第47話『不発弾』
苦い現実を知った時、人が取る行動は大凡2通りに分かれるだろう。
仕方ないと諦めるか、もしくは何が何でも認めないと行動をするか。
彼女、暮稲ササラが取る行動は決まって後者であり、そうやって難関を乗り越えてきた。
しかし、彼女は人生で初めて遭遇する難問に心が折れそうになっている。
自分の進みたい道が、辿り着くべき場所が見えないのだ。
「どうして……! 私はっ」
練習を終えて、今日も成果がなかったことにササラは表情を歪める。
あの日、合宿の最終日に黄昏の盟約の長谷川友香に惨敗してからササラは常に探し続けたものがあった。
この学園の魔導師ならば必ず手にすることになる形。
バトルスタイルの構築に取り組み始めたのだ。
あの戦いが終わった次の日からササラは行動を開始した。
まずは反省会、そして先輩たちから助言を求めて次は資料を集める。
図書館に入り浸り、あらゆるバトルスタイルのデータを集めてしっくりくるものを、もしくは自分のオリジナルを生み出すために必死に努力した。
「何も、思いつかないの……」
泣きそうになるのを必死に耐える。
今日の練習の中でも様々なスタイルを試した。
支援型、戦闘型、それこそ健輔を筆頭した特殊型やフィーネのような総合型まで手を伸ばし、全てが無様な結末に至る。
付け焼刃では武器になるはずもなく、今日は嘉人にすら1本取られるという事態に陥っていってしまった。
ハッキリと言えば、合宿からササラは激しいスランプに陥っていたのだ。
「あ、あのー、ササラちゃん」
「え、あ、ああ、川田さん、どうしたの?」
激しい怒りと焦燥で満ちていたが、背後からの声に直ぐに抑える。
これは友人に見せるようなものではない。
暮稲ササラという少女の精いっぱいの強がりがそこにあった。
以前と比べて肩の力が抜けた感のある栞里はそんなチームメイトの様子に少しだけ困ったような視線を向けて告げる。
「今日の動き、その……何かあった?」
「っ……」
栞里の言葉に先ほどの胸の熱がこみ上げてくる。
必死に飲み込みながら、ササラは微笑みを浮かべた。
上手く笑えている自信はないが、素直に吐露する訳にもいかない。
「いいえ……少しだけ新しいことをやろうとしたのだけど、ダメだったかしら?」
嘘ではなく、かと言って真実でもない。
ちょうどよい塩梅の言い訳を述べて栞里のリアクションを待つ。
ササラの言葉を受けて、栞里は更に困ったような表情となっていた。
何故ならば彼女はササラが何やらバトルスタイルをいろいろと試していることに気付いていたのだ。
元々、彼女は周囲へ気を遣うタイプの人間である。
兄妹も多く、人付き合いは慣れていた。
その経験が目の前の少女の不調を訴えている。
「う、うーん、そのね……」
必死に何かに耐えるようなササラに告げるべきか悩む。
合宿からいろいろと吹っ切った栞里は最近、朔夜から距離を取っていた。
別に友人でなくなったとかではなく、お互いにとって今のままではよくないと思ったからだ。
未だに未熟な自分達が、馴れ合うような関係になるのはきっと良くない。
何より朔夜が必死に前に進もうとしているのを邪魔する訳にはいかないだろう。
友人として恥じぬように栞里も努力を重ねる必要があった。
だからこそ、かつての自分のように悩んでいるチームメイトを放ってはおけない。
悩みなんて、後から振り返れば簡単なところに答えがあるのだ。
体感したからこそ言えることがあると栞里は思っている。
伝えて貰った熱を誰かに伝播する義務があると、栞里は真っ直ぐに信じていた。
「ササラちゃんは、その……佐藤先輩のところに行った方がいいと思うよ」
「え……それは、別に構わないけど何を聞けば……」
栞里の言葉に困惑するササラに栞里は力強く頷く。
「戦い方、かな? ごめんね、私じゃ上手くいえないの。それに、ただの言葉になっちゃうから。あの人だったら、上手くササラちゃんを折ってくれるよ。その上で――」
「あなたは……」
決して言葉が上手い訳ではないが、1つだけハッキリと伝わったことがある。
ササラが気付いていない問題点に栞里は気付いているのだ。
震えるササラの手を栞里は優しく握り締めて淡く微笑んだ。
「――い、一緒に頑張ろう? 私も、きっとこれからだから」
精いっぱいの気持ちを込めて手を握る。
繋がれた手を驚いたように見つめて、ササラはゆっくりと強く握り返した。
新しくクォークオブフェイトに生まれる運命の出会い。
前衛たる魔導師と、全てをこなせるバックスが動き出す。
彼女たちの絆がどのような形になるのかはわからない。
それでも、この日、この時にまだ誰も知らない脅威が静かに芽吹いたのは間違いのないことだった。
佐藤健輔にとって戦闘は楽しいことである。
この時点で彼の精神とは図抜けていると言えるだろう。
