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第209話『ステージ変化』

「健輔さんが悩んでいる? それはまた珍しいこともあるものですね」


 美咲の相談に対しての開口一番の返答が、こうなっている辺りに周辺から見た健輔像というものがよく見える。

 ああ見えて、意外と苦悩を抱えているのだが、傍から見る分にはそうも見えないというのは美咲も感じているところではあった。


「結構、真面目な相談のつもりなんですけど、フィーネさん」

「私も真面目に返答したつもりですよ。だって、健輔さんは女性みたいな迷い方をするタイプですからね」

「答え在りきで相談するところ、ということでしょう? そうじゃなくて、今回はかなり迷ってそうだから、方向性くらいは、って思ったんです」


 フィーネの言わんとするところはわかるが、今回の悩みはいろいろと複雑な要因のせいで、わかりにくい形になっている。

 健輔が安易な選択をしないように美咲は注視する必要があるのだ。

 自らの懸念を現時点でハッキリと形にしておきたい。

 そのためには先達に聞くのが1番だと判断したからこその問い。

 この女神、と呼ばれた女性は健輔と能力の傾向が非常に良く似ている。

 自らの美学に沿って、戦闘に臨むところなども含めて、性格的な一致を見逃すことはなかった。


「なるほど、道を誤らないように、ですか。優しいパートナーですね。同時期に同じように接していたはずなのに、優香にはない発想で非常に興味深いと思います」

「あの子は、健輔をとても信頼してますから。戦闘では、その信頼が武器になるということだと思います」

「関わり方の違いが、違う関係性を築かせる。道理ですね。ふふ、そんな目をしないでください。ちゃっと相談には乗りますよ。何と言っても、私はコーチですから」

「指導者らしい活躍、期待してますよ」


 今まで、どちらかと言えば、戦力としての活用ばかりで女神が持つ経験という分野を上手く活かせていたとは言い難い。

 チーム全体が順調だったからこそ、なのであるが美咲としてはなんとも言葉にできない気持ち悪さは感じていた。

 葵を含めて、先輩たちが優秀だからこその結果なのであろうが、これほどチームの運営というのは楽なのか。

 口には出したことのない不安。

 健輔の唐突とも言える迷いは、何やらよろしくないものを纏っているように美咲には見えていた。


「そうねぇ。まあ、端的に言うと迷う必要がないから、迷っているんだと思うわよ。時期が時期だし、健輔さんにもそういう時がきたんでしょうね」

「迷う、必要がないから……」

「うん。健輔さんは多分だけど、私よりも遥かに面倒な壁の当たり方をすると思うよ。あの能力、あの強さ、あの機転。どれをとっても、戦闘者としては1流だからね。だからこそ、あの子の挫折は私と同じようなことになると思うな」


 微笑むフィーネの表情に影はない。

 かつての悩みも、挫折もあってこその今の自分。

 振り返って思うのは、苦しかったゆえに我武者羅だった日々の事。

 

「私に話を聞いた後は、他の2人にも聞いてみると良いと思う。きっと、違う問題を抱えていたと思うから。根本の部分はそっくりだと思うけどね」


 穏やかに微笑む瞳の奥に芯の強さが見える。

 共にいると忘れそうになるが、かつて3強とも呼ばれた人物。

 簡単に奥底の部分まで見通せるほどに甘い人ではない。

 このチームにやって来た理由から考えても、この人はまだ強くなるつもりなのだ。

 決して、競技者として降りた訳でもなければ、諦観してもいない。


「わかりました。では、その……」

「うん、健輔さんが妙に悩んでいるのは、美咲ちゃんの直感が当たってると思うよ。樹超すぎるからこその不安。進み続けてきた弊害、やつかな」


 諦めない。

 前に進む。

 進歩する。

 意味合いは全て似ていて、褒められるべき性質。

 しかし、全ての物事には表裏があり、健輔の進み続けるという意思にも当然のように陥穽は存在している。

 挑戦者から勝ち上がったからこその焦燥とも言うべきもの。

 勝ちたいと進み、実際に勝ち上がった。

 勝利の果てに望んだステージに立った。

 そう、立ってしまったのだ。

 ステージが変わってしまったゆえに攻略方法は様変わりして、挑戦者という攻める立場から王者という守るべき立場を意識する必要が出てくる。

 理解はしていても実感というのは難しいもので、如何なる天才であっても経験がなくば対処できないことというのは往々にして存在しているのだ。

 凡人たる健輔には言うに及ばずである。


「気にしていないように見えても気にしてるのね。このお祭りでその辺りの事を割り切れたらいんだけど」

「割り切るん、ですか? 健輔は確かに強くなって、去年とは立場が違いますけど、成長のために努力を続けるのは悪くないことですよね?」

「ええ、その部分は何も問題ないわよ。ただ、あの人もそろそろ理解すべきことがあると言うだけの話です」

「理解すべきこと?」


 思い当たることは何もない。

 健輔が妙に焦っている、いや、焦っていることに自覚もない様子だったのが、美咲の違和感の始まりである。

 美咲とは違い、正体を含めてきっちりと原因を見抜いているフィーネとの間にある程度の温度差があるのは当然であった。

 何よりもこの感覚は知っていないと理解できない。

 追い上げられる恐怖、そして何よりも、


「いつまでも、どこまでも。まあ、言葉にするのは簡単だけど」


 何事も限界はある。

 同じことを続けることは、不可能なのだ。

 仮に万能であったとしても。






「うへ、へへへへ。桜香さん、綺麗だな……」

「涎を垂らしながらのセリフだと、美少女顔も逆に残念だな」


 アマテラスに所属する1年生。

 笹川真里は至高の時間に、つい汚い笑いを零してしまう。

 お祭りを桜香と、おまけで友人2人と見て回る。

 2人っきりでないのは不満であるが、こうして競技以外で関係できるだけでも大きな前進であり、素晴らしいことであること思っていた。


「えーと、俊哉くん、もうちょっとオブラートに包んであげた方がいいと思うんだけど」

「オブラートに包むとこいつには通用しない」

「えへへへへ、桜香さん、はぁ、はぁ……」

「ほらな?」

「う、うーん、真里ちゃん、お願いだから少しは隠して欲しいかな」


 友人のあんまりな姿に同じアマテラス所属の1年生、大隈杏は苦笑するしかない。

 桜香の引率でこの学園の文化祭の案内を受けているのだが、全く話が頭の中に入ってこない。

 

