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第48話『栄光の集い』

 美しき銀の髪を靡かせて、校内を颯爽と歩く1人の美女。

 女性らしく起伏に富んだ体型はまだまだ青春真っ盛りな学生たちには目の毒だろう。

 集まる視線を当然のものとして受け止めながら、フィーネ・アルムスターは目的地に向かって足を進めていた。

 チームのためにも、より言うならばこれからの魔導のために行くべき場所がある。

 目的地――とある会議室の前で足を止めた彼女は、軽く扉をノックした。


「失礼します」

「おう、入れや。ええ感じに集まっているからの」


 中から聞こえてきた声には享楽的な要素が多分に含まれている。

 声を発した人物がリーダーという訳でもないのに、何故か場を掌握する不思議な存在。

 彼が如何なる人物なのかを知っているため、フィーネの気分は微妙に暗鬱としたものになった。

 そこまで接点の多くない彼女でこれなのだから、よく知っている者たちの気分は推して知るべしだろう。

 しかし、女神も引く訳にはいかない。

 この中には様々な意味で、声の人物に負けない者たちが揃っている。

 仮にもチームの代表している来ている以上は、無様な晒せないのだ。


「では――」


 意を決して扉を開けば、そこには多くの魔導師たちが集まっている。

 ニヤニヤと笑っている武雄を筆頭に皆が名を知られた魔導師だった。

 無意味に自信満々な問題児を軽く小突いて、ある女性がフィーネに話し掛ける。

 

「フィーネさん、そこに立ってないで座ったら? そこのアホの隣が嫌なのはわかるけど、他に空いてないしね」

「おうおう、橘、お前さんはそんな口の悪い奴だったかの? 久しぶりにあった友人に失礼な奴よ」

「あなたの扱いなんてその程度でいいでしょう? 魔導戦隊のコーチ殿」

「かかかっ! 確かに、間違ってないの! ツクヨミのコーチ殿」


 明星のかけらを率いた存在――かつてのエースの1人。

 『曙光の剣』と呼ばれた国内でも最高峰のバランス型魔導師――『(たちばな)立夏(りっか)』。

 賢者連合を率いた存在――こちらもかつてのエースであり、現在進行形で世を乱す人の形をした悪魔。

 『盤上の指揮者』『勝利の運び手』、他にも愉快犯など数々の呼び名が彼の危険度を表している。

 神算鬼謀の『智』における最高峰――霧島(きりしま)武雄(たけお)

 彼ら2人もそれぞれのチームに派遣されたエース級の魔導師。


「しかし、よくもこれだけ揃いましたね。壮観、というべきでしょうか」

「同意するけど、こいつと同じカテゴリーなのは、少し遺憾ね。協力とかいう概念はないんだから、来なくてもいいのに」

「卒業して、身軽になったら口も軽くなったのう。かかっ、まあ、お前の言う通りゆえに否定する様相はないわな」

「そこで客観的に振る舞えるから、あなたは怖いのよ。ああ、ごめんなさい。脱線させてしまったかしら」


 ここには昨年度まで現役だった魔導師たちが集っている。

 1人の例外もなく、エースクラスの魔導師。

 彼らが敵でもある存在とわざわざ顔を突き合わせている理由は1つ。 

 お互いの情報交換である。

 もっと言うならば、より効率的な育成のために協力をし合うための場と言うべきだろうか。

 彼らは皆が魔導師としては1流だが、教師として見ればノウハウなどに欠けている。

 リーダーとしてチームを見ていた頃とは求められている水準が異なるため、このような集まりが生まれた。

 これには大学部の最上級生や卒業生、つまりは大人との差を埋めるという目的もある。

 彼らには企業との伝手やある種の組織力があるため、安定感ではフィーネたちの比ではない。

 そう言った安定感のあるコーチたちは新鋭のチームや中堅どころに派遣されて全体の質を押し上げるために尽力しているのだ。

 彼らの猛追、ようは新しいライバルに対抗するためにも出来るだけの連携を取ろうとしているのが、この集まりの主目的である。


「さて、女神が揃ったことで全員が集合したようだが、そろそろ始めてもいいか?」

「ええ、お願いするわ、早奈恵。今回は無理を言ってごめんね」

「構わんよ。親友と顔も合わせたかったし、こちらも良い実験の申請が出来た。物は次いで、と奴さ」


 白衣を纏った幼い容姿の女性が微笑む。

 クォークオブフェイトのバックスを統括していた魔導師――武居早奈(たけいさな)()

