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第43話『憧れの更に先へ』

 美咲の『魔導共有』は莉理子の『魔導連携』と比べると非常に制約の多い術式である。

 まず第1に現時点では健輔としか使用出来ず、莉理子のチームに展開する魔導連携と比べると汎用性で著しく劣っていた。

 2つ目にお互いの意識がハッキリしている状態であり、かつ魔力的にリンクが可能な状態でなければ使用出来ない。

 こちらも前提条件として莉理子の技量しか関係のない魔導連携に劣ると言われるのは仕方がない要因だった。 

 そして、最後に両者の魔力総量に大きな差異がないこと、つまりは魔力量で総合値が互角である、という要因が立ちはだかる。

 両者の実力に大きな差異がある場合は、発動出来ないのだ。

 直ぐにあげられるだけでも以上の3つが存在している。

 さらに言うと莉理子のように能力を付加するのではなくお互いの身体で魔力を運用しているため、莉理子と戦っている時の健輔のような使い方はかなり無茶をしていた。

 相手の能力を使っているように見えるのは、相手の力を直接転送しているからなのだ。

 仮に莉理子が絡繰りに気付いて転送を縛った場合、敗北していたのは美咲だっただろう。

 そんな重要な転送術式を正面で堂々と使っていた健輔の心臓に美咲は呆れればよいのか、感嘆すればよいのかわからない。

 1つだけ確かなことは、この身体の持ち主はバカだということだろう。


『綱渡りよね。でも、あなたは自信満々で羨ましい限りだわ』

「ハッ、ピンチなんていつものことだからな! 今更、1つや2つ、積み重なったところでビビる程のものじゃないね」

『もうっ、そんなのだから、こっちは安心出来ないのよ』


 高速で駆け抜ける視界に眩暈を感じながらも美咲は気丈に言い返す。

 クラウディアとの全力での戦闘に突如割り込んだのは彼女の方なのだ。

 切り札であるがゆえに片割れである健輔にも『魔導共有』は黙っていた。

 味方にとっても奇襲に近かったものなのだから、莉理子が対処出来ないのも当然だろう。

 普通の神経をしていたら戦闘中に別の場所に意識を飛ばされたら大変なことになる。

 健輔だからこそ無傷どころかパワーアップしているが、普通はそうならない。

 美咲らしからぬ技だったが、こうなったのも当然理由はある。

 未完成の技のため、この模擬戦で使うことを想定しなかったのだ。

 あまりにも制約が多いため、解消のためにいろいろとまだ学ぶべきことがあった。

 しかし、あの状況ではそうも言ってられずぶっつけ本番での運用なってしまったのだ。

 

