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第33話『受け継がれる系譜~やりすぎ注意~』

 2日目、3日目と恙なく合宿は進行する。

 固定の相手と変わらずに練習を行う者、1日として同じ相手に当たらない者、個々の事情ごとに異なる点はあったが問題らしい問題は起こっていなかった。

 健輔にとっても非常に充実した日々と断言してよいだろう。

 今日もこうして最高の相手を敵としている。


「もう! 手先ばかりは器用になって! 昔はもう少し素直だったわよ!」

「これが持ち味なんで、降参だったら言ってくれていいですよ! 優しくしてあげます」

「ふふっ、言ってくれるわね!」


 空間が唐突に1つの線で分割される。

 不敗の名を背負うの技巧の太陽。

 彼女の技が健輔へと迫る。

 相手のレベルを考えれば多少は焦るべきなのだろうが、健輔にそのような様子は皆無であった。

 規模こそ違えど健輔にとっては見慣れた技。

 慌てる必要性はなく、糸による斬撃を難なく躱す。

 

「全部で25ってところですか。圭吾の全力の2倍近くをあっさりと出す。なんとも理不尽だよ、才能ってものはさ」


 呆れたように溜息を吐くが、意識は戦闘から逸れない。

 敵対者の名前は藤島紗希なのだ、油断出来るはずがないだろう。

 ある意味で健輔をこの学園に導いた存在であり、彼のその後を決定した存在でもある。

 彼女がいないと健輔のこの学園での物語は始まらなかった。

 そのように言えば、彼女の重要度というものがよくわかるだろう。 

 幼馴染、と言ってよいのかは微妙だが近所の優しいお姉さんだったのは間違いない。

 どこにである地方都市の住宅街の一角で、1人だけ異なる世界観を纏った美しき女性。

 かつて健輔も憧憬した存在と今は同じ地平を見ている。


「人生ってのは何が起こるか、本当にわからないものだよ!」

「何をごちゃごちゃと。真面目に練習をしているんですか!」

「俺が手を抜いているように感じるのなら、それが答えじゃないかな。――まあ、その程度ならばアマテラスの底も知れますが」


 からかうような笑みと同時に挑発的に言葉を投げる。

 怒って制御が荒くなれば儲けものだが、相手は3強にも匹敵する魔導師。

 眉を顰めた程度で特に感情を荒げることなく攻撃を放った。

 紗希が健輔に慣れているというのもあるだろうが、挑発でペースを乱すほど鈍ってはいない。

 

「怒りで制御を損なわせる。消極的で、小さい狙いですね。それでは、私は止まらないですよ!」


 一気に糸の数が倍になる。

 空間展開を使わずに素の状態でこの展開力。

 健輔から見ても羨ましいレベルの力だった。


「うへ、やっぱり3強クラスは怪物だな」


 わかっていたことだが、紗希も常識の外にいる。

 小市民代表のつもりである健輔としては関係するのも命懸けというレベルの存在たち。

 そもそもが戦うのが間違っている、というべき格の差が横たわっている。

 優香やクラウディアが美貌に対して声を掛けられることがないのも、ある種生命体として別の次元にいるように感じられるからだ。

 そう言う意味でも健輔は特殊だろう。

 戦績だけならば彼女らと比較しても劣らぬどころか特定部分では優っている。

 実力は確かに知られているのだ、にも関わらず多くの男子生徒にいつか潰すと思われているとは一種の人望かもしれない。

 当の本人はそんな敵意も楽しんでいるため、何も影響がないどころかまだ見ぬ刺客に胸を躍らせていたりするのが些細な問題だろう。

 この練習でも健輔の興味は1つの集約されている。

 紗希とどうやって戦い、どうやって勝利するか。

 ただそれだけを強く考えていた。


「まあ、それを落とすのが楽しいんだけどな。さてと、そろそろ攻めるか」

 