 今は魔導競技とはあまり関わり合いを持っていないが、中立的な進行役として立夏から頼まれてこの場を預かっていた。

 日本のメンバーは誰もがこの女性の人柄を知っている。

 フィーネのように日本以外のメンバーもクォークオブフェイトの元メンバーなら卑怯な手段など使わないと信じられるからこの人選だった。

 この集まりは真実として、全体へ帰依するものだと保証するための会議なのである。

 健輔が見れば懐かしい、とでも言うだろう光景。

 早奈恵の声で、1年間彼はこの世界を導いてもらったのだ。

 そんなある意味で世界に劇物をばら撒いた女性の声が、静かな会議室に響き渡る。

 立夏たちだけではない、この場には親交のある同学年のエースたちが全て揃っていた。


「うーん、さなえんの声を聴くのも久しぶりだと新鮮かも。後は空気が違うね。向こうも嫌いじゃないけど、帰ってきたって感じがするよ」

「あら、向こうではあれだけ私といたのにホームシックにでも掛かったのかしら? 親友として、少し悲しいわね」

「いやー、私もこう、繊細な部分を見せておきたいというか」

「女帝、凶星、貴様たちほど勇猛で野性的な戦士がその程度のことを気にするのか?」


 会場に走るミシリ、と言う音。

 かつての世界ランク第4位、『ナイツオブラウンド』コーチ――ハンナ・キャンベルとかつての世界ランク第5位、『ヴァルキュリア』のコーチ――近藤真由美に正面から喧嘩を売る男。

