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第34話『欠片は揃わず、されど時は来たれり』

 最終日前日。

 合宿の終わりを前にして各々が最終調整に励む中、因縁の師弟対決が行われていた。

 真っ直ぐに直進するのは稲妻の如し。

 雷光が己の生みの親とも言える存在に向かって全力で立ち向かう。

 

「フィーネさんッ!」

「焦らずとも逃げはしませんよ」


 全てを操る女神に、1つだけの武器を携えて雷光は挑む。

 左右非対称の独特な双剣のスタイルで猛攻を加えるのは健輔との戦いと何も変わっていない。

 違いは表情に余裕は一切存在しないことくらいだろう。


「はあああああッ!」

「甘い。力が特徴だからと力だけに頼るのは悪手です」


 健輔が苦労した連撃を大した苦労もなく捌き切る。

 総合力において他者を圧倒するフィーネだが、本質は防御にあるのだ。

 彼女の守りを突破するほどの力を見せるには今のクラウディアでもまだ足りない。


「ならば、これは!」


 剣の軌跡に紛れて予兆のない雷撃が女神を襲う。

 健輔ですらも勘での対処を選んだ技、鍛え上げた彼女の年月が無駄ではないことの証。

 ――しかし、それも女神には届かない。

 発生する魔力を検知させないのは見事でも、彼女が常態で展開している障壁を突破出来なければ意味がなかった。


「懐に入れば!」

「勝てる、とでも? 認識が甘い。あなたの火力で抜かれるようならば、女神など名乗っていませんよ」


 フィーネの槍がクラウディアの双剣を弾き返す。

 魔力による強化の効率で敗北しているがゆえの現象。

 さらに言えば技術でもフィーネに押し負けている。

 健輔と互角に戦ったクラウディアが手も足も出ていない。

 これは彼女の実力云々の問題ではなく相性の差というものが影響していた。

 変換系の生みの親たるフィーネは限界もよく知っている。

 戦場の経験則とは違うが、知識と実感の伴った見識を備えている相手に素直すぎるクラウディアの戦い方は余程の力の差が無ければ通用しない。

 残念なことにフィーネを圧倒出来るほどの力は今のクラウディアも持ってはいないのだ。


「くっ!」


 健輔を相手にした時でさえ表面上は余裕があったのに今は余裕の欠片もない。

 正道で強くなったからこそ、正道の先にいる怪物に届かない。

 健輔は邪道の上に独自路線を疾走しているため、安定感は皆無である。

 代わりに誰にでも負ける可能性がある代わりに誰にも勝てる可能性を持つ。

 クラウディアが健輔を真似ていても、そこだけは絶対に侵せない聖域だった。

 同じ道を進むには、クラウディアの愚直さが致命的にまで噛み合わない。


「今度は、こちらかいきますか!」

「受けて立ちます! 私も、昔のままではない!」


 健輔との戦いでも見せた基礎の向上は対フィーネでも問題なく発揮されている。

 奇策に頼らない正道の強さ。

 クラウディアが体現する魔導師の在り方は誰が見ても称賛するだけの輝きを放っていた。

 そして、正面から凌駕する女神は更なる輝きを纏っている。

 こうなるとわかっていたからこそ、望まれた対戦。

 必死に抵抗を重ねるクラウディアを見つめながら、フィーネは困ったように笑う。


「なるほど……昔のままではない。なんとも困ったものですね」


 白兵戦の最中も観察を続けていたフィーネは納得したかのように溜息を吐いた。

 雷光の切れ味は確かに鋭い。

 火力も素晴らしいものがあり、手足の如く魔力を操る制御は流石に紗希の仕込みと言えるだろう。

 立派な器、だからこそフィーネは底を見切ってしまった。

 更に言うならば、やろうとしていることまで悟ってしまったのだ。

 格上との対戦で更なる力を引き出そうとしているのだろう。

 策もなく正面から愚直に向かってきているのはそうとしか思えない。


「クラウ、1つだけ言っておきます。私で先に至ろうとするのはやめておきなさい。意味がありません」


 フィーネからの忠告に猛攻を仕掛けていたクラウが一瞬だが確かに固まる。

 他の誰にも意味は通じなくても両者にはそれだけで十分だった。

 話をするためなのか、クラウディアはフィーネと一定の距離を取る。


「……お気付きでしたか」

「これでもリーダーだったこともあるので。本当は試合で、というところなのでしょうが、申し訳ないですが、選択ミスですよ。私とあなたはどうしても私が優勢になってしまう」


