幕間『不滅の太陽』
あらゆる魔導師が進化する。
魔導師は用いられている技術が古かろうと、信念と想念でどこまで強く成れる存在だ。
無論、机上での話であり本来はどこかで成長は止まるだろう。
才能の頭打ち、努力の限界、素晴らしい魔導の技術でも出来ないことは存在しているのだ。
それでも、多くの魔導師が最強に至ることに夢見て、限界を超えて挑み続ける。
結果、進化の加速は止まらない。
より上へ、より高く、より強くなるという飽くなき意思が彼ら魔導師を更なる高みへと導いていくのだ。
――そう、強くなることに例外はない。
健輔が、優香が、クラウディアが数多の魔導師が進化する中、どれだけの高み至っていようと彼女も例外ではない。
何より、彼女が止まるはずがないのだ。
世界最強。
皇帝がいない魔導界で誰もが認める存在がいた。
燃え上がる恋する灼熱の太陽、彼女は決して立ち止まらない。
心の底から待ち望む男性が、この程度の自分では満足してくれないだろうと確信を持てるゆえにどこまでも、どこまでも貪欲に力を磨き上げる。
よって魔導は更に進化を加速させてしまう。
この頂点を止めるまで、決して歩みは止まらない。
「――リミットスキル解放」
不滅の太陽は決して止まらない。
むしろ、どこまでも加速していく。
限界を塗り替えて、さらに先へと向かう。
孤独を恐れるようなことはない。
――何故ならば、必ず隣にいると信じているからだ。
加減するようなことはない。
――誰よりも真剣に魔導に取り組む相手に失礼だろう。
論理は至極正しく、矛盾点は存在していない。
いや、1つだけあるとすれば彼女は正しく間違っていた。
意中の相手、この年頃ならばあって然るべき恋の病。
誰もが浮かされる熱だが、彼女は持ち得るエネルギーの規模が違った。
人の形をした恒星に加減など存在していないし、するつもりすらもない。
「――『回路掌握』。リミッター解除、魔力ブースト」
『リミッター解除。魔力出力、100%上昇。危険域』
圧倒的な暴力。
噴き出す魔力は僅かな量でも凡才の全力を潰して有り余る。
究極的なパワー。
これをそのまま振るだけで数多の魔導師が砕け散る。
頂点に立てるだけの力がそこにあった。
無難に過ごしても最強になれる。
理不尽に過ぎる才能という名の暴力――ここに飽くなき信念が加わってしまえば、誰も止められない怪物の誕生だった。
努力する天才とは、総じて厄介だがここに恋などという劇薬が投入されているのだ。
ブレーキなど最初から存在していない。
「魔力――変換開始」
余剰として放出されていた力が別の力へと『変換』されていく。
仮にこの光景をフィーネが見ていたら、絶句するしかなかっただろう。
誰よりも天に近い最強は、余すことなく可能性を飲み込んでいく。
女神ですらも、それは例外ではないのだ。
「ふふっ、順調です。今度は、もう少し技を増やしてお会い出来そうですね。健輔さんが退屈しないといいんですけど」
雷光を身に纏い、強烈な光を放出して、剣が炎を身に纏う。
彼女こそが世界最強の魔導師。
現時点でも誰も止められないのに、どこまでも駆け上る『不滅の太陽』。
世界ランク第1位――九条桜香である。
「これで、課題の1つはクリア。後は、リミットスキルや固有能力の方ですね。無駄にした分の時間をなんとか取り戻さないといけないです」
圧倒的な力を身に纏い、桜香は優しく微笑み自分を囲むチームメイトに静かに告げる。
「さて、皆さんも準備はいいですね。今日の目標は10秒です。これくらいはいけるでしょう」
桜香の言葉にアマテラスの面々の顔が引き攣る。
正面から『不滅の太陽』と対峙して10秒持つ魔導師の方が全体で見れば少ない。
しかし、桜香は味方の弱音など聞くつもりは皆無だった。
次の世界大会、葵が率いるクォークオブフェイトとは必ずぶつかる運命だと彼女は信じている。
そして、クォークオブフェイトには健輔がいるのだ。
魔導師に全霊を捧げる彼の前に1年も時間があったのに大したことのないチームなど見せられる訳がない。
最低でもかつての最強『パーマネンス』のロイヤルガード程度にはするつもりだった。
やり方は健輔から学習している。
とにかく強く叩く。
何も考えられないほどに強く叩く。
桜香という強烈な存在を刻み付ければ、他の魔導師との戦闘で動けなくなることはないはずだった。
間違った方向に全力投球、健輔の悪い部分まで模倣するこの乙女を止められるものはここにいない。
「――――では、どうぞ」
桜香の号令と共にアマテラスの面々が動き出す。
客観的に評価した場合、彼らは全員がベテランの域にはいる。
クォークオブフェイトでは和哉クラスに近いだろう。
世界大会に出場したチームの構成員としては平均クラスと言える。
世界を総べるチームにしては幾分小粒な印象を受けるが、それも当然だった。
