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第19話『最高の環境』

 歓迎会から幾日も経ち、新入生の傾向というべきものを健輔たちも掴み始めていた。

 初見の印象に違わず、負けん気の強い朔夜。

 才能と努力に裏打ちされた自信のある振る舞いのササラ。

 腰が引けているように見えて、最後まで諦めない強かさのある嘉人。

 この3人については叩けば叩くだけ伸びると3年生も含めて、全員の見解が一致していた。

 健輔も同意するところではあるが、問題は残りの2人であろう。

 川田栞里。

 朔夜にピッタリと張り付く大人しそうな彼女と、大柄の体格にいかつい表情、時代が時代ならリーゼントもしてそうな大角海斗。

 彼らの教導では微妙に問題点が出てきていた。


「海斗くんは素直よ。目上には敬意を払ってくれるし、文句を言わずに指示には従う。でもね、だからこそ問題があると言うべきかも」


 学園から離れた商業エリアの一角。

 チェーン展開されているファミレスの中で、いつものメンバーが打ち合わせを行う。

 3年生の手も借りてはいるが、実際に育成を担当しているのは彼らなのだ。

 生の情報を突き合わせることの重要さは言うまでもないだろう。


「健輔の方こそ、栞里ちゃんはどうなのよ。あんたには敵意もありそうだしって理由で葵さんに駆り出されてたわよね?」

「ん? まあ、なんていうか。あいつは、桐嶋が絡んだ時だけ本気を出すというか、そんな感じの奴みたいでな。サボってはいないんだが、熱がない感じなのさ」


 言われたことはこなすが、熱量が足りないというのが健輔の感想である。

 真面目だが、後1歩何かが足りないのだ。

 両者は共に素直であり、反抗している訳ではない。

 しかし、行き過ぎた従順さもまた、自主性を尊ぶ魔導においては問題なのだ。


「大角くんの心配はないと思うよ。自分の弱さ、後は至らなさをしっかりと認識してる。後は育て方の問題だと思うけどね」

「そうね。私も同意見。香奈さんにも言ったけど、多分技術的なバックスじゃなくて、戦術的なバックスになる方向性で調整すると思うわ。カリキュラムもそっちに変更かな」


 戦闘魔導師にいろいろな種類や戦い方があるように、バックスにも同じような分け方が存在している。

 大きく分けてバックスは2通り。

 戦術的なバックスと、技術的なバックスである。

 彼らは頭が良い人物がなることが多いため、基本的に両者が同じ意味で語られることが多いのだが、実際には異なる部分も存在していた。

 戦術的なバックス、というのはマギノ・ゲーム――魔導戦闘が活発化してから誕生した概念である。

 魔導という技術をどのように用いるか、広義的意味ではそのように解釈されるバックスとなっており、代表的な魔導師は霧島武雄となっている。

 魔導を使うのが上手い魔導師と言えばわかりやすいだろうか。

 技術系と大きく区別するために、競技的な単語を用いているが実態としては多用途な魔導師たちと思えば問題はない。


「技術系は私と香奈さんで足りているから、彼にはそっちになって貰おうと思うんだ。歓迎会から判断するに、中々の目を持っているようだから最適だと考えているわ」

「初陣でフィーネさんを上手く使えたのはセンスがあるね。広い視野を持っていて、多角的に戦場を見られる。参謀にはちょうど良いと思うよ」

「後は経験があれば、一廉の将には成れるでしょう。葵さんが特攻することを考えたら、美咲や香奈さん以外の指揮者の存在は無駄にはなりません」


 海斗に対する賛辞の声。

 新入生の中で、最も力を発揮出来ていない存在だが、だからこそ可能性には溢れていた。

 先輩として、その力を発揮出来るように全力を尽くす必要がある。

 美咲たちは初めての仕事に手を抜くような人物ではない。

 苛烈であっても、優しさがある。

 身体に染み付いたクォークオブフェイトのやり方がそこにはあった。


「なるほどね。海斗には目途が立っている、となると、問題は川田の方だよな。ったく、変に賢くて、冷めている奴は面倒臭いよ」

「健輔がそこまで言うなんて珍しいね。彼女と戦って何かわかったことでもあるのかい?」

「あー……なんていうか、あいつは世界を冷めて見ているとか、大体そんな感じなのさ。自分だけが悲劇のヒロイン、みたいなよくわからんのが根本にある。見た目と違って1番重傷な奴だよ」