『はぁぁ、まあ、割り込んだのはこちらだもの。やれるだけのことはやらして貰うわ。私を、信じてくれるかしら?』

「お前を信じなくて誰を信じるんだよ。頼むぜ、我が知恵袋」

『承知しました、我が主ってね。いい機会だと思うわ。1段階、羽ばたくために私を踏み台にしなさい。バックスの神髄を直接叩き込んであげる』

「――ああ、感謝するよ!」


 美咲と強くリンクした状態。

 かつてのシャドーモードすらも超える合一の実現は健輔に夢を見させるには十分だった。

 変換系という強力かつ、未見のリミットスキルに対抗するのに不足はない。


「クラウ、いくぞ!」

「――お話は終わりですか? では、ここで終わりにしましょう。私が全てを乗り越えて、勝利してみせる!」


 思い描くのは、圧倒的な制御力。

 今の健輔に必要なのはクラウディアと同じ方向性である。

 簡単に言うことを聞いてくれない万能系という系統。

 この深淵に手を伸ばすまで、超えるべきは全ての系統だった。

 ならば最初に超えるべき山は決まっている。


「魔力回路をリンク、美咲の力――全て貰う!」


 合一を深めることで美咲から魔力を絞り取る。

 生き残ったとはいえ相応に消耗している彼女に中々無茶なことをしているが、他ならぬ本人が望んでいることだった。

 信じて託してくれた想いに応えないと男が廃る。

 目指すべきは模倣域からもう1つ進んだ状態、リミットスキルの完全再現しかないだろう。

 今まで健輔が発動してきたリミットスキルは確かに発動しているが、効果が微妙に低かったり、難易度が高いものが使用出来ないなどの問題点があった。

 万能系の特性、後1歩通常の系統に及ばないというのが足を引っ張っていたのだ。

 ここを超える。


「リミットスキル、発動。『回路掌握』!」


 リミットスキルを発動できるレベルにある美咲の回路とリンクして、無理矢理に力を引き出す。

 後は自分の魔力と混ぜ合わせれば理論上は全ての系統のリミットスキルが使える。

 無論、実際はそこまで簡単な話ではない。

 力を引き出した瞬間に魔力が大きく暴れ出す。

 お前はまだ、その領域にいない。

 激しい拒絶感に魔力が弾けそうになった。

 この不定形の魔力ですらも扱いきれていないのに、その先に手を伸ばす愚行。

 当たり前の帰結として、身の丈を超えた力は健輔に牙を剥く。

 彼が1人だけならば、この戦いはクラウの勝利だっただろう。

 しかし、此処には頼れる相棒が2人も居てくれる。


『しっかりしなさい!』

『マスター、あなたは前に集中して!』


 声が聞こえると同時に暴れる魔力が制御可能な強さとなる。

 陽炎が外部に漏れ出る魔力を上手く攻防へと循環させ、美咲が内部の力を統制していた。

 阿吽の連携。

 健輔だけでなく、美咲も陽炎とは戦友なのだ。

 主を除けば最も時間を共にした2人に今更言葉などいらない。

 無謬の連携に浮かぶのは、感謝の念と限りない歓喜だけ。

 この2人がいれば、自分はまだまだ先にいける、と確信させてくれる力が湧いてくる。


「――――よし!」


 かつてないほどに研ぎ澄まされた魔力に興奮よりも、感謝の想いが湧き上がる。

 この貢献に返せるものは勝利しかないだろう。

 自分だけの力の卑小さなど知り尽くしている健輔にとって、この助力こそが何よりも有り難かった。


「オラッ! これは、どうだッ!」


 白兵戦を仕掛ける。

 この状態ならばいける、という確信があった。


「貰うッ!」

「くっ! 魔力が……変えきれないッ!」


 密度を増した力にクラウディアのリミットスキルが悲鳴を上げる。

 リミットスキルも所詮は系統の能力。

 当然ながら至ったからといって成長が止まる訳ではない。

 1つの到達点ではあるが、更なる修練は可能なのだ。

 また健輔は自分のリミットスキルの効果が他のものと比べても低いことから、あることを確信するに至っていた。

 リミット――限界となっているが、先がある力。

 この事実は1つのことを指し示している。

 皇帝が創造系のみで全てを圧倒していたようにリミットスキル間にもレベル差があるのだ。

 この段階に至ることで特性は大きく強化されたが、根本の原則に変化はない。

 すなわち相性を上回る力で対抗すれば、特異な能力を封じることは可能だと言うことである。

 万能系の魔力は未だに全てが明らかになってはいない。

 クラウディアでも対処出来ないだけの量と質で攻めれば、状況を変えることは可能であろう。


「っ――!?」

「このまま、押し切るッ!」


 ここにきて健輔の攻めが堅実なものへと変わる。 

 逆転する戦況だからこそ、気を引き締めていく。

 フェイントも混ぜた白兵戦、大技で決着を求めない姿勢はクラウディアには死神に等しい。

 クラウディアは健輔が『回帰・万華鏡』を発動した時には押されていたのだ。

 あの時は系統を切り替えるという対応方法があったが、変換系を切り替えられない今では使えない戦法だった。

 強力なリミットスキルが、今度はクラウディアを縛り始める。


「見えてるぞ!」

「しまっ――」


 リミットスキルの放棄を迷った一瞬に健輔が連撃を放つ。

 1発目はなんとか剣で受け止めたが、次の攻撃を弾こうとして異常が起きた。


「なっ、剣が」


 健輔の拳に張り付いてしまい剣が取れなくなる。

 押されている状況で発生した異常に流石のクラウディアも身体が硬直した。


「オラッ!」

「かッ!?」

 

