第26話『不敗の太陽』
敵戦力集結。
黄昏の盟約の動きを美咲たちが見逃す訳もなく、移動可能な戦力をこちらも集結させようとしていた。
美咲や香奈などのベテランだけでなく嘉人や海斗たち新人ですらもここから何が起こるのか簡単に察することが出来る。
間違いなく山場となる決戦。
両チームが乾坤を賭すのを理解できないような愚物はここにはいなかった。
「香奈さん、そちらはどうですか?」
『うーん、やっぱり戦場にいると魔力の動きは把握し辛いね。あんまり変わらないかと思ったけど、思ったよりも上手くいかないや』
「……こっちもです。戦場に立てて嬉しい反面、まだまだ課題はありますね」
『基本的なラインは同じだけど、前は完全にフィールド外だったからね。探査も割り切った形で問題なかったし』
新ルールにおいて最大の違いはバックスの運用の仕方だろう。
これが試合の趨勢を左右するレベルで重要度を誇っている。
火力、探査、指揮、支援、どれも欠けてはならない部分であり、バックスが支援しないといけないものであった。
「自分の周囲にも気を遣う。変わったことはこれだけなのに、こんなに辛いなんて……」
実戦は経験しているため、緊張は左程ないのだが空気の違いに戸惑いは感じていた。
模擬戦であろうが、敵はこちらを潰すつもりなのだ。
悠長に探査だけをしていればあっさりと居場所を割り出されてしまう。
最後方と言えど、砲撃の類は届く。
防御を疎かにしてしまえば、美咲の防御力では突破されるのが目に見えている。
『同じ条件だから、気にしなくていいよー、って言いたいけど、莉理子ちゃんはねー。あれのおかげで戦闘魔導師と変わらない経験値があるからちょっと特殊な立場だよね』
「そうですね。……今までの延長線上じゃなくて、新しいことを何か始めないとダメですね。今は、この戦いに集中しないとダメですけど」
『うん、私もそう思うよん。あっ、海斗くんー、集中するのはいいけど、飲まれたらダメだよー。ちゃんと会話には参加しなさいな』
『りょ、了解です。す、すいません……』
いつも通りの香奈とは対照的に唯一の男の後輩はひどく消耗していた。
戦場の空気に触れて、緊張感から必要以上に力を入れて魔力を制御しているのだろう。
あまり良い兆候ではないが、ハッキリ言ってアドバイスすることもないため、何とも言えない。
出来ることは後輩へ負担がいかないように美咲が頑張ることしかなかった。
この緊張感だけは、自分で乗り越えないと意味がないのである。
「海斗くん。上手くやろう、なんて思わないで。あなたのせいで、私たちが負けることなんてないの。出来ることを、しっかりとやりなさい」
『は、はいっ! ど、努力します!』
「うん、よろしい。大丈夫よ。そろそろこちら側に戦況は傾くわ。皆を信じて」
『わ、わかりました! お手数かけて、申し訳ないです』
「いいから、戦況を注視する」
返事を聞かずに念話を切り上げる。
少し厳しいかとも思ったが、これくらいは許容範囲だろうと判断していた。
健輔の指導と比較すれば、文字通り天国と地獄ほどの差が存在する。
『あらら、あの美咲ちゃんがこんな立派になって。お姉さんは嬉しいですよ、ヨヨヨ~』
「下手くそな泣き真似してないで、ちゃんと戦場を観察してくださいよ。これ、間違いなく大荒れの前兆なんですから」
『ちぇー、正論を言うなんて、本当に立派になったよねー。大丈夫だよん、多分、向こうの攻勢はまだ本気じゃないからねー』
確信を抱いているような香奈の言葉に美咲は眉を顰める。
まだ本気ではない、ということはその内本気を出すということなのだ。
タイミングを読み損なうと大変なことになるだろう。
「何か、確信的なものがある感じですか?」
『ん? 勘だけど、それがどうかしたの? 私、どっちかと言うと武雄さん派なので、理論は結構後付けですよん』
「知ってますよ。でも、香奈さんって勝てる博打しかしない人ですから」