 朔夜は負けたことに対する悔しさはあれど、陰湿さは無縁である。

 彼女は負けても立ち上がり、再度目標に向かって邁進するだろう。

 対する栞里には何をしようにも熱量がないのだ。

 ある意味では桜香と似ていると言えるだろう。

 違うのは桜香が純粋に超越しているゆえに見えていなかったのに対して、彼女は自分で盲目になっているからこそ話がややこしくなるのだ。

 彼女の中の物差しは非常に短く、器も小さい。

 一言で言えば、栞里は思い込みが激しいタイプなのである。

 ここまでだけだと貶しているようにも聞こえるが、健輔としては感心している部分もあるのだ。

 外界を頑なに拒む頑固さと雑音を耳に入れない集中力には脱帽しているし、葵と接触しても揺るがない自我には興味があった。

 

「まあ、大体の人となりはわかったさ。クォークオブフェイトであいつを矯正させれそうなのはいないから、今度の合宿に期待することにするさ」

「ふーん……随分とあっさりと引くのね? あなたならもうちょっと押し込むと思ってたのに」


 美咲の訝しがる視線に苦笑しつつ、健輔は自信を持って返答した。


「何、これも戦術の1つだよ。押してダメなら引いてみろってね」

「うわぁ、嫌な顔……」

「鬼畜の顔だね。健輔、警察に連行されないように気を付けてよ」

「わ、私はかっこいいと思いますよ」


 散々な評価に健輔は落ち込んだ様子を見せる。

 図太いように見えて割と繊細な部分も多い、という非常に面倒臭い男は熱い信頼をぶつけてくれる同級生に表情を引き攣らせた。


「……いいよ、いいよ。どうせ、俺はそんな扱いですよ」

「ぷ、ぷははははははっ! 何よ、あなたが拗ねちゃうの?」

「健輔、別に可愛くないからやめた方がいいと思うよ」


 拗ねた様子に美咲が噴き出す。

 圭吾のあんまりな言葉に青筋を浮かべて、健輔は明日の練習でボコボコにすることを誓う。

 真剣な空気は霧散して、学生らしいテンションで彼らはいつも通りを過ごす。

 上と下に挟まれた世代として、去年とは違う部分もあるが変わらない部分もある。

 健輔たちらしい在り方で、新しい戦いに臨むのであった。






 熱がない。

 川田栞里は自分がそういう人間だと理解していた。

 別に感情がない訳でも、何かの病気であるとか、そういう特殊な事情がある訳ではない。

 実家は道場を持つ現代には珍しい大家族。

 多少放任ではあったかもしれないが、大きな父と強い母に立派に育ててもらったと彼女は思っている。

 感謝もあるし、尊敬もある。

 正しいことは好きだし、悪いことはダメだという倫理観もしっかりと備わっていた。

 男の兄弟に混じって遊んでいたので、荒事は苦手だが出来ないこともない。

 つまるところ、栞里にとって天祥学園は非常に生きやすい場所であるという結論が出る。

 