世界大会は実質的にこの九条桜香によって勝利したのだ。
チームの力など不要、桜香は世界にそれを知らしめる。
「っ、はああああああッ!」
「ふむ。0点」
素手で相手の魔導機を受け止めて、優しく微笑む。
この世でこれほど恐ろしい笑顔があるだろうか。
嬉しいから笑っている訳ではないのだ。
これが、1番効率がよく見栄えがいいから張り付けている。
彼女に挑んだ魔導師は正面から桜香を見つめて悲鳴をあげなかっただけ勇気があるだろう。
普通ならば戦意が折れても誰も責めはしない。
「速度が遅い。技術も稚拙。力もない。課題は多いですね」
既にこの戦いを繰り返して数ヶ月。
アマテラスの面々はかなりのレベルアップをしていた。
仮の話だが、優香やクラウディアといったランカークラスにも複数人で当たれば抵抗は可能なレベルになっている。
毎日、毎日、この暴威に晒されているのだ。
生き残るための能力は大幅に強化されていた。
防御という領域を超えて生存、というレベルに至っている。
全ては眼前の恒星から逃げるために培った能力だった。
「さて、消し飛びなさい」
「ッ――」
魔導機を掴んだままの態勢で、敵を覆うように結界を展開する。
逃げ場のない空間ごとの焼却。
物質化した光で敵を焼き尽くす。
ヴァルキュリアのレオナ・ブックが昨年度は『光』を操る者として有名だったが、この光景を見れば彼女ですらも絶句するだろう。
術式ですらないただの魔力攻撃で、明らかにレオナの攻撃力を凌駕している。
「焦熱界――『光獄』」
一瞬にしてライフを失ったものに視線を向けることもなく残りのメンバーを見渡す。
戦場において最も恐ろしい輝ける太陽。
彼女に挑む勇気、それを持つだけでも至難のことだった。
今や皇帝すらも凌駕しかねない掛け値なしの最強の姿がここにある。
アマテラスのメンバーは硬直してしまい白兵戦を挑む気概すらもなかった。
元より、桜香に立ち向かえるような強さがあるのなら此処にはいないだろう。
「まったく、これでは――」
ダメだ、と言葉を続けようとした桜香の瞳に明らかに警戒の色が宿る。
この模擬戦闘にはある条件を付けていた。
敵は桜香以外のアマテラスメンバー。
これを桜香が終わりと言うまで延々と続けているのだが、敵方にはコーチの参戦を許可していた。
しかもルール通りの不死身の設定を許可している。
「――このタイミングで来ますか」
遥かな遠方、姿も見えない距離から漆黒の砲撃が空を切り裂く。
彼女の魔力は破壊系。
単純な攻撃力では桜香を凌駕するかもしれない最強の砲台。
「あなた相手では流石に適当ではいけませんか」
魔導機を一閃して、砲撃を叩き潰す。
しかし、相手の攻撃は止まることはなかった。
連続で迫る砲撃群、感知できる範囲で最低30は存在している。
1発でもヒットすれば桜香の負けとなるこの模擬戦で全弾を防ぐのは中々に厄介なことだった。
魔導吸収があるため、本来ならばそこまで警戒する必要のない攻撃だと言うのも対処し難い理由となっている。
砲撃への対処は『魔導吸収』に任せていればよかったため、桜香の対処方法も拙いものだった。
次々と連続で放たれる攻撃。
空を切り裂く黒き一撃に桜香も少し困った表情を浮かべる。
「うーん、ダメージは別にありませんが、精神衛生的によろしくないですね。攻められるよりは攻めたいのですが……」
破壊系はあらゆる効果を破壊してしまう力だ。
この相手ほどになると固有能力なども無効化する可能性が十分にあり得る。
迂闊に吸収できない以上は、やり方を考える必要があった。
桜香が規格外なのは言うまでもないが、敵も恐ろしい力を持っている。
今のアマテラスに最も必要な存在だと、桜香が認めただけのことはあるだろう。
「ふむ、見えないのは中々に辛いですね。では、全てを吹き飛ばしますか」
桜香と言えども戦闘魔導師。
バックスの真似事は可能だが、本職には流石に及ばない部分がある。
巧妙に感知範囲の外から攻撃を仕掛けてくる相手に対処するにはまず居場所を特定する必要があった。
「まあ、良い練習になりますか。避ける、というのも鍛えておくべきだろう」
溢れる力をそのままに細かい制御も身に付けて太陽はどこまでも昇り続ける。
他人には窺えない尺度を持った最強の魔導師は、今日も進化を続けるのだった。
桜香に一頻り蹂躙されて、アマテラスの練習は終わりを迎えた。
既に寮へと帰った桜香を除いて、この場にはコーチを含めた全員が集まっている。
「……今日は、お疲れ様。新入生もよくやってくれたわ」
疲れた表情を隠さずにアマテラスのサブリーダー二宮亜希は労いの言葉を放つ。
「香奈子さんも、ありがとうございました。あのままだとまた桜香が不機嫌になったかもしれないので」
「ん、気にしない。素直だからわかりやすくて、そんなに大変じゃない」
