第22話『黄昏の盟約』
黄昏の盟約との合宿初日。
ゴールデンウィークの始まりとなる日に彼らは自然と激突を選んだ。
説明なんてするよりも、直接遣り合った方が理解が深まる。
クォークオブフェイトのリーダーたる葵の言葉に黄昏の盟約のリーダーであるクラウディアが笑顔で賛同した結果、実にスムーズに模擬戦へと突入する流れになっていた。
「なんというか、皆好きだよな」
「多分、そのセリフは健輔が言ったらダメだと思うな」
「そうか? 俺よりも葵さんの方が酷いと思うんだけどなぁ」
凄く嬉しそうな笑顔で言っても説得力は皆無だろう。
実際、隣の圭吾も苦笑を浮かべるに留めいていた。
模擬戦に際しての最終確認。
既に陣地入りしている現状で、健輔の発言を葵が聞き逃すはずがないのだ。
「健輔ー、聞こえてるわよ! 何やら、最近は余裕を見せてるみたいだし、今回の『大規模戦』ルールの説明でもしてくれますかね? 新入生もいるし~」
「うげぇ……本当のこと言っただけなのになぁ。ちゃんとやればいいんでしょう!」
「そういうこと、じゃあ、よろしくね~」
誰にも同意を貰えない独り言を漏らしつつ、敵のメンバーに目を通す。
今回の戦闘は新しいルールでの陣地戦に相当するもの、『大規模戦』のルールで行われることになっている。
かつての陣地戦と違い、防衛すべき陣地という概念はなく、参加人数が最大15名で最低が12名という枠組みとなっているルールであった。
基本的な部分は基本ルールと変わらないのだが、いくつか変更が加えられている。
まずは、コーチ周りの変更が大きいだろう。
この『大規模戦』のルールにおいては、コーチは不死を失うことになっている。
代わりに敵の撃墜も解除される、つまりは普通の選手と同じように戦うことが出来るというものだった。
時間制限については、基本ルールと同じであるが、この制限解除で運用の仕方が変わるのは簡単に予想が出来る。
次に健輔たちに関係のある部分では、かつての陣地戦と同じく撃破後の復活が可能だと言う点だろう。
無論、無条件という訳ではない。
この大規模戦での勝利条件は2つ。
敵を全滅させることと撃墜数において相手に優るということである。
「――そして、選手の復活にはランクに応じた撃墜数を消費します。俺や葵さんのようなランカーならば3つ。それ以外の有力者、2つ名持ちとかは2つという感じですね」
「はい、良く出来ました。補足するなら、15名に足りない分は撃墜カウントにプラスされているわ。最初から勝敗の上で優位に立つのか、それともって感じね」
コーチの再投入も同じように撃墜数を消費すれば可能ではある。
最低でも5を消費するという設定のため、あまり現実的ではないが可能なことは可能であった。
試合時間も1時間半となっており、『大規模戦』の名に相応しく総力を結集した戦闘となる。
戦闘フィールドも基本時の倍の広さとなっており、全力での戦いに耐えられる仕様となっていた。
「ここまでで質問は?」
葵の言葉に手をあげるものは誰もいない。
新入生たちは少し緊張したような表情で佇み、健輔を含めた上級生たちは各々が戦闘に向けて熱を高めている。
「よし――それじゃあ、いきましょうか。これは模擬戦。でも、負けることは許さないからね」
『了解ッ!』
「よしよし。『黄昏の盟約』、相手にとって不足はないわ。存分に今の私たちを発揮しましょう。限界までやってこその練習よ」
他チームとの激突は実に2ヶ月ぶりになる。
新生クォークオブフェイトの門出として、黄昏の盟約は十分な相手だった。
今の自分たちに出来ること、そして敵の進歩を感じるために彼らは戦場に赴く。
これからを占う大事な戦い。
新入生たちにとっては初めての『敵』との遭遇。
様々な思いを乗せて、彼らは出陣する。
迎え撃つは今年度のダークホース。
昨年度のダークホースたちを融合させた評価不能の魔導師集団。
