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第31話『自分に出来ること』

 暮稲ササラのポジションはなんとも言い難い位置に落ち着いている。

 完全なバックスでもないが、かと言って完全な戦闘魔導師でもない。

 戦闘的なバックスか、と問われると武雄のようにバックスであることを武器にしているとも言い難い。

 全てが中途半端、だからこそ今回の模擬戦でも真価を発揮することがなかった。

 戦場に埋没した凡人。

 才能にはそこそこ自信があった彼女だが、井の中の蛙に過ぎなかったのである。

 魔導の世界において最も重要視されるのは個性。

 言うならば自分なりの在り方であり、そこさえ定まっているのならば機会は限定されていてもやりようはいくらでもある。


「――以上がこちらの認識ですが、相違はありますか?」

「いえ、ありません。的確なご指摘だと思います」


 2人は同じ変換系の使い手。

 金の髪を靡かせて、雷光は硬い表情の後輩に微笑む。

 在り方、と言うと難しい言葉だが早い話が好きなことと言い換えればいい。

 自分の全てを其処に賭けても悔いのない選択肢。

 それこそが1人前の魔導師に必須のことであった。


「自分の足りないところを認められるのならば問題はありませんね。私があなたに課すことはそこまで多くありません。1つは自己のスタイルを定義すること」

「基本を見つめろ、ですね」

「ええ、そこからが全てが始まります。フィーネさんの模倣は別に悪くないですが、あの規模の力はあの人がやってこそ意味があることです。あなたには些か以上に重い荷物でしょう」

「はい。……私も、そう思います」


 悔しそうに唇を噛み締めるササラにクラウディアは微笑ましいものを感じていた。

 目指したい、超えたいという思いが模倣となり、結果として劣化コピーに終わる。

 彼女も辿った道筋だった。

 同じ失敗をするものは2人もいらないだろう。

 楽ではないが、1つの答えを先達として示す良い機会だった。

 模倣をそのまま自分のバトルスタイルに昇華させる。

 そんなことをやれる者もいるが、そちらは本人に任せれば良いだろう。

 好きなやり方を、自分の魂が導く選択肢を進めばいい。


「あなたが完全にバックスに寄るのか、完全に戦闘に寄らせるのか、両方を狙うのか全ては自由意思での選択です。葵さんたちも強制することはないでしょう」

「……私の決断だけが、必要なもの」

「その通り。いいチームに入ったと思いますよ。チームのために能力を決定するのも悪くはありませんが、少々考え物ですからね。やはり、自分のやりたい戦い方がベストです」


 否定するつもりは欠片もないが、チームの型に嵌めてしまうのはクラウディアの好みではなかった。

 好きにやらせた結果として全体がバランスが崩れることもあるだろうが、それ以上のメリットが得られると確信している。

 葵たちに相談せずに進めているが、彼女たちが個性を潰すような選択をするとは思えなかったのだ。

 極端な形になっても、個性を活かすチームにするはずである。


「今日は私が戦闘を、バックスについては昼から莉理子さんに聞いてください。早めに決断した方が良いのは間違いないですが、焦らないでくださいね。じっくり考えて悔いのようにしてください」

「ご助言、ありがとうございます。金言として、胸に刻んでおきます」

「ふふ、少し硬いですね。普通にアドバイスありがとう、で良いですよ。同じ学び舎で学ぶ者同士、良い関係で切磋琢磨しましょう」

「は、はいっ!」


 肩に力が入っているのは新入生の証。

 ササラほどの才能でもメンタル面ではそこまでの逸脱はなかった。

 年相応の女の子として、堅苦しい部分はあるが微笑ましいと言える程度のものだろう。

 どこの誰とは言わないが、可愛らしさの欠片もなかった男とは大違いである。


「では、魔力の制御から始めましょうか。多少スパルタでいきますよ」

「望むところです!」


 クラウディアの多少は本当に多少だったため、ササラは厳しい練習ながらも充実した時間を過ごすことになる。

 同時刻、健輔に追い回されている瑞穂がこの光景を見れば羨ましがるのは間違いないだろう。

 先輩が後輩に向ける正しい背中を見せて、雷光の戦乙女は将来の強敵に制御の神髄を叩き込むのだった。






 両者を良く知るからこそ、差異は見えてくる。

 九条桜香という女性の最も未熟な時代を知っているただ1人の女性。

 どのように強くなり、不滅の太陽がその領域に至ったのかを肌で知る彼女は眼前の少女に戦慄を隠せない。

 昨年、クォークオブフェイト――近藤真由美に彼女を紹介した時は、このような存在ではなかった。

 才能はあったが能力を活かしきれない。

 挫折、ともまた違う枷に囚われた未来の可能性に溢れた『蒼』。

 桜香に重荷を託した、という自覚があったからこそ、嫌われる可能性すらも飲み込んだ上で彼女の妹には、最適のチームを紹介したつもりだった。

 