「……はぁぁ、どうしようかなぁ」


 率直に言えば、彼女は熱くなるのに特殊な条件が必要なのだ。

 大切な人、好きな人のことになると途端にリミッターが外れてしまう。

 逆に言えば、それ以外で彼女が熱くなることはほとんどない。

 この学園まで付き合ってきた衝動。

 既に15年の付き合いであるがゆえに、特に何かを想うことはないが、最近になって悩みが湧きあがって来ていた。


「どうしたのよ? 栞里が溜息なんて珍しい」

「う、うん……ちょっとね。今日の練習で、思うところがあって」


 親友に嘘を吐くことに胸が痛む。

 自分が素直に吐き出せない熱を自然に吐き出して、惹きつけてくれる大切な友達。

 彼女との出会いを栞里は奇跡だと信じており、それはこれからも変わらないだろう。

 他の誰かではなく、真っ赤に燃える朔夜に憧れたのだ。

 自分もこのようになりたい、と。

 朔夜が魔導師を進路に選んだ時も、悩まずについて来たのはこれが理由である。

 無論、そのことに後悔はないし、悩みはそことは関係がない。

 彼女を悩ます頭痛の種、それは最近になって広がった人間関係にあった。


「藤田葵、さんでしょう? 何よ、不満でもあるの?」

「ううん、それは、ないんだけど……」

「煮え切らないわね。佐藤先輩みたいにあの手この手で、ボコボコにしてくる相手よりも受け止めた後にボコボコにしてくれる先輩だから遣り甲斐はあるじゃない」


 朔夜の言うことは大筋間違っていない。

 藤田葵という女性は、目の前の親友とよく似たタイプだろう。

 正道を好み、自分の力で踏破することを何よりも誇りとしている。

 嫌いではないのだ。

 むしろ、感情としては逆に好意を抱いている。

 最初は朔夜が理由でこの学園にやって来たが、ここで出会った人は全員何かしらの熱を抱えていた。

 劣等感などよりも最初に湧き出たのは、感嘆の想いである。

 自分に出来ないことを呼吸のようにやっている姿は、栞里からすれば偉人の技にしか見えない。

 朔夜をボコボコにした挙句、自分の内面を見透かすようなことを言ってきた健輔だけは苦手の方が際立つが、それでも嫌いではなかった。

 良い環境、素晴らしい先輩。

 不満などは微塵も存在していない。

 

「遣り甲斐はあるんだ……。ちょ、ちょっと、伸び悩んでるだけだから、その、気にしないで」

「ふーん。そんな、伸びに悩むような時期じゃないわよ。非常に、非常に腹立たしいことだけど、佐藤先輩の言う通り、私たちは未熟だもの」

「そ、そうかな。……だったら、良いんだけど」


 また嘘を重ねてしまう。

 熱がないのだから、栞里は他者の評価を本質的には気にしていない。

 マイペースな彼女の在り方はそうやって育んできたものだった。

 彼女を悩ます原因は単純である。

 これまでの付き合いで、彼女が羨ましく輝かしいと思ったのは朔夜だけだった。

 だからこそ、表面化しなかったのだ。

 複数人を、羨望の対象とした時にどうなるのか。

 輝かしき先輩、素晴らしい先輩、光が強くなるほどに憧れは強くなる。

 栞里はそれが後ろめたかった。

 少女らしい潔癖と言えば、それで終わってしまう話ではあるだろう。

 羨望の対象を簡単に増やすことへの後ろめたさ。

 何処かずれた悩みで、少女は今日も本質に目を向けない。


「ほら、あんまり落ち込んでないでいこうよ」

「う、うん! 今日も、その……頑張ろうね!」

「勿論。あなたにも、私は負けないからね!」

「……そう、だね。私も頑張るよ」


 人付き合いが上手くないからこそ、少女は悩みに足を取られてしまう。

 親友にはなんとか隠し通したい。

 出所不明の不安を胸に、栞里も日常に適合していく。

 周囲が輝くほどに、惨めになる心を必死に隠して、前を進む振りを続けるであった。






 微妙に不服そうな男と、勝気な瞳をした小柄な少女が対峙する。


「先輩、微妙に不機嫌なのは、ちょっとやり辛いんですけど。さっきの話、そんなにイライラすることでしたか?」

「……す、すまん。いや、ちょっと昨日いろいろと理不尽な評価に晒されたばかりでな。記憶がフラッシュバックするというか。まあ、相談内容は理解した。なんで俺を選んだのかはさっぱりわからないけど」

