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第24話『経験の重み』

 黄昏の盟約は新入生の方が数として多い。

 剛志を筆頭としたクォークオブフェイトの3年生たちとぶつかる彼らはほとんどが1年生だった。

 単純な公式で考えれば有利なのは剛志たちなのは間違いないだろう。

 しかし、実際の光景は少々意外な形となっている。

 拮抗状態――非常に危ういバランスなのは間違いないが一方的に押されるというものではなかった。

 主戦場を一望できる場所で高島圭吾は静かに戦況を見守る。


「まさかこの時期に汎用能力に手を出すとはね。なんとも言えないな。僕としては驚くしかないよ」

『でも、合理的だわ。あの人の能力は劣化しても十分に脅威だもの。素直に破壊系を目指すよりは、まあ賢い選択じゃないかしら』


 圭吾は顔を歪めて、敵の陣容を睨みつける。

 主体は1年生なのだが、中央にいる1人が問題なのだ。

 魔力光は全てを塗り潰す『黒』。

 破壊の魔力に染まった拳で敵を穿つ拳闘士の存在がこのバランスを成り立たせていた。


「破壊系……やっぱり、魔力に対する特攻性は強いね」


 黄昏の盟約、1年生の馬場晴喜(ばばはるき)

 彼こそがこの拮抗の立役者である。

 系統は圭吾の見立てでは、恐らく3系統の保持者、つまりは朔夜やササラと同じトライアングルサーキットの適合者であった。

 彼とササラたちとの違いは、既にある能力を手に入れていることだろう。

 昨年度猛威を振るった赤木香奈子の固有能力『バランスブレイカ―』。

 それを汎用化したものを保持しているのだ。

 汎用能力は多少効果が落ちるが、狙った効果を発揮出来るのが利点であり、同時に固有能力への覚醒と引き換えになるのがデメリットとなる。

 普通ならば後者の可能性を捨てるには早いため、1年生での発現者など存在しないのだが数少ない例外となるものが此処にいた。


『破壊系を使うつもりならば、香奈子さんの能力でいい。割り切った考えよね』

「健輔辺りはどう思うのかな。認めるのか、溜息を吐くのか。僕は後者だと思うけど」

『賢い選択じゃないかしら?』

「否定はしないよ。実際、破壊系と他の系統の能力が使えるだけなのに、彼は既に1年生どころか、2年生や3年生にも届きそうだからね」


 剛志とよく似た戦闘スタイル。

 徒手格闘だからこそ、違いが際立つ。

 唯一併用が可能とはいえ、身体系も影響を受ける以上、剛志は魔導の恩恵を十分に受けられない。

 対する晴喜は汎用能力となった『バランスブレイカ―』のおかげで破壊系と他の2系統を自在に操っていた。

 

