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第37話『変わる魔導』

 優香と怜が激しい戦闘の果てに相討ちとなる。

 この事態は別の戦域でぶつかっていた健輔たちにも影響を与えていた。

 バックスからの緊急の念話で双方はほぼ同じタイミングで事態の急変を知る。

 序盤も序盤でいきなりの大荒れ模様。

 初日の焼き直しのように様子見でぶつかっていた2人だが、流石にこの展開は想像の範疇を超えていた。


「なんとも言い難い感じだな。あの優香が落ちるとは思わなかったよ。そっちは上手くいって良かったって感じか?」

「私はそこまで剛毅にはなれませんよ。小心者として、この戦局は心臓に悪いと思っています。有利、ということに恐怖を感じてしまう」


 飄々とした表情で言う言葉ではないだろう。

 余裕すらも見せながら、クラウディアは健輔に嘯く。

 相手の態度に健輔も苦笑するしかなかった。

 昨年度はまだ硬いところも多かったが、今のクラウディアには予想外を楽しめるだけの余裕がある。

 貫録さえても漂わせるのは、1つのチームを背負うリーダーたる証なのだろう。

 未だに身軽な健輔ではその重荷を理解することは完全には出来ない。


「はっ――」


 自分の内心を笑って、健輔は意識を切り替える。

 戦闘中に余計な部分にまで思考を巡らせるのはよい傾向ではない。

 この戦場に限ってみれば別に負けてはいないが、優勢というほどでもないのだ。

 全体で見れば人数的にはこちらの優位でも総体で見れば向こうの方が得ている利益が大きい。

 初日の模擬戦であれだけの強さを示したからこそ、優香の撃墜が与える影響は大きかった。

 仮に健輔がクラウディアに突破されればクォークオブフェイトは一瞬で崩れてしまうだろう。

 つまりはこの戦場が勝敗の分かれ目となる。

 些細なミスで落とすようなことは認められない。

 クラウディアは優香に劣る部分もあるが、間違いなく傑出した存在なのだ。

 この戦場で健輔以外で止められる可能性は低いだろう。


「優香が討たれた。まあ、大方の理由はわかるけど……稀にあるよなー。あいつ、ちょっと抜けてるから」

『予測では10%程度でしたが』

「可能性を掴んだんだろうさ。水守怜、流石に強いな。この勝負強さは葵さんによく似てる感じだわ」


 模擬戦というものは性質上、完全に身の丈を超えた力を使う場所ではない。

 健輔はそのように認識しているが、優香はおそらく興が乗って飛び越えてしまったのだろう。

 あの相棒が冷静に見えて意外とドジっ娘なのを健輔はよく知っている。

 対戦相手だった怜も含めて、本当に偶然の何かで行くところまでいったのだと判断していた。

 彼にもそういったことは覚えがある。

 相棒の珍しい失態、というと大袈裟かもしれないがミスに健輔は微笑ましいものを感じていた。


「しかし、これで優香は化けるな」

『初めての経験、ですか?』

「今まで優香の奴は本当の意味で負けたことがないからな。桜香さんもそうだが、あの姉妹はいろいろと運が良いというか、悪いというか」


 今回のことで優香は一切言い訳の余地がない敗北を喫した。

 桜香ですらも健輔だから、と言い訳をした痛み。

 傷つくだろうが、乗り越えた時にきっと本当の意味で一皮むけた存在となるだろう。


「まあ、帳尻は合わせる必要があるな。このままだと真面目過ぎるあいつはちょっと考え込みそうだ」

『御意に。私の方は準備が出来ていますよ』

「流石は陽炎先生。うん、お前と一緒だといろいろと選択肢が広がるな」


 戦場の空気やぶつかり合う戦意は健輔にとって心地よいが今日はいつもよりも更に気分が良かった。

 長らく不在だった相棒との復帰戦。

 初日はお互いに出しうる全力での戦いだったが、少しだけ不満もあったのだ。

 使われている力のレベルは高いがあれでは去年と何も変わっていない。

 成長が窺えない夢にいつまでも浸るのは趣味ではなかった。

 そろそろ昨年度とは違う、ということを示す必要がある。


「少し早いが――美咲、準備はいいか?」

『誰に言ってるつもりよ。こっちは万全に決まってるじゃない。陽炎、私の操作と同期して、全体に仕掛けるわ』

『コードを受け取りました。美咲、こちらの準備も完了です』


 優香と怜の戦いは個人レベルの最高峰だった。

 世界大会にも劣らぬ素晴らしい戦い。

 健輔も後で見れば興奮するのは間違いない。

 

