第36話『ただ隣に居たいだけ』
見つめる視線は無垢で、だからこそ恐ろしい。
純粋に、1点の曇りもなく敵を倒すだけに見詰めている。
清浄な輝きに反して、振る舞う力が常軌を逸しているからこそギャップは更に大きくなっていく。
優香と対峙する怜にとって、背筋に走る寒気は歓喜なのか恐怖なのかもわからない。
1つだけ確かなことは目の前の少女が1つの壁を超えたということだろう。
「くっ……! 私の魔力が掻き消されるっ」
同時に怜を襲う謎の現象は止まらない。
身体を襲う激しい倦怠感。
超人的な力を与えてくれる源たる魔力が何故か激しく減衰していくのだ。
魔素を操るのとも、破壊するのとも異なる。
「……これが、九条優香の在り方という訳かしら」
初見の相手であろうが、怜も歴戦の魔導師である。
自分を襲う症状から相手の能力の推測は可能だった。
魔力の激しい減衰、浸透系による外部から干渉や破壊系による直接破壊とは違う。
怜が生成可能な魔力の量が激しく落ち込んでいるのだ。
ここから導き出される答えは1つ、優香が外部に放出する魔力が周囲の環境に影響を与えている可能性だった。
「おめでとう、と言うべきかしら。今のあなたなら、私も好きになれそうよ」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、大切なことに気付けました。だから、お礼をさせてください」
淡い蒼と、白、そして銀の輝きに包まれて優香は美しく微笑む。
幻想的な光景だが、この笑みに騙されると大変なことになる。
九条優香の新たな力は環境を支配するのだ。
自分らしく、自分だけの、自分のための理想。
高く舞うのに必要なのは最高の環境で最高の燃料が必須となるだろう。
自分に適合するように世界の側の改変している。
とてつもない能力であり、今までの常識をぶっちぎっていた。
「お礼なんて、いらないわよ。だって――」
幾分かの虚勢はあるが、怜の自信に陰りはない。
相手がいくら力を増そうがやることは何も変わりないのだ。
仲間を、自分を信じて勝利する。
これだけを忘れなければ、怜はどんな敵とも戦えた。
「――これから、私はあなたに勝利するもの。私が世界と戦えるのか、重要な戦いになるわ。だから、出来れば全力で受け止めて欲しい。礼など述べるくらいならそっち方が嬉しいわ」
「承りました。私もまだ未熟故に制御が荒いですが、姉さんと戦う前の予行演習にはなるように努力します」
言葉と共に戦意が高まる。
合わせて優香の周囲を粉雪のように舞う淡い輝きも強く光り出した。
魔力ではなくその元となるもの――魔素。
優香が発する魔力の影響を受けて、可視化出来るほどに活性化している。
魔素の活性化など怜ですらも聞いたことのない現象だった。
普通に考えれば彼女も魔導師である以上は恩恵を得られそうなものだが、直感が訴え欠けている。
――あれに浸るとマズイ。
戦闘において、この直感を信じなかったことはない。
見えない鞭を構えて、敵を最大限に警戒しつつ考察と対抗手段を模索していた。
「いきますッ!」
「っ! ……やっぱり、これはきついわね!」
優香の力で変質した周囲に環境に怜は顔を歪める。
ただ接近しただけで急に身体が怠くなるのだ。
白兵戦を常とするものにとってはまさに天敵たる能力だった。
本来、魔素は魔力の元となる存在であり、本質的な加工だのは出来ないはずの存在である。
魔力という形こそが個々への適合の結果であり固有化が1つの到達点だった。
今、その定義が崩れたと言えるだろう。
未確認の現象、あえて名前を付けるのならば『魔素固有化』とでも言うべきだろうか。
優香だけに適合する、優香だけの世界。
破壊系とは違った形で、魔導師にとって致命傷と成り得る力がこの世界に生まれた。
優香が持つ番外能力と固有能力が最悪の形で結実した結果、もはや系統を超えた領域で力を発揮する。
「――早い!」
「まだです。ここが限界じゃない。もっと、先へいきます。付いて来れますか?」
「はッ! 言うじゃない!」
見えない鞭は万全の働きを見せているが、既に眼前の敵には大した効果がない。