『格闘の基礎たる身体系と多分、浸透系を組み合わせて無敵の格闘家になる、か』

「破壊系と併用できるからこその技だね。浸透系で破壊系の魔力を流し込んだりも出来るから、こっちの魔力を上手く使わせないのも狙っているのかもしれないね」


 真希の狙撃を常態で発する魔力だけで掻き消してしまう。

 後衛殺しの前衛。

 圭吾の糸も破壊系と噛み合うのはマズイとしか言いようがない。

 魔導殺したる系統の強さはここに示されていた。

 たった1人の新入生にクォークオブフェイトのベテラン勢が圧されているのだ。

 世界大会に出れるクラス前衛だと必然として認識されてしまう。

 おまけに、こちらの新入生が受ける心理的なダメージは相当なものなのも簡単に理解出来てしまった。


「脅威は他にも、か」


 晴喜が最大の脅威だが、他の1年生たちも煌めくものを見せている。

 そして、輝ける新星に混じった見覚えのある顔。

 彼女の活躍にも圭吾は中々に驚いている。

 栞里と交戦する彼女は今年からチームに入ったとは思えない程に堂の入った姿勢で空を駆けていた。


「才能に溢れている子たちばかりだ。あなたはどんな気持ちでそこにいるのかな。滝川さん」


 健輔が褒めるだけのことはあるのだろう。

 空中機動、という1点で明らかに周囲よりも飛び抜けている。

 晴喜の輝きで目立たないが、圭吾はしっかりと脅威を認識していた。

 土台がしっかりとしている魔導師はどんな切っ掛けで化けるかがわからない。

 学園の授業は決して無駄ではないのだ。

 1年間、体作りをしっかりとしていた瑞穂は正統派だからこそ歩みが遅いが花開いた時の脅威は簡単に想像出来てしまう。


「うん、実に怖いね」

『その割には声色に余裕があるわよ。私としては、結構怖いんだけど、大丈夫なの?』

「まあ、美咲ちゃんの不安もわかるけど、心配はいらないさ」


 圭吾は全幅の信頼を以って、戦場を俯瞰する。

 彼の今の仕事は戦局が動くのを待つことなのだ。

 先輩たちに任せておけば心配ないと圭吾は信じている。


「――先輩たちは世界を体感して、力不足を感じたはずだ。だからこそ、必ず出来ることをやっているよ」


 チーム作りに専念しており、実力はあまり上昇していない。

 そんなわかりやすい先輩たちならば、もう少し常識的なチームにいるはずだろう。

 忘れてはいけない。

 今の2年生たちは1人残らず葵の心境を理解して、彼女の性質を完璧に把握している上で一緒にいるのだ。

 彼らが葵の友人を名乗っているのは、伊達でもなければ冗談でもない。

 自らを高めない者を葵は軽蔑している。

 では、傍にいる彼らがどうなのかなど考えるまでもない。

 