弱いはずがないのである。
「クラウとは、1年ぶりか。楽しみだな」
「はい。私と彼女、後は健輔さんもどれだけ変わったのか。本当に楽しみですね」
隣に佇む蒼い乙女と視線を交わして、健輔は雷光に思いを馳せる。
最初にぶつかったエースクラスの魔導師。
彼女の輝きに目を焼かれたことを健輔も忘れていない。
ある意味で相違相愛なのだろう。
どちらもお互いの激突を強く望んでいた。
エースになる覚悟を決めた『境界の白』と脱皮を遂げた『雷光の戦乙女』。
どちらに軍配が上がるのか。
1つの結果が示される時は近かった。
黄昏の盟約は新興のチームであるが、新興ゆえの問題点は少ないチームだった。
選手層の薄さ、経験者の不足、本来考えられる問題点は彼らとは無縁の存在なのだ。
何故ならば彼らは強くなるために纏まることを選んだのである。
その時点で目的は一致しているため軋轢なども生まれる余地がそもそもなかった。
一見すればメリットしか見えない合併。
では、彼らは盤石なのか、というとそんなことはなかった。
クォークオブフェイトも嵌っているある種の不変的な問題には普通に引っ掛かっている。
戦力不足、そして核となる戦術の不在。
寄り合い所帯であるために、彼らはまだ1つのチームとなれていないのだ。
「さて、向こうのメンバーはわかっていますが、こちらはどのようにしましょうか」
知的な響きを秘めた声色で、三条莉理子はクラウディアに問いかける。
新人の発掘と既存メンバーの強化を行ってきた今までの成果。
一端が示される場所であるこの戦いに誰を連れて行くのかは大きな問題であろう。
事前に打ち合わせはしているが、最終決定はリーダーであるクラウディアに委ねられている。
大まかに方向性としては2つ。
安全策、それとも大博打か。
どちらかが選ばれる公算が高かった。
「まずは、私と莉理子さん」
「当然でしょう。残りは?」
「怜さん、梢さん、瑠々歌ちゃん、幸太郎さんに憲剛さん。ここまでは私たちの鉄板ですかね」
都合7名。
クラウディアと莉理子を除けば全員が元暗黒の盟約である。
彼らを核にして、主力のメンバーは選出できた。
しかし、今回の戦闘にはまったく足りていないどころか、そもそも通常戦闘の9人にも届いていない。
正確には明星のかけらのベテランなどが存在はしている。
問題は彼らを使うのか、それとも発掘してきた新人を使うのか、ということにあった。
飛び抜けた戦力が不足している、つまりはランカークラスを補充するために育て上げる、という選択をした黄昏の盟約の首脳陣。
今年度、新人の発掘に勤しんでいたのもそれが理由なのだ。
光る原石は見つかり、今は磨いている最中だった。
ここで投入してよいのか、そういうことも含めての迷いである。
「さて、どちらがいいのでしょうか……」
「私の意見は以前伝えた通りです。揺り籠で育てるのも、悪くはないですが、やはり自然の厳しさは知っておいた方がいいと思いますよ」
現時点でも国内でならば、それなりのところにいけるだろう。
香奈子がいなくとも、クラウディアと莉理子の組み合わせはある意味でかつての立夏を大きく超えているのだ。
コーチである紗希の存在も加味すれば、現状でわかっている限り日本で3番目のチームであることには疑う余地はない。
相手がクォークオブフェイトでさえなければ迷うことなどなかったが、現時点で新入生をぶつけるには些か以上に酷な話ではあるのだ。
彼らは間違いなく、自信を砕かれてしまう。
「ではリーダー、残りの半数についてどうするつもりかお聞きしても?」
再度、莉理子が問いかける。
クラウディアも悩んではいたが、実質的に答えは最初から決まっていた。
目指すは世界。
模擬戦での敗北で脱落するような者に居場所はない。
「――全員、新人でいきましょう。瑞穂も入れて、残りは1年生ですね」
