第41話『新時代に屈しない』
「ぐっ……!」
『マスター!』
陽炎の言葉が妙に遠く感じるのは健輔の消耗の度合いを客観的に感じさせた。
クラウディアがリミットスキルを発動してからの時間の流れが遅い。
奪われる力に体力の消費が加速しているからである。
健輔が攻めきれない、この時点でクラウディアがどれほどの存在なのかがわかるだろう。
「これは、厳しいな!」
リミットスキル。
強力なスキル群だが、これらは単体で勝負を決めるようなことはほとんどない。
あくまでも系統を極めた果てに在る能力なのだ。
才能由来ではないため、誰でも辿り着ける反面、インパクトに欠ける――と思っていた。
無意識の侮り、というべきものが健輔の内にも潜んでいたのだ。
こういうものは常に最悪のタイミングで芽を覚ます。
「はてさて……どうしたものかな」
健輔はリミットスキルそのものは使用することが出来ない。
限りなく近づいた技は可能だが、完全なる発動は未だに遠かった。
各系統を極めた技。
万能系という浮気者に彼らが微笑んでくれるかは健輔にもわからなかった。
無論、いつかは手に入れると確信していたが、少なくとも今ではない。
そして、今ではない以上打開策が見当たらなかった。
今までならばここでもう1段階、と行きたいところだが流石に今回は厳しい。
「流石に、これ以上は無理だな」
『現状の錬度ではこれが限界です。確かに多少の無茶は可能ですが……』
「多少では追い付けないくらいの差がある、だろう」
なるべく接近のタイミングを誘導しつつ、健輔は頭をフル回転させる。
このままでは何をしようと勝てるビジョンが浮かばない。
クラウディアが大技を一切使ってこないのもあって、逆転への道が全く見えてこないのだ。
その先にはジリ貧になって、磨り潰される未来しかなかった。
「おいおい、これは壮絶なピンチだな。どうするよ!」
『楽しそうに言わないでください。まったく、答えはもう出ておられるのでしょう?』
これ以上ないピンチに、健輔はかつてないほど爽快な笑みを浮かべた。
この苦境、これを乗り越えてこそエースと言えるだろう。
胸に燻っていた気持ち。
桜香に勝てなかった時から健輔は自分にある疑問を抱いていた。
エースになるという宣誓に嘘はなかった。
今でも切に信じているし、成れると思っている。
「無論――エースだったら、俺は自分を信じてやらないといけないだろう。これは、良い機会だ。少々駆け足だったからな。自分を見つめるのも必要だろう」
限界を超えるのは容易い、なぜならば自己の壁など思い1つで超えられる。
この思考では超えた時に得られる力が大したことがないのは当然だろう。
苦難を走破してこそ先にあるのが栄光。
呼吸をしただけで超えられるような壁では意味がない。
しかし、今更自分という壁を超えるのは健輔らしいとは言えないだろう。
だったら、逆に考えればよい。
健輔の周りには実に素晴らしい魔導師たちが揃っているのだ。
超えるべき壁には事欠かない。
「いいね、お前のことが今までよりも好きになれそうだぞ、クラウディア! 最高のタイミングで目覚めてくれた!」
「――そういうのは、もっとムードを大切にしてください! 乙女として、抗議させていただきます!」
健輔の情緒の欠片もない言葉に嬉しいのか恥ずかしいのか、それとも苛立っているのかよくわからない表情でクラウディアは攻めてくる。
言った本人に深い意図はないため、真っ直ぐやって来る敵を自然に迎え撃った。
壁が向こうからやってきた、故に超えよう。
シンプル過ぎる思考が疲労感を消し飛ばす。
「もっと、もっとだ――!」
制御を研ぎ澄ませる。
基本を忠実に身体から引き出していく。
健輔の強みは覚醒による力押しでは断じてない。
世界大会決勝の時はあれが最高の力だったのは間違いないが、最高の力が健輔の在り方かと言われれば彼も頭を傾げるだろう。
健輔にとって、戦いとは常に可能性の追求である。
味方の力、バトルスタイルを含めたあらゆるものを取り込み、敵への尊敬も忘れずに只管に身体に叩き込み、後は戦場で全霊を賭す。
やって来たのはこれだけであり、これからも変わらない1番大事な部分である。
「そうだ、強い力じゃない! 俺は、確かな強さが欲しい!」
「くっ、攻撃が鋭く……!」
最少の魔力に引き絞ることでスリムとなった力で、クラウディアのリミットスキルに対抗する。
現状、彼女のリミットスキルは周囲にある魔力や魔力で生み出した現象を強制的にクラウディアの力へと変えていた。
確かに厄介な力なのだが、既に対抗策が見えている。
まずは常に垂れ流しのような状態の力、ここに突破口があった。
間違いなく本人も制御出来ていない。
つまりは細かい応用が出来ずに、ここが限界点なのは明白だった。
「初日の焼き直しといこうか! 俺の万華鏡は、どんな状況でもいけるぞ!」