 基礎を磨き上げるのは応用に力を入れるためであり、先を見据えているからなのは当然だろう。

 フィーネはそれを踏まえた上で断言した。

 どうやってもフィーネ相手ではクラウディアは負ける、と。

 ある意味で傲慢な言葉だが、間違ってはいなかった。

 クラウディアの根幹にある力がフィーネから派生している以上、オリジナルに今までの延長戦では勝てない。

 雷光が女神を凌駕するには、彼女だけの境地に至る必要性があった。


「無論、最後まで付き合いはしますが、期待はしない方がいいですよ。あなたは、殿方に受け止めてもらいなさい」


 殿方。

 誰を指した言葉なのかは言うまでもないだろう。

 器の違いにクラウディアは少しだけ寂しげに問い返した。


「やはり、そうするべきですか」

「出来ることならば、最高の姿を。まあ、同じ女ですので理解はしますが、おそらく彼の存在がないと辿り着けないと思いますよ。完成形は、そこにあるのでしょう?」

「……やっぱり、フィーネさんには勝てないなぁ」


 自嘲めいた笑みと共に本音が吐き出される。

 フィーネが言っていることは正論だった。

 いつもはクラウディアが正論を発する方なのに非常に珍しい形ではある。

 強いのは強いがまだクラウディアとしての形が定まっていない以上は、博打でもしないとこの対戦は必ずフィーネが勝利する。

 それには意味がない。

 仮に試合ならば勝利のために全力で相手を叩き潰したが、これは練習なのだ。


「私と戦って何かを確信したいようですが、今はまだ早いですね。それに相手も間違えています」

「慧眼に、敬服します。私はいつも、少し届かない」


 弱音ではないだろうが、クラウディアの本音ではあるのだろう。

 去年も肝心なところで手が届かなかったのが彼女だ。

 胸には悔いが溜まっている。

 強くとも、傷つかない訳ではなかった。

 かつて1人だけで旅立った戦乙女に、彼女たちの姉であり母のような女性は微笑みを見せる。


「実を言うと私は安心しているんですよ?」

「安心、ですか」


 我が意を得たりとフィーネは強く頷いた。

 旅立った先で雷光は強くなっている。

 今、この瞬間の悩みもきっと彼女の翼になると確信していた。

 敵という立場になっても、いや、だからこそフィーネは喜んでいる。

 強い魔導師の存在は必ず今後に意味があるのだ。

 リーダーだった身として新世代の羽ばたきほど嬉しいことはない。

 負けない、と強く思わせてくれる下の存在は上にいる者として常に感じるべき重みだった。


「あなたは手が掛からなかったので。私もようやく師匠の真似事くらいはやってあげられそうです。――覚醒には至らずとも、直前まで押し上げましょう。全力で来なさい」

「あなたは今でも私の目指すべき頂です。――きっと、それは変わらないことだと思います。心遣い、ありがたく」


 槍を回転させて、フィーネは構え直す。

 クラウディアも片方の魔力剣を消して魔導機を構え直した。

 初心に帰り、我武者羅に行こう。

 来るべき戦いへと心を研ぎ澄ますために、今は敗北が必要だった。


「来なさい」

「参ります!」


 大規模な魔力の発動のない地味な白兵戦。

 見るものが見れば戦慄するだけの技を使って2人は1年ぶりの師弟交わりに没頭するのだった。






 合宿から離れて1人、健輔は研究エリアの一角で人を待つ。

 これまでの戦いで健輔には明確に欠けているものがあった。

 やる気や実力といったものではなく、彼の戦いを進める上で忘れてはならない存在。

 優香に次ぐもう1人の相棒の不在である。

 『彼女』が欠けているのにいくつもの理由があるのだが、、最たるものが主の大幅な実力の上昇だろう。

 昨年度の今頃に健輔が世界大会で大暴れすることを予想出来たものなどいない。

 当初は成長に合わせてデータを取りながら改良を進める予定だったのが、思わぬ大活躍により予定は大幅にずれ込んだ。

 結果、世界大会後の期間中に『彼女』は大幅な改良を受けることとなった。

 正確には当初の予定通りの力を得ることになったと言うべきだろうか。


「は~い、お待たせしました~。こちらになりますよ」

「うっす、ありがとうございます!」