「向こうの方々が笑いそうな選択ですよ。まったく、私は霧島先輩と違って、賭け事は好みではないのですけど」
「よく言いますね。あなたもお勧めした構成ですのに」
「お勧めと好みは違うものでしょう? 私の、好みではないというだけです。参謀が情で判断を揺らす方がお好みですか?」
「いえ、得難い参謀で嬉しいですよ」
苦笑を浮かべる莉理子にクラウディアも同じような表情を作る。
武雄との相性がそれほど悪くない、つまりは賭け事も嫌いではないクラウディアに目の前の先輩がそれなりに苦労していることを知っているからこそ曖昧に笑って誤魔化すしかないのだ。
耳に痛い忠言をたくさんくれるのは目に見えている。
「実験的な側面があるのは否定できません。向こうもそういった思惑はあるでしょうが、こちらも少々甘えていますからね」
「そうね。では、雷光の戦乙女。あなたはどのように恩を返すつもりですか?」
些か芝居めいたやり取り。
莉理子とクラウディアの奇妙な友情が姿を見せている。
学年も違い、生まれも違い、おまけにチームまでも違った。
接点の方が数えるほどであり、繋がりはそれほど深くなかったはずの両者。
共通の目的がなければ、此処に肩を並べることはなかっただろう。
「戦乙女の名に恥じぬように、苛烈なる戦いで私は彼らに返礼しましょう。力を貸してください。『戦譜の演奏者』」
「御意に我らがリーダー、雷光を総べる人」
魔導とは自己に対する祈りでもある。
自分を、自分が背負った役割を強く信じることで成せることもあるのだ。
それはクラウディアの経歴から考えれば、奇怪な在り方ではあるだろう。
人というのは師と呼べる人物の生き方をなぞる。
クラウディアならば、該当するのはフィーネであり、彼女と同じように仲間との道のりを選ぶべきなのだ。
しかし、実際のところ彼女が体現しようとしているのは、魔導の世界に君臨した皇帝と同じ在り方だった。
「私が――最強の『雷』になる。その第1歩に今日はなるでしょう」
「そこまで上手くいけばよいのですけど。どちらも空気を掴むのが優先だと思いますよ」
「それでも、です。要は気持ちの問題ですから」
「ご随意に。私はいつも通りこなさせていただきます」
機会に恵まれず互角の相手と戦うことが少なかったが、優香と健輔という比類なき相手と戦えるのだ。
ここで自分を超えずに、いつ超えるのか。
人知れずクラウディアの魂は燃え上がる。
熱く、それでいて冷静に彼女は戦場を見据える。
敗北を重ねたエースである彼女だからこそ、辿り着ける場所があるのだと、健輔たちに見せ付ける必要があった。
「フィーネさん、あなたが育てた魔導師は、あなたを超えてみせます」
決意を胸に雷光が天を駆ける。
約束された激闘の幕が、ついに上がるのであった。
『それでは、両チーム配置についてください』
戦闘フィールドに響き渡る声。
少しだけ落ち着きを増したが、彼女の声を健輔が聞き間違えるはずがない。
紫藤菜月。
チームメンバーではないが、確かにチームの1人として世界大会で戦った同級生の姿が思い浮かぶ。
「なるほどね。協力はバッチリという訳か」
全てが本番に即した形となっている。
葵の言いたいことはわかるが、新人にはスパルタ過ぎるとも思えた。
この独特の緊張感は慣れないとコンディションを発揮するのは難しい。
習うよりも慣れろ、という方針は健輔の好みではあるが、効率が良いのか別の問題であろう。
健輔も気儘に戦っていた1年生とは違い、後輩には自分と同じではダメだろうと判断する程度の常識は備えていた。
もっとも、備えているだけであり、活用される訳ではないのが問題なのだろうか。
頭にいろいろと過ったが、最終的には良い経験になるだろう、と放り投げてしまう辺りは健輔らしいと言うべきだった。
「ま、今更か。それに……」
後輩に思いを巡らせる余裕は直ぐに無くなる。