 横合いから脇腹に向かって空気の塊が叩き付けられる。

 合宿で学習したのは別に新人たちだけではない。

 佐藤健輔にとってはあらゆるバトルスタイルが学習の対象である。

 瑞穂の戦法に興味を持てば当然のように習得したように、常に周囲へアンテナは張り巡らせていた。

 忘れがちなことだが、健輔はランカーなのである。

 オリジナルを超えた模倣を学園に所属する生徒の大半に見せ付けることが出来るのだ。

 今までは真由美などがメインのコピー先だったため目立たなかったが、本来はこのように進化する戦法こそがこの男の本当の脅威なのだ。

 わかりやすいコピー能力などはあくまでもおまけに過ぎない。


「沈めええええええッ!」

「ま、まだッ!」


 変換系のリミットスキルを捨てて系統の切り替えを行う。

 身体系からの白兵戦能力の向上で逆転を狙おうとしたのだ。

 選択に過ちはなかったが、既に一手遅かった。

 健輔の強みとは全ての系統を扱えること――ではない。

 全ての系統を知り尽くし、自在に操るからこそ怖いのだ。

 この極めて選択肢が限定される状況で健輔がクラウディアの思考を読めないはずがなかった。


「甘いなッ! 系統に頼って、逆境を超えるのは悪手だぞ!」

「っ!?」


 鳩尾に突き刺さる拳が内部に魔力を浸透させてくる。

 『回帰・万華鏡』を発動させ、美咲の力がある健輔はどのタイミングであろうが魔力を自在に切り替えられるのだ。

 拳で『浸透』させて内部から『破壊』する。

 黄昏の盟約、新入生の馬場晴喜の技が遥かな高みの技量で再現されていた。

 内部に浸透する魔力は系統を切り替えるという最高のタイミングで叩き込まれた。

 身体系に切り替えられていたのならばともかくとして、現状のクラウディアでは対抗できないどころか被害の拡大に協力することになっている。


「これは、マズイ――!」

「悪いが、立て直しはさせない!」


 猛烈な倦怠感、高揚からの逆さ墜ちにクラウディアの抵抗が弱くなる。

 続く2発目、3発目と同じように大量の魔力が流れて込んでくることで完全に天秤が傾こうとしていた。

 如何なる能力でも自分で制御してこそ、という健輔の心情は怜にも通じるものだろう。

 弱さを見つめて、強さに至ったからこそ健輔は昨年度のミスを理解している。

 仲間の強さを掻き集めて高みに至った。

 しかし、あれを制御しきれていなかったことが健輔の敗因である。

 桜香がどこまでも自分の強さだったのに対して同じ領域にはいたが受け止めきれなかったのだ。

 それこそが健輔の後悔であり、超えるべき傷である。


「力は強さにしないとな! 俺も、去年のままじゃないってことだ!」

「それでもっ!」


 クラウディアが力を爆発させようとするのを、内部に侵入させた魔力で攪乱させる。

 意思だけで昇る強さは大事だが、健輔はそれだけで最強には成れない。

 エースとして成すべきことをしっかりと見据えている。

 彼の役割は何時、如何なる時でも勝利して、味方に背中を見せることなのだ。

 自覚しているからこそ、我武者羅だっただけの去年とは違う。

 熱さはある、しかし同時に冷たさも維持しないといけない。

 一念だけで究極に至る相手に本能だけでは勝てないのだ。

 健輔と桜香では、後者の方が優性。

 夢を目指すからこそ、現実を直視することを忘れない。


「言っただろう? 悪いが、ってな。何もさせないさ」

「あ、あぁ……」

 