 紗希の強さには戦慄したし、恐怖も驚愕もした。

 今の自分よりも圧倒的だと一切の言い訳の余地なく断言できる。

 おまけに健輔は彼女とは相性が悪い。

 世界大会のように決戦術式に頼ろうとした場合、彼女は浸透系で術式を掻き乱してくるだろう。

 相手と同じ土俵に立つための技が死へと誘うのだ。

 普通に考えれば詰んでいるとしか言いようがない。

 3強たちは実力の差こそ存在していたが、戦うことは十分に可能だった。

 しかし、紗希はそれ以前の話となってしまう。


「くっ!?」

「隙あり、ですよ!」


 健輔が攻撃を回避する合間に糸と糸に挟まれた空間を通り過ぎた際に異変は起こった。

 魔力の乱れ、生み出そうとした魔力とは違う魔力が身体を駆け巡る。

 系統を切り替える瞬間に僅かに魔力回路に干渉された。

 たったそれだけの動作で健輔の戦法は崩れる。

 器用貧乏たる万能系。

 今までは真っ向勝負を挑んでくる者ばかりだったからこそ表面化していなかったが、ついに健輔にも相性が悪い相手が出てきた。

 相応に露出した以上、戦い方は研究されて彼に牙を剥く。

 

「圭吾もそうだったけど、流石に本家本元だ。厄介さのレベルが違う!」

「嬉しそうですね。まったく、いつからこんな戦闘狂になったんですか。お姉さんは少し悲しいです!」

「その割に、紗希さんも楽しそうですよ!」


 系統の切り替えが上手くいかないのならば、前提条件を組み直す。

 無駄口を叩きながらも戦闘用に思考は研ぎ澄まされていた。

 シルエットモード、シャドーモードと健輔の力を倍増させる術式のほとんどが紗希の前では意味をなさない。

 安易な力押しも意味はないだろう。

 かつての世界大会で桜香を庇わなければクリストファーでも落とせたのかわからないのだ。

 彼女を力でどうこうするのは現実的ではない。

 数と言う暴力ならばともかく単体ならば必ず対抗してくるだろう。

 

「あの皇帝が、桜香さんで紗希さんを釣った可能性もあるのか。クソ、こんなことならもうちょっと詳細を調べとくべきだったな!」


 対人能力、それも単体に絞れば3強クラスの中でも一際際立つのが紗希である。

 今までにない強敵の登場に健輔の頭脳はフル回転を始めた。

 これが練習であることなど忘却の彼方へと旅立ち、勝利のために全力で駆け抜ける。


「ここまで戦って分かったのは、パワーはそれほどでもないということ。多分だが、クラウに勝てないレベルだな」


 魔力の量は大したものだが火力や純粋な力として見た場合、紗希は現在の下位ランカークラスまで落ちる。

 代わりに魔力の制御、及び干渉能力に関しては3強クラスの中でも最高だろう。

 フィーネや桜香も浸透系は保持しているが、彼女のように使いこなす領域にはいない。

 リミットスキルの有無だけではない熟練の技がそこにはあった。


「後は圭吾を参考にすれば、なんとなるかなッ!」


 不明部分はまだまだ存在している。

 先ほどの試合ではフィーネに妨害されていたが、空間展開を使われた場合何も出来ずに敗北する可能性もあった。

 彼女を目標としている圭吾の能力が糸を全ての起点にしているのだ。

 紗希も同様の能力を持っていると考えるのが自然だろう。


「だったら、やることは1つ!」


 魔力をブーストして、一気に紗希に肉薄する。

 強化した視力に映るのは巧妙に偽装された糸の数々。

 何も考えずに突撃していたら、気が付いたら大量の糸に巻かれていた、などということになりかねなかっただろう。


「案外と種は大したことのないものですね!」

「さて、私は種明かしをしたつもりはないですよ。勝手に合点しているだけではないですか? 本当に、その行動で大丈夫ですかね?」

「――さあ、勝ってから考えることにしますよ!」


 言葉による攪乱。

 懐かしい気持ちになったのは1年前を思い出したからだ。

 圭吾との戦いで、健輔は彼に負けた。

 その後にしっかりと取り返したが、始まりで見事に打ち倒されたのを忘れていない。

 親友の原点、口調から試合運びまで誰を目指していたのかが非常にわかりやすかった。


「不器用だな。他人のことは言えんが、ちょっと心配になるよ」


 過去を振り返って懐かしく思う。

 あの時の自分は我武者羅に糸に立ち向かうしかなく、何も出来なかった。

 操り手は違えど自分と関係が深いと言う意味では大差がないのだ。

 ここいらで苦手意識は払拭しておきたい。


「搦め手から俺に勝てる、とか勘違いされるのは嫌だしなァッ!」

 