アマテラス所属のコーチ『赤木香奈子』。
昨年度、天空の焔を世界まで導いた執念の女が亜希に淡く微笑む。
人付き合いが苦手な香奈子にしては柔らかい態度だろう。
理由は簡単である。
香奈子も含めて桜香には毎日蹂躙されているのだ。
人が団結するのには共通の敵を用意すればいいと言うが、この状況はピッタリと当て嵌まる。
桜香という暴虐に共に立ち向かう彼女たちはある種の戦友として強い絆で結ばれていた。
「今日の課題だけど、やっぱり桜香と正面から戦える人材が必要だと思うわ。前衛が直ぐに崩れてしまうと何も出来ないまま終わってしまう」
「全てのチームにとっての課題でしょうが、後衛としては壁が信頼できない状況は辛いですね。勝つは必要はありませんけど、なんとか凌いでもらわないとこっちは何も出来ないです」
後衛代表として、3年生の古川楓で発言する。
アマテラスというチームは世界の頂点に立っているが実情は寒い。
所属している彼女たちが1番理解していることだが、おそらくチーム力で見ればアマテラスを超えるチームは多数存在している。
桜香があまりにも強すぎるからこそ問題点が顕在化していないだけだった。
「ん、去年の世界大会で最近の流れが見えた。アマテラスは古いチーム。中に入ってさらにそう思った」
「チームのために選手を合わせる作り方では、この先は戦っていけないのでしょうね。しかし、チームにはノウハウがなくて……結果がこれですか。まあ、生き残る力は伸びましたけど」
皇帝登場の前後辺りから変化は始まっていたのだが、個性を潰さずに能力を伸ばしていく教育方針が明確化されたのがその時期だった。
手探りだった魔導研究も円熟を迎えて一気に花開く時期だったからこその変化だったのだろう。
アマテラスは流れに取り残されてしまっている。
「個性を伸ばすことで結果として新しく、強力な魔導の使い手が生まれる」
「ん、私もそれを聞いて頑張った」
言うなれば桜香のような魔導師は過去にも存在していた。
圧倒的な才能で他者を寄せ付けない。
紗希も同じタイプだし、フィーネも同様だろう。
しかし、皇帝だけは明らかに系統が異なる。
魔導の頂点に君臨した男は才能よりも1点に凝縮された信念こそが全てを凌駕することを示した傑物だった。
王者の称号たる皇帝を引き継いだ者として見事だったとしか言いようがないだろう。
健輔の戦い方が魔導の戦術に影響を与えようとしているように、かつてのクリストファーは魔導の方向性すらも変化させたのである。
クォークオブフェイトを筆頭にこの考えに即した魔導師たちが作ったチームはかなり強力なチームとなっていた。
「対するアマテラスは未だに総合力。錆び付いたカリキュラムでは、伝統も意味がないですか……」
「ん、総合力は大事だけど強みも必要。もう、このチームはそういう段階にある」
「基礎は出来たから、後は個性を伸ばす。やっていることは普通なのですが、言われるまで気付きもしないとは情けない限りですね」
自嘲の響きは当然だろう。
世界に置いて行かれたチーム、そんなものが頂点にいるのは時代を凌駕する天才がいたからだ。
九条桜香。
彼女だけでアマテラスは世界の頂点に立っている。
執念で特化したものたちを、才能と熱情で粉砕する様は理不尽な現実を体現していた。
「桜香さんと毎日のように戦って、わかったことがあります。私たち程度の力で、立ち向かえた人たちは本当に勇気がある」
楓の言葉に同意する声が上がった。
桜香が味方にいる安心感で思考停止するような自分たちと敵のチームは違う。
世界を目指す以上、避けられない究極の敵。
譲れない夢を抱いた状態で戦うことなど考えたくもなかった。
栄光を、評価を得たくともあの輝きに対峙はしたくもない。
「ん、だからこそ――」
香奈子が落ち込むメンバーを見て、微笑んだ。
最初はどうしようもなかったが、桜香の熱量に当てられて彼らの中に羞恥心が蘇ってきていた。
この状態ならば、彼らは彼らに出来ることに挑める。
香奈子がアマテラスに来た理由を果たせそうだった。
九条桜香に戦いを挑め、かつ才能に由来しない強さを持つ者。
自惚れかもしれないが、自分くらいしかいないと思ったからこそ桜香に提案して此処にやってきたのだ。
これから後輩たちが挑む大敵が、桜香1人だけのチームだったなど認められるはずがないだろう。
彼らは皆、頂が素晴らしいものだと信じているのだ。
世界最強の名を背負ったアマテラスには望む望まずに関わらず責任がある。
「――皆で頑張って強くなろう。最強の冠に恥じないように」
「はい!」
桜香は進み続ける。
決して振り返ることなく。
しかし、その歩みに付いて行こうとする物好きたちもいるのだ。
先を切り拓くことだけが強さではない。
輝きを追うことにも意味はあるのだった。