第38話『新鋭』
「麻奈!」
「わ、わかってるよ、敦君!」
両チームで発動した大規模な支援術式。
味方への援護を前提としたこの戦術の影響を強く受けるのはやはりバックスであった。
戦闘能力に長けている、とは言い難いがため支援により増大した力の影響を大きく受けるのだ。
圧倒的な能力が戦闘経験の不足を補ってくれるのは想像に難くないだろう。
彼ら、コンビバックスと呼ばれる篠宮敦と斉藤麻奈も例外ではない。
「さ、紗希さんの力でっ!」
麻奈が1年生とは思えない圧倒的な魔力を放出する。
黄昏の盟約が発動したのは『魔導連携陣』というべきものであり、効果は単純明快なものとなっていた。
一言で言えば広域展開された魔導連携であり、違うのはかつての立夏のものとは違い複数人に起点となった者の力が付与されることだろう。
強力無比な能力だが、当然ながら問題点はある。
人数が多いほどに力が分割されてしまい、効果が落ちるというのもあるし、最たるものがこの能力を使用中に紗希は一切の行動が行えないということだろう。
前者は莉理子が配分を調整したり、今後の改良でなんとかなる問題だが後者の解決は簡単にはいかない。
核たる彼女が失われれば効果も解除されてしまうし、消費する魔力も半端ないため本来ならば実用レベルな技ではない。
しかし、現実にこの術式は使用されており、クォークオブフェイトに牙を剥いていた。
この技を実現可能な領域に持ってきたのは言うまでもない、コーチ制度のおかげである。
高レベルの不死身の魔導師を上手く全体の底上げに使う。
時間が短くとも一気に爆発する全体の能力が齎す恩恵は絶大だった。
1人の不死身が同格と潰し合うよりも得られる効果は多彩なものとなり、対処も困難となる。
「た、ターゲットロック!」
紗希の創造系を転写されたことで麻奈の創造系のレベルが数段階上へと引き上げられる。
リミットスキルこそ使えないが、1年生では得られない錬度は彼女たちが理想としていた戦法を使えるようにしてくれた。
美咲がセンサー網を構築するために流した魔力によって掻き乱された場だけが、想定外ではあるものの戦えないレベルではない。
「これが、私の、魔力弾です!」
魔力の流れに干渉することで、魔力を発している存在つまりは魔導師の付近に魔力弾を設置する。
麻奈がやろうとしていたのはこれだけだった。
1つのことに注力して、彼女は信じられない数の魔力弾を生み出す。
万を超える弾幕、そしてこれを武器とするのがパートナーたる敦の役割である。
「魔力弾、アクティブ。全弾発射!」
遠距離・固定系。
遥かな先にある麻奈の魔力弾に干渉し、固定することで構成を強固にする。
ここからは本来ならば麻奈が流動系で魔力を動かすことで、波に乗せるかのように敵へと一気に着弾させるのだが、今は都合のよい系統が彼に付与されていた。
紗希の浸透系の力と遠距離系を組み合わせて、強力無比で圧倒的な弾幕が敵へと殺到する。
1年生とは思えない高密度の技。
迎え撃つのは同じ1年生だが、こちらも普通ではない。
「来るか。いいさ、こっちもやってやる!」
万を超える魔弾を迎え撃つのは白藤嘉人、その人である。
お互いにバックス型の戦闘魔導師であり、練習相手として大凡の能力は把握していた。
頼りにするもの比重に違いはあれど、やることにそこまでの差異はない。
嘉人らしからぬ強気の声は彼でもテンションがハイになってしまうような出来事に見舞われているからだった。
健輔が魔力を広域展開して、美咲が制御する。
設置したセンサー網はせいぜいが全体の魔力の動きが把握できるようになる程度のもので、隠れているバックスの位置が1発で判明するくらいの効果しかない。
情報は重要だが、それだけでは何も出来ないのだ。
しかし、ここにフィーネの『ヴァルハラ』が加わることで意味は大きく変化する。
元々がチーム全体の支援術式でもある『ヴァルハラ』。
美咲のセンサー網と組み合わせることで、恐るべき効果を発生させる。
「これなら、やれる!」
自分とは思えない魔力の活性化に嘉人が自信を見せるのも当然のことだった。