「打つ手なし、という奴ですね。いいでしょう、お付き合いします! どこまでやせ我慢が持つのか、お見せくださいッ!」
微妙に押されていた状況から気合で健輔が押し返す。
お互いに限界超えて、手を伸ばした果てにあったのは、完全に互角の戦いだった。
初日とは全く異なる経緯を経たにも関わらず辿り着いた場所は同じ。
追いかけるクラウディアを、駆け抜ける健輔が突き放したように見えて、実は横に並んでいる。
なんとも言い難い関係性の中、2人の戦いは変わらず続く。
この関係に波紋を起こすには、まだ役者が揃っていないのだった。
バックスに属する魔導師が戦闘に向いていない、とされるのにはいくつかの理由がある。
1つは空中機動の問題。
バックスとは同時に大量の術式を運用するために能力を割いている。
瞬時の判断力や、勘といった経験則によるものなどはこの道を目指していた人たちに向いていないのだ。
2つ目は単純に労力の問題である。
バックスの本懐は先ほども上げたように大量の術式を操り、効果の大きい魔導を実行することなのだ。
社会に出た時のことや、後々を考えればどちらに労力を割くべきかなど簡単に答えが出る。
他にも細々とした理由はあるが、この2つこそが最大の理由だった。
しかし、新ルールの発表や近年の魔導技術の向上が彼らを取り巻く環境を変えようとしている。
古いタイプに属するからこそ、美咲は強くそう感じていた。
「新世代、か。嫌よね、急に歳を取ったように感じちゃうじゃない」
苦笑が浮かんだのは自分の思考に対してだろうか。
劣勢、としか言いようのない状況で彼女は他のことへと思考を割いていた。
あくまでも数多ある分割思考の1つが、そのように感じただけでありメインのリソースはほとんどが戦闘に注ぎ込まれている。
新と旧、明確な差異がここで浮彫になっていた。
「ははっ! 凄い、凄い! これも防御出来ちゃうんだっ!」
美咲のぎこちない動きに対して空を滑らかに移動している。
山田朱音――1年生のバックス程度の存在に空中での制動力で完全に負けていた。
「っ、まったく……!」
無邪気に、好奇心のままに朱音は美咲へと攻撃を仕掛けてくる。
流動・固定・創造系の3系統。
新世代のトライアングルサーキットは正直なところどうでもよかったが、問題は相手の戦闘における技量であろう。
バックスとしてならば美咲は今直ぐに朱音を瞬殺できる。
しかし、戦闘魔導師としては彼女の方が格下だった。
今までならばアンバラスに見える朱音だが、美咲には莉理子の意図が理解出来る。
「環境が変れば、求められる人材も変わる。……あなたは、どこまで予測していたんでしょうね」
バックスがバックスであるための練習をメインとしていたのは、魔導競技があくまでも魔導向上の一環であり本題ではなかったからだ。
当然ながら前提が崩れてしまえば、持っている意味も変わるだろう。
長年の戦いにより魔導師全体の質の向上、昨年度に至っては魔導の歴史を塗り替えるような奴らが多数誕生した。
彼らの中にはバックスの大規模魔導など鼻で笑うような存在も含まれている。
怪物級、つまりは3強クラスなどが今後も生まれることを考えるとバックスがバックスのままであるのには無理があった。
何より戦闘魔導師でこれだけの効果が得られたのだ。
バックスに対しても同様の期待感を持つのは当然だろう。
美咲でもきっと同じことを考える。
「この緊張、恐怖が……皆が居た場所」
ここに叩き込まれれば確かに成長出来る。
後ろにいた経験があるからこそハッキリとわかった。
そして、だからこそ莉理子のやりたいことも理解出来たのだ。
戦闘機動とバックスとしての技能の調和。
昔ならば意味がなかったが、今では深い意味を持っている。
朱音には才能もあるのだろう。
創造系で魔弾を創造し、固定系で無限に放つ。
流動系は上手く防御に使っており、あくまでもバックスに過ぎない美咲には荷が重い相手だった。
勘など彼女にはないし、魔弾に飛び込む度胸もない。
端的に言って向いていないのだ。
不安があった。
チームの皆の足を引っ張ってしまうのではないだろうか。
今まで培ったものが役に立たなくなるのではないか。
思うことは多々あり、未だに晴れていない。
「――ああ、これが……戦いなんだ」
高鳴る心臓。
確かに不安に押しつぶされそうで今でも怖い。
皆の努力を無にしてしまう可能性に胸は張り裂けそうである。
しかし――、
「皆と私も、戦える!」
――それ以上に歓喜がある。
1人だけ、後ろにいることに隠せない不満があった。
1人だけ、皆を見ているだけなのが嫌だった。
向いている向いていない以前に、そんな状態が嫌だったのだ。
壁が取り払われて困惑しているバックスたちは多いが、彼らに共通していることがある。
これでようやくチームの一員として戦えると誰もが喜んだことだった。
莉理子の意図がわかって当然だろう。
バックスならば全員が等しく課題となっている問題点なのだ。
