとはねー。魔導的には、結構ロートルよね? 別に負けるとは思わないけど、ちょっといろいろと厳しいと思わない?」

「同意するわ。若い子たちに混じれというのが本当に辛いわ。……肉体はともかく、精神的にね。あの熱血世界に三十路目前で帰還するとは思わなかった」

「腑抜けていないのならば遣り甲斐はあるだろうさ。魔導を学ばんとやって来た若者たちだ。本土の気合の足りない者たちよりは楽しめる」


 魔導は新しい技術に適合している年代の方が『平均的』には強くなる。

 全般的な質の向上を果たしてこその教育であるし、魔導という技術の普及を行うならば必然であろう。

 強さがそのまま出来ることに繋がる以上は避けられない命題である。

 しかし、同時にそういった枠組みを超えて君臨する者たちも確かに存在していた。

 魔導の歴史とは、すなわち強烈な個性をなんとか全体へと広げるためのものでもあると言えるだろう。

 彼らは日本でも最高峰の魔導師たち、各々が2つ名を手にし、各分野において活躍する飛び抜けた集団の一部だった。

 全員が疑いようもなく日本人なのだが、外見が微妙にその印象を裏切っている。

 1人の例外もなくやたらとカラフルな髪の色をしているのだ。

 察しのよいものならばこの時点で彼らの強さに気付く。

 魔導との適合が進み過ぎて髪色が大きく変色してしまうのは優香などが示しているが、彼らは既にその状態が定着してしまっている。

 つまり、それだけ魔導と接した時間が長いとも言えた。

 年齢が年齢のため微妙に成長は鈍化しているが、現役時代と比べれば総合力では桁違いの領域にいる。


「確かに、青春の只中に俺たちを投入するのは正気とは思いたくないな」

「我々が精を出した時代とは何もかも違う。10年近い月日は思ったよりも長いものだ」

「そうよねぇ……。こう、若さに感化されるのもあれだけど、馴染まないのも微妙っていう年頃なのになぁ」

「どうせだったら、もう1つくらい上の世代を持っていって欲しい、です」


 彼らが口を開くたびに愚痴が零れる。

 仕方がないと言えば、仕方がないだろう。

 彼らの年齢で健輔たちと戦え、というのは健輔たちに小学生と遊べ、というのに等しい。

 大人として相対するのはともかく、ライバルなどになるのは厳しいとしか言いようがないだろう。

 何より、1番厄介なのは経験値的には圧倒していてもスペック的な問題点があることだ。

 彼らが現役の時にはスペックも圧倒的だったが、現在では平均錬度の向上に合わせて相対的に弱体化している。

 経験で補える範疇の連中は対処出来るが、現在のランカーの情報は得ているのだ。

 相手がそこまで弱いとは思っていない。


「ここは方針会議だ。まあ、復帰するという情報が流れているから、誰かは行くかもしれんけどな」

「はーい! 外国に投げればいいと思います。あいつら、こういうの好きでしょう?」

「構わんが、どっちにしろ付き合いで誰かを出す必要がある。仮にも『マスター』などと呼ばれてしまうとこんな面倒もある訳だ」


 高等部ではランキングでのみ格付けがされているが、大学部や社会に出た者たちはまた異なるランク付けをされる。

 まずは『アカデミークラス』。

 これは学生全般を指すものであり、相応のレベルの者たち、進学してきただけの者を指す。

 後は各々のスキルを精査、戦闘バックスを問わずにランクF~A、特別枠としてSの6段階で等級を決定する。

 これが各々の魔導師として成熟した状態での評価となるのだ。

 ここから先、魔導師として能力を深めていくと更なる分岐が発生する。

 戦闘魔導師ならば『エキスパート』、バックスならば『マイスター』、こちらもアカデミーと同じような等級で能力を決定されていた。

 そして、最後にこの上にこの場にいるものたちのクラス――『マスター』クラスがある。

 このクラスは一言で言えば、戦闘技能とバックス系の技能を高いレベルで収めた者たちへの称号だった。

 エキスパートの最上位でマスターよりも上のものはいるし、マイスターも同様である。

 しかし、マスタークラスはそういった者たちを総合力で超えていた。

 まさしく魔導を極めた人材である。

 これが正規のクラス分けであり、現在の魔導師の評価制度だった。

 ちなみにまだ『レジェンド』クラスと『ウィザード』クラスが存在しているが、この2つはとにかくヤバイ連中を隔離しているようなクラスなので、評価が非常に難しいため等外とされている。