彼の魔力に銀色が僅かに混ざった混合色の輝きは通常時の軽く10倍の力を彼に与えている。
『ヴァルハラ』の本来の力は相手にも相応の力を求めるのだが、その部分を美咲と健輔の組み合わせである程度無理矢理に解決したのが今の状態だった。
出力をフィーネから逆輸入。
無論、これだけでは魔力が反発してしまうのだが、この部分を健輔と連携した美咲が全て制御している。
万能系という面倒臭い系統に力を割き続けた美咲だからこそ出来る奇跡の連携技。
得られる効果は絶大であった。
「浸透系での操作、悪くはないけど調子に乗って失敗したな! 普通に魔力の流れに乗せていた方がよかったぜ!」
嘉人は弾幕に向かって手を翳した。
たったそれだけの動作で迫る魔弾の全てが操作を断ち切られてしまい空中で制止する。
嘉人の系統は浸透・遠距離系。
どんな距離からでも相手の魔力に干渉するために選んだ系統である。
誘導弾など彼にとってはカモのようなものだった。
仮にフィーネのヴァルハラの補助が無ければ力量差のせいで全てを止めることは出来なかっただろうが、出力という最大の問題が解決している以上、自分の土俵で負けることはない。
「さてと――今度は、こっちの番だ!」
制止している魔弾を全て生みの親へと返還する。
嘉人に戦術上での失敗はない。
何故ならば、彼は自分の能力を強化されただけであり、普段使えないものが高レベルで付与されている訳ではないからだ。
莉理子と美咲の違いは、誰かの力を別の誰かに移し替えたのと、誰かの力で眠れる可能性を引きだした、という状態に近い。
どちらがより本人にとって扱いやすいのかは言うまでもないだろう。
後者は本人のバトルスタイルともかっちりと当て嵌まるためミスが発生する可能性は限りなく低く抑えられる。
逆を言うと意外性は存在しないのだが、この部分は創意工夫で補える範疇だった。
「いける!!」
確信を伴った声と共に、嘉人は戦場を舞う。
自分のものではない強大な力に酔いしれながら、彼は戦場へと没入するのだった。
暮稲ササラは天才である。
能力的にも、積み重ねた努力も相応に傑出しており新入生の中では飛び抜けた存在であろう。
このことを否定するものは誰もおらず、傲慢を圧し折られた後も自負はしっかりと持っていた。
戦力としては非常に有用な存在である。
そして、この場にはもう1人、彼女と悪くない相性の人物――川田栞里もいた。
初日の模擬戦で掴んだもの、自分なりの全力と真剣に取り組む意味を携えて彼女はこの試合に正しい意味で全力を賭している。
我武者羅の壁と距離を選ばない天才。
大凡1年生の中でも最上位を考えられる組み合わせだが、現実は想定を大きく裏切っていた。
「川田さん!」
「っ!?」
空間ごと断ち切りそうな一閃が栞里の傍を駆け抜ける。
空を駆ける斬撃。
あまりの鋭さに美しい、という感想を抱くほどにそれは鋭い一撃だった。
ササラが展開した風の防壁が何も意味をなしていない。
「私が、未熟だということを差し引いてもこれは……!」
栞里との連携が不慣れ、というのもあるだろう。
隙がないかと言われればそんなことはなかった。
しかし、それでも2人は相応の実力者なのだ。
新入生でみればこの2人の組み合わせは決して弱いものではなかった。
ならば、この2人が圧倒されている理由は1つしかないだろう。
「――――貰った!」
「舐めないで!」
敵が強すぎる。
栞里が突き出した手刀を敵の魔導機が魔力のみを割断していく。
魔力を掻き消す斬撃。
莉理子が空さえ飛べれば、長ずればエースに成れると断言した逸材――長谷川友香の一芸の前にササラたちは追い詰められていた。
「川田さんッ! させない!」
腕に纏った魔力が消えてしまえば、後は身体系で突き出した分だけになる。
それでも威力はあるが、魔導師には力不足だった。
障壁を突破することが出来ない。
障壁を突破出来ないということは、待ち受ける未来は言うまでもないだろう。
ササラが決死の覚悟で、侍に突貫する
「光よ!! 穿て!」
「甘いッ!」
バレルロールしながらの滅茶苦茶な空中機動から、レーザーをあらゆる角度で放つ。