 圧倒的な存在感は何も変わっていない。

 彼こそが魔導世界の頂点だと、敗北を喫した後も評価は変わらなかった最強の王者。

 かつての世界ランク1位にして『シューティングスターズ』コーチ――クリストファー・ビアスが無言で女傑たちと睨み合う。


「お、女の子に、図太いはどうかと思うんだけど?」

「ええ、そうね。完全に、同意見だわ、真由美」


 精いっぱいの笑顔を維持しながら、2人はクリストファーに微笑む。

 裏にある攻撃性が全く隠れていなかったが、皇帝は意に介さない。

 王者に下々の気持ちなど理解は出来ないのだ。

 彼にあるのは、強敵への尊敬の念のみ。

 貴様たちは強い、我が兵団の一翼を収めるに相応しい勇猛さだと本人的には褒めているつもりだった。

 擦れ違いから争いは起こるという実例が目の前で起ころうとしている。

 噴火の刹那、最高のタイミングでインターセプトが入らなければ非常にマズイことになったのは疑う余地もないだろう。

 会話に無理矢理割り込む形で、大きな笑い声が響いた。


「いやー、こんなに魔導師が集まるなんて、これはワクワクするね。君もそう思うだろう、クリス?」

「ふっ……ああ、その通りだな。我が参謀よ」

「はははっ、クリス、君は強い王様だし、今でも僕の英雄だよ。……だから、刺されて死なないでくれよ」

「む? ああ、今も鍛錬は怠っていない。貴様が育てる雛との激突を楽しみにしている」


 空気を読まないことに定評がある『クロックミラージュ』のコーチ――ジョシュア・アンダーソンがなんとか話題を逸らすことに成功する。

 皇帝と誰よりも長く触れ合った男は、主が非常に空気を読めない性質であることを理解していた。

 戦場でならばジョシュアもいくらでも爆発させただろうが、流石に日常でそんなことはさせない。

 戦場では皇帝であっても、日常では男など女の前では手も足も出ないのだ。

 無駄な敗北をかつての主にさせるつもりはなかった。


「ちッ、命拾いしたわね」

「いや、ハンナ、私はそこまで怒ってないんだけど」

「そりゃ、あなたは初めてだもの。でも、私はこいつに3年間こんな感じで煽られたのよ。わかってくれるかしら、この気持ち」

「あー、うん。ごめん、実はうちにも似た子がいたからわかんないかも。大変なのは理解できるけど、まあ、慣れるよ。がっつりと接触すれば」


 2人の会話を聞いて、内心でフィーネは激しく頷いた。

 真由美が言っているのが誰なのか、深く通じ合っている。

 こちらに視線が向いている真由美と瞳と瞳で熱く握手を交わす。

 あちらこちらへと話題が飛んでいくのは、彼らがそれだけ濃いメンツだと言うことだろう。

 誰1人として、存在感で負けていない。


「――さて、じゃれ合いは終わりか? かなり脱線したが、そろそろ話を戻すぞ」

「うむ、頼むぞ。『幼き賢者』よ」

「本日の議題だが、大幅なルールの変更は聞いているな。その上で夏に大規模な合宿をすることが提案されている。無論、各チームごとに調整は行うが、そのための場でもあると思って欲しい」


 『スサノオ』のコーチ――宮島宗則の言葉を完全に流して早奈恵が本題を述べる。

 昨年度まではこういった調整も現役生がやっていたのだが、そのために時間的、労力的制約に囚われてしまい、規模が縮小されていたという経緯があった。

 中堅どころの追い上げもある中で、座して待つような連中でないことはこの場にいる全員が知っている。

 夏という長期の休みを無駄にするような者はこの場にいない。

 

