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第20話『太陽はいつも突然に』

 如何なる相手であろうが、一貫してぶれない。

 健輔の生き方というのは、非常に不器用な形をしている。

 戦闘における柔軟さに対して日常での無骨さ。

 ある種のギャップを形成している彼の根幹を成す部分ではあるが、なんやかんやで器用な部分というのは強かに発揮されてきた。

 日常でも本当に追い詰められそうになると奇跡のタイミングで逃げてきたのだ。

 まさに本能の成せる技であろう。

 健輔は本質的には弱者だからこそ、危機を嗅ぎ分ける能力については未だに高い水準を誇っている。

 しかし、彼の親友である高島圭吾から言わせれば、それでも健輔はバカだと笑いながら言うだろう。

 君子、危うきに近寄らず。

 本当に賢いのならば、危機に近づくような真似はしない。

 正確には危機を招き寄せるような真似はしないのだ。

 望む望まずと関わらず、自走式の爆弾を寄せ付ける男。

 ゴールデンウィークを前にした学生にとっても楽しみな1週間を前にして、彼の運命は閉ざされようとしていた。


「えーと……何、この空気」


 授業を終えて優香たちと合流。

 いつも通り食堂か購買で食事を済ませようとした健輔だったのだが、ある人物の乱入により事態は急変することになる。

 女神――フィーネ・アルムスター。

 既に学園でも突如現れた外国人美女として有名になっている銀の女神が、場に爆弾を投下したことが全ての始まりだった。

 