ある種の直感めいたものではあるが、根拠がない訳ではなかった。
配置に付いた時から見られている感覚が強くなっているのだ。
正確に言うならば、狙いを付けられていると言うべきだろう。
この戦場で、健輔を一途に見つめる存在など1人しか存在していない。
「クラウディア……!」
周りを気遣うような余裕はおそらく残らない。
黄昏の盟約はそこまで甘いチームではないのだ。
健輔も全霊を尽くす必要がある。
ましてや、今回は相棒の片割れが欠けているのだ。
世界大会よりも気合を入れておかないとあっさりと終わってしまう危険性があった。
「無様なところは見せられないからな」
『――3、2、1、0。試合、開始してくださいッ!』
カウントの終了と同時に健輔は大地へと舞い降りる。
今回の戦闘フィールドはオーソドックスなものがチョイスされていた。
荒地、という表現でよいのかはわからないが遮蔽物の類は原則として存在しておらず、横幅はそこそこで縦の距離がある。
真由美が得意なフィールドと言えばイメージは掴みやすいだろう。
クォークオブフェイトは真由美の卒業により、火力面では大きく後退している。
かつては得意だった開けた場所が今はそこまで相性が良くない。
「――美咲!」
『わかってる。砲撃術式選択――トーチカ、セット!』
しかし、そんなわかりやすい弱点を放置することなどあり得ない。
真由美がいなくなったから弱くなりました、などと彼女に報告できるはずもないだろう。
代替案は用意されていた。
新ルールだからこそ出来ること、つまりはバックスの火力を活用する方法である。
元々、戦術魔導陣という火力を担うことが出来たのがバックスなのだ。
準備をすれば後方の火力を補うことは可能であった。
簡単ではないが、健輔たちには丸山美咲という優秀なバックスが付いている。
彼女ならば、それほど厳しい作業でもなかった。
『リミットスキル――『事象再生』!』
用意された砲撃術式を自動化する。
これこそが固定系のリミットスキルの恐ろしさ。
戦闘単位ではそこまで強力ではなくても、戦術ともなれば話は変わる。
主が死しても、残った事象は敵に牙を剥く。
空中に展開された方陣に周囲から魔力が集まり、攻勢事象として敵に向かっていった。
威力では真由美に劣り、数でも負けているのだが、それでも凶星の面影を感じさせる程度の力はある。
挨拶代りの最初の一撃。
朔夜を筆頭とした新入生が息を呑むような猛攻を前にして、この戦場で最優のバックスは笑みを零した。
「見事ですね。1年で見違えるように上達しています。しかし――」
黄昏の盟約を影から支える女傑。
国内最高のバックスが艶やかに微笑み、美咲の放った術式群へと干渉する。
「――分かりやすいですよ、カウンターをしてくれ、と言わんばかりですね」
流れるように行われた作業は空間系の高度な術式を展開するためのもの。
立夏が得意技とした転移を用いたカウンター術式。
あれの大本が誰なのか、ということなど少し考えれば簡単にわかるだろう。
戦場という舞台で戦術を奏でる演奏家。
真由美の代替、などという消極案では彼女の思惑を超えられない。
「括目しなさい。――防衛術式展開『ディメンション・プロテクト』」
仲間全員に個別に付与するほどの巨大な術式――いや、これはもう防衛用の戦術魔導陣と呼んで差支えないだろう。
莉理子の拓いた新たな境地。
1つの単位ではなく全体を統括する形での支援が健輔たちに立ちはだかる。
美咲の支援攻撃の全てが、こちらに跳ね返ってくる光景を見て全員が理解した。
黄昏の盟約は、もう国内という枠に収まるチームではないのだと。
輝ける黄金週間の最初の1日。
お互いを知るための殴り合いは、天井知らずにボルテージを上げる。
建前を放り投げて、勝つために全力を尽くす。
両チームの譲らぬ激闘はこうして幕を開けたのだった。