ハッキリと言えば友香で脅威と言えるのは浸透系を応用した斬撃、ただ1つだけしか存在していない。
それさえ封じてしまえば栞里もササラも瞬殺が可能だろう。
しかし、たった1つの技が彼女たちの前に厳然たる壁として立ち塞がっていた。
ササラのレーザーを何事もなかったかのように切り払いながら、友香は直進してくる。
「斬る。私の、剣は最強なんだ!!」
ササラと栞里の力もヴァルハラで上がっているがどうにもならない。
敦たちと違い、友香の系統は浸透・収束系。
紗希が最も得意とする系統と己のメイン系統が一致している上に既にバトルスタイルまで完成している。
刀で斬って、勝つ。
基本動作のみで完結している上に、浸透系の扱いも実に見事なものだった。
勘なのか、それとも才覚なのかはわからないが彼女の斬撃は魔力の結合を断ち切るのだ。
魔力とは魔素を変換して、己の色を付けた存在である。
破壊系などはこの色を掻き消すことで魔力を無効化するのだが、似たようなことを浸透系で友香は行っていた。
刀、斬撃に関するセンスのみに限定すれば健輔すらも上回る怪物である。
「こんなの、自在に戦える破壊系のようなものじゃない……! こんな相手が、同年代にいるなんて知らなかった!」
上を見過ぎて横を気にしていなかった。
今更過ぎる反省にササラは顔を歪める。
強さには種類があることを彼女も理屈として弁えていた。
こういった強さもあるのは理解していたが、対面するとなんとも理不尽なものだろう。
対抗する術がなければ、どれほどの力があろうとも突破されるのだ。
総合的に優秀、というのは下手すると器用貧乏になる。
あのフィーネが皇帝に対して味わった理不尽を、ササラは年代を超えて体感していた。
「ササラちゃん、下がって! なんとか私が!」
「っ……、ごめんなさい。お願い!」
友香とササラでは致命的なまでに相性が悪い。
栞里に任せるしかないと、前衛を任せる。
しかし、これでは時間稼ぎにしかならないだろう。
順当に強くなっている、前に進んでいると思っていた彼女の前途がいきなり闇に包まれようとしていた。
先輩ならば納得はした、しかし、友香は同年代である。
ササラには自分に言い訳の余地も、納得するだけの余裕もなかった。
「私は、まだ理解してなかった……!」
風を生み出して、栞里の支援に徹する。
今の自分では出来ないことを認める必要があった。
白兵戦の極致にいるような魔導師にササラでは勝てない。
「っ、私だけの、強さが欲しい……」
才能を活かしきれない自分に苛立ちを感じるも、心に押し込めて敵へと立ち向かう。
その悔しさが彼女の道を作るというのを、他ならぬササラが信じることが出来ないのであった。
新人たちの奮闘を尻目に、彼らは彼らで演武を続ける。
この戦場で、否、世界でも最上級の2人が一切の手を抜かずに全力でぶつかり合う。
「陽炎!」
『パターン変化』
支援能力を展開した後に彼らの激突は始まった。
消耗は皆無、そして彼らに対する支援はない。
どちらもが必要ない、と拒否した結果、初日と変わらぬ状態で戦いは続く。
感情的な問題だけではなく、実利の面でも拒否するだけの理由がある。
莉理子の広域魔導連携も、フィーネのヴァルハラからの広域支援も未だに未完成なのだ。
実戦で出てきそうな問題をここで洗っている段階にある。
新人たちにはどのような結果になろうとも意味があるだろうが、健輔やクラウディアの完成度で余計な手出しをされるのはあまり良い結果を招かない。
同じ結論に至った2人はこうして初日と似たような舞を続けていた。
しかし、全てが一致している訳ではない。
素の状態、つまりは一切の特殊な能力を発動していない状態でこの戦いは互角となっていた。
「ハッ!!」
「やはり、陽炎が戻ると――!」
違いは武具の差だけ、しかし、対峙するクラウディアの額には汗が浮かんでいた。
動きが違う。
錬度が違う。
何よりも滑らかさが違う。
性能面において健輔が使っていた予備の可変型の武具と陽炎にはそこまで大きな差はない。
違うは人格型、つまりは経験を積んだ武器であるということだけ。