『言うねー、ま、正解だけどね。莉理子ちゃんは知っての通り、正道な手筋で来るんだけどね。ちょっと、悪い点というか、読めない部分もありまして』
莉理子の基本ラインは保守的で、安定を好むのは間違いない。
しかし、あえて言うならばミーハー気質とでも言うべきだろうか。
彼女は割と影響を受けやすいのだ。
かつてならば、立夏の――今はおそらく、
「クラウディアの、影響を受ける?」
『そういうことー。魔導連携の影響もあるんだろうけどねー。趣向が寄る、っていうのか。それで、クラウディアちゃんは、健輔よりだからねー』
香奈の苦笑しているような言い方に美咲は眉を顰めた。
仮にも味方の名前なのに、似ていると言われて感じる嫌な予感は飛び切りである。
これを上回る厄ネタは桜香くらいしか存在しないだろう。
「……味方の名前なのに、なんとも厄ネタ満載ですね」
『流石だよねー。お姉さん、将来が心配になるよ』
敵の行動の怖さを保証するのが、味方という何とも言い難い状況に美咲はつい笑ってしまう。
クラウディアの、より言うならば健輔の影響を受けた莉理子が自分のスタンスとクラウディアのスタンスの狭間で選択するもの。
それが何なのかは、美咲にも想像が出来た。
実用性のロマンの狭間で、確実にやって来る。
「来ますね」
『うん、来るね』
敵の戦力の集結が完了し、こちらも迎え撃つ準備は出来た。
正面から来る敵軍、同時に天へと展開される巨大な転送陣。
コーチの投入を知らせる特別性の輝きに、敵が本気で殴り込んできていることを美咲たちは悟った。
大乱戦――『不敗の太陽』が最も輝く戦場。
火力を活かし辛いからこそ技が輝く修羅場に勝利の光輪が輝く。
健輔が防戦中、葵は抗戦中、優香はなんとか突破しようとしている中で太陽に対抗できる存在は1人しかいない。
『フィーネさん、お願いしますー』
『了解しました。支援、お願いしますね』
「了解です。ご武運を」
戦いは第2ラウンドへ。
序盤の様子見から一気に事態は加速する。
加減なしの全身全霊。
両チームの本気の殴り合いが始まるのだった。
主導権をもぎ取るのは言うまでもなく黄昏の盟約。
多少苦しかろうと攻勢を仕掛けている側である彼らは主導権を握れる。
クォークオブフェイトは初手を避けることだけは決して出来ないのだ。
「――参ります。リミットスキル解放! ――『空間展開』!!」
先手を打って展開されたのは、紗希の空間展開。
視界に入っている敵、味方両者を取り込む広大な空間展開は彼女が疑いようもなく3強クラスであることを示している。
取り込んだ敵を見据えながら、紗希は艶やかに微笑む。
「さて、貰いますよ!!」
フィーネが召喚される前に、新入生を1人くらいは削っておこう。
主の意思に従い、何もない空間から糸が朔夜、ササラ、嘉人に向かって放たれる。
「え……」
「これはっ!?」
「マジかよ!」
当然のことながら、彼らに対抗できるはずもない。
1発の火力は大したことはないが、全てが障壁を突破してくる魔導の技である。
撃墜まではいかずとも、大ダメージは避けられない。
完璧なタイミングでの奇襲。
空間展開の危険性を肌で感じていない彼らには対処不能の魔技。
「――させないッ!」
そのまま行けば間違いなく壊滅したであろう新入生たちを救うものがいた。
高揚した叫びと共に間に入った彼の名は高島圭吾。
同じ系列の技――自在なる糸の力が朔夜たちを守るように展開された。
自らを阻む敵の存在に、紗希は淡く微笑む。
たとえ一瞬だとしても、その輝きは本物だと他ならぬ彼女が認めていた。
「圭吾くん、ですね!」
「――ええ、悪いですが、出待ちさせていただきましたよ!」
「ふふっ、なるほど、健輔くんの影響は、ここにもありましたか!」
「仮にも親友、ですのでッ!」
細部の錬度、持ち得る力などは違うが鏡合せのように2人の技は良く似ていた。
圭吾が誰を模倣し、誰を超えようとしていたのか。
余程の鈍感以外は悟れる場面であろう。
しかし、残酷なことに彼が抵抗出来たのは、奇襲となった1発目だけだった。