「まあ、ちょっとは新ルールで起こるだろうことも考えとかないとな」


 わざわざ新ルールというものが生まれて、既存の力の連携や強化も大事となっている時に折角の玩具を放置するなど無粋だった。

 健輔は粋、というのを理解する男である。

 初日に莉理子も様々な可能性を示してくれていただろう。

 戦術の可能性、今までとは異なる試合の在り方。

 真っ直ぐぶつかるだけが健輔の在り方ではない。

 選択肢の広がりは健輔こそが最も得意とする分野である。


「系統選択、浸透系。魔力探知網形成」

『リミットスキル発動!』


 健輔の魔力が戦域全体へと広がり、美咲が固定する。

 陽炎が制御へと力を割き、生まれるのは戦場を薄く覆う巨大な魔導陣だった。

 昨年度において『賢者連合』はバックスの増員による数の利で構築に時間の掛かる魔導陣を戦闘に用いることに成功した。

 紛れもない偉業なのだが、この事は他のチームにあることを知らしめることになる。

 戦術魔導陣の大半は考案されたはいいものの試合においてはあまり使われなかった技術の群れとなっており、早い話が古いものばかりとなっていた。

 武雄は使われていないところに目を付けて攻撃性にのみ特化させることで人数の力と単一仕様の能力の組み合わせ戦場での活用に成功したのだ。


「全体への拡散と術式の事前展開。なるほど、これは魔導陣を組み立てているのですか……恐ろしいですね、美咲の才覚はこれほどですか」


 クラウディアは眼前に広がる巨大なセンサー網に溜息を吐く。

 バックスが戦場の詳細を把握し辛くなっているのを補うものなのだろう。

 薄い魔力のため妨害は容易だが、妨害することでこちらの居場所をあちらに教えてしまうことになる。


『私の戦い方もヒントだったのでしょう。テントを組み立てるように大型の陣を組む。パーツは各々が補う形のようですね』


 魔導学の分け方で言えば、陣、紋、式の順番で構成要素は小さくなる。

 陣が最大の大きさを誇るのは多様な機能を盛り込むためであり、現在の常識ではこれが正道だった。

 美咲がやったことはこの常識を無視したこと、つまりは詰め込む機能は単純だが規模と威力を最大限にするために術式を用いたのである。

 規模こそ桁違いだが、やろうとしているのは極めて単純なこと。

 健輔が拡散させた魔力の流れを操り、全体に淡い探知網を敷いた。

 これ単体ではそこまでの意味はないが、混乱していく戦場で情報の大事さなど今更言う必要もないだろう。

 相手のバックスの居場所を掴み、撃墜することが可能ならば齎す利益は大きなものとなる。


『準備完了。後は、あなたへの支援よ』

「サンキュー」


 目には見えない魔素の流れが一気に乱れる。

 健輔を媒体にして、美咲が周辺から集めているのだ。

 一言に支援、と言っても以前よりも多彩なことがやれるようになっている。

 昨年度とは同じに見えて、確かに変わった戦場がお互いに牙を剥く。

 美咲の披露した技に、黄昏の参謀も重い腰を上げるしかない


『クラウ、相手はこのまま流れを持っていくつもりのようです。わかっていますね?』

「ええ、お願いします。健輔さんはこちらでなんとかしますよ」

