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第25話『あいつだけは、絶対殴る』

 主戦場かと言われれば微妙だろう。

 彼女たちの戦いは可能性には溢れていても現時点ではそこまでの価値はない。

 しかし、戦う当人たちに他者からの目を勘案するような余裕はなかった。


「あ、当たらない!」

「っ……! それくらいは、既に体験済みよ!」


 栞里の体捌きを絶妙な空中機動で避ける。

 両者はお互いに高機動型の前衛。

 奇しくも系統まで同じ魔導師であったが、決定的な相違があった。

 確たる己を持つ女と、自己の定義にも惑う少女。

 これでは天秤の傾きがどうなるのかなど簡単に予想できてしまう。


「ま、また……!」


 自らの手刀を軽やかに躱されて、次に敵が攻めに回るはここまでの行動からわかっている。

 なのに、彼女には打つ手が存在しない。

 

「っあ!?」


 頭を見えない何かに横殴りされる感触。

 ここまでの戦闘で幾度もあった不快感、正体を掴めないそれが敵から攻撃なのはハッキリしているが、対処方法が全く思い浮かばない。


「悪いけど、私も一応は2年生なの。あのバカを殴るために、結構真剣にやってるのよ!!」

「――何を!」


 如何なる状態でも栞里の身体は正常に動く。

 そういう意味では剛志に粉砕された晴喜よりも彼女の錬度は高かった。

 心は揺れ動き、惑っているのに肉体への影響は全く存在しない。

 彼女の非凡さの証でもあるのだが、だからこそ目の前の女性――滝川瑞穂は鬼門となる。

 瑞穂の特徴は精緻な空中機動。

 戦闘機動にはまだ不安があるが、空を飛びたいという初期の願望が示していたように彼女の空への渇望はあの健輔が認めるところなのだ。

 なんだかんだで、健輔のスパルタを乗り越えるだけの精神力もある。

 両者はお互いに実戦は初めてだったが、その時点で拭いきれない差が存在していた。

 妙な苛立ちを感じて、栞里は正気にしては珍しく荒い口調で瑞穂に迫る。


「当たれッ!」

「お断りよ!」


 本当にギリギリ、瀬戸際での回避は傍から見るものをヒヤヒヤさせるだろう。

 瑞穂は羽のように風に乗って、栞里の攻撃を回避する。

 繰り返されるダンスは明らかに瑞穂がリードしていた。

 予兆のない、少なくとも栞里には感じられない攻撃が再び彼女を襲う。


「ガッ!? 頭が……」


 キーンと甲高い音が頭の中に響く。

 平衡感覚を失わせる音の波長。

 幾度も肉体で体感することで正体は薄々察することが出来ていた。


「音の、攻撃――!」

「正解よ! 悩んでるみたいだから、答えを教えてあげるわ!」

「次は、空気!?」


 見えない攻撃は空気を固めた弾丸。

 こちらの妨害には正気を失わせる音。

 攻防を考えた瑞穂なりのスタイル。

 栞里はともかくとして、健輔などから見ればまだ拙い部分もあるが、この時点で自己のスタイルをしっかりと確立しようとしていた。

 精神性だけでなく、築き上げた努力でも栞里と瑞穂の差異は浮彫になる。


「う、うわああああッ!」

「バカね! 叫んで、根性論でどうにか出来るのは、極大のバカだけよッ!」


 高まるノイズは栞里の正気を削っていく。

 既に周囲の状況など彼女の頭にはなく、我武者羅に攻撃を繰り返すだけになっていた。

 単調になり、精彩を失う。

 誰が見ても瑞穂の術中に嵌っている。

 有利な状況、得意になってもよそうだが瑞穂の顔には苦い色が浮かんでいた。

 忘れてはならない。

 彼女が背中を目指した男の名は、佐藤健輔である。

 紛いなりにも直弟子たる者が、手を抜いているようにも見える相手から勝利を拾って喜ぶなどあり得なかった。

 彼女の表情に苦々しいものが浮かんでいるのはそれが理由である。


「あなたも浸透系でしょうに、どうして、そんな使い方しかしてないのよ! 私相手には、本気でやる必要がないとでも言うの!!」


 浸透系は他者の魔力に干渉するものだが、栞里は本当にそのためだけにしか使っていない。

 本来の浸透系は魔力を流して何かを操ることに長けた系統である。

 かつては操作系とも呼ばれた系統として、ある意味での正道はそちら側に存在していた。

 栞里のような使い方もなくはないが、別に浸透系である必要はないだろう。

 魔力に干渉して、障壁などを裂きやすくする――なるほど、悪くはない。

 しかし、意味があるかと言われると微妙だろう。

 そんなことに精緻な制御を用いるのならば、大量の魔力で殴った方が早い。

 葵がまさにそういった思想の体現者であるし、桜香も究極的な姿ではあるが差異はなかった。

 浸透系であり、浸透系でなければならない理由がほぼ存在していない。

 瑞穂が手を抜かれているように感じのも当然だろう。

 