 ――お弁当を用意しました。健輔さん、どうぞ。


 後にその場に居合わせてしまった高島圭吾は遠い瞳で語った。

 笑顔で周囲に喧嘩を売る嵐がいた――と。

 あからさまに機嫌が下降する美咲。

 空気が冷えていく優香。

 普通ならばこの段階で心臓が縮みあがるのだが、既にこれくらいは慣れてしまった健輔には大したダメージはなかった。

 これぐらいで済めば、話は簡単だったのだ。

 彼女たちは健輔がそういうものだと心得ているし、何よりもフィーネがどういう人物かを知っている。

 女神がある種の愉快犯的に行動しているのは理解していたし、あまり愉快ではなくても納得は出来ただろう。

 不機嫌になるのは変わらないので、健輔がご機嫌取りに走り回る必要はあるだろうが、実害と言えばその程度で済むはず――だったのだ。

 真の問題はフィーネの行動ではなく、この場にやって来てしまったもう1人の存在である。

 健輔たちに注目が集まり、ちょっとした人だかりが出来ている中を悠然と歩いてくる太陽のような女性。

 圧倒的な輝きでこの学園に君臨する最強の女性が混沌とした場を戦場へと変えてしまったのだ。


 ――健輔さん、昼食はまだですか? 良かったら、私と2人でこれをどうぞ。


 周囲の剣呑な空気など微塵も考慮しないどころか全力で殴りつけるおまけまでついてきた太陽の挨拶。

 世界ランク第1位『不滅の太陽』――九条桜香。

 優香の姉にして、世界最強の魔導師が己の目的を果たすために颯爽とやって来てしまったのだ。

 笑顔で固まる銀の女神。

 彼女にとっても、流石にこの乱入者は予想外だった。

 正確には、同じ日に同じ行動に出るとは思っていなかったというべきだろうか。

 ごく普通の弁当箱であるフィーネに対して、明らかに浮いている重箱。

 満面の笑みはそもそもライバルを視界に入れていない。

 温厚なフィーネもこの態度には流石に頭にきたのだろう。

 後は両者が弁当箱を突き出したまま、笑顔で健輔に微笑むという謎の構図が誕生した。


「健輔さん、早くしないと時間がきますよ」

「健輔さん、さ、広場にでも行きましょうか」


 突き付けられる2択。

 選べ、と差し出される選択肢と空気。

 普通の人間ならば胃痛になる状況だろうが、彼女たちが意識を向ける男性は最近は普通の定義からずれようとしていた。

 弁当を突き出される、ということよりも別のところで彼は引っ掛かりを覚えたのだ。


「どっちも断る。作ってくれるのは嬉しいが、こんな状況は流石に勘弁してくれ。後、選択肢の存在しない選択はあまり好きじゃない」


 あっさりとした態度で女神と太陽、双方の攻勢を受け流す。

 鍛えられた鋼の胃袋はこの程度ではもはや動揺することすらもあり得ない。


「ま、作ってくれたのは有り難い。皆で食べようぜ」


 健輔は女神たちの不興を買うことなど微塵も恐れていない。

 機微を察する能力も、女性に対する興味もある。

 しかし、それらが魔導戦闘に対する興味を超えない。

 メンタル小学生は伊達ではない。

 嫌な風に慣れてきてしまった男は、これくらいはよくあるな、と特に感慨もなくスルーしてしまったのだ。

 単純すぎる答えを前にして、固唾を飲んで見守っていた周囲の男たちが青筋を浮かべた。

 本題は、そこじゃないだろう。

 彼らの心が一瞬だが、確かに繋がった。

 心の中で泣いている男連中はともかくとして、断られた2人の内心にもいろいろと激しい変動が発生していた。


「……な、なるほど、あなたの為人が、もっとよくわかってきましたよ」


 ハッキリと要らないと断言された片割れ。

 フィーネはショックよりも自身の失策を悟っていた。

 健輔は女性を強く感じるような状況ならば押されることもあるが、通常は信じられないほどに空気を読まない男なのだ。

 弁当、という単語だけでは破壊力が足りなかった。

 原因は言うまでもないだろう。

 優香から朝ご飯を毎日貰っている奴が、今更弁当の1つや2つで怯むようなことはない。

 妙なところで進化を果たした男は美女の誘いを正面から両断していた。

 ダメ男レベルが上昇しているとも考えられるが、健輔のドヤ顔を見れば本人は成長していると思っているのは間違いないだろう。

 健輔の提案に乗るしかない、とフィーネが諦めようとした時、隣から諦めの悪い女が更なる攻勢に出ていた。

 

「――今回はそれでいいですが、次回は2人きりになってくれますかね? それでしたら今はそれで問題ないですよ」

「え……」

 

 隣から聞こえてきた声にフィーネは視線を横に向ける。

 断られたにも関わらず、さらに笑顔を深くした太陽が健輔に向けて一途に視線を投げ続けていた。

 プライベートで会うのは初めてに等しく、友人という訳ではないがあまりの変貌ぶりにフィーネも言葉を失ってしまう。

 桜香は手に持った弁当を健輔に食べてもらうために必死になっている。

 強制を相手が好まぬならば、とあっさりと方針を転換する柔軟さもそこにはあった。


「……次って、いつですか? と言うよりも、なんでそこまでして食べさせたいんです」

「ふふっ、一応、姉としては負けたくないということで納得して欲しいです。これで足りないなら、そちらの夏合宿お付き合いするのでも構わないですよ」

「……それって、ずるくないですか?」


 葵がアマテラスに提案していたのは、健輔も知っている。

 桜香は心情的なものと実利的なもので健輔を釣ろうとしていた。

 最初から今日は無理だと理解していたのだろう。

 フィーネよりも遥かに健輔、という存在への理解が深い。

 この好きなこと以外は目に入らない男に女を意識させるには段階を踏む必要があるとよく理解していた。


「ダメ、ですかね?」


 桜香は首を傾げて、少し下から覗き込むように健輔を見つめる。

 交渉術としては初歩の初歩だろう。

 最初に大きなことを言って、後でランクを下げる。

 ここに特典も付けてしまえば、心理的なハードルは大きく下がるだろう。

 後は瞳を潤ませて懇願してしまえば、


「ぐっ……わかりました。受け取らせていただきます」

「はいっ! 出来れば、で良いのですのでフィーネさんの分も受け取ってあげてくださいね」


 ちゃっかりと良い女アピールをしつつ、桜香は全身で喜びを表現していた。

 健輔も美女にここまで言われれば悪い気はせず、促されるままにフィーネに問いかけてきた。


「あー……フィーネさん?」

「……どうぞ。後、健輔さん、少しよろしいですか」


 上手く誘導されてしまった健輔にフィーネは満面の笑みで告げる。


「今度の勉強会。課題の量は倍にしますから」

「ちょっ……!?」

「自業自得ね。健輔、あなた悪女に狙われているわよ」

「……私、もっと頑張りますね」


 女性陣から微妙な発言に健輔は困ってしまい、親友に救いを求める。

 懇願の視線に対して、圭吾は親指を立て、イイ笑顔で断言した。

 