この魔素固有化の厄介なところは仮に影響からなんと脱して万全となっても大して状況に変化がないことだろう。
本題は優香に適合した魔素で、より適合率の高い魔力を生み出すことなのだ。
こちらの能力低下が解消されても優香の能力上昇は消えない。
「フフフ、これは中々にヤバイわね!」
言葉と表情が乖離しているが、実際に危険なのは事実だった。
魔導師に勝つにはより強大な魔導師となるか、自己を強く信じるのが正道だが優香はまず力の大本を潰しに掛かっている。
恐ろしいのは別に本人が意図した結果ではないことだろう。
番外能力『過剰収束能力』。
固有化レベルまで引き上げた力が優香の意思に呼応して天井知らずに引き上げられた結果が今の状態である。
空間展開ではないが、だからこそ恐ろしい優香の世界がそこにあった。
怜の強みたる絶対の自負も条件が揃わなければ現実を超えることは出来ない。
「いいわ。あなたの力は危険ね。だからこそ!」
距離を詰められることはそれだけで自殺行為に近い。
魔力の生成が低下すれば戦闘に必要な行為の全てに支障を来す。
正着は距離を取ることで、ある程度の間合いを確保しての殴り合いだろう。
幸いにも怜はそれが出来るバトルスタイルだった。
しかし、ここで彼女はあえて接近戦を選んだ。
心情的に下がりたくない、というのもあったが最大の理由は優香に攻めの主導権を渡さないことである。
「この強さなら、超えるだけの意義がある! 感謝するわよ――優香ッ!」
「――既に勝ったつもりですかッ! その増長、私が砕く!」
「あら、いいノリじゃないッ!」
身体のキレが悪い。
魔力のノリが悪い。
なんとか生み出したなけなしの力が消えていく。
白兵で組み合う距離は優香のオーラが届く範囲でもある。
直接包まれてしまえば、不利になるのは否めない。
追い込まれる感覚、どうしようもない状況――相手が最高の状態なのに応えられない自身の不明。
条件は揃っている。
水守怜もまた、自分の限界を超えた戦場を、負けたくない相手を求めていた。
「そうよ。これほどの相手に、今の私じゃ失礼よね!」
絶望的に不利な状況。
通常時の優香の出力も怪物だったのに今は怪物的な出力が更に上昇している。
おまけにこちらを縛る枷が全自動でやってくるのだ。
普通ならば諦めてしまうだろう。
しかし、忘れてはならない。
水守怜もまた、チームを背負うはずだった魔導師の1人。
簡単に諦めるような賢い手合いだったなら、そもそもがこの場に立っていない。
彼女の想いもまた優香に劣るようなものではないのだ。
優香と同じように世界の頂点を見据えてきた。
こういう時のために考えてきたことはいくらでもある。
「あなたの力、ようは過剰な魔力で周囲を自分側に寄せているだけ、出力で負けていることが根本的な問題よね!」
怜の系統は創造・収束系。
この逆境を覆すための手札は彼女の中に存在している。
優香の放出に負けないだけの魔力の本流を生み出す力を彼女は持っていた。
「リミットスキル――発動!」
収束系のリミットスキル。
優香が用いているものと違い正規のルートでの極みが彼女に戦う力を与える。
切り札などではない、何故ならば彼女にとってこれはあくまでも燃料補給に過ぎないのだ。
頼ることはないと宣言した通りに、急激に上昇する力を自己の支配下において女王は覚醒した輝きに挑む。
「『魔力極化』!」
怜から優香とよく似た魔力の色が噴き出す。
ぶつかる『蒼』と『青』。
白いオーラが混じった優香が空とするならば、曇りなき青である怜は海のようだった。
「これで、押し返す!!」
魔素を収束して自分だけの魔力にするのが固有化だが、ここから更にもう1段階加えたのが収束系のリミットスキルである。
噴出魔力によって周囲の魔素にも影響を齎し、自分に集めやすくするのだ。
優香のように魔素の段階から変質させることは出来ないが、どちらも周囲に影響を与えるのは同じだった。
重要なことは、これで怜は能力の低下に悩まされず上昇した力で優香に立ち向かえる、ということだろう。
「さて、戦うぐらいは出来るようになったわよ!」
「流石ですッ! ですが、その程度で止まりはしませんよ!」
