第32話『存在意義』
「いや、なんとも普通な感じの3人になりましたなー」
ニコニコとしているのは、クォークオブフェイト3年生の伊藤真希。
彼女を間に挟んで睨み合うのは、両チームの砲台として模擬試合を戦った者たちだった。
クォークオブフェイト1年生の桐嶋朔夜。
トライアングルサーキットを持つ期待の新星。
対するは高橋大樹。
黄昏の盟約の新入生の中では唯一と言ってよいぐらいの普通の魔導師であった。
収束・遠距離系のまさに典型的な砲台となるべき魔導師。
奇を衒った部分など欠片もない。
「さてと、2人がここにいるのは簡単です。両名共に、砲台としての能力は磨いたと思うけど、ここから後衛として生き残るためのお勉強ってことだね」
「生き残るための……」
「勉強、ですか」
「そそ。私のステルスっぷりは、さっきの試合でも出てたでしょう? 後衛っていうのは大枠は2つ。砲台か、遊撃か。だからね」
真希のバトルスタイルは昨年度から何も変わっていない。
正確には変える必要性がないのだ。
彼女は隠れて、機を見計らっ敵を穿つのが使命であり、真っ向から敵と撃ち合うことはない。
真由美という恒星の影に隠れた刃。
彼女の在り方は今年も同じなのだ。
チームという輝きを囮にして、彼らに目を奪われてしまえば闇から狙い撃つ。
その場に存在するだけで攪乱になる。
生き続けるのが仕事の魔導師と言ってよいだろう。
「昨日の模擬戦でも理解してくれたと思うけど、前衛と組み合うと瞬殺もいいところだからね。朔夜ちゃんは勘違いしたらダメだよ。健輔は本職じゃないからね」
「それは……わかってます。いえ、わかりました」
「うん。悔しいと思うけど、前衛と白兵戦の距離で戦えるなんて、それこそハンナさんくらいだからね。真由美さんでもその部分は劣るよ」
ハンナが最高の後衛と謳われたのも健輔を凌駕するほどの白兵能力を誇ったのが大きい。
健輔が弱いのではなくハンナが上手かったのだが、この辺りを勘違いすると痛い目を見るのだ。
仮にハンナであったとしても優香やクラウディアと言った本当の前衛と戦うのは困難だろう。
前衛には前衛の機微というものがあり、後衛とは異なるルールがある。
健輔のように勘、つまりはセンスで両者の狭間を渡るのは思っているよりも困難なことなのだ。
魔導の歴史はそこそこ長く近年では洗練もされているが彼と同じ戦い方を出来るものがいない時点でどれだけ特殊なのかよくわかるだろう。
「健輔を参考にするといろいろと基準がおかしくなるからね。朔夜ちゃんはその辺りもこの機会に矯正しとこうか」
「佐藤先輩、そんなに非常識なんですか?」
「う、噂は自分も聞いたことがあります。リーダーも仲が良いみたいですし、晴喜の奴が気にしてました」
「うん、ハッキリ言うと非常識。健輔は魔導のルールに全力で喧嘩を売る存在だからねー。定石の欠片もないよ」
健輔の場合、そもそもが万能系のパイオニアは彼なのだ。
彼が歩いた場所が道になるという状況で他の系統と比べることに意味はないだろう。
更に言えばやっていることの難易度は常識で考えれば避けるような内容になっている。
他の系統の戦い方を全て身に付けた上で、機転を活かして戦う。
言葉はシンプルだが籠められた難易度が常軌を逸している。
桜香の才能でも不可能な所業を紛いなりにも形に出来ている時点で怪物の1人に連なるのは疑うべくもない。
「ま、今は健輔のことはいいや。でも、あの子の姿勢として重要な部分はあるよ」
「姿勢、ですか」
「戦い方は参考にしたらダメだけど、在り方は大いに参考にしてくれても問題ないよ。結局、あの子は精神的には完成され過ぎてて隙がないしね」
エースを目指しても崩れない在り方。
自分の価値を正しく理解してその上でやるべきことを見定める、という在り方だった。
仕事を果たす、というのは全てのポジションが念頭に置いておくべきだろう。
特に砲台たる後衛には重要な意識だった。
「戦力、っていうのは戦うだけのことを言う訳じゃないでしょう? 何もしていなくても、その人が場にいる、ってだけで意味があるんだよ。その点は健輔のやっていることと近しい間柄だと思うよ」
「私は、敵を倒すことに集中し過ぎている。そういうことでしょうか?」
「ふふん、お姉さんに聞かれても簡単に答えはあげないよん。自分で考えること、大樹くんも同じようにね」
「は、はい! 自分は、少し役割に囚われていたような気がしています。貴重な助言、ありがとうございました!」
「ふ、ふふ、素直だねぇ」
素直な大樹の言葉に真希は素の笑いを零してしまった。
朔夜にしろ、薄々思っていたからこそ直ぐに言葉が出来てきたのだろう。
自己を顧みる、重要だからこそ簡単には出来ないことを揃って実践出来ていた。
優秀な生徒に彼女の気分も良くなる。