 また、戦闘能力などを評価しているクラスではないので、今はそこまで関係のない話だった。


「ぐっ……昇進も早かったけど、こんな罠があるとはっ」

「マスターの責務と言う奴だな。まあ、俺たちより上の奴らはこう、なんていうか見本には出来んだろう」

「固有能力を最初に発現された方とかだものね。どうして覚醒したんだ、としか言いようがないというか」


 現在の技術を以ってしても再現性が皆無なのがマスターよりも上の存在の特徴だった。

 転移を最初に発現した存在もここに所属している。

 部分的には解析されており、世に大きな利益を齎しているのだが、追い付くのにまだ10年は必要とされている傑物を教育に派遣する訳にはいかないだろう。

 真面目な日本側はそのように考えていた。


「意図は理解出来ますし、後進の育成は望むところだけどねー」

「しかし、世の中には順序がある。我らだけでは、需要を満たせん。既に研究職となって久しいし、戦闘は骨だ」

「ですね。私も同意見です」

「心配しなくても、バックスとして協力すればいい。ルールには目を通したんだろう? 俺たちの後輩なんだ。最新の研究成果とか知ったら、直ぐに試合で使うぞ」


 消極的な者たちにリーダー格の者が事実を述べる。

 実際、最新の発表内容どころか、一部では最先端を突っ走っている存在は現役にもいるのだ。

 下手な心配など意味がないだろう。

 肩書が大袈裟になればなるほど襲い掛かってくる奴らばかりなのは疑うべくもなかった。

 かつての自分たちがそうだったように後輩たちが負けず嫌いじゃないはずがない。


「俺たちのメインの仕事は、まあ、あれだな、トップクラスに届くように下のチームを育てることだ。見込みのあるチームに何人かを派遣して、テコ入れする、って奴だ」

「依怙贔屓、とか言われるんじゃないの?」

「まあ、選定基準があるからな。否定は出来んが、かと言って学生の自主性に任せるままでは、トップチームが上に居続けるだけだ。魔導の目的として健全、とは言い難いだろう」


