第208話『NEXTステージ』
祭りは準備が楽しいもので、始まってしまえば日常と大差がない。
そんな風に思うのは、如何なのだろうか。
新時代に思いを馳せてから、次の日になり、まだ心はあの時の疑問を消化しようと努めている。
強くなるためのヒントになる、と思い、事実として圭吾にとってはヒントになったであろう今後の学校側の方針。
理屈は理解したし、筋も通っている。
健輔にとっても悪くないものの、はずなのだったが。
「しっくりとしないんだよな……」
考えれば考えるほどに、自分はそこからずれているように感じてしまう。
この違和感は1人では解消することは不可能だろう。
そんな結論に至るのは、とても自然であり、そんな時の相談相手というのは健輔の中では決まっていた。
「一緒に祭りを見て回って、出てくるのが昨日の感想。本当に女心とかに対する配慮がないわね。はぁぁ、これでエースなんだから世も末って感じかな」
「いやいや、そこまで言わんでも」
「四六時中、強さに関することしか頭にないって、凄く気持ち悪いわよ。そろそろ余裕を持ちなさいよね。まったく、悩みっていうから心配してあげたのに。全然、大したことじゃないとか」
困った時の神頼みならぬ、美咲頼り。
いつだって健輔のプランを形にしてきた女性に真剣な表情を悩みを明かして、戻ってきた返事がこれである。
健輔としては結構、深刻な悩みだったのだが、美咲には軽い事らしい。
自分の求めていたリアクションでないことに、僅かばかりの不満を覗かせながら、健輔は美咲の意見へと耳を傾ける。
「気持ち悪いって……。俺だって、普通に傷つくんだからな」
「大丈夫でしょう? あなたのメンタルって、セーブ&ロードができるもの。明日には全盛期に戻ってるわよ」
「セーブ&ロード……どういう表現だよ」
「そのままの意味よ。時間を巻き戻すレベルで、精神ダメージを受けない。細かいことを気にしない。重要なことだけ残しておくから、他の事は些末な事として処理されてしまう」
言わんとすることはわかっても、健輔には実感がない。
力強く断言する美咲には、何かしらの根拠があるのか。
どちらかと言うとそっちの方が気になるぐらいであった。
「根拠とかはあるのか?」
「ないわよ。印象ってだけかな」
「酷い話もあったもんだな。もうちょい友人は労わってくれよ……」
「労わってるから話も聞いているじゃない。オブラートに包んでも意味がないから、ハッキリと言っているだけよ」
最近、自分の扱いがどんどんと雑になっている気がする。
美咲が健輔という人間を理解したからこその扱いなのは理解していたが、去年の御淑やかな美咲が懐かしくも思えた。
「それに、昨日のメンバーはよくも悪くもあなたを肯定するメンバーだからね。私ぐらいは否定的に言ってあげた方がいいでしょう?」
「いや、尋ねられても……」
呆れたように溜息を吐いてから、美咲はきちんとした理由を並べる。
「圭吾くんにとっては重要。同じようにクラウディアにとっても重要。優香ちゃんにもきっと何か意味はある」
「あん?」
「でも、あなたにだけはあまり意味がないようにも感じるのよねー」
「ふむふむ、その心は?」
何かを考えるように瞳を閉じた。
優香のような飛び抜けた美人という訳ではないが、美咲も美咲で美人である。
何をしても絵になるな、と少し場違いな思いを抱いた。
「結局のところ、学園の方針に沿ったところで生まれるのは平均的な魔導師、というだけだと思うわ」
「……なるほどね。確かに、その言葉には説得力がある」
「でしょう? 圭吾くんには必要だと思う。だって、戦闘に耐えられるだけの基礎はあるけど、それと魔導師としての完成度は別だもの」
魔導師としての完成度と戦闘に耐えられる魔導師。
似ているようで異なる表現であったが、言わんとすることはわかる。
「圭吾にはまだ伸び代がある?」
「伸び代というか、方向性の問題かな。ある意味では文系と理系を選択する、みたいな感じだと思うよ。今の魔導って、カテゴリーは決まっているけど、その中での細かい分野とかはまだまだ分類中だからね。当然、教育もその影響は受けるかな」
魔導戦闘は全般的に様々な分野を伸ばせる。
これは事実であり、嘘ではないのだが、だからと言って全ての生徒にとって最適な教え方という訳でもなかった。
理屈よりも身体で、というのが健輔ならば圭吾などは理屈を求めるタイプである。
美咲のように理論が完全に先行するほどでもなく、かといって身体を動かすのもそこまで本能的ではない。
正しい意味で平均的な人材へのアプローチは昔から求められていた。
「ようやく、それらの整備が見えてきて、結果として自由型はそちらに強いアプローチをするようになったんでしょうね」
「なるほどな。でも、それだったら俺にも意味はあるだろう? 理論を覚えることが無駄だとは思わないんだが」
「まあ、言いたい事は私にもわかるわよ。基本というのは、いろいろと洗練されたものになるでしょうし、健輔の戦いに取り込めないか、っていうのは当然の疑問だと思う」
「我流こそが至高、なんて言うつもりは俺にはないしな」
己の分、というのは弁えている。
1つのジャンルを完成させるほどに出鱈目な才能を健輔は持っていない。
諦めないこと、そして思考すること自信はあっても、そういった飛び抜けた素質などは優香が持つ分野であり、健輔が持つものではないのだ。
「そこよ、そこ。境界が曖昧だけど、あなたが使う魔導って、今の時点で我流なの?」
「あん? それってどういう意味だよ」
「そのままの意味よ。我流と、オリジナルのスタイル。似ているようで遠いでしょう? 佐藤健輔は基本をしっかりと固めている。その上で、今のバトルスタイルを手に入れた。それが私の解釈なんだけど、あなたは違うのかしら?」
「いや、違っている訳ではないけどさ……」
真剣な瞳で見上げられて、言葉に詰まる。
己を過剰に持ち上げるつもりもないが、あまりに下げるつもりもない。
この辺りの按配は健輔が気を付けてきたことである。
「でしょ? じゃあ、基礎を学び直すって、なんでなのかなって」
「そりゃあ、学校の新しい方針の学びだしな。マイナスにはならないだろう?」
「私が其処が疑問かな。あなたが積み上げたものが、今更、全体に対しての基本で見直すことになるとは思わない」
きっぱりと美咲は言い切る。
学校に迎合する必要など、もはや佐藤健輔には必要ないのだ、と。
「必要ないって……いや、でもさ」
「不安なのはわかるけどね。でも、時には取り入れない、って決断もそろそろ必要なんじゃないかなって思うよ」
どこまで貪欲に。
全てを取り込み、進化する。
それこそが健輔の強みで、同時にこれからは弱みとなる部分ではないだろうか。誰よりも傍で理論的に健輔を観察したからこそ、美咲は1つの限界を感じている。
「根拠ってほどでもないんだけどね。でも、新しい学校の方針はあまり健輔のためにはならないと私は思っているのは覚えておいて」
「それは、まあ、お前が言うのならば覚えておくけどさ」
美咲がこれほど強く断言するのならば、その可能性も考慮はする。
元々、健輔もしっくりと来ない部分はあったのだ。
今までならば迷わずに取り込んだであろう、新しい技術や可能性に初めて抱いたといってよい懐疑的な思い。
万能系たる自分が取り込めないかもしれない、と思った事も事実ではある。
そして、美咲が似たような感想を抱いたことはきっと偶然ではないだろう。
双方が特に根拠はないが、何やら似た傾向の考えをしている。
「お前の考えはわかった。悪