「難しく考える必要はないし、常に念頭に置く必要もないよ。ただ忘れないでほしい、ってだけかな。敵側がこれを念頭に置いて行動していたら嫌でしょう?」
「あっ……自分だけじゃなくて、そっちにも意味があるんですか!」
相手に警戒させるだけでも意味がある。
砲台の役割とは行動の制限も含まれるのだ。
敵を落とすだけでは芸がないだろう。
「後衛魔導師の砲台としての役割は他のポジションに比べて洗練されてるからね。新ルールでもあり方はほとんど変わらないと思うんだ」
「技量はこれからも継続での練習が必要だから、今回は立ち回りを覚えるってことですか?」
「うん、そういうことだね。大樹くんも大丈夫かな?」
「は、はい! ご指導、よろしくお願いします!」
素直な様子の後輩に真希は淡く微笑む。
常にテンションが高い親友と違い、彼女は使い分けが可能である。
息を殺し必要な時に相手を穿つのが彼女が仕事なのだ、
呼吸を切り替える程度造作もない。
「ま、ボチボチと頑張っていこう!」
「お、おー?」
「了解です!」
微妙に足並みの揃わない凸凹な3人組み。
後衛という枠組みのみ共通する彼らの地味な練習が幕を開けるだった。
馬場晴喜にとってこの模擬戦は実績を作るのによい舞台だと考えていた。
後輩だからと未熟者扱いをしてくる先輩たちに自分を力を見せ付ける良い機会だと考えていたのだ。
能力に自負があり、努力も怠らないからこその陥穽。
桜香ですらも逃れられなかった因果が彼を捉えるまでは栄光を夢見ていられた。
才能もあり、努力していようが負ける時は負けるのである。
執念、理屈ではない強さを彼は考えていなかった。
だからこそ、今も理不尽な現実に叫びをあげる。
明らかに彼に劣る相手にいいように翻弄される現状が許せないのだ。
「く、クソッォォ! どうして、当たらないんだよ!」
「あのな、種が割れて能力の系統もわかればこうなるのが必然だろうが。無名だからと先輩を舐めるなよ。個人で戦局を覆すような奴はな、早々には出ないからこそエースって言うんだよ」
力を抜いたような体勢で怠そうに晴喜に話しかける男。
クォークオブフェイト3年生、杉崎和哉。
葵のストッパーを自負するチームの良心は呆れた顔で拳を振り回す晴喜と対峙していた。
既に練習を開始してから30分程だが、その間に攻撃が当たった回数は0である。
全てを見切っているかのように、何事もなく回避されてしまう。
「ウオオォォォォッッッ!」
「おいおい、これだけ言ってるのに、まだ同じことを続けるのか? 成果が出ないとわかっているのに何もしないのは愚直じゃなくて、バカっていうんだぜ」
和哉の魔導師としての能力はクォークオブフェイトでも下位から数えた方が早い。
戦力として見るならば明らかに新人の方が有望だろう。
彼も問われれば苦い顔で認めるに違いない。
では、それが無意味ということになるのか。
答えは否である。
彼らベテランはベテランだからこその存在意義があるのだ。
「拳が素直だ。攻め気が伝わりやすい。ようはわかりやすいんだよ。これでもどうにもならない化け物がいた戦場でもそれなりに戦ったんだ。修羅場の数が違うのさ」
弱く、脆いからこそ危険に対しての感覚は新人とは比較にもならない。
真希、和哉、剛志。
香奈を除いた3人がまず強化したのは生き残ること、つまりは回避能力である。
攻撃能力なんぞ敵を排除する槌の役割を果たすものに求められるものだ。
彼がチームを指揮する立場ならば自分には絶対に任せない。
「クソ、クソ、どうして……!」
「だから、言ってるだろう? 攻め気が強いんだよ。俺だったらもう少しは誤魔化すぞ。真っ直ぐ行って、相手を殴る。やれるんだったらそれが理想だよ。でもな――」
正道、正攻法というものは実行するのにハリボテではない実力が必要となる。
莉理子の支援がなく、戦場の混乱した最中でもない、ましてや既に既知となった能力。
これで晴喜が和哉の裏を取れるのならば、彼は既に一廉の魔導師として完成しているだろう。
スペック自体は確かに素晴らしいものがあるが、実用性に難がある。
今の晴喜はまだそういう領域に留まっていた。
「――お前、弱いんだよ」
「き、貴様ああああああッッ!」
一言、簡潔に告げる。
単語の意味を晴喜が理解すると同時に感情の制御が彼の手から離れていった。
魔力は迸り、かつてないほどの性能で相手を潰しに掛かる。
もはや練習だのなんだのと頭の中には残っていない。
「はぁぁ……。稀にいる筋肉バカの悪い方だな。極まったバカの方が厄介だが、こっちは純粋に面倒臭い」
和哉は身体強化に重きを置いていない魔導師である。
単純なスペックで言うのならば熊と人間ほどに差がある両者。
机上では晴喜が優るのは疑うべくもなかった。
しかし、和哉が歴戦の猟師、という前提が付けば話は変わるだろう。
能力だけは立派な熊など、彼にとっては良い獲物に過ぎない。