見えない双鞭がかつてないほどの武威を見せ付ける。
大きく上昇した力を寸分の違いもなく注ぎ込む。
怜のバトルスタイルは不変、在りのままに積み上げた日々をただ底上げしただけだった。
身体系もなしで成し遂げている精緻な制御。
健輔にも劣らぬレベルで呼吸のように魔導を操っている。
「良いタイミングでの覚醒で気分が良いかしら? でも、酔っ払いが私に勝てるとは思わないで欲しいわね!」
「積み重ねた日々と想いが、私をここまで導いてくれた! あなたに劣る部分など存在しませんッ! 酔いなどと、勝手にカテゴライズしないで下さいッ!」
「あらあら、いいじゃない。そういう熱さは嫌いじゃないわッ!」
お互いに日々の努力の積み重ねと自分を信じている。
この力は自分自身だと理解しているからこそ、2人は魂を賭けて戦うのだ。
自己を高める怜に、他者の輝きに呼応して力を増す優香。
相性が悪いようで、ある意味では最高の相性の両名。
お互いの輝きに呼応して、力は際限なく上昇していく。
先に更なる領域へと踏み込んだのは月の光だった。
優香は相手が輝くほどに力強さを増すのだ。
彼女が見定めた男のように、困難があるほどに強さが膨れ上がる。
「負けないッ! 負けないんだから!」
ほとんど暴走しているような状態の番外能力に気を向けることすらもしないで、次の段階へと手を伸ばす。
奇しくも発現する在り方は桜香と酷似していた。
「リミットスキル、解放! 『回路掌握』!」
姉譲りの上限突破。
当然ながら枷の外れた番外能力が更なる加速を始めるのは言うまでもない。
怜のリミットスキルによる流れさえも押し返して優香は自分の世界を広げ始める。
再び怜を捉える停滞の枷。
一瞬が命取りになる戦いで、優香が相手の隙を見逃すはずがない。
容赦ない斬撃が世界最高レベルの速度で連続して放たれる。
「――舐めないでよ」
優香が輝きを増すのならば、追随するのもまた水守怜の在り方である。
世界第2位が全てを出しきる勢いで立ち向かってきているのだ。
全力、全霊程度ではきっと満足して貰えない。
限界の1つや2つは容易く突破して然るべきだと、言わんばかりに再度の能力解放を行う。
相手が世界を作るのならば、対抗するのは同じ世界しかあり得ない。
自己を強く信じ、描くべきルールは既に彼女の中に存在しているのだ。
切っ掛けさえあれば、創造系の最高峰に至ることは簡単だった。
「『空間展開』――私は、黄昏の盟約のエース。簡単に膝を屈する訳がないでしょう!」
怜の魔力で世界が展開されて、優香の魔力が一気に活力を失う。
空間展開というものは基本的にその空間での最上位のルールである。
浸透系、収束系で抵抗は可能だが本当の意味で勝利するには絶対条件として破壊系か創造系が必要だった。
全力に応える全力、お互いに試合開始前を大幅に逸脱した領域に至っているが、ここで優香の爆発が止まる。
怜の展開した世界が、彼女の歩みへ手を掛けた。
「これはっ……!」
空間展開とは基本的に術者の理想を描く場所となる。
皇帝が最高の己と、それを彩る環境を愛したように怜もまた類似の能力を発現していた。
皇帝との違いは向いている方向であろうか。
自分の力を発揮するために、周囲の環境を整える。
優香のが才能による侵略だとすれば、怜の場合は自負による君臨だった。
どちらも結果として周囲を圧するのには代わりなく、訪れる結末もまた類似している。
魔素固有化と似て非なることを行い、怜の力が高まっていく。
戦い方に変化はない。
鞭を操り、敵にダメージを与える一貫して彼女の在り方はそのままだった。
変わったのは周囲だけ、怜の空間展開下では優香の魔素固有化と似た現象に支配される。
能力向上と減衰のセットが、敵へと襲い掛かるのだ。
「私の技は、私の信念は――才能なんかに負けないわ!!」
「――その信念を超えて、私はあなたに勝ちたいッ!!」
お互いに見事な技に全力で応える。
優香の胸裏満たすのは、自分の理想に触れられた喜びと相手へとの掛け値なしの感謝だった。
ようやく彼女はスタートラインへとたどり着いた。
今までは何処かにあった後ろめたさが掻き消えている。