『このまま美咲を自由にするのはあれですからね。こちらも逆襲させていただきますよ。怜の奮闘を無駄にはしません』


 敵が強引にでも攻めようとしている。

 こういった試合の流れを堰き止めるために存在するものが今のルールには用意されていた。

 今回は基本ルールでの運用。

 不死身となったかつての勇士たちを活用するタイミングがやって来たのだ。


「さて、少々お待たせしましたか?」

「いや、それほどでもないさ。どうせ、ここからは似たような展開だろう」

「莉理子さんの支援よりも今は美咲の方が強烈だと思いますが」

「それで簡単に負けてくれるような弱々しい奴じゃないだろうに」


 クラウディアと健輔が構えて、彼らを後ろから支援する者たちも向き合う。

 新人たちに来るべく新しい試合の姿を見せるべく、お互いに同意の下、試合の流れは混沌としたものへと向かうのだった。






 大規模戦でも示されたがコーチはどのようなタイミング、どんな場所でも投入可能な戦力である。

 無論、闇雲に使っても無為に時間を経過させてしまうだけだが、不死身というファクターが強力なことくらいは容易く想像が出来るだろう。

 しかし、彼らはには運用上制約が存在していた。

 最大のものは『敵の撃墜』は許されていないことであろう。

 故にベストのタイミングで敵陣深くに投入されても、フィーネは莉理子を落とすことが出来ない。

 模擬戦においてはルールの間隙を突いて健輔を撃墜した彼女だが、すぐさま投入された自分と同類を前にして以前と同じ方法を取ることは事実上不可能だった。


「やはり、この構図となりますか!」

「コーチはコーチで迎え撃つ。これが基本なのは当たり前でしょう?」


 背後から迫ってきた紗希にフィーネは応戦し、想定通りの展開に美しい眉を顰めた。

 展開する場所を選ばないため、コーチ間では距離の差がほぼ意味をなさない。

 後衛型はともかくとして前衛同士がぶつかる場合は絶対に白兵戦を避けられなくなる。

 高機動型ならば多少は事情の変化もあるだろうが、そもそもが攻め込む側であるフィーネには意味のない過程だった。

 

「はあああッ!」

「舞いなさいッ!」


 よって発生するのは初日と同じ構図である。

 違うのは優香が存在しないため、正真正銘の互角となっていることだろう。

 お互いに不死身のため無意味な消耗を重ねていくだけの無駄な戦い。

 さっさと切り上げればよいのだが、お互いの実力がそれをさせてくれなかった。


「風よ!!」

「断界の層!」


 物質化した風の攻撃を切断力を増した糸が迎撃する。

 不死身だから背を向けても問題ないのでは、と考えるものたちもいるかもしれないが忘れてはいけない。

 高位のコーチならば敵の動きを完全に封じる術くらいは持っている。

 拘束されてしまえば、自分が何も出来なくなるだけではなく味方へと甚大な被害を齎すことになってしまう。

 僅かな隙を見せる訳にもいかない。

 言うなれば不死身だからこそ彼らは臆病に戦うことを求められていた。

 対人特化の紗希、フィールド操作のフィーネ。

 両者が共に互いを理解しているからこそ、どうしようもなく攻めきれない。

 