狩人は獲物について知り尽くしている。
常識を超えるような怪物たちならばともかく、新人に毛が生えただけの可能性では相手にならない。
「同じバカでも脳筋バカになるんだな。お前、中途半端に賢しいんだよ」
能力判定も正式に済んでいないのに汎用能力まで決定している。
戦い方の構想まで決めているのは意識が高い、と言えば確かにその通りだろう。
事実、何も知らない状況で組み合えば和哉が敗北する可能性はそれなりに存在していた。
晴喜は決して弱者ではない。
和哉のように後輩にどんどんと追い抜かれてしまうことはないだろう。
「ま、これも繰り言かね」
「はああああああああッ!」
拳をするりと躱して、冷たい瞳で晴喜を見つめる。
「ばっ……!?」
「バカな、とか言いたいのか? お前、それはやられ役のセリフだぞ。自分を主役足らんとするなら、器も相応になれよ」
遠距離・創造系。
和哉の系統は致命的にまで決定打に欠けており、さらには近接戦にはとてもではないが向いてはいない。
しかし、系統はあくまでも道具に過ぎないのだ。
使い方次第で相手を蹴落とすくらいは簡単だった。
「では、教育の1発目だ。とりあえずは落ちとけよ」
「貴様の攻撃なぞ、破壊系の俺には通用――」
しない、と続けようとした瞬間、急激に意識が遠くなる。
風景が突然ぐらつき始めて、平衡感覚を失っていた。
「な、なんだ……これ?」
呆然と虚空を見つめて呟く晴喜に和哉は薄く笑って、
「何、心配するな。良い気分になれる代物だよ。ようやく効いたみたいで一安心だ。破壊系にもいけるならば、俺の武器に出来そうだな」
「あ……あぁ……、これは、匂い」
「そういうことだな。搦め手、というのは相手が気付かないようにやるべきなのさ。我がチームに気付いたら何でも無効化してしまうアホがいてだな。あいつ相手に必死に組み上げた技だ。あいつ以下の奴では、絶対に突破出来んよ」
勝利の言葉を晴喜に告げた。
意識が遠のき、晴喜は魔導の恩恵を失う。
勝者がどちらか、などというのは簡単な話である。
最後に立ち上がるものが勝者。
誇りよりも何よりも、それこそが絶対の真実だった。
「さてと、俺の技の試運転も終わったし、後は任せますかね」
「あら、悪いわね。杉崎くん」
「いんや、ちょうど良い相手だったから無理を言って貸してもらったのはこちらだしな。そっちも快く貸してくれてありがとう」
気配にはまったく気付いてなかったが、誰が声を掛けたのかは察していたため。慌てずにゆっくりと振り返る。
女王様、と言えばよいだろうか。
将来は派手な美人になりそうな旧暗黒の盟約のリーダー水守怜がそこにいた。
「晴喜は実力というものを画一的に捉え過ぎだからちょうどいいのよ。そんなに気にしないで欲しいわ」
「こいつくらいのやつならそれが普通だと思うがね。俺だって去年までは魔導師の殻をしっかりと被っていたしな」
「破った後ならなんとでも言えるわよ。私やクラウディアに負けても仕方がない、で済ませるのに他の子には優越感を抱く。ま、在り来たりな子なのよ」
和哉は苦笑するしかない。
心に棚を作るのは人間ならば誰でも行うことである。
悪いわけではないのだが、晴喜は在籍しているチームが悪かった。
黄昏の盟約は合併してまで世界を狙っているチームなのだ。
生半可な覚悟でその場にいれるはずがない。
「こいつは叩きすぎてもダメなタイプに見える。適度に飴をやれよ?」
「難しいことを言うわね。クラウが見て上げたら、それが1番の報酬なんだろうけど、あの子は真面目だから」
「おやおや、もしかして?」
「そういうことよ。起きながらに夢を見るのは幸せなんじゃないかしら」
怜も和哉と同じ意見なのだろうが、内情を知っているからこそ苦笑するしかなかった。
飴となる存在が、誰よりも厳しい人間なのである。
圭吾ですらもようやく及第点なのだ。
晴喜では合格には遠いとしか言いようがなかった。
「うわぁ……、茨の道を行くねぇ」
「まあ、そっちは追々に期待しましょうか。――それじゃあ、休憩は終わりでいいかしら?」
雑談は終わり、次は怜の練習に和哉が付き合うことになる。
戦意を高める怜に和哉も挑発的な瞳で応じた。
「去年と比べると痛い目を見るぞ」
「ごめんなさい。去年のあなたなんか、記憶に残っていませんの」
挑発的な物言いは強者の証。
弱者たる身として和哉は大胆に笑う。
「なるほど、理解した。じゃあ、2度と忘れられないようにしてやるよ」
お互いに宣戦は終わり、天へと戦いの舞台は移行する。
3年生として、後輩に後れを取ったままで済ませる訳にはいかない。
両者の一致した思惑が、この組み合わせへと誘った。
非力なままで高みに至る。
和哉の選択を正統派のエースが試す。
どちらもが望んだ構図は晴喜を地上に置き去って激しくぶつかり合うのだった。