「葵さんの友達。これだけで、あの人たちがどれだけとんでもないのかがよくわかるさ」

『ああ、確かにその通りよね。私たちでも、まだ後輩だもの』

「そういうことだね。いい気になっている新入生には壁、というのを教えてあげるのが優しさだと思うよ。紗希さんは本当に優しいから、そういうのは不得意そうだしね」


 紗希を良く知るからこそ、大凡の指導も想像がし易い。

 断言する圭吾の言葉に美咲は苦笑しつつ、続きの展望を窺ってみた。

 場合によっては彼女も前線に行く必要があるのだ。

 戦場の空気を読む、と言う能力にはまだまだ不安が残る以上、先達に聞くのが手っ取り早い解決方法であろう。


『圭吾くんはどこから崩れると思う?』

「あの破壊系さ。純粋な技量の差、彼はそれを知ることになると思うよ」


 魔導の恩恵をほとんど受けれないということがどういうことなのか。

 体感してみないとわからない。

 机上のみで強さを体現するものに不条理という現実が襲い掛かる。

 才能ある若手を技に長けたベテランが落とす。

 これは、そういう在り来たりな流れの中に生まれた1つの結末となるのであった。






「は、ははははっ! やれる、やれるじゃないかッ!」


 馬場晴喜はこれまでにないほど優勢な自分に酔っていた。

 目の前の3年生。

 事前の資料では旧来の破壊系の使い手とされている人物は防戦一方となっている。

 クラウディアやコーチである紗希にいろいろと言われたものの、実際に蓋を開けてみればこんなものなのだ。

 彼が先輩たちもあくまでも人間なのだ、と慢心したのは流れとしては自然だった。

 試合開始から既に15分。

 交戦を開始してからただの1度も攻撃を受けていない。

 毎日毎日、限界ギリギリまで絞られたからこそ、どんな状態でも最高のポテンシャルを発揮していた。


「ほら、ほらほらッ! 世界第2位のチームのメンバーがこんなものですか!!」


 着実に削る一方的な戦果。

 暴力に酔う、というと危ない表現だが実際に彼は酔っていた。

 魔導師は一人前になるまでにいくつか超えるべき壁がある。

 最初は超越的な能力ゆえの全能感。

 次が試合で味わえるこの暴力の味だった。

 最初の壁を超えたと安心しているとここで牙を剥く。

 自己を制御出来ないものに、魔導の恩恵は正しく舞い降りない。

 この事を身を以って知ることが、魔導師たちが味わう洗礼だった。

 今、晴喜は全ての条件を満たしたと言える。


「このまま――」


 終わらせてやる、と勇ましい言葉を発しようとした時、


「はしゃぐな、クソ餓鬼」

「え、ガァ!?」


 意識の間隙を縫うように放たれた拳が彼を一気に現実へと引き戻すのだった。


「あ、え……?」

「こちらの攻撃は終わっていない。構えろ」


 敵から忠告が飛んでくるが、一気に変化した状況に彼の脳がついていけない。

 有利だったはずで、自分の方が能力的に優れている。

 晴喜が確信していたはずの勝利、それがたった1発の拳で幻と消えた。

 殴られた現実を直視出来ないままに、時間は流れていく。


「貴様、そもそも勘違いしているな」


 静かに、しかし強く彼は断言した。


「な、何を……」

「破壊系は、魔力を砕く系統だ。なるほど、貴様は浸透系と身体系に破壊系を組み合わせて、魔導を砕く拳を手に入れた。割り切った発想の強さは認めよう」


 自分が欲する能力を既に発現したものがいる。

 わざわざ覚醒するかどうかもわからない固有能力を待つよりは、劣化しているとはいえ、自由に選択できる汎用能力の方が使い勝手がよい。

 晴喜の理屈は筋が通っており、誰に非難されるものでもないだろう。

 

「貴様の選択は間違っていない。お前の能力は、魔導に対しては強力だろうさ。しかし――」


 いつになく饒舌に佐竹剛志は語る。

 相手が破壊系だからこそ、彼は語るのだろう。

 赤木香奈子という規格外の魔導師によって生まれた誤解を正す必要があった。


「――物理的な事象に対しては無力だ。なるほど、お前は俺に猛攻をかけていたつもりなのだろうが、残念ながらダメージはほぼないよ」

「え……は、そ、そんな、ことが」

「バカめ。お前は破壊系を表面上でしか捉えていない。赤木香奈子が無敵の砲台だったのは、彼女の努力と飽くなき執念のおかげだ。お前にはどちらも欠けている」


 言い放つと同時に晴喜の鳩尾に叩き込まれる拳。

 身体は迎撃に動くが、剛志はそうくるのがわかっていたかのようにあっさりと回避してしまう。

 晴喜は系統の選択はそれなりに賢い、トライアングルサーキットの利点もよく理解している。

 初期に有利な選択をすることは何も間違っていない。

 仮にこの世界が彼の同年代しか存在しないのならば、1年程度はエースとして君臨することも不可能ではないだろう。


「そして、最大の勘違いを訂正してやろう。貴様、戦闘センスが欠片もないな。健輔とは真逆だよ。ああ、それでは破壊系は――否、前衛は務められない」

「へ……?」

 

 晴喜の戦闘動作は全てが紗希によって叩き込まれたものである。

 本人は自分に才があると思っていたようだが、とんでもない勘違いだった。

 コーチが飛び抜けて優秀だからこそ、見栄えは整ったのである。

 剛志が黙って攻撃を受けていたのも、敵を見極めるためであり、それ以上のものではない。

 最初から敵の技量はある程度は把握していた。

 教科書通り、つまりは独創や応用などは微塵も存在しない。

 教本通りに戦えるもの強いというのならば、世界は今少し単純だっただろう。


「幕としようか。安心しろ、少々痛むが早めに終わらせるように努力しよう。藤田のように一撃で沈められんのは申し訳なく思うよ」

「っ、な、舐め――!」

 