「あなたの戦い、真剣じゃないわ! ふざけないで!」

「よ、余計なお世話ですっ!」


 瑞穂の言を断つかのように栞里の手刀が放たれる。

 体捌きは確かに素晴らしく1年生とは思えない。

 魔導の超人的な身体能力の恩恵とはいえ、格闘家としてみれば既に動きだけならば一廉だろう。

 そう、格闘家としてならば、である。


「甘いッ! こんなもの!!」


 空気の壁が栞里の動きを妨害して前に進めなくなる。

 普通ではあり得ない現象。

 そもそもが人間の戦闘の最中に自然が牙を剥くなど、普通は考慮に入れる必要がない。

 この異常が正である状態こそが、魔導なのだ。

 瑞穂は誰に言われるまでもなく、その事を正しく理解していた。

 1年間、彼女はこの魔導の学び舎で空気を感じてきたのだ。

 未だに外の常識に囚われている少女では、前提の認識が噛み合わない。


「そんなお綺麗な在り方で、どうするのよ!」

「な、何のことですか!?」


 悲鳴を上げる栞里に頓着せずに、瑞穂は視線を鋭くして言葉を続けた。


「だから、お綺麗って言ったでしょう! 個性がない。別に、その戦い方はあなたがやる必要はないでしょう! 仮に自分で選んだのなら、もっと我武者羅になりなさいよ!」

「――え……」


 瑞穂は怒っていることが何なのか。

 栞里は直感的に悟ろうとしていた。

 戦い方が綺麗、教科書通り、魔導師の在り方をしていない。

 つまり、瑞穂が言おうとしているのは、


「あなた、真剣にやりなさいよ! 自分は違います、って涼しい顔して、こっちのことを馬鹿にしてるの!」

「そ、そんなつまりは……」

「じゃあ――」


 腰の引けた返答。

 瑞穂の言葉は何処かで栞里が思っていたことだった。

 思い当たることがあるからこそ、反論することが出来ない。

 いつも、羨ましいと思っていた。

 熱く駆け抜ける朔夜の姿に、羨望を抱いたのだ。

 では、どうして栞里は彼女のようにやらなかったのか。


「――どうして、泥臭くやらないのよッ! 自分を曝け出すのが、そんなに嫌なの!」


 叫びと共に四方から文字通りの音速弾が叩き付けられる。

 2年生という年代を考えればぎこちない戦い方であり、粗の方が目立つ。

 それでも籠められた想いの熱量は栞里を大きく凌駕している。

 

「痛い……!」


 体温が高まる。

 鼓動が脈打つ。

 冷めている――自分を評した言葉が、今再び脳裏に過った。

 朔夜のようになりたい。

 親友に誇れるようになりたい。

 重ねた言葉はあったが、本当にそうなのか。

 自問を重ねても、答えは出てこない。

 栞里の中の探索はとっくの昔に終わっているのだ。

 今更、新しい答えなど見つかるはずがない、と彼女は信じ込んでいる。


「あのね! こっちは真剣にやってんのよッ! 真面目にやらないのなら、そこを退きなさいッ!」

「っ、私も遊んでいる訳じゃないですッ!」


 言葉と叩き付けられる攻撃にやり返す。

 自分は遊んでなどいない、と強く主張した言葉に瑞穂は顔を歪めて、


「だから――」


 鈴の音のような音が周囲に響き始める。

 突然の環境の変化に栞里は当然、正面の敵を疑った。

 2週間程度とはいえ、叩き込まれた技は正しく動く。

 目に集められた魔力が現象の真実を見抜こうとする。

 しかし、栞里が真実を掴むよりも遥かに早く、瑞穂の切り札が発動するのだった。


「――私は、真剣にやれって言ってるのよッ!」

「これは……そんな!?」


 言葉に反論するよりも、自分の身に起こったことに栞里は驚愕していた。

 音を発しているのは、他ならぬ自分自身。

 瑞穂から発せられる魔力の波長と栞里の波長が同調して力を高めているのだ。

 魔力の共振現象、とでも言うべきだろうか。

 外からの干渉を受けて天井知らずに力が膨れ上がり始める。

 