彼女は健輔の隣を歩む者。
誰よりも同調するからこそ、彼の嫌う在り方を認められない。
相手の全力に対して応えられない者が、エースと見られることなどあり得ないだろう。
健輔がそのように思うと優香が無意識にでも判断したからこそこの事態は引き起こされた。
「はあああああああッ!」
「やあああああああッ!」
見えない鞭は怜がこれほどまでに実力を見せても、姿を捉えることは出来ていない。
魔力の検知が通じていない点も変わりはなく、優香は圧倒的能力での防御と経験則からの攻めてきそう角度を警戒することでなんとか対峙していた。
クラウディアや健輔も基本を極めることで強くなっていたが、怜の場合は段階がもう1つ上にあると言ってよいだろう。
バトルスタイルの基本形を、もう1段階上に進めている。
齎す効果は優香が体感していた。
厄介な点は他にもある。
これほどまでに高揚した状況、膨大な熱量がぶつかる戦場で未だに怜は冷静さを保っていた。
この部分こそが、優香を苦しめる部分なのだ。
意地のぶつかり合い、意思を正面から叩きつけるのならば負けるとは思わないが、タイミングよくずらされると一方的に殴られるだけになってしまう。
「ふふ、今度はこんな感じでどうかしら?」
「今の魔力は、まさか鞭が曲がった?」
剣とぶつかっていたはずの鞭が怜の言葉を受けて突然にいなくなった。
鞭がまるで意思を持つかのように剣を避ける。
姿は見えないがそのように動いたとしか判断できない軌道を確かに感じた。
「魔力が感じやすくなった!」
遠隔操作のためか魔力の感知が出来るようになった。
張り巡らせたセンサーから攻撃の方向を限定する。
「後ろ!」
「貰った――!」
背後を振り向けば姿を現した怜の鞭があった。
優香の目の前で敵の武器は先端が尖り刃のようになる。
常態で放出している優香の魔力で空間展開も効果が薄くなっているが、それでもこの場では怜に地の利があった。
意思1つで姿形を変えるのが創造系の特徴。
究極系たる空間展開まで至れば、武器を変形させるなど容易かった。
地の利として己の魔力で満ちた空間、至ったバトルスタイルの完成系。
そして――
「くっ、ならば攻めに……!」
「させないわよ!」
――全てを十全に操る技量。
覚醒に伴い振り回される感覚など怜には存在していない。
描いた理想をありのままに見詰めている。
誰よりも現実を見据えた暗黒の盟約のメンバー。
彼女が自分が必ず頂に辿り着けると信じ続けていた。
奇跡のような偶然で拾った覚醒とは意味が異なるのだ。
覚醒などという安易なものではない。
この領域に至らないと倒せない敵がいる。
だから、この頂に昇っただけなのだ。
「私の障壁が……抜かれる!」
「1つ!」
砕かれた障壁、今の優香を力技で凌駕するのは尋常ではない。
自己に対する揺らぎない信頼。
皇帝と似た形――かつての1位の影響を受けている者が、かつての2位の縁者を追い詰める。
どちらも魔導の形としての究極であり、だからこそ甲乙つけがたい。
「2つ!」
ようやく辿り着けた力だったが、それでも怜の執念に押し負けようとしていた。
理由は単純だろう。
優香は怒りなどの激しい感情で燃え上がるタイプではない。
一時の燃料として活用してもそれを支えにする人間ではないのだ。
根本的な部分でまだ答えを見つけられていない以上は、既に進むべき先を見据えている怜に精神的に遅れを取るのは当然であり、その遅れがここでは致命傷となる。
3発、4発、近づいていく撃墜へのカウントダウン。
ライフが急激に失われる中で冷静になっていった優香は実に静かな心境だった。
勝利のためにチームを消す選択をした強さに、優香は負けようとしている。
「……違うっ! 私は――!」
想いを定量化することなど不可能だが、優香の想いはきっと怜に負けている。
桜香への想いと、怜への申し訳なさ、そして自己への嫌悪では未来に突き進む意思には付いていけない。
九条優香が全てを預けるに足る答えはそのどれでもない。
「私は、あの人が――!」
必死に目を逸らしていた自分と違い辛くとも前を見ていた。
背中から感じる意思の強さに、優香は憧れて――横に立つことを選んだのだ。