「なっ……!?」
「私の魔力に、そちらから干渉してくるのはいただけませんね。そちらがやれる、ということはこちらからもいける、ということですよ」
紗希の糸と接した圭吾の糸が制御を失い、味方に襲い掛かる。
いや、正確には取り込まれてしまったのだ。
同じ浸透系でも、格が違うゆえに起こった現象。
死地を脱したはずの新入生たちだったが、今度は人数を増やして更なる修羅場へと叩き込まれることになる。
「な、舐めないで!!」
魔力を放出して、防ごうとする朔夜。
「くっ、風よ!」
物理的な風で防ごうとするササラ。
「ちくしょうッ!」
必死に空中機動で避ける嘉人。
三者三様、動きだったが共通していることがある。
紗希の技の前では、咄嗟の行動からの回避など意味がないということだ。
迎撃という選択肢すらも、魔力が絡む以上は彼女に打ち勝つことが出来ない。
不敗の太陽を止めるには、同格の魔導師が必要なのだ。
この場でその条件を満たすのは、彼女しかいないだろう。
「――そこまでです」
「っ、やはり、間に合いませんでしたか!」
制止の言葉と同時に紗希の空間展開の内部に同規模の異なる空間が展開された。
同じ場所に異なる空間が展開された場合、起こりえる事象はいくつか存在している。
今回の場合ならば、規模などに多少の差異はあるが、総合値では互角であるため両者の消失という結果で現れていた。
つまるところこの戦いでお互いに空間展開を普通に使うのは厳しいということである。
「風よ!」
「糸よ!」
口上もないまま、フィーネは攻撃行動に移る。
放つは風の魔弾。
一瞬で圧縮された魔力の密度は、凡百の魔導師の全力に等しい。
迎え撃つは技の太陽。
不敗と称えられた不可侵の技量が、銀の女神を迎え撃つ。
「魔力攻撃が私に効くとは、思わないでいただきたいですね!」
紗希と魔弾が接触する刹那、彼女が発している魔力と接触した銀の魔力が別の色に書き換えられる。
「返しますよ!」
これこそが不敗を誇った彼女の技。
浸透系の究極、自分の魔力で相手の魔力を塗り替える、という単純であるが故に最強の一角を誇る技だった。
純魔力に対して無敵。
不敗の由縁の1つとして、彼女は魔力に頼り切るものでは打ち倒せない。
「――知っていますよ」
「それは、重畳!」
魔弾に注意を払わせて懐に潜り込む。
フィーネの狙いは最初からその1点にあった。
銀の女神は白兵においても水準を大きく超えるのだ。
大規模な自然操作など、あくまでもおまけに過ぎない。
総合能力の高さこそが女神の特徴であり、彼女の強さの証なのだ。
得意技の1つを封じたくらいでは、戦力の低下とは言えない。
そして事態は、紗希にとって更に悪い方向へと転がり出す。
「加勢しますッ!」
「ありがとう、優香!」
「っ、梢が落ちましたか!」
世界ランク第2位。
紗希が誰よりも認めた最強のエース、その血縁が彼女の前に立ち塞がる。
「さて、中々のピンチですけど――これくらいで、私が負けるなどと思わないでください!」
常の穏やかな表情とは異なる気迫。
叫びと発せられた圧力は2人掛かりに負けていない。
楚々とした容姿をしていようが、彼女も魔導師。
負けたくないし、負けるつもりはない。
黄昏の盟約は、彼女にとっても新しい出発地点である。
門出を勝利で彩るためにも、計算通りの推移などさせるわけにいかなかった。
悠長に戦局を見ている余裕などない身でもあるため、初手から一気に攻めを加速させる。
「リミットスキル――発動『回路掌握』」
「やはり、そうきますかッ! こちらも! 解放!」
紗希とフィーネが同時にリミットスキルを発動する。
常識外れの魔力上昇、しかし、上昇量では明らかにフィーネが優っていた。
紗希は3強クラスの魔導師であるが、彼女は技よりの存在である。
単純なパワーで考えた場合、彼女は3強には及ばないのだ。
当然、紗希もその程度のことは把握していた。
リミットスキル――『回路掌握』。