「っ――? まさか」

 

 制御を超えて、力が跳ね上がる。

 結果として何が起こるのかなど火を見るよりも明らかだろう。

 身の丈を超えた力を自分の意思で扱わないのだ。

 内部からの崩壊、すなわち自爆である。

 健輔を遥か彼方から見下ろすのでも、隣で手を繋ぐのでも、壁として意識するのでも、後を託す相手として見るのでもない。

 背中を、在り方を誰よりも見続けた瑞穂だからこその技。

 万能系というあらゆる事態に対処可能な男を単独で倒すためには手段が限られてしまう。

 正攻法、つまりは正面突破をしようと思えば桜香クラスの能力が求められるのだ。

 瑞穂にはそこまでの才能はない。

 現実をしっかりと見つめて、その上で彼女は健輔を殴ってやると決めた。

 乙女の尊厳の重要性をあの戦闘バカに刻むと誓った以上は彼女はやり通す。


「正直、私だって健輔みたいに戦闘、戦闘、っていうのはどうかと思うわよ」


 自分の制御を失う中、勝者となる存在が栞里に静かに告げる。

 彼女が栞里から感じた疑問を、ここでぶつけるために彼女は言葉を重ねるのだ。


「――でも、あいつは真剣だったわ。私みたいに面倒臭い女の相手も、魔導が関わっているなら、きちんとやってくれた。そこだけは、きちんと尊敬してるわよ」


 如何なる相手であろうが、健輔は戦闘で手を抜かない。

 常に最善の手を考えて全力で潰しにかかる。

 子どもらしい側面であるが、相手をされる方としても遣り甲斐はあるだろう。

 どんなレベルでも構わない、真剣にやろうという態度は無条件で尊敬しても問題のない数少ない部分だった。


「真面目にやるのと真剣にやることは意味が違うわ! ましてや、真剣にやらないのと遊んでやるのも意味が違う。遊びでも、真剣だったら文句はないわよ」


 瑞穂は知るよしもないだろうが、武雄などは遊びながら魔導を楽しんでいた。

 スタンスの違いから不興も買うこともあっただろうが、誰も彼が真剣にやっていないとは思っていなかっただろう。

 遊びだからこそ、真剣にやったのが武雄だとするならば栞里の在り方はまさに対極にある。

 真面目に戦っただけ、熱はなく、核がない。

 戦いという全力での場だからこそ、瑞穂は如実に感じ取ったのだ。

 中身のない、見栄えだけは立派な敵手の在り方を。


「――そういう、ことだったんだ……」


 敵の言葉に納得を示す。

 他ならぬ栞里こそが、1番思っていたことだったのだが、ようやく謎が解けたのだ。

 万事順調に、真面目にこなしてきた。

 つまりは、ここに齟齬があったのだ。

 泥臭く、みっともなくてもいいから真剣に取り組む。

 周囲の笑いなど気にせずに、やればいいのだと――こんな簡単なことに、ようやく栞里も辿りつくことが出来た。

 彼女に足りなかったのは、我儘の言い方だったのだ。

 胸に答えが満ちると同時に、限界は訪れる。

 チームに対して迷惑を掛けることに忸怩たる思いを抱いたが、同時に負けてよかったという思いと勝ちたい、という相反する不思議な感情も手に入れた。

 朔夜以外で、これまでに彼女にぶつかってくれた相手がいただろうか。

 散り行く刹那、彼女は人生で初めて満面の笑みを浮かべて、『敵』に思いの丈をぶつける。


「次は、負けないです」

「言うじゃない。ま、今回は私の勝ちね」


 制御出来ずに暴発する魔力に飲み込まれながら、栞里は晴れやかな笑みを浮かべた。

 これで次からは胸を張って、朔夜と一緒に頑張ることが出来る。

 敗北したが、何かを掴んで川田栞里はこの戦いから脱落するのだった。


「負けたのに満面の笑み、か。健輔の後輩らしいのが入ったわね」


 呆れたような表情を浮かべて、瑞穂は苦笑した。

 結局のところ、自分も同類だとわかっているからだ。

 近すぎず、かと言って遠すぎず。

 瑞穂と健輔の距離はそんなものだったが、だからこそ自覚出来ることもあるのだ。

 類は友を呼ぶ。

 今回は瑞穂が勝ちを拾ったが、次はどうなるのかわからなかった。

 