 見せ札として使うのはシャドーモード。

 確実に干渉してくるとわかっているからこそ、相手の行動を絞りやすい。


「――させない!」

「ぐっ……やっぱり、さっきのもそうだったが!」


 急に体が重くなり、魔力が上手く生成出来なくなる。

 不思議だったのは、健輔に糸が接触していないのに何故か魔力干渉をされること。

 どこかで知らずに接触した可能性は考えたのだが、今は確実に付いていなかったと断言できる。

 何かしらの方法で遠距離から体内の魔力を攪乱しているのだ。


「だがな、距離があれば多少精度が落ちても、やりようはあるんだよ!」


 万能系の本質とは何なのか。

 世界大会以来、日夜課題として取り組んできたが未だに答えはない。

 答えはないが、わかっていることもあった。

 本来は、魔力の切り替えなど意識する必要はないのだ。

 今の万能系は1度他の魔力に変換する、というファクターが存在している。

 ここに紗希が干渉するからこそ、健輔はジリ貧になるしかないのだ。

 だったら、ファクターを取り除いてしまえばよい。

 魔素からの干渉は流石にこの練習では紗希も使わないことになっている。

 今の健輔にそんなものを使われてしまえば完封負けなのだから仕方がないだろう。


「1段階下の技くらいは、自力でなんとかしないとな!」

「干渉が、切れた……! この感覚は、破壊系ですか! ノータイムとは、まったく本当に困った子ですね!」


 紗希が右手を振り下ろすと同時に何かが接近してくるのを感じる。

 直感のみの行動。

 嫌な感じがしない場所へと体を割り込ませていく。

 神技としか言いようのない回避。

 葵によって鍛えられた危機回避能力が全力で機能したからこその奇跡だった。

 紗希からしても、まさか空中機動で躱されるとは思っていなかったため、一瞬だが明らかに動きが鈍る。


「え、う、嘘ぉ!?」

「悪いけど、2度目は再現できないぜッ!」


 自信満々に叫びながら迫る男に慌てて、防御の再構築に動くが白兵戦が可能な距離まで近づいた以上、全ては無意味である。

 健輔にとって浸透系は確かに天敵だが、浸透系にとっての天敵も存在しているのだ。

 どんな姿にも成れるのが万能系の特徴。

 今の瞬時に系統を切り替え可能な健輔ならば、先輩の技を借り受けられるのも容易い。


「オラァッッッッ!」

「破壊系――!」


 障壁も、糸も、諸々全てを破壊の魔力で消し飛ばして、会心の1発を紗希の鳩尾へと遠慮なく叩き込むのだった。

 この練習における勝利、つまりは決着方法は健輔が紗希に一撃を入れること。

 最高の攻撃でそれを達成した健輔は満面の笑顔で、近所のお姉さんに告げる。


「俺の、勝ちだ」


 激しい痛みに悶絶する美女を尻目に健輔は勝利の余韻に浸るのであった。






「有罪」

「そ、その……流石に、ちょっと、ごめんなさい健輔さん」

「当然だけど、僕も有罪判定だからね」

「げ、解せぬ……」

 