「健輔――君は、いつか死ぬと思うな」

「不吉なことを言うなよッ!?」


 狼狽える健輔の影で桜香は優香たちに悪戯めいた表情を浮かべ舌を出していた。

 女性として感情表現が豊かになった桜香。

 溢れる魅力は太陽の如し。

 新学期の始めはいろいろとあるだろう、と準備に専念していた最強のダークホースが動き出した。

 健輔の知らない裏の激闘。

 もう1つの戦場も、少しずつ変化を見せるのであった。






 周囲を騒がせた昼食が終わり健輔たちが授業に向かう中、2人の女性が正面から対峙する。

 彼女たちの名を知る者ならば、この展開に胸を高鳴らせる者もいるだろう。

 かつて欧州の頂点にいた者と現在世界の頂点にいる者。

 共に3強に名を連ねた魔導師たち、フィーネ・アルムスターと九条桜香の延長戦が静かに行われていた。

 

「お久しぶり、という挨拶で問題ないでしょうか? 不滅の太陽殿」

「ええ、記憶にはしっかりと残っていますよ。むしろ、最初はあなたか、皇帝と雌雄を決するものだと思っていましたので」

「なるほど、それは光栄ですね。あなたが他者を意識するとは、大きな成長です」

「あら、失礼ですね。こう見えても、普通の人間ですから。……恋の1つもするし、それほど逸脱しているつもりはないですよ」


 穏やかな空気とにこやかに微笑む2人の美女。

 タイプが違えど双方が衆目を集める極上の女性である。

 しかし、火花を散らせ合う彼女たちに話し掛けられるような勇者は此処にはいなかった。

 物理的な圧力さえも伴う視線と状態で垂れ流している魔力が、資格無き者が近寄ることすらも許さない防壁となっている。


「あなたが策、などというものを使うとは思いませんでした。基本、力押しがメインでしたよね?」

「ふふっ、いつまでも同じでは健輔さんに飽きられてしまうかもしれないですからね。女は化けるもの、でしょう?」


 言外に今までのデータなど通用しない、とフィーネに伝えているのだ。

 1人の男を巡る女の戦いでもあるが、同時に次の世界を見据えた頂上決戦の前哨戦でもあった。

 桜香が今日、わざわざ此処にやって来たのは健輔に弁当を渡すことだけではない。

 主目的であるのは間違いないのだが、本命はもう1つあった。

 女神と健輔が大学で何かをしているのは、情報提供があった故にしっかりと把握している。

 今回の行動は私もいるぞ、というアピールを兼ねた示威行動でもあった。


「化ける、ですか。……怖いですね」

「あら、あなたに言われたくはないですね。隠していても、わかりますよ。あなたも世界大会の時とは明らかに様子が違う」


 魔導は使えば使うほどに本人に馴染んでいく。

 そして、戦いが窮地にあればあるほどに進化していく。

 この原理に当て嵌めれば、世界大会で激戦を繰り広げた桜香、フィーネの両者は成長していないとおかしいだろう。

 彼女たちはまだ成長しきってはいないのだ。

 多くの魔導師にとっては中々に絶望的な事実はまだ世には漏れていない。

 

「……先ほどの言、確かでしょうか? 私たちがあなたたちに提案した合宿は『夏』のものです。こちらに参加していただける、と」


 桜香の言葉を否定も肯定もせずに、フィーネは話題の本題を切り出す。

 合宿に参加してもよい、と言った桜香の真意をはかるためにこの場を設けたのだ。

 桜香は薄く微笑んでから、婉曲な表現を用いて肯定の意を示した。


「健輔さんとの戦いに備えて、私は私の強化以外にも努めています。今度のアマテラスを去年と同じと思うと痛い目を見ますよ。隠し玉にするのもいいですけど、私はそんな勝ち方望んでいませんので。健輔さんもそんな王者には失望してしまうでしょう」