「さてと、これで撃墜数はなんとなったけど、全体的には圧されてる。どうしようかな」

『同意します。私の防衛術式の絡繰りにも気付いているのか、火力押しをしてきませんし、なんとも厄介な感じです』

「莉理子さん?」

 

 突然の念話に瑞穂は多少の驚きと共に問い返す。

 全体の指揮を執る彼女がわざわざ自分に話しかける理由がわからないからこその困惑である。

 勝利したとはいえ瑞穂は端役。

 戦場を彩る星ではないのだ。

 後輩の不思議そうな声に答えることはなく、瑞穂は淡々と状況を並べる。

 

『あなたのおかげで状況はイーブンに戻せましたけど、相手が新入生だからこそ出来たことですしね。佐竹剛志には暴走なんて使えませんし、杉崎和哉も同様でしょう』

「それは、まあ……私はこれが初陣ですから。未熟なのは、わかってます」

『落ち着いてますね。良い度胸ですよ』

「健輔に砲撃魔導を撃ち込まれたことを思い出せば、大抵のことは乗り越えられます」

『っ、ふ、ふふふははっ、笑わせないでくださいよ』


 真顔で言い切る瑞穂に莉理子思わず吹き出してしまった。


「あっ、ひどい!」

『すいません。いえ、あの方は本当に破天荒だな、と思いまして。さて、本題を伝えます。こちらは、一時戦力を集結させます。あなたは中央から敵陣の突破を狙ってください』


 誤魔化すように咳払いをした莉理子の口から爆弾が飛び出す。

 中央突破などという正気とは思えない言葉、反論よりも先に驚きが飛び出る。

 

「は、はいぃ!?」

『よい返事です。梢がそろそろ突破されそうですし、こちらも賭けをしましょう。紗希さんもそろそろ使います。あなたには、本陣狙いを任せましたよ』

「う、うぅ、わかりました、わかりましたよ!」


 莉理子が狙うのは敵の最後方。

 戦場を支配するバックスが陣取る場所であった。

 健輔と葵を抑えている間に紗希を用いた大乱戦で、中央からの浸透を狙う。

 敵が防衛術式を警戒している間に進めるべき大博打だった。


「急ぎますねッ!」

『お願いします。割とあなたに任せてますが、気負わないでください』

「大丈夫です! それじゃあ、行ってきます!」


 頼もしい言葉に莉理子の顔に苦笑が浮かんだ。

 健輔の弟子、という触れ込みだったが、今ならば信じられそうである。

 あの物怖じしない性格は非常に頼りになった。

 今のように半数が新入生の状態では、常と変わらぬポテンシャルを発揮する彼女に期待する部分が大きい。


「課題はまだまだありますね。戦力の厚み、というのでは羨ましい限りです」


 拮抗は見せかけであり、結局のところ向こうの方が有利なのだ。

 梢の決死の抵抗で優香を抑えているが、そろそろ限界なのはわかっていた。

 

「とはいえ、羨ましいと言っているだけでは何も始まりませんしね。……そういうことですので、紗希さん、頑張ってくださいね?」

『無茶ぶりすぎないですか? 私、現役を離れてそれなりなんですけど……』

「おっしゃりたいことは至極尤もなんですけど、私にもどうしようもないです」

『女神に、優香ちゃん、他にもいろいろを1人で相手にしないとダメ、か。うーん、現役の時もなかった最悪のシチュエーションね』

 

 端的に言って無茶、と言う表現しか出来ない。

 紗希も3強クラスだが、相手はその3強の1人とほぼ同格の魔導師の2人掛かりである。

 明らかに相手が優勢であり、紗希の不利はハッキリとしていた。

 しかし、莉理子は全幅の信頼を込めて戦場を託す。

 

「不敗の太陽。あなたは勝てなくても、負けもしないでしょう? 勝利は私たちに任せてください」

『あら……ふふっ、言うわね。ええ、じゃあ、全身全霊でお役目に努めさせていただきますよ』

「お願いします」


 模擬戦、あくまでも実力を知るための戦いで最高クラスの激突が起こる。

 『不敗の太陽』対『元素の女神』と『夢幻の蒼』のタッグ。

 世界最高峰の魔導師同士が全力でぶつかり合うのは、もはや不可避となっている。

 嵐と共に、拮抗した戦場が儚く崩れる時がやってきたのだった。


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