 街合室で天井を見つめていると柔らかい声と共に担任教師にして、相棒の生みの親がやってくる。

 手にあるのは見覚えのあるケース。

 変わらずの笑顔と声に癒されながら、健輔は里奈から大切な相棒を受け取る。

 中を開ければ外見は以前と変わらぬカード型。

 しかし、中身は完全に別物である。

 今年度から正式に採用になった可変型の魔導機の魁として武装部分の機能もかつてより強化されていた。


「おーい、久しぶりだがちゃんとわかるか?」

『マスター、私のことを物覚えが悪いように言わないでください。記録に問題はなし、思考回路は非常にクリアな状態です』

「相変わらず堅いねぇ。ま、御帰り」

『ただいま戻りました、マスター。そちらもお変りないようで幸いです』

「ふふふ~、仲良しさんですね~」


 微笑ましそうに見守る里奈に気恥ずかしいものを感じるが、表には出さないように努めておく。

 こういったやせ我慢は男の特徴であろう。

 教え子が恥ずかしがっているのをわかっているのかいないのか。

 健輔との付き合いはそれなりのはずなのに未だに掴めないのが大山里奈という女性だった。


「まあ、いいか」


 自分が万能の神でもないことはわかっているのだ。

 戦闘時には多少冴えている程度であり、自己評価はそこまで高くない。

 美咲辺りにはもう少し胸を張れ、と言われているが個人的には今くらいがちょうどよいと思っていた。

 驕りを諌められるよりは気弱だと言われた方が気持ち的に楽である。


「さて、相棒。さっそくで悪いがいきなり出番だ」

『了解しました。マイスターからスケジュールはいただいております。黄昏の盟約との2戦目があるのでしょう?』

「ああ、今度は基本ルールでの激突だ。とはいえ、別に主力をぶつける訳じゃないだろうさ。今後の試金石ってところだろう」

『1戦目のデータはいただきました。いろいろと苦労されていたようですね』


 陽炎の言葉に健輔は苦笑する。

 全てを自力で制御する、というのは中々に困難なことだった。 

 道具に頼っていると言われるかもしれないが他の系統と違って魔力生成の間に入るプロセスが非常に煩雑なのが万能系なのだ。

 この健輔の情緒を理解する武具がいないといろいろとやれないこともある。


「失ってみてわかる大切さだったよ。1人でのやり方も大分身に付いたと自負してはいるけどな」

『役割が無くなっていないようで安心しました。私の仕事が無くなっていたらと少々不安でしたので』

「あり得んさ。天地がひっくり返っても、俺は俺という存在だ。よって欠点も中々に改善は難しいな」

『ダメ人間を肯定するような言葉、流石ですねマスター。私がいない間、優香たちとのコミュニケーションに問題はありませんでしたか?』

「ん……? いや、話ずれてない?」

 

 明らかにそれまでの戦友との語らいから母親の心配のように路線が変わった。

 陽炎の発する雰囲気、とでも言えばよいだろうか。

 それが確かに変わったのだ。


『この様子だと、むしろ悪化したのですね。……やはり、私がしっかりしないと』

「学校では~佐藤くんは、人気者よ~」

「え、何この流れ……」


 陽炎の決意の声と里奈のほんわかとした空気が混ざり合って空間が混沌とする。

 1人だけ正常だと信じる男は場の流れが理解出来ずに、最後に一言だけ言葉を残すのだった。


「す、少しは成長したはずなのにげ、解せん……」






 対峙する2人の女性。

 1人は小柄ながらも知的な輝きを瞳に宿し、正面の女性を強く見返している。

 もう1人は外見からも漂う快活そうなオーラが特徴だろう。

 自分に対する絶対の自信と自負に溢れていた。

 まったくタイプは違うが、両者に共通していることもある。

 芯が強く、かつ容赦がない。

 何かをするからには最大などでは留まらない範疇を目指す。

 それこそが彼女たちに共通する在り方だった。


「実りの多い合宿になったかしら? 私としては面白い子ともやり合えたから大満足なんだけど」

「こちらとしては特に不満はありませんよ。あなたの標的となった友香には申し訳ないことをしましたが、まあ、必要経費の内でしょう。あなたに殴られることを夢に見て飛び起きるようになったようですが、大した問題ではないです」