「各員、チームから方針は受け取っているな? この場では大まかな調整を行う。放送部も協力を申し出てくれているため、会場を押さえておくのも簡単だぞ」

「ん、ありがたい。私はそういうのが、得意じゃない」

「私もですね。ハンナに任せきりだったので」

「良く言うわよ。私よりも運営は上手かったじゃない」

「あら? そうだったかしら」


 かつてのランカー、『星光の魔女』を擁する欧州の強豪『魔女の晩餐会』。

 『鉄壁』ことサラ・ジョーンズは魔女たちのチームでコーチを務めている。

 多くの魔導師が顔を歪めた組み合わせ。

 何故ならばサラだけはコーチ制度のルールに全く縛られないからだ。

 彼女の本質は防御、世界大会では対抗手段から砕かれることも増えていたが、誰もが弱点をそのままにしている訳がないことくらいは察していた。

 ここに『星光の魔女』が加わることで、彼女たちは遥かな高みに至る。

 『魔女』は火力だけを見ればハンナや真由美すらも超える最強の砲台なのだが、放つのに時間が掛かるのと近接戦闘が全くダメだという弱点が存在していた。

 サラはそう言った部分を補うのに本当に最適な存在なのである。

 ベストな相性の1流が組む。

 コーチ制度の持つ隠れた特性がここに垣間見える。


「んん! 話を戻すぞ。お前たちのように昨年度から選出されたコーチが今回の場合は最多だが、一部では大学部、もしくは本職からも選ばれている」


 魔導の歴史はそこそこ長いが、洗練され始めたのは最近の話である。

 さらに基本的に新しい世代の方が強いと考えられているため、基本的に離れた学年の話題は左程出てこない。

 しかし、この強さの格差というのは実際のところ、平均値という概念で括られる。

 全体的な質は昔が劣るが、ここのタレントでは負けていない。

 戦闘経験を長く積んだ者の中には現役クラスを大きく凌駕し得る者も幾人かは存在していた。

 彼は戦闘のプロとして、コーチの役割を課せられている。


「有名どころだと、初代の『皇帝』や『女神』など、まあ、伝説のような方々だな」

「昔は弱い、って言えたら楽ですけどあちらは最新技術にも触れていますからね。私も1度お話したことはありますよ」


 リミットスキル、固有能力などを何も前例のない状況から発現してきた者たち、彼らは今、魔導という技術を世界に広めるべく第一線で活躍する者たちである。

 当然ながら経験においてここに居る者たちすらも圧倒していた。

 スペック、という面では彼らも当時ほど圧倒的ではないだろうが、今でも十分に通用する。


「他にも研究面で来る方々もいる。ようは、強敵はここ以外にもいるということだ。初見の奇襲性に頼らなければ勝てないというのならば、所詮はその程度、ということだろう」

「対策はしっかりとするわよ。ねえ、真由美?」

「ま、否定はしないかな。どんな時でも、どんなことにでも対応できる強さは確かに欲しいけどね」


 趣旨は皆が理解している。

 ここから先が本題、ルールが変わっても重要度は何も変わらない夏の期間。

 最後の大規模な練習期間を無為に過ごす訳にはいかなかった。


「まずは提案された案件を並べておこう。クォークオブフェイトが大規模な合宿を予定している。メインはヴァルキュリア、シューティングスターズ、そして――アマテラス」


 4チーム合同の大規模な合宿。

 長い歴史でも滅多に起こりえなかった事象だが、驚きの声はなかった。

 こんなものはジャブに過ぎない。


「続いて、ナイツオブラウンド、黄昏の盟約、魔導戦隊、クロックミラージュ、魔女の晩餐会。こちらも合同合宿を行う予定だ」

 

 各々が足りないものを補うために新たな敵を求めている。

 この場はそれを満たすために必要なものだった。

 最適な敵を、最高の環境でぶつけて目覚めさせる。

 魔導師の普遍的な育て方である。

 此処に集ったチームの主力で、合宿に怯むようなものたちは存在しない。


「次に、ツクヨミ、スサノオ、賢者連合。ここもチームでの合宿を予定している。さて、ここまでで相違はないな?」


 この場にいる12名が頷く。

 ここに同意は成された。

 現役でも最上位に位置する全てのチームがどこかしらでぶつかり合う。

 昨年度からの縁、というべきもので彼らは強く繋がっていた。

 空前絶後の大規模な合宿が3つ。

 熱い戦いになるのは疑う余地もない。

 しかし、この提案ですらも、前座に過ぎないのだ。

 彼らの本命、最終最後の舞台はより苛烈なもととなる。


「そして、最後に合宿最終週に全チームを3つに分けて、大乱戦を行う。味方として、気になる者とは密着しておくといい」


 過去最大級。

 全12チームの激突を以って、彼らは世界へ挑む自分たちを再確認する。

 不敵に笑うコーチたち。

 全員が自分たちのチームの勝利を信じた。

 古巣に思うところはあり、感じ入るところもある。

 それでも、彼らはぶつかり合う。

 自分たちの後継ならばこの程度は超えてみせろと、とんでもない難題を放り投げてくるのだ。

 

「異論はないようだな。では、詳細を詰めていくか。まずはフィーネ・アルムスターから頼むよ」

「承りました。――まずは最初にご挨拶からしておきましょう」

 

 立ち上がり、周囲を見渡してフィーネはニッコリと破顔する。

 美しく慈愛を感じさせる微笑みは彼女のファンが見れば天上へと至るような甘さを秘めていた。

 ――彼女が女神、という怪物でなければ素直に受けとめるのに何も問題はないのだが、残念なことに彼女は魔導師であり、怪物だった。


「今年の優勝は私たちです。ですので、その栄光を彩るに相応しい強敵となってくださいね」

「カカッ! 流石だの! それでこそ、魔導の女神よ! 喧嘩を売ってくれんと買う甲斐もないわな!!」


 武雄が嬉しそうに反応し、全員がその通りだと言う表情をする。

 誰もが、敵に高い壁であることを望んでいた。

 それでこそ、勝利はより素晴らしくなるのだ。

 この日から彼らは動き出す。

 熱い夏を塗り潰すような超絶的な領域の戦いが静かに胎動を始めるのだった。


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