「だってぇ、桜香さんの後ろ姿が本当に素敵で、ああ、もうっ」


 キラキラした瞳は恋する乙女のようで。

 真里の口からは桜香を賛美する言葉が次から次へと出てくる。

 友人のマシンガントークに、今度こそ2人は閉口するしかなかった。

 もっとも、双方が抱く感情には大きな差異が存在していたが。

 俊哉はまただよ、という表情で。

 杏は友人の人間らしい面にある種の安心を覚えて。

 

「真里ちゃんは、何と言うかこれさえなければ、だね」

「ふん、これがなくても別の方向でダメだろうさ」


 成績優秀、容姿端麗。

 品行方正まで付けば、凡そ非の付け所のない優等生である。

 桜香の後継者とチーム内でのみであるが、呼ぶ者が出てくる程度にはスペックが際立っていた。

 何よりも、尊敬の念からか、いろいろな部分で桜香を真似ている。

 髪型、果ては服の趣味なども含めて。

 桜香が嫌がっていないからこそ、問題になっていないが、普通に考えて引くレベルで傾倒しているのが真里であった。


「桜香さんほど、人間が出来てない奴だしな、こいつは」

「もう、そんな言い方がダメだよ。真里ちゃんは、そのちょっと独特なだけだから」

「俺ら以外に友達いないじゃん。桜香さんほどに飛び抜けている訳ではないんだから、もうちょっとなんとかしないとダメだろ」

「それは、そうかもね」


 なんだかんだで、友人と認めている。

 だからこその苦言である杏もわかっているからこそ、強くは諌めないのだ。

 こういう人も1人ぐらいは周りにいるべきだ。

 まだ半年も経っていないが、新しい学園生活の中で杏も優しいだけではいけない事に気がついている。


「もう、隣で好き放題に言ってくれるわね。私だって、公共の場でのマナーくらいは気を遣うわよ」

「マナーの話じゃなくて、お前さんの生き方の話だ」

「それこそ、迷惑はかけないわよ。周辺との付き合い方はその内になんとかするから、とりあえずは許して欲しい、ってところかしら」

「おっ、改善するつもりはあるのか?」


 俊哉の問いに、真里は少しだけ表情を引き締める。


「だって、桜香さんの迷惑になるもの。最終的に、ね」

「結局はそこか。まあ、別にいいけどさ」

「目的はなんであれ、世の中に迎合するつもりだから、安心してよね。じゃないと、私が来年、チームを指揮できないし」


 ぽろっと飛び出た言葉。

 しかし、俊哉は当然のものとして受け入れた。

 アマテラスは才能あるものを上に置くべきであるし、そうしていく。

 方針として既に固まっている。

 少なくとも、次代の彼らの中では。


「今年に勝つつもりだけど、それと来年の事を考えないのは別の話だしね」

「来年こそは、必勝を期す。ってことか」

「勿論。当然、あの人にもね」


 桜香を尊敬している。

 桜香は最高である。

 桜香の傍で、あの人のように輝きたい。

 憧れ、願望、いろいろなものが混じった真里の願望は本人も方向性が定まっていない。

 しかし、ある部分だけはハッキリと断言できた。


「桜香さんに勝利する。つまりは、上に立つと言う部分だけは私には存在していない。でも、あの人を倒せば間接的に達成できるわけよ」

「まあ、大分歪んだ話だけどな」

「でも、真里ちゃんらしい気もします」

「でしょでしょ! だから、今年の間に丸裸にしちゃうつもりよ。万能だって、限界もあれば、上限もあるもの」


 成長、変化。

 これらの言葉は常に良い意味という訳ではないだろう。

 どこまでも前進し、どこまでも昇りつめる。

 言葉にすれば簡単であるが、実行するのは正しく果てしない話になる。

 

「佐藤健輔は完成が近い。そして、完成して、上に至った時こそ――」


 頂点に至った瞬間こそが、


「――後は落ちるだけ、ってね。あの人が桜香さんに対して、そうであったように」


 今度は笹川真里が、佐藤健輔にとっての死神となる。

 因果は巡る。

 最強を討ち果たした万能が、今度は次代の最高を目指すものに狙いを付けられる。

 上にいけば、そして至ってしまえば後は落ちるだけ。

 成長、挫折、そして再起。

 桜香も逃れられなかったサイクルが、今度は健輔に牙を剥ける。


「今は勉強、勉強。本番で100回の内、1回を掴み取るためにね」

「先輩に、今年こそは栄光を」

「私たちに、来年こそは栄冠を」


 静かに動く最強チーム。

 ふわふわとしていた核は、次代のメンバーが刃へと研ぎ澄ます。

 間に合わないかもしれない。

 しかし、研いだ結果はいつか必ず成果となる。

 その事を教えてくれた相手に対して、最高の返礼をすべき小さな太陽たちの奮闘は既に始まっている。

 最後の休息、本番前であるゆえの静かなな熱量はある意味では本番を超えている。

 その事に気付いているものは、まだ多くはないのであった。


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