「なんとなくです。佐藤先輩って、こういうの得意そうですから」


 放課後の練習。

 いつものようにぶつかり、いつものように粉砕された朔夜は不機嫌な表情のままに先輩へと親友の様子を報告していた。

 熱くなりやすそうに見えて、冷静な計算も得意なのがこの桐嶋朔夜という少女である。

 健輔へのリベンジは誓っているが、普段の関係は案外良好なものだった。

 両者が共に陰湿さとは無縁なのが大きいだろう。

 負けた、ならば次は勝とう。

 単純に完結している心の動きは、シンプルだからこそ強固であった。


「ま、いろいろと複雑なんだろうさ。俺にもよくわからんが、あの年頃はいろいろと大事にしたがるものなんだろう?」

「なんで自身のご意見なのに、他人事みたいなんですか。後、私に聞かないでください」

「他人事だからだよ。悩みなんて、意外と大したことないものさ。重要なのは如何に切り替えるか、それだけだろうて」


 心の中で朔夜は健輔はあらん限りの罵声を浴びせる。

 非常に認めたくないことだが、目の前の男性は極めて優秀な存在だった。

 朔夜との戦績は彼女が全敗している。

 万能系という多彩な能力もそうだが、操り手である健輔のセンスが本当に厄介なのだ。

 朔夜は過去の戦闘の資料なども必死に集めて、健輔の攻略法を探しているが、進捗はハッキリと言えば悪かった。

 

「バッサリと斬るんだったら、今後相談しませんよ」

「あー、それは困るな。わかったよ。たくっ、川田はちょっと後ろめたいだけさ。ほら、あるだろう、今までの流行から新しい流行にのる、というかさ。まあ、そこは本質じゃないんだけどな」

「……なるほど。というか、本質じゃない、ですか?」

「本当は他にもあるのに、1番大事なところが見えてないからな。あいつは真面目だけど、真剣じゃない。最大の問題はそこだろうさ」


 栞里に対するコメントに朔夜は内心での罵倒をさらに加速させた。

 腹が立つしかないぐらいに、他者の心の動きを読み切っている。

 資料を集めて知ったのは、この男に有効な対処方法が圧倒的な力押ししか存在しないことだった。

 攻略法らしい攻略法が皆無。

 たった1つ確かな普遍的な対応が力押し、というふざけた結果が出た時に朔夜が盛大に口汚い言葉を発したのは仕方がないことだろう。

 全方位において無欠。

 ただパワー不足、というのが万能系の評価であり、バックスとしての方が役に立つというのは間違いないだろう。

 しかし、たった1人の例外が此処に居た。

 佐藤健輔。

 正面の先輩の厄介なところは、能力以上にセンス、という無形の才能である。

 戦い方に型がない。

 敵の能力を活用する、というのが常道ではあるが、別にそれに縛られる必要はないのだ。

 もしかしたら、別の新しい切り札があるかもしれない、いや、あるのだろう。

 心に不安を生み出し、絶妙にそこを突き崩す。

 女神が多彩さで負けて、皇帝が力で圧しきれず、太陽ですらも恋という熱量でなんとか押し切っただけなのだ。

 朔夜に桜香が健輔に勝てた理由の具体的なところはわからずとも、ハッキリとしていることがある。

 太陽クラスの才能でも何も考えない力押しでは勝てないのだ。

 目立たないが、間違いなく怪物級の魔導師である。


「……ほんと、このチームは化け物だらけね」

「安心しろ、他のチームも似たようなもんだよ」

「……聞こえてましたか」

「そりゃあね。何を考えているかは知らないが、ま、その目は嫌いじゃないよ。これからも精進したまえ」


 余裕を見せる先輩に内心で闘志を燃やし続ける。

 栞里の悩みは自分がどうこうする必要はなさそうなのだ。

 だったら、朔夜がやるのは今まで通り変わらなくて良い。

 前進して、障害を越えて行く。

 今までも、これからも彼女の在り方は変わらない。

 新入生で唯一人、精神的な完成度において群を抜く女傑は目の前のライバルを睨みつける。


「私、このまま負けっぱなしで終わるつもりはないですからね」

「ああ、望むところだよ」


 日常となった宣戦布告。

 相手を超えたいと願っているからこそ、毎日のように彼女は欠かさない。

 今までは闇雲に上を目指してきたが、彼女にも明確な目標が生まれた。


「私は、絶対にあなたを超えてみせます」

「ハッ、楽しみにしてるさ」


 燃え上がる朔夜は溢れる闘志のままに、健輔へ思いをぶつける。

 受け取る男も不敵に笑い返す。

 似た者同士、同系統の存在はお互いに必勝を誓って、今日も練習に精を出すのであった。


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