「隙を見せれませんね!」

「そちらこそ!」


 美咲が歓迎会でやったようにバックスならば何らかの手段でコーチを拘束するのは不可能ではない。

 そのために必要な隙を生み出すのが同格のコーチの場合の戦い方だった。

 仮に格下のコーチの場合はそれこそ彼らが自分の身と引き換えにして相手ごと自分を封じるというのがあるだろう。

 時間制限に差異があるため、相手がいなくなってからなんとかすればよい。


「同じ存在がいるとやり辛い!」

「お互い様でしょう。こちらも、ですよ!」


 コーチは優秀な魔導師のため、歓迎会でフィーネがやったように何らかの手段を用いれば直接攻撃不可による撃墜禁止のルールを潜り抜けることは可能である。

 しかし、1つ間違えば攻撃には意味が無くなったり、もしくはルール違反となる可能性があるのだ。

 どれほど剛毅であるとはいえ、易々行える博打ではない。

 不死身、というのと戦闘行為が可能ということはイコールでは結ばれないのだ。

 敵を撃墜するのが早いからこそそちらにベクトルが向いていたが、相手を封じる必要性があれば誰だって準備はする。

 敵が優秀なチームであればあるほどにリスクは高まり、結果としてコーチは大した活躍をせずに役目を終えてしまう。

 だからこそ、必要なのは発想である。

 呼び出されて交戦して数合、どちらもがこのままではダメだと悟った。

 疑惑は確信へと変わり、どちらにも戸惑いはない。

 不死身であるこということ、そしてバックスの戦闘解禁、コーチという高レベル魔導師。

 全てが揃うことで出来ることがあるのだ。

 より容易くより高い効果が得られるのならばそちらに流れるのも戦場の必然であろう。


「莉理子さん、いきますよ!」


 紗希が天に手を掲げ、


「美咲、香奈、海斗、準備はいいですか!」


 フィーネが槍を構える。

 どちらのチームも同じ答えへと至っていた。

 先の模擬戦で莉理子が使った『封縛陣』。

 現在、美咲が使っている魔力の流れを監視するセンサー網。

 どちらも根本にあるのは個々ではチーム全体への術式の展開と応用である。

 個人の魔導師が極めて突出する状況の中で、弱い者たちが力を合わせるのは流れとしては自然なものだろう。

 明確に存在する彼我の格差。

 上位の魔導師の理不尽さはバックスの準備すらも凌駕する。

 特に最上位の魔導師たる『不滅の太陽』の強さは常軌を逸していた。

 対抗するには今のままではいけない。

 共に最高峰のチームだからこそ、答えは類似する。


「魔導連携――紗希さんの力を借ります。総員、しっかりと受け止めなさい」


 能力の核として不死身の魔導師を使う。

 彼女たちの不死身は裏を返せば、暴走すらも許容が可能ということだからだ。

 決して落ちない、しかし時間制限の存在する力。

 安定的な戦力として使うのは難があるが、逆転の切り札にするには十分な性能だった。


「ヴァルハラ、展開! 私は支援に集中します。香奈、美咲、いいですね!」

『オッケー。皆は任せて頂戴な』

『こっちも、問題ありません!』


 結論が同じだったからなのか、やろうとしていることまで方向性が類似している。

 コーチを核に全体の能力を飛躍的に上昇させて敵を押し切る。

 この戦術の基本部分にある思考はそんなものであった。

 この結論に至ったのに理由はいくつもあるが、最大の理由は勝つためである。

 コーチの不死身を核にした戦法とは想像が容易く、かつどのチームも簡単に行える手軽さがあり、厄介ではあるのだ。

 しかし、対処不能かと言われると上位チームではそれほどでもない。

 平均的な錬度のチームもコーチに絞っての対処は十分に可能なレベルだった。

 そもそも忘れてはならないだろう。

 バックスに限って言えば上位チームでもそこまで大きなレベル差は存在しないのだ。

 彼らが十全に準備すれば、1つだけの戦術に対処するのは難しくない。


「同じ結論なのは癪ですが、私の力の方が上ですよ。そもそも、私が目指していた形こそが、これとなります。未だに未完成でも、易々と突破されるとは思わないでください」


 銀の女神は先代太陽に挑発的に笑い掛ける。


「先駆者であることは認めますが、私も中々のものだと思いますよ。それに、戦うのは彼らです。私たちがするのは全力を尽くすことでしょう」


 安い挑発だと先代太陽は女神へと笑い返した。

 どちらも臨界まで至った魔導師。

 かつては自分を、今はチームを導くことに不思議な感慨を抱いている。


「隙を見せたら、直ぐに後ろにいきますよ」

「それは、こちらのセリフです。不甲斐なき様ならば、ここで落としてあげます」


 紗希とフィーネ。

 2人の適性もあったのだろうが、チーム全体を大きく底上げする準備は完了した。

 自身に対する妨害などへの抵抗は簡単でも、敵が自分に行うとすることを止めるのは至難の業である。

 チーム強化という単純明快な戦法で両チームはぶつかっていく。

 今はまだフィーネや紗希に頼った部分が多いが、この戦法が完成に至った時、魔導戦闘の歴史は大きく塗り替わることになるだろう。

 未来への種は撒かれた。

 そのことの意味を知らないままで、戦いは第2ラウンドへと移行していく。

 新人たちのぶつかりと、健輔とクラウディアの戦い。

 どちらもがより高レベルとなって行われるのは必定となったのだった。


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