「ふふ、気に入って貰えたようでよかったわ。ちょっと甘かったと思うけど、よかったのかしら?」

「あれ以上は完全にトラウマですから。今でもトラウマですけどね。個人的にはあの1時間に1度は魔力切れを起こすような鬼ごっこで甘いとか正気とは思えませんが」


 三条莉理子は悠然と微笑みながら本音を口に出した。

 彼女が必要としていたのは新人たちを叩きのめしてくれるチームである。

 クォークオブフェイトほどぴったりと条件に当て嵌まるところはないだろう。

 実際、友香はこれ以上などにボコボコにされた結果、安眠と引き換えに空を飛べるようなった。

 曰く、空なんかよりもあの人の方が怖い、である。


「そうかしら? 健輔は私と正面からの殴り合いだったんだけど」

「逸般人と比べてどうするんですか……。そこと比べたら皇帝でも持ってこないと男性魔導師全員が根性なしになりますよ……」


 莉理子にしては珍しく疲れたように息を吐き出す。

 いつだって我が道を突き進む。

 葵の寵児たる存在はいろんな意味で頭痛の種だった。

 倒せそうなのにいざ戦うと非常に倒し難いという特性は作戦を立てる人間には悪夢である。

 健輔が生き残るだけで作戦が崩れるのだからやってられないだろう。


「……ま、まあ、この話は追々でいいですよ、とりあえず明日についてですが」

「最終日は事前通りに基本ルールでの激突、でいいのよね?」

「ええ、双方の希望に沿うと思います」

「多少は見栄えもよくなったでしょうし、新人の中から誰を使うかは決めたの?」


 最初の模擬戦は他のルールも試すことを含めた上での模擬戦に過ぎない。

 練習という側面が強いというべきだろうか。

 しかし、次の模擬戦は少しだけ趣が異なる。

 最終日の模擬戦は、今後の大会での戦いを想定したもの、実戦が念頭にあった。

 その上で新人を組み込んだ上で適性を見極める。

 短い期間でも最大の効果を得るために2人が考えたプランがここに結実しようとしていた。


「合宿中の様子も確認しましたが、幾人かの候補は定めました。やはり、強めにやる方が良い子もいるようですしね」

「健輔も次は本当の意味で全力全開よ。相応の武装も揃った。この状態の健輔にクラウディアをぶつけたいんでしょう?」

「今日のフィーネさんでも良かったのですが、やはりそちらの方が良さそうですしね。彼の方がノリノリになってくれるのは間違いないでしょう」

 

 莉理子はそう言うと手を宙に翳す。

 投影されるのは、最終日にぶつかる出場メンバー。

 三条莉理子、クラウディア・ブルーム、紡霧瑠々歌、水守怜。

 実力のバランスを取るのに黄昏の盟約は若干だが主力を増やしている。


「長谷川友香、山田朱音、篠宮敦、斉藤麻奈、高橋大樹。ふーん、この子たちを選んだの?」

「出来れば強敵とぶつけたいですし、後衛が高橋くんしかいないのならばバックスで対応するしかないですから」

「まあ、私は楽しめればなんでもいいけどね。新人の仕上がり具合のチェックにはいいでしょう」


 真面目そうな表情から一転して、葵が破顔する。

 舌を少しだけ出して莉理子に見せ付けるのは、クォークオブフェイトの出場メンバー。


「こっちはこうよ。予想通りだと思うけど、王道でしょう?」

「この状態でようやく釣りあいが取れる。怖いものですね」


 佐藤健輔、川田栞里、九条優香、桐嶋朔夜、暮稲ササラ、白藤嘉人。

 新人が大半、しかし実力的にはようやく互角と言ったところだろう。

 優香の存在が大きすぎるのだ。

 黄昏では受け止めきれないスーパーエース、彼女をどうにかする経験も必要となってくるだろう。


「後はバックスがいつもメンツかな。香奈、美咲ちゃん、海斗くん」

「了解しました。最終日、合宿に恥じぬ良き戦いになるよう努力しましょう」

「今回は観客として楽しませて貰うわ。本番では、よろしくね?」

「あなたの本気とぶつかるのは正直怖いですが、胸を借りるつもりでやらせていただきますよ」


 合宿の1つの成果として、ぶつかり合う新人主体の両チーム。

 今まで、ではなくこれからを占う戦いが始まろうとしていた。


「それでは」

「ええ」


 ――良き戦を。

 言葉と共に2人は悪手を交わす。

 黄金週間を締めくくる戦いの幕が上がるのだった。


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