桜香の非常識な使い方が今では有名なため、リミッターを解除するための能力として用いられることが多いが、本質は異なっている。
名前の通り、魔力回路を完全にコントロールするのがこのスキルの役割なのだ。
制御力の大幅な上昇――これによって、紗希はただでさえ精緻な制御を更に洗練させる。
空間展開こそ掻き消されてしまったが、大体の条件はこれで揃った。
『不敗の太陽』――そのように讃えられた藤島紗希の本当の姿が現れる。
「リミットスキル――発動! 『魔素浸透』! 加減はしませんよ!」
浸透系のリミットスキル『魔素浸透』。
元々、極めれば魔素への干渉も可能にするのが浸透系だが、これこそが究極系。
魔素を魔素のままに操る魔導師の天敵たる能力。
破壊系とは異なる形での魔導殺しの技が此処に顕現した。
赤、青、緑の3色の魔力光を纏い、不敗の太陽が再び戦場に帰って来たのだ。
「使ってきましたか……!」
常に余裕を絶やさないフィーネの表情から笑みが消えた。
かつての桜香との戦いで、彼女はこの技を目撃している。
本来ならば、フィーネが雌雄を決するべきは紗希であったはずなのだから、能力を知っているのは当然なのだ。
厄介さ、対処の困難さも知っている。
「優香、魔力攻撃は厳禁ですよ! 自分の魔力を高めて、白兵で討ち取るように!」
「了解です!」
「――在り来たりですね。それで、私を止められるつもりですか!」
紗希の戦い方は何も変わっていない。
糸を操り、魔力に干渉して敵の戦力を削ぐ。
これはリミットスキルを発動したところで、決して変わることのない動作である。
では、彼女が本気を出したことで何が変わるのか。
答えは簡単だった。
力の階層――レベルが変わるのである。
「ぐっっ!?」
嫌な予感にフィーネが咄嗟に魔力を全力で高めるが、何故か銀の魔力は沈黙する。
まるで何かに堰き止められているかのように、彼女の魔力が生成されない。
「今の、私の魔力が、効果を発揮しない……! これほどですか、不敗の太陽!」
「最強の女神に驚いていただけたなら、私もまだ捨てたものじゃないですね!」
より精緻に、より深い部分まで浸透する紗希の魔力は、魔導師の魔導師たる根幹、魔力を支配してしまう。
少しずつフィーネの中に浸透した紗希の魔素が、フィーネの魔力の生成と発現を封じていた
無論、同格であるために完全とまではいかないが、重りを付けられていることにはかわりない。
同格で極限の戦いだからこそ、僅かな遅れが命取りになる。
フィーネの動きが緩慢になった隙を、敵が見逃すはずがないのだ。
「堕ちなさい、女神ッ!」
「この程度で――! リミットスキル、発動! 『魔導極化』」
収束系のリミットスキル。
魔力とは元々が大気に漂う魔素を自分の色に染め上げたものである。
収束系を極めていくと、完全に固有のものとなる固有化が発現するが、これはもう1段階上の力。
噴出魔力によって周囲の魔素にも強い影響を齎し、自分へと引き寄せ、相手には無理矢理にフィーネと結合した魔素を与える。
結果、発生するのはフィーネの急激な力の上昇と、強引過ぎる紗希の干渉遮断となっていた。
力技も良いところだが、最も単純な『魔素浸透』の防ぎ方であろう。
自分に課せられた枷を破壊して、いつも以上の力で迫る糸を弾き返す。
一進一退の攻防、激しく入れ替わる戦況に新入生たちは戦慄を隠せない。
これこそが世界の頂点域の戦いだと、直感出来るだけの壮絶な光景だった。
「流石に、これだけでは決まりませんか!」
「見事な技、衰えていませんね! ここからは、私の返礼も受けていただきますよ!」
最強対最強。
現役たちを脇役に追いやるほどに伝説の戦いは凄まじい。
加熱する模擬戦を象徴する両者の熱は、もう1つの頂上決戦にも波及する。
現役の意地を見せるためにも、彼女たちに劣らぬ輝きを見せようと男が奮起し、女がそれに応えるのだ。
女神対先代太陽。
雷光対境界の白。
2つの舞台が次の領域へと足を踏み入れる。
試合開始から20分、終幕へと走り出すのだった。