クラウディアが仮に同じように武器を切り替えても、実力はそこまで変わらないだろう。
制御をある程度代行出来る分は確かに強くなるが、逆に言うと変わる部分はその程度しか存在していない。
魔導とは基本的に自己完結するもの、これが常識なのだ。
新しいルールの制定と昨年度の戦いにより新しい領域へと戦いのステージが進もうとしているが、それは全体での話に過ぎない。
個人ではまだまだ個性が幅を利かせているし、大前提としてこの事は決して変わることはないだろう。
「他者の意思を介在させる。機械だからこその境地ですか!」
『これでもマスターとの付き合いは長いので。私にしか出来ない事だと自負しております』
「良く出来た相棒だろう!」
健輔が満面の笑みで告げる。
阿吽の呼吸、完全に意見が一致する意思持つ道具との無謬の連携。
常の健輔にこれが加わるだけで一気に戦闘のレベルが跳ね上がる。
初日では対処に苦労していた予兆なしの雷撃も今では意味を持たない。
健輔の抜群のセンスを電子の目が補強するのだ。
予想を超えた上で、常識を粉砕するくらいの力強さがなければ彼の裏は取れない。
「私の努力をあっさりと無にしてくれますね!」
「悪いな。俺に1度見せた技は効かんよ!」
「さて、それは――どうですかねッ!」
左右の剣を素早く振るい、連続で雷撃を放つ。
天に魔力で出来た方の剣を投げつけてクラウディアの攻撃準備は完了した。
「来たれ、雷!」
「あれは、魔力剣に何かを刻んでるのか!」
『術式検知。刻んだ術式で効果が変わるようですね。初日とはパターンが異なります』
クラウディアが生み出す魔力剣は複数のパターンが存在している。
今回放り投げたのもその1つ。
即座に周囲に魔導陣を展開して、天然ものの雷と融合した一撃を落とす。
「雷霆よ、敵を穿て!」
全方位からの雷撃。
クラウディアなりに威力よりも対処のし辛さに主眼を置いた攻撃だった。
クォークオブフェイトでもこれを確実に防げるのは覚醒した優香か、フィーネぐらいであろう。
通常時の健輔ならば、カタログスペックだけ見れば撃破は可能のはずだった。
しかし――、
「悪いな」
――当然、この男は超えてくる。
コンマのタイミングで系統を切り替えて、組み上げるのは極小の結界。
クラウディアの雷撃には特定のパターンが存在している。
そのパターンにのみ強く干渉するフィールドを生み出し、そこに取り込んでしまえば圧倒的な雷撃群も大きく力を減衰させるしかなかった。
ここに刻んだ魔導陣から生み出した自然現象の雷撃が足枷となってしまう。
「……やはり、届きませんか!」
呆れたように溜息を吐き、クラウディアは敵を見据える。
防がれると思っていても、あっさりと防がれると顔を歪めてしまうのは仕方ないだろう。
せっかく施した工夫が容易く対処されるのも、ハッキリと言えばモチベーションを大きく低下させる。
「雷撃、と限定されているのがお前さんだからな。基本的にそこを防ぐようにすればそんなに対応は難しくない」
「私をそんな風に言うのは健輔さんぐらいだと思いますよ」
万能系に2度目の攻撃は通じない。
健輔が言った言葉だが、過信でもなければ虚偽でもなかった。
対応能力の高さこそが万能系の武器なのである。
最大限にそれを活用する男が、自分の能力を把握していないはずがないのだ。
「となると、こちらはもう1段階上を見せる必要がありますね」
「ほう……。もうちょっと出し惜しみすると思ったんだが、見せてくれるのか?」
「これからの私のバトルスタイルに深く関係するので、是非ご覧になってください。あなたの視線を、釘付けにして差し上げます」
クラウディアは流し目から鮮やかな笑みを見せ付けた。
応じるように健輔も笑い、陽炎を構え直す。
バトルスタイル、と彼女が断言したからには楽しくなるのは明白だろう。
クラウディアが意味のない大言をしない奴だと健輔は信頼していた。
「エミュレート――」
何かの術式が起動して、クラウディアが不敵に笑う。
彼女が世界大会に向けて用意していた切り札。
健輔の度肝を抜くだけの力を秘めた脅威の術式がついに姿を現した。