多くの魔導師にとって戦闘行為に精を出すのはそれなりに覚悟が必要な行為だった。
魔導という技術が特殊なものであろうと社会からの影響は受ける。
今の世の中は多少の不安定さはあれど、長い間大規模な戦乱は起こっていない。
つまるところ、平和でありだからこそ、武力を忌避する傾向がある。
魔導は単なる武力ではないが、中々に荒々しいのも事実ではあった。
世の中には一定数はそういった催しを好む者もいるが、いざ自分がやれるかとなれば別の話であろう。
このように平和な社会で反社会的として言いようがない戦闘行為を平気で行える者の方が少数派なのは一面において事実だった。
だからこそ、彼――大角海斗の悩みというのはそれほど珍しいものではない。
「相談ね。……健輔ではなく、僕なのは同じような存在だと思ったからかい?」
「し、失礼でしょうか? その、高島先輩は佐藤先輩のように恐ろしいまでの在り方はなされていないと……」
「ああ、別に怒ってないよ。気持ちはわかるさ。意味はないとわかっていてもつい比べてしまうのが男という生き物だからね」
健輔は凄い、健輔は素晴らしい。
脇でいるもののことなど一切考慮も入れずに無思慮な視線を放つ者もいた。
逆にこちらを憐れむのも非常に鬱陶しいとしか言えないだろう。
圭吾が何も思っていなくても、劣等感を感じているんだろう、と善意を押し付ける者もいたのだ。
嫉妬したことは確かにあるが、人間ならば避けられない感情であるし、何より関係のない他者から何かを言われるものではない。
既に付き合いも長いのだし、圭吾としては割り切っているのだが、周囲には妙なことを期待する輩も存在するものである。
「誰かに何か言われたのかい? それとも……」
これらは周囲の評価だが、圭吾のような脇役はもう1つの思いとも戦わないといけない。
どんな人間でも避けることが出来ない最悪の戦い。
つまり、自分との戦いである。
圭吾の言葉に大きな身体を小さくしながら、海斗は口を開こうとした。
「じ、自分は……」
「役に立っていない。そっちの方かい? まあ、まだ試合には出てないからね。君は周囲の反応ではなく、自分の心との戦いが先に来たのか」
「は、はい……」
周囲の評価は無視してしまえば、実害を及ぼすレベルに至るものはほとんどない。
仮に実力行使とやらをしてくるものがいても、自分の価値感しか持っていない者の言葉など基本的に胸には響かないから何も問題はなかった。
それよりも苦しく辛かったのは、自分との戦いである。
あの時、ああしていたらどうだったのだろうか。
むしろ、努力が足りていたのだろうか。
自問、自責の声が内から語りかけてくる。
「言い訳も難しいよね。このチームは誰もが努力している。その中で自分が1番努力している、とは断言できないか」
「丸山先輩や、獅山先輩などの練習は見させていただきましたが、正直なところ……」
「真似出来ない。……気持ちはよくわかるよ。僕も努力はしている、と自負は出来ても健輔よりもやっているのか、と問われると即答は出来ないしね」
嫉妬などで目が曇っているならばともかくとして、圭吾は健輔を認めている。
彼の努力と、直向きな精神は明らかに自分よりも上だと納得していた。
努力では負けたくないと思っているが、実際のところ健輔のように無茶苦茶な水準には届いていないのがわかっている。
痛し痒し、としか言いようがない。
海斗の気持ちも強く理解出来るが、既に圭吾も誰かを見上げるだけの存在ではないのだ。
エースーー健輔たちの立場や想いも理解出来る程度には強さというものを知っている。
どちらにもより切れない、中途半端な立場。
しかし、だからこそ、見えてくるものもあった。
「……まあ、気持ちはわかったよ。異性である美咲ちゃんや香奈さんに相談するのは難しいだろうしね」
「あ、ありがとうございますっ」
「気にしないで。ちっぽけなものだけど、僕たちにもプライドはある。女性の後ろに守られているだけなのが嫌なのはわかるよ」
遥かな頂にいる女性。
彼女に届くのか。
圭吾も幾度も迷い、立ち止まった。
届くはずがないだろう、と思ったのは1度や2度では済まない。
しかし、それでも歩みを止めなかった。
非才の身でも必ずやりようがあると他ならぬ親友が見せてくれたのだ。
叶うまで挑戦すれば、きっと夢は叶う。
バカの理屈だが、貫き通せば本物である。
自分が学んだことを、この後輩に伝えるのは義務であろう。
「ただし、覚悟はしておくように。僕はバックスでも容赦はしないよ。何だかんで、僕は健輔の親友なんだからさ」
「覚悟は、しています」
男の表情をした海斗に懐かしい気持ちを抱く。
圭吾もこの間の合宿で現実を知ったところである。
自分を見つめ直すにはよい機会だった。
各々が迷い、惑い、答えを出していく。
道のりは険しく、平坦ではないが誰もが迷わずに進んでいくのだった。
賢者連合。