 ルールの変化などで弱体化はするだろうが、結局のところ強いチームは強いままなのだ。

 下にいるチームもルールという全体の改革だけでは、這い上がれないだろう。

 上に辿り着くための手段は大人が提供する必要がある。


「まあ、上の奴からは文句は出ないだろうさ。むしろ、今までとは違うタイプで強いのが出てくるのを歓迎するはずだ」

「まあ、強い人たちは大人物かはともかくとして、懐は広い方よね。特にこんな強さと名誉のみしかない競技だと尚更だと思うわ」


 誰もがより強くなることを報酬としている。

 難易度が高くなることに文句を付ける存在は皆無であろう。

 何故ならば彼らは純度が高いからだ。

 逆に気を使わないといけないのは、彼らのような強いが少数派である者たちではない。

 強いのだが、トップクラスには至らない連中の中からマシな者たちを選ぶ必要がある。


「後続集団の方は、まあ、それほど心配しなくていい。どうせ、熱も薄いからな。落ちるのようなのは、最初からそうなる運命だろう」

「冷たいことで。仕方ないけどね」

「さて、では――子どもたちのためにも、候補の中からより良いチームを選ぼうじゃないか」


 第1次選考でいくつかのチームには世界大会終了時に手を加えている。

 この中からより注力をすべきチームを選出するのが今日の目的だった。

 大人たちが童心に帰り、悪巧みを始める。

 影も形もまだ見せていないが、健輔たちの知らないところで時代が動こうとしているのだった。






「目下の課題は、リミットスキルだな。あれがないと始まらん」

「でしょうね。私との『魔導共有』で何かは掴んだのでしょう? 成果とかないの?」


 健輔と美咲は熱い議論を交わす。 

 練習時間を潰して2人が話し合っていることは、これからの方向性についてだった。

 健輔のバトルスタイルは既に固まっており、これ以上は錬度の上昇などしかやることが残っていない。

 常に変化するのは間違いないので、やることは変わらないのだが闇雲な努力では意味がないとわかっていた。

 達成すべき課題、至るべき場所――つまりはリミットスキルに手に入れるための条件を探っているのだ。

 万能系でのリミットスキルの発現者は0。

 健輔が至らなければ誰もいけないであろう前人未到の頂だった。


「俺の予想なんだが、そもそも前提が違う感じがするんだ」

「前提? そう言えば、似たようなことを言ってたわね。合宿の時だっけ?」

「ああ、簡単に言うと、俺が目指すべきは本来の意味での万能系のリミットスキルなんだろうさ」

「各系統のリミットスキルじゃない、ってこと? でも、全ての系統を極めた先にあるかも、とも考えていたわよね?」


 2人が意見をぶつけ合わせているのは、言うまでもなく健輔の系統『万能系』についてである。

 各系統の中で最も謎に包まれた才能由来とされている系統。

 最近、健輔の中で実は失敗した系統なのではないか、という疑問を湧いていたが、今はまだ疑惑で胸に留めている。

 焦った考察では、道を間違える可能性がある。

 周り道を疎ましく思う性質でもないが、可能限り避けるべきだとも思っていた。

 無意味な労力は省略しておくべきだろう。


「……多分だが、全てのリミットスキルを極めた果てにいるのは、俺じゃない。おそらくだけど、桜香さんだろう」


 リミットスキルは各系統の本質が強く発現した状態を指している。

 万能系とは何なのか、ということを突き詰めることに意味があった。

 そして、健輔の『純白』と競り合った桜香の『漆黒』について考えることも同様である。

 同じ領域の力だが、色から考えても方向性は真逆。

 つまり、『漆黒』を理解すれば必然『純白』の答えにも至る。


「そういうことね……。あの黒いは、全部をグチャグチャにした奴なのかもしれないのね。力技もいいところね……むしろ、そんな何もないところを開拓するような真似が出来る怪物は1人しか、存在しないってことなのかしら」

「万能系が何人かいるのも、おそらく何らかの理由があるんだろう。でも、あの人、九条桜香がヤバイのはあの人だけの話だ。どっちがえげつないのかは、わかるだろう?」


 数が少ない。

 希少な方が強いとは言わないが、たった1人だけで進む道は苦難と同じだけの栄光を与える。

 桜香が立っている領域がそういった怪物の場所であることを疑うべき余地はない。

 弱さを認めておかないと進める場所も進めなくなる。

 これから健輔が挑むのは桜香が行こうとしているのとほぼ同じ領域にある場所なのだ。

 覚悟をしておかねば何も成せない。

 怪物には成れなくとも、健輔には同じ領域にいく理由が存在している。


「努力だけを愚直に積み重ねてもあの人に勝つには難しいな」

「努力以外の要因が、必ず重要になるということね。……うん、多分間違ってないと思うわ。互角になる、超える、どっちも的外れなのよ」

「ああ、俺は俺であればいい。結果として、桜香さんよりも強くなることもあるかもしれないさ」


 まずは認めるところから始めないといけない。

 桜香と同じ領域で物事を語れるのは、同じ領域に至れる才能が大前提となる。

 こんな最悪の条件を満たせるのは、それこそ優香ぐらいしか存在していない。

 フィーネも届く可能性があるが、彼女の場合は微妙に桜香に劣っているのが明確になっている。

 だからこそ、銀の女神はこのチームにやってきたのだろう。

 己に足りない何かをここで補おうとを考えたのではと誰もが予想している。

 誰もが己のやり方で最強を目指していた。

 皇帝のように自己の理想を強く信じるのも1つであろうし、桜香のように自己の才能と感情の熱量に賭けるのもまた強い選択だろう。


「……さて、佐藤健輔はどうすべきだと思う?」


 各々の歩みを見て、健輔はこう思った。

 自分はきっと、やるべき道を1つに定めるようなことは出来ないだろう。

 

「どうせ、全部とか言うんでしょう? いいわよ。私が付き合わないと、陽炎と優香だけでどこまで行っちゃうかもしれないしね。やれることは、全てやりましょうか」


 内心を全て読んだ言葉に苦笑を浮かべた。

 素晴らしい女性で自分にはもったいない相方だと、健輔は深くこの出会いに感謝を捧げる。

 学園で出会い、ぶつかった全てが自分をここまで導いてくれた。

 そして、どうやらまだまだ上があり、ゴールは見えないらしい。

 極めても、極めても、まだまだ先がある。

 この素晴らしい戦いに、全力を賭すのが楽しくて仕方がない。


「お願いするよ、美咲。俺はもう誰にも負けたくはないからな」

「こっちも、負けてしまうあなたを見るのは、良い気分じゃないわ。利害の一致、って奴よ。好意とかよりもそっちの方が付き合い易いでしょう?」

「……今度、飯でも奢ります。いや、マジで……」


 クスクスと笑う少女に、勢いよく下げる頭に威厳は微塵も存在していない。

 しかし、彼らは確かにこの魔導という世界を担う時代の希望だった。

 果てなき道でも誰かがいれば歩ける。

 孤独ではなく共存を選んだ健輔の選択が、不滅の太陽に届く日まで彼らは進み続けるのだった。


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