 今のアマテラスは完全に桜香の指揮下に存在している。

 彼女がイエスと言えば、何も問題はないのだ。

 フィーネが葵と共謀して企画していた夏の最後の訓練において、最適な相手だろう。

 意外なダークホースが潜んでいる可能性は確かに存在しているが、表に見えている最強を体感出来るのは悪くない。

 世界大会の前哨戦としては最高の始まりとなるはずだった。

 健輔の完成度もその頃にはある程度のレベルに達している。


「感謝します。ふふっ、これは中々に夏が楽しみですね。今までにない規模になりそうな予感です」

「私としても、チームメイトには良い機会ですからね。健輔さんへの手土産としても悪くはないですし、渡りに船、というやつです」


 桜香の言葉に嘘はなかった。

 彼女が1人、昨年度と同じように暴れ回るのは不可能ではない。

 バックスの解禁ですらも最強の魔導師には大して意味がないのだ。

 火力と応用性、なるほど確かに素晴らしい。

 しかし、桜香の固有能力の前には何も意味をなさなかった。

 純粋な魔力では絶対に傷つけられない彼女にとって、バックスの火力向上は脅威に成り得ない。

 戦術魔導陣の直撃ですらもダメージが存在しないのだ。

 全方位に死角なし。

 フィーネも同様のレベルにあるが、傾向としては防御よりの万能型である。

 彼女が桜香に勝てなかったのは同じレベルの火力型と防御型が戦った結果の相性の悪さがあった。

 単体の魔導師として桜香以上の完成度を誇る者は魔導の歴史に存在しない。

 強さでは辛うじて皇帝が上に立つのであろうが、彼くらいしか確実に上にいると断言出来ないのが、桜香の規格外さを示していた。

 

「あなただけでも、本来はとても厄介なのにあなたたちは更に強くなることを望んでいる、と?」

「わかり切った質問をしますね。私はあの人だけは、限界を超えてくると信じています。最高の状態で出迎えるのが、礼儀というものでしょう?」

「道理ですね。……まったく、本当に困った人です。変な人間ばかりを引っ掛けている」


 呆れたように溜息を吐く女神に桜香も苦笑を浮かべた。

 言いたいところは彼女も同じなのだ。

 よくも狙ったかのように面倒臭い者を惹きつける、と感心すらしていた。

 順当な結末を掻き乱す境界を定める者に2人の最強は様々な感情を抱いている。


「私も、あなたも、そして健輔さんも全員が魔導に惚れてしまった大バカ者たちです。似ているのは仕方ないでしょう」

「ふふ、そうですね。……不思議です。あなたとこうやって話すようになるとは1年前は思いもしませんでしたよ」

「同じですよ。こんなに人生が楽しくなるとは、私も思っていませんでした」


 才覚に優れ、他者を圧倒する両名は何とも言えない共感を感じてお互いを見つめ合う。

 接点などほとんどないのに、お互いの感情が手に取るように伝わって来ていた。

 

「意外と私たち、仲良くできそうですね」

「そうですね。曰く、恋敵ですが、同じ人が気になるのなら嫌いにはなれないですか。あの人ならば、仕方ないと思いたいですしね」

「ええ、そうですね」


 穏やかな春の日差しの中、女神と太陽はお互いを認め合った。

 激突はまだ遠く、今はまだ姿を見せない。

 しかし、異なる道筋が重なる時は必ずやって来るのだ。

 去年はなかった因縁の対決。

 清算の時がくると予感しながら、両者は手を結んだ。

 友情は激突からも生まれる。

 彼女たちはそれを教えてくれた男に倣って、お互いを高みに導くために最強の同盟を組む。

 健輔の知らないところで、危険な融合は始まっている。

 それは魔導に限った話ではないのだった。


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