かつては霧島武雄が所属しているチームとして多くのチームから様々な感情を向けられた強豪――だったのだが、この評価からもわかるようにある欠陥を彼らは抱えている。
武雄がいたからこそ強い。
この言葉には嘘はなく、事実としてこのチームは武雄こそが大事であり、他は添え物だった。
必然の事象として、見る影もなく弱体化している――という話であれば事態はややこしくならなかっただろう。
忘れてはいけないことが1つだけある。
このチームのリーダーだった男は健輔以上に常識を守らない。
定石、定番、ルーチン、言い方はなんでもいいが定まった在り方を破壊するのが大好きな男なのだ。
今はすっぱりと縁を切って別のチームに注力しているが、彼が結果の見えている末路に素直にチームを置いていくはずがない。
どうせやるなら徹底的にやるのが心情である。
斜め上の解答をしっかりと残る者たちに投げ捨てていた。
「ふっ、奴の博打に乗った身で言うのはあれかもしれんが、実に面倒臭いな。こんな不発弾を残していくとは、本当に性質が悪い奴だよ」
周囲を囲む魔導陣を見渡しながら、1人の男が過去の自分の選択を笑っていた。
コーチ制度、現役を離れても戦うことが可能な卒業生にとっての1つ希望だが、全てのものがこの在り方を歓迎していた訳ではない。
コーチ、つまりは他者への教導を苦手とする者も中には存在していた。
彼らにとって誇れるものは戦闘能力だけなのだ。
戦う力をもぎ取られてしまうコーチ制度を不快に思うのは無理もないだろう。
彼――元スサノオのエース、望月健二もまたそのように思っていた1人である。
戦闘能力、特に技量の面ではイギリスの『騎士』にも劣らぬ国内最高峰の白兵戦魔導師。
彼はかつてリーダーという重責を前にして大きく失敗してしまった。
自分にはそういうことは向いていない。
彼がそのように思うのは無理もないだろう。
自分は敵を討ち、チームへ勝利を齎すのが役目だと断じるのは自然な流れだった。
それしか出来ないのに、敵を倒すことを封じられてしまったらどうにもならない。
魔導師は皆が皆、フィーネや紗希のように器用ではないのだ。
むしろ彼女たちのような存在の方が遥かに希少である。
さて、どうしようかと頭を悩ませていた彼に、賢者がやって来たのは運命の悪戯だったのだろうか。
――楽しく戦える方法がある、どうだ乗ってみんかのう?
胡散臭い爺言葉と、ニヤニヤした笑顔は忘れたくても忘れられない。
同時にこの男がやることが楽しくない訳がないと、信じてしまった自分も忘れられなかった。
「俺はチームをボコボコにして、ただ刃としてあればよい、か。霧島め、こちらの心をよくわかっているよ。あいつに騙されても不思議と納得してしまうのは、極大のメリットとデメリットをくれるからかな」
悪辣な友人に苦笑を浮かべるしか出来ない。
核となる魔導師が抜ける、おまけに既存のメンバーには大した奴がいない、となれば賢者連合は終わりだ。
理屈としてはさほど間違っていないだろう。
まさか、最初から武雄が新入生と入ってくる者に目を付けているなど普通は考えない。
皇帝のように突如として現れる新星がいない訳ではないが、見つけられないからこその新星である。
しかし、そこは霧島武雄というべきだろう。
自分が面白いと感じたものにいきなりリーダーの座をプレゼントするという暴挙に出ていた。
結果が上手くいったのかはわからないが、面白いことになったのは間違いないだろう。
「生意気だが、強さは本物だな」
「何をぶつぶつと言っている。あんたのことを、俺はまだ信用していないぞ。あのクソ野郎の推薦だから受けてやっただけだ」
「――ああ、わかっているよ。ただ、行動で語ろうじゃないか」
健二の眼前には一糸乱れぬ連携を1年生の号令で行う賢者連合の姿がある。
今の健二は1人の戦士として彼らを討つのが役割だった。
眼前の1年生リーダーにそのようにしろ、と命令されている。
「己の後継になるものを新人として用意する。お前は迷惑な奴だよ、霧島」
健二に挑発的な笑みを向けてくる1年生に怒りよりも呆れの感情が大きくなる。
武雄とよく似たバトルスタイル、頭の巡りもよく、正しく2代目の『賢者』に相応しい男だろう。
違いは爺臭い言葉使いがないのと、戦闘能力で初代を超えていることぐらいである。
「正影、準備はいいな?」
「愚問だな。早くしろよ、サムライ。こっちは暇でしょうがない」
不敵な笑みは背後に武雄を浮かばせる。
この感想を相手が好んでいないのは知っているが、どうしてもそのように思ってしまうのだ。
それほどまでに彼らはシンクロしている。
放たれる蛇に、このチームの躍進を感じながら健二は1つの刃へと戻っていく。
姿を見せない強豪たちの1つ。
賢者連合も、そしてスサノオやツクヨミも粛々と動き出している。
新時代は静かに到来しようとしていた。