 勝利の余韻に浸りながら地上に帰った健輔を出迎えたのは、青筋を浮かべた美咲の姿だった。

 この時点でいろいろと悟ったが、逃げるという選択肢は取ることが出来ない。

 術式の開発で無理をさせている美咲に健輔は頭が上がらないのだ。

 誰が見ても見惚れるほど完璧な動きで健輔は流れるように正座をする。


「……も、申し訳ない。ちょ、ちょっと興が乗ったかな」


 健輔も自分の罪状については今思い出していた。

 早い話、紗希に全力を振るったことである。

 より正確に言うならば、事前の練習の規定を振り切って直接打撃を与えたことだった。


「あのさ、テンションあがるのはいいけど制御しようよ。紗希さん、健輔の魔力制御の練習のために防御を削ってたんだよ。それで全力のパンチされたらダメでしょ」

「そもそも試合ならともかく練習で葵さん以外に全力で腹パンって紳士としてどうなのかしら? 昨日なんか、瑞穂最後らへんは泣いてたわよ」

「い、いやー、その、不敗の太陽だし……いいかなって」


 美咲のゴミを見るような視線に心が軋む。

 桜香が来襲した辺りからずっと機嫌は悪かったのだが、今は健輔の無法行為との相乗効果で更に不機嫌になっているようだった。 

 健輔の今までの経験が下手な言い訳は死に繋がると導き出す。


「も、申し訳ありませんでした」


 日本人の最終手段。

 土下座を以って、健輔は事態の打開を図る。

 頭を下げて解決するならば安いと思ったのだ。

 しかし、健輔も忘れていることがあった。

 ここにいるのは全員が彼と付き合いが長いのである。

 健輔が美咲の不機嫌を読み取ったように、彼らも健輔の行動の裏を読み取ることが可能なのだ。


「健輔の頭とか下げられてもね」

「あなた、そういうプライドは捨てれるでしょう。安い頭下げても意味ないわよ」

「えーと、その男らしいとは思いますよ?」

「お、おう……何、この反応」


 美咲が大きく溜息を吐く。

 圭吾が苦笑しつつ、同時に少しだけ嫌味を乗せて言葉を放つ。


「健輔が僕らを知っている程度には、僕たちも健輔について知っているということさ」

「はぁ、まあ理屈はわかるけど……」

「頭を下げるくらいは安い、でしょう? そんな安い頭を下げられてもねぇ。それに別に謝って欲しくなんてないもの。必要なのは再発防止、よね」

「健輔のテンションによる衝動がこのまま野放しになるのはあれだしね。ただでさえ野性的なんだし、少しは人間らしくして貰わないとね」


 動物かい、とツッコみを入れそうになるのを必死に耐える。

 つまりは紗希に対する行動云々よりもそろそろ首輪をしておこう、ということなのだろう。

 確かに最近やり過ぎた感じはあったのだが、思ったよりも危機感を友人たちに与えていたようである。


「私たちは和哉さんの役割」

「健輔は葵さん。これで伝わるよね?」

「えーと、私が香奈さん? になります」

「へいへい、了解しましたよ。進級してから少々調子に乗っておりました。……これでいいのか?」

「誠意は欠片もないけど、ま、悪いことをした訳じゃないしね。悪いことをする前に今日を思い出して自重してよね。あんまり、期待してないけど」


 美咲が意地の悪い笑みを浮かべて断言する。

 煽るような言葉は非常に珍しいだろう。

 美咲は無意味に敵意を買うようなことはしない、ならば意味を考えれば大体しようとしたことはわかった。

 そして、同時に自分が術中に嵌ったこともわかってしまうのだ。


「く、くそ……」

「あら、佐藤健輔はこうまで女に言われて、何もしない怠惰な人なのかしら。だったら、今後は相応の対応にするけど?」


 如何なることだろうが、侮られると超えたくなる。

 健輔の性分を絶妙に刺激するやり方に感嘆の念すら抱いてしまう。

 優香が戦闘の相棒ならば、美咲は背後を任せた戦友である。

 誰よりも健輔の背中を見てきた経験は伊達ではなかった。


「ま、参りました……。鋭意、努力させていただきます」

「はい、ご苦労様。興が乗るのもわかるし、魔導で保護しているから大事にはならないと思うけど、女の人のお腹を狙うのはやめておきなさいよ」

「稀に生理でも魔導で誤魔化している人がいるからね。試合だったら自己責任だけど、練習なんだし、避けられるリスクは避けた方がいいと僕も思うな」

「わ、わかったよ。正直、最近はやり過ぎだったと思っている」


 健輔の返答に美咲は少しだけ微笑み、


「最近も、でしょう。まあ、稀には止まるのも大事よ。こうやって小言を言うのが私の役割だからね」

「……ああ、頼りにしてるよ」


 2人のやり取りをはらはらした様子で見守っていた優香に健輔はバツの悪そうな笑みを向け、美咲は苦笑を返す。

 構成している人間は違うが、ある意味でクォークオブフェイトの伝統がそこにはある。

 突っ走りすぎる者を、周りが諌めて程よい速度に調整していく。

 しっかりと次代のものにも真由美が生み出した流れは引き継がれているのだった。


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