「まさか、これほどまでに相性が良かったなんて。そこに健輔くんが絡んでるのは、神様の悪戯かしら」


 狙ってやった訳ではないのだ。

 健輔も、優香もクォークオブフェイトに導いたのは紗希だが、両者の相性など考えもしなかった。

 そもそも、健輔は本来はもう少し大人しい感じの男の子だったのだ。

 魔導に携わってからはかつてを知る身としてはとんでもない程に弾けている様にしか見えない。

 彼の躍進は見守る側としても、中々に衝撃だった。


「良い闘志ね。桜香ちゃんにもないものよ、優香ちゃん!」

「事あるごとに、私と姉さんを比較しないで下さい!」


 糸を力技で断ち切ってくる。

 優香の言葉に苦笑が浮かんだのは仕方がないだろう。

 言われた通り、紗希はどうしても優香の背後に桜香の影を見てしまうのだ。

 常に言われてきた側として、鬱陶しく思う気持ちには理解を示せる。

 しかし、こうまで似通っていたら言いたくなるのも情というものだった。

 対応の仕方に寸分の違いもない。

 違うバトルスタイル、師匠も異なり、そもそも系統も一致していない。

 なのに、ここまでやろうとしていることが似ているのは血縁という絆の強さなのだろうか。


「失礼。しかし、そう言うのならばあなたらしさを見せてください。ここまで、全ての技が私には見覚えのあるものですよ」

「――だったら、その目に焼き付けてください!」


 紗希の挑発に優香の魔力が応える。

 自覚はあるのだろう。

 虹色の魔力でイメージしているのは疑いようもなく彼女の姉の姿。

 ずっと見つめ続けたからこその再現度、だからこそ強く縛られてしまい超えることが出来ない。

 固有能力は彼女を頂上域に押し上げたが、同時に枷も嵌めたのだ。

 限りなく近づいたが、後1歩が遠い。

 本当に些細な切っ掛けで優香は目覚めることが可能なはずなのだ。

 彼女だけしか纏えない在り方、彼女だけにしか出来ないことは既に姿を見せている。

 気付けないのは本人だけであり、精神的な枷のせいで肉体の準備は終わっていても真髄を見せることが出来ない。

 誰よりも両者を知るからこそ、紗希にはその事がよくわかった。


「高速機動が持ち味、とでも言うつもりですか! その程度、桜香に出来ないはずもないでしょう」

「だったら――! これでッ!」


 現れる複数の優香。

 彼女が得意とした分身攻撃。

 人数が増えるというのは、それだけに確かに脅威だろう。

 皇帝がそうであったように数の暴力というのは確かに存在する。

 