桜香の存在が大きくて、振り切ったと思って再び捕まってしまった。
これは優香の弱さであろう。
優香の立脚点に桜香は強く関わっていて、超えるためにはどうしても姉との対峙を避けられない。
しかし、対峙するまで待っていたらいつまでも成長が出来ない。
切っ掛けがないと至れないというのはそういうことなのだ。
「――――誇れように、隣に置きたくなるように、なるんだッ!」
わかり切っていても実際に目指せるかは別の問題である。
1番やりたいことを強く自覚して、桜香をどうこうではなく九条優香たる理由を見出した時に、優香の戦いは改めて始まりを告げた。
気迫と共に怜の猛攻を弾き返す。
抵抗出来るだけの熱量があれば、今の優香は簡単に折れることはない。
青臭く、また戦闘には全く関係のないように見える言葉だったが、投げかけられた怜は快活に笑っていた。
「そう――いいじゃない素敵な夢だと思うわ! ふふ、葵もきっと喜んでるわよ」
本来ならばこの激突は葵がやるべき役目だった。
優香を単体で、かつ正面から凌駕出来る可能性があるのはチームでは彼女しかいない。
しかし、葵はリーダーであり、味方なのだ。
どれほど普段から健輔をボコボコにしていても精神的に超えられない一線というのは存在していた。
「ご指導、感謝します!」
「気にしなくていいわ。お互いに必要なことだったでしょう?」
「はい。未熟ゆえ、お手をかけましたが」
「気にしないの。元より、後輩は先輩に迷惑を掛けるものよ。私も、きっとそうだった」
瞳には強い意思がある。
絶対に後ろに下がらないと決意は怜にも心地よかった。
尊敬できる敵と戦えるのが、魔導のよいところだと怜は思っている。
勝敗だけを求める本物の戦いは生々しいが、学業でもあるこの競技は成長を尊んでくれていた。
「では――」
「ええ、来なさいな」
会話の間も続けられた戦いで、両者は相応に消耗している。
怜の見えない鞭が姿を所々で見せてしまったり、優香の放出する魔力の勢いも初期に比べれば弱くなっていた。
怜が優れた力で自己を制御していても絶対量では優香の方が優っている。
優香が潜在能力で怜を凌駕していても、精神力などでは劣っている。
両者が拮抗するだけの理由があり、既に全てを出し尽くしている以上、次にやるべきことは決まっていた。
「魔力回路、フルドライブ!」
姉を意識しても囚われない。
優香に必要なのはなんとも難しい綱渡りである。
目を逸らしていても最強の理想からは遠くのだ。
見つめて、されどしっかりと境界は意識する。
健輔が体現する在り方こそが、優香の理想なのだから。
「はあああああああッ!」
魔力を高めたことで再び大規模に魔力が噴出を始める。
桜香の解除される度に上限が上昇するのとは異なり、優香の魔力は文字通りの底なしとして噴き上がっている。
過剰収束能力によって枷を失った魔力が暴走を続けており、それが結果として無限の魔力を生み出すのだ。
当然、制御は容易ではなく、優香は過剰な収束率を気合で捻じ伏せていた。
膨大に過ぎる生み出された魔力、その全てをこの一撃に託す。
我武者羅、華麗さなど欠片もない姿に怜も満面の笑みを浮かべた。
姉のように泰然として見下ろすのならば、いけ好かない奴だと思うだけだったが正面から向かってくるのならば話は変わる。
怜もご多分に漏れず、そんなバカは大好きなのだ。
世界に行きたかったのは、そんなバカたちと頂点を競いたかったから。
自分の我儘に付き合ってくれたチームと笑って許してくれた先輩たちのためにも彼女は自己を偽らない。
「こちらも、全てを賭けるッ!」
防御に回す魔力も全てを攻撃に転換する。
ここで必ず勝利しないといけない。
絶対に負けてはいけないと誓ったのだ。
後先考えない最後の一撃。
「これで――」
優香の全霊が空間を震わし、
「――私の」
怜の全力で空間を軋ませる。
「勝ちですッ!」
「勝ちよッ!」
重なる勝利の声。
蒼い剣と青き鞭がお互いを貫き、両者は共に笑みを浮かべた。
輝き出す光は2つ。
両者、相打つ。
序盤からのクライマックスは水守怜が矜持を見せて、勝利を掴むのだった。