 言葉を発しようとすると、剛志の拳が無理矢理に断ち切る。

 晴喜は我武者羅に反撃へと移るが、


「無駄だ」

「ガハァッ!?」


 完全に見切られてしまい、意味をなさない。

 この時、晴喜は正しく紗希の言葉を理解した。

 確かに能力が経験を圧倒することもあるだろう。

 ベテランの魔導師など大したことがない、という意見には一理あるのも事実である。

 しかし、初めて戦場に立ったことでようやく晴喜は理解できた。

 戦闘による酔い、自分に対する過信、それらを全て飲み干すだけの強さを持っているのが彼らベテランなのだ。

 確かに劇的な活躍はないだろう。

 代わりに目には見えない貢献が確かに存在している。


「う、あああああああああ!」

「ふん。もし――敗北を認められるのならば、お前はまだ伸びるだろう。この道は険しく、辛いぞ。覚悟して、行くといい」

「舐めるなああああああああッ!」


 晴喜の障壁を粉砕する無骨な拳。

 派手さは微塵もないが、男の強さがそこにはあった。

 優秀なのは自分のはずなのに、剛志ほどの強さと重みが彼の拳にはない。

 叫びの反撃はあっさりと避けられて、流れるようにカウンターが決まる。

 意識が遠のく中、彼は思った。


「くそぉ……」


 悔しさに涙を滲ませて、新人は戦場から弾き出される。

 有望な新人とベテランの激突。

 第1ラウンドはクォークオブフェイトのベテランが勝ち取ったのだ。


「……ふっ、次世代の芽は育っているな。俺も今までのままではいられないな」


 自らが仕留めた相手が転送をされるのを静かに見つめる。

 同じ系統のぶつかり合いだったからこそ剛志は勝利した。

 破壊系、それも近接に主眼を置いたスタイルは魔導の恩恵をあまり受けることが出来ない。

 鍛え上げた技術がダイレクトに戦闘能力へと反映されるのだ。

 晴喜の誤算は正確にその部分を理解していなかったことだろう。

 中途半端に他の系統を使えるだけの能力があったことが理解を妨げたのだ。


「知っていて、放置したのか。いや、詮無きことだな。今はそれよりも……」


 戦士の分を超えそうになる思考を脇に置き、剛志は感じる圧力に目を細める。


「藤島紗希……『不敗の太陽』。問題はいつになったら投入されるのか、ということだな」


 優勢に傾けることも可能なはずなのに、何かを待つかのように動きがない。

 総合力ではクォークオブフェイトが優っているのだ。

 拙速こそが、黄昏の盟約の正着のはずなのである。


「全ては三条莉理子が握るか」


 不気味な向こう側の動きに剛志は警戒感を強める。

 莉理子はまだまだ底を見せていない。

 隠している札はまだまだいくらでもあるはずだった。

 

『だよねー。莉理子ちゃんはやっぱり厄介だよ』

「獅山か。……全体の戦局は?」

『朔夜ちゃんと向こうの後衛が戦闘中。真希はいろいろとちょっかいを出してるけど、決定打はなし。後は、バックスに中々飛び抜けた子がいるみたいだよ。そっちはササラちゃんがと和哉が抑えているかな』

「ふむ……」


 1人落としたことで、クォークオブフェイトが有利になったのは間違いない。

 しかし、どちらにもまだ天秤は傾くだけの猶予があった。


「獅山、しっかりとしろよ。こちらはまだまだ有利ではない」

『ん、わかってるよ。葵は多分、動かせない。健輔もクラウちゃんが相手だとダメ。優香ちゃんはそろそろ突破しそうだけど……』

「ああ、そのタイミングだろうな。太陽が舞い降りるぞ」


 間違いなく紗希が投入されるのはそのタイミングだろう。

 剛志はフィールドの全域に広がった戦闘を苦い表情で見つめる。


「指揮は任せる。俺は圭吾の下へと行こう」

『了解。気を付けてね』

「お互いにな。そちらにも正念場だろうさ」

『だねー。いや、戦場は怖いね。ピリピリしてるよ』

 

 今までとは違いバックスも最後方とはいえ戦場に立っているのだ。

 以前と全てを変わりなく、というのは些か無茶であろう。


『うーん、向こうはどうするのかな……』


 読めない思惑、自分に出来ることを必死に考えるも答えは見つからない。

 熱いのに、冷たくも感じる。

 相反する印象は不気味な気配を漂わせるものも、香奈に出来ることは何もなかった。

 新しいルール、戦場での指揮は想定以上に彼女を疲弊させている。

 新人とはいえ1人が撃墜されたことによる影響が0のはずがなく、波紋が大きくなるように事態は少しずつ変化を始めるのだった。


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