「優香ちゃん、それは悪手よ」


 だからこそ、相手をしっかりと把握する必要があるのだ。

 魔力体で作られた分身などというものが『不敗の太陽』からみればカモに過ぎないというのを優香はその身で体感することになった。


「ノイズ……? いえ、混線したということは、まさかっ!」


 勘だけで後ろを振り返ると自分の分身が真っ直ぐに向かって来ていた。

 何をされて、何が起こっているのか。

 素早く判断した優香は、戦慄を隠せない。

 理論上はあり得るが、簡単にやれることでないし、何よりも自分がやられるとは思っていなかった。


「乗っ取り、こんなことが出来るなんて!?」

「魔導に限らず、知恵というのは想像力に由来するもでしょう? クリストファー・ビアスだけの特権じゃないわ。どの系統にも、意味があるものよ」

「……っ!」


 振り切ろうにも自分で生み出した分身であるために能力がよくわかってしまう。

 ほぼ同じ能力を備えさせたのだ。

 振り切れるはずがない。


「自分で自分に枷を作る。問題点はわかっているようだけど、無意識レベルまで変えるのは大変よ? 特に優香ちゃんのように真面目な子は尚更」

「わかってします。それでも、やる必要があるッ!」

「だったら、しっかりと現実を見据えて答えを出しなさい。私の挑発に怒っているようじゃまだ甘いかな」


 自分を超える。

 イメージは掴みやすいが、いざ実行するとなると難易度は全く異なる代物だろう。

 健輔のように呼吸をするかのごとく超える者もいるが、ああいうタイプは例外中の例外である。

 そもそもが自分を大したことがないと割り切っているゆえにあっさりと超えられるという側面があり、どちらが凄いかを論じるのに意味はないだろう。

 問題は優香のように生真面目な人間ほど、この言葉を実践することは難しいということだった。

 難しいと思っている以上、困難な壁として優香の前に現実は立ち塞がる。


「既にやっているでしょうけど、とりあえずは頭をからっぽにするところからいきましょう。ノンストップで攻め続けますよ」

「了解です! 必ずやり遂げてみせます!」

「意気込みはよし。全く、姉妹揃って手の掛かる子たちです」


 困ったように、しかし嬉しそうに紗希は笑った。

 現役を退いてからいろいろと思うところはあったのだが、彼女の心配など杞憂だったかのように後輩たちは強く羽ばたいている。

 優香も、桜香も強く輝いていることに相違はないのだ。

 決して同じではない輝きを宿している。

 どちらにも携わった身として、どちらがより高みにいくのかは興味が尽きない。


「いきますよ!」

「はあああああッ!」


 桜香は既に自分で羽ばたき、紗希の手すらも届かない領域にいこうとしている。

 優香も必ず、そこにいけるだけの素質はあるはずなのだ。

 ここで潰えさせないためにも、紗希は全力で殴りに行く。

 伝えられるだけのことを伝えるのだ。


「……これが、魔導。私の青春だったもの」


 新世代との激突に心を躍らせながら、紗希はかつての戦いを思い返すのだった。






「す、凄い……」

「海斗くん、感想を言うだけじゃなくて練習しないとダメだよー。この魔力がこんがらがってる状況で個人を特定できるようにならないと役に立たないからね」

「りょ、了解です!」

「圭吾くん、そっちは大丈夫かいー?」


 地上から遠く離れた空に浮かぶ人影。

 香奈と海斗、そして圭吾のクォークオブフェイトからの3人。

 そして、プラス3人、黄昏の盟約のメンバーもそこにはいた。


「こちらに問題はないですよ。そっちはどうですか、莉理子さん?」

「私は大丈夫ですよ。朱音、麻奈、あなたたちは?」

「私は楽しいですよー! 莉理子さん、いろんなこと思いつくの凄いですね!!」

「うぅ、高いところは怖いですけど、大丈夫です」

 

 涼しい表情の莉理子に対して新人は彼女らの性格を表すように返答した。

 元気に返事をしたのが1年生の『山田(やまだ)朱音(あかね)』、怖いと漏らしたのが同じく1年生の『斉藤麻奈(さいとうまな)』である。

 朱音はトライアングルサーキットの保持者であり、実質的に莉理子の弟子とも言うべきバックスなのだが、実は戦闘にもそれなりの適性を持っており、ある意味で新時代のバックスの先駆けと言うべき存在だった。

 対する麻奈は嘉人と練習をしている敦のパートナーであり、コンビで力を発揮するバックスの片割れである。

 敦とは幼馴染でここまで付いてきたのだが、戦闘に関する適性はあまり高くない。

 代わりにバックス側の適性は高く、彼女を主軸としてコンビバックスは機能することになるのだが、先だっての練習試合では全く本領を発揮しないままとなっていた。

 目まぐるしく切り替わる戦場に彼女の経験では対応出来なかったのである。

 朱音は戦場を楽しんでいる内に何も出来ずに撃破されていた。

 両者共にタイプは違うが問題児である。

 

「圭吾くん、魔力の攪乱よろしくー」

「了解です。少々お待ちください」


 バックスが集まったこの区画で何をしているのかと言うと、探査の練習である。

 今までのバックスは戦闘フィールドから離れたところで俯瞰の視線で指揮などをしていたが、実際に戦場で戦うと想定よりも遥かに探知などがやり辛いことが発覚していた。

 普段は全てを把握している味方の魔力だけだったため、表沙汰にはなっていなかったが、実際には未知の魔力も混じったりするため把握が困難だったのだ。

 美咲ですらも苦労したのだから、新人には言うまでもないだろう。


「やっぱりやってみないとわからないことってあるよねー」

「そうですね。大規模戦だけじゃなく、まだまだ詰めていくべきところがありそうです」

「うんうん、新しいルールってことは定石とかも変わる可能性があるってことだし、事前の想定は結構甘かったかなー」

「ええ、そこは私も同じですね。机上だけではわからないこと、というのは存外多いのは理解していましたが、まだまだ抜けがあったようで不明を恥じます」

 

 バックスとして、チームの頭脳として全力を尽くしたがまだ足りない。

 彼女たちに共通しているのはそういう思いである。

 事前の準備さえしっかりとしていれば活躍出来るのがバックス。

 つまりは、準備を怠れば何も出来ない、という意味も孕んでいるのだ。

 彼女たちは自分たちの脆さをしっかりと認識している。

 

「やっぱり最後はバランス、って結論になるかもね」

「特化する、ということはそれ以外には弱くなります。まあ、だからこその特化なのですが、個人単位ならばともかくチームで尖るのはあまりよくないでしょう」

「いやー、今日は意見が合うね。不思議だなー」

「ええ、不思議ですね」


 タイプの異なる2人が微妙に寒々しい会話を続ける。

 魔力を掻き乱す作業に集中する圭吾はともかくとして、会話が耳に入る残りの3人は結構辛かった。

 非常に地味な練習、只管に頭を働かせるだけの反復のはずが先輩たちのオーラで精神修養も兼ねることになる。

 1年生たち3人は性別の垣根を越えて、深い連帯感を獲得するのだった。


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