 クラウディアは完成度が上昇し、安定感と強さでは比類なきランカーになったが、それはある意味でランカーとしては最低限の要素である。

 真のランカー、次世代の魔導師たちには先が必要であり、ただ後を追っていただけのクラウディアではまだ至っていない領域に健輔はいた。

 この結末はそれによる差異であり、決してクラウディアが間違っていた訳ではない。

 未だに届かぬ輝きだと、彼女が定義したからこそ正しく届かずに沈むのだ。


「じゃあな。――次があったら、また楽しくやろう」

「酷い、人ですね。こんなに殴られたのは、生まれて初めてですよ」

「それは悪かったな。最後は、それなりの技で仕留めるさ」


 言葉の割には双方が穏やかに笑っていた。

 勝者と敗者。

 構図は明確に分かれているが、抱く矜持に差異はない。

 勝者として相応しく凛とたたずむ健輔に、敗者として勝者が誇れるように最後まで強くあるクラウディア。

 敵としてこれ以上ない関係の2人は、お互いにこの状況に納得していた。


「惜しかったなぁ……」


 健輔の手に集う輝きに悔しさを感じつつ、クラウディアは光に飲まれる。

 届かない背中に嬉しさと、寂しさを抱いて大地へと還るのだ。

 また、追い掛けよう。

 今度はしっかりと、もっと先を見つめて――。

 心に刻み付けて雷光は散る。

 幾度目かになる再出発を誓って、戦乙女は安らぎへと堕ちていくのだった。


「かはっ……。さ、流石にきつかった」

『マスター、大丈夫ですか?』

「あ、ああ、なんというか。我ながら無茶をしたな」

『しばらくは安静にする必要があるでしょうね。私も、ちょっと厳しいかな』


 2人の功労者に無様な姿を見せない。

 その一念で湧き上がる吐き気を耐える。

 余裕そうに見えて、実体は綱渡りもよいところだった。

 クラウディアが変換系をまだ使いこなしていなかったらこその勝利と言ってよいだろう。

 何よりこの戦いが示唆したものは多い。


「俺の系統の利点も、そろそろ厳しいと言う訳か。嫌だね、時間の流れは」

『まだ猶予はあるでしょうが、早めに掌握する必要がありそうですね』

『弱音なんてらしくないわね。それだけ楽しかったの? 個人的には、いろいろと興味があるわ』

「桜香さんを除けば国内で1番厄介なのはクラウだからな。正直な話、薄氷も良いところだったよ。今回勝てたのは運だな、運」


 お互いに様子見であったというのも大きいが、リミットスキルの目覚めが唐突だったのも有利に働いた。

 覚醒は確かにインパクトがあるのだが、何をやろうともはや昨年度ほどのインパクトはない。

 桜香を筆頭にして、限界を超えるのが常識になりつつある魔導の世界では衝撃度も高が知れていた。

 むしろ、この戦いを鑑みるにデメリットの方が強くなってきているだろう。


「未来は不透明だけど、前途は多難だよ。まったく」

『マスター、全体の戦局はこちらの優位となりました。どちらに援護へ?』

「悪いが、動けん。嘉人たちに頑張ってもらうとしようか」


 既にフィーネたちの術式は解除されており戦局は物凄い泥試合となっている。

 新人たちの立て直しに動いてもよいのだが、健輔が大きく疲労しているのも事実だった。

 向こうの新人がどう動くのかはわからないが、クォークオブフェイトとしては防衛に力を傾けるべきだろう。


「と言う訳です。香奈さん、良い感じにお願いしますね」

『ホイホイ、了解だよん。来るようなら、通すように言っておくね』

「はい」


 返事をすると同時に急激に高度を落として、大地に座り込む。

 今すぐに動けないというのは掛け値なしの本音である。

 全力を更に超えた領域のバトルは健輔でも厳しいものだった。


「はぁぁ、締まらねぇ……」

『お休みください。僅かな時間でも意味はあるでしょう』

「りょーかい。美咲も、サンキューな」

『いいわよ。お互いに、頑張りましょうね』


 軽く笑ってから天を見上げる。

 練習試合とは思えないほどの密度に深い満足と、強い憂慮を感じつつ健輔は相手の出方を待つ。

 突っ込んでくる勇者がいるのか、まるでラスボスみたいだなと心で笑いながら新人たちの戦いを静かに見守るのだった。

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