先んじて潰そうとするのは参謀として当然だった。
「――じゃあ、潰れてくれるかしら。きっと、この先であいつが待ってるの」
「えっ」
驚く朱音に返答もせずに、美咲が攻撃に移る。
朱音の表情が驚愕に染まるのは見間違いではないだろう。
確かに気持ちは理解出来る。
今の美咲を見れば驚くのは普通のことだった。
先ほどまでフラフラと風に揺らめくような動きをしていたのに、いきなり戦闘魔導師と遜色がないどころか見紛うような動きを始めたのだ。
「あなたの敗因は簡単よ。私はともかく、私の前に立つ奴を舐めた。ただ、それだけでしかないわ」
「な、何だかわからないけど、そんなの怖く――」
ない、と続けようとして朱音は言葉に詰まった。
自分らしくないと思いつつ、ゆっくりと視界を降ろすと震える指先が映る。
「ど、どうして……?」
恐れるような要素が周囲には存在しない。
では、彼女が恐怖を感じている理由とは何か。
種がわかってしまえば至極普通のことだろう。
初日の模擬戦では彼女は蚊帳の外にいる間に、優香という怪物に何をされたのかもわからない内に撃墜された。
恐怖を感じる暇もなかったが、今度の相手は違う。
間違いなく朱音を狙っており、絶対に逃さないと強い意思を発している。
「決闘術式――バトルモード『トランス』!」
健輔の術式を全て担っていたのは誰なのか。
健輔の戦闘データをこの世で最も詳細に把握している人間は誰なのか。
そして、先に行く男の背中を真っ直ぐに見つめた数ならば美咲はクラウディアにも負けない。
多少いい気になっている新入生に負けるような要素は存在していなかった。
「くぅ!」
「戦闘パターン、ロード!」
健輔の無駄に膨大な戦闘データから数の多い機動を絞り出し、配分魔力量や制御のための魔力の動きを記録して自分の身体で再現する。
身体系のない美咲には中々に大変な作業だったが、彼女はバックスたる魔導師。
新しい時代に入っても、培った技術に意味が無くなることはない。
自分なりのやり方で戦うことを彼女は知っていた。
周りがそうなっていくから、そんな理由で選んだスタイルではきっと世界では戦えない。
あの熱い戦いを誰よりも近くで見つめていたからこそわかったのだ。
「はあああああッ!」
「ぱ、パンチ!? ど、どうして急に肉弾戦に!」
驚いている朱音に美咲は朗らかに微笑み返した。
どれほど戦闘に傾けても相手の根本はバックスである。
仮に健輔ならば美咲がこのような戦法を取ったら嬉しそうにカウンターを決めただろう。
脳裏に健輔の爽やかな笑顔が浮かび苦笑してしまった。
自分はどうやら、相当に毒されてしまったようである。
「――さあ? 多分、悪い病気が移ったのよ、きっとね」
「ガッ!?」
戦いの素人とは思えないほどに完璧な動きで朱音の腹に容赦のない拳が突き刺さる。
健輔が葵から受け継いだ魂の一撃は、この瞬間だけは美咲の腕にも宿っていた。
「ごめんなさい。先に謝っておくわ。でも、私には負けたくない理由があるの」
この先、最強の魔導師と戦う日がやってきた時に、空から墜ちる健輔をただ見ることがないように美咲はやれることは全てやっておきたい。
「あなたには才能がある。きっと、莉理子さんや私とも違う形の素晴らしい魔導師になるわ。でも、今は、今だけは、私の意思が勝つ」
「う、嘘……!」
「術式展開――『蒼の残光』」
優香の魔導斬撃を真似た魔力攻撃を0距離で放つ。
端的に言って正気ではないが、美咲はやれると確信していた。
佐藤健輔のデータがそう言っているのだ。
美咲に疑う理由は存在しない。
「これで、本当に終わりよ」
僅かな憐れみを見せて、美咲は全力で攻撃を放つ。
攻勢に移ってから僅か数分の出来事、これが新人とベテランの格の差というものだった。
「……あの子、伸びるわね」
朱音が使ったのは本当に簡単な術式だったが、それ故にセンスが窺えた。
バックスという熟成に時間が掛かる魔導師としては飛び抜けた成長速度だろう。
明らかに学習速度が速い。
いつか来るかもしれない脅威を頭の片隅に残し、美咲は遥かな先に視線を移す。
ここからが本番。
クォークオブフェイトを勝利に導くために丸山美咲はある人物に勝利しないといけない。
「……不思議だな。これが、因縁って奴なのかも」
ようやく戦場にいることを実感できるようになってきた。
墜ちていく朱音に何かを感じながらも美咲は次の戦いの場に向かう。
既に両チームの支援の術式は途切れようとしていた。
テンションに浮かされた攻勢で新入生たちは息切れしている。
やはりと言うべきか、決着は上級生が付けないといけないようになっていた。
健輔がクラウディアと、そして――、
「待っていてください、莉理子さん」
美咲は莉理子と。
表面上の人数はまだ多いが既に戦力として稼働している人数は半数を切っている。
相応に消耗している美咲とほぼ全開状態の莉理子。
この戦いが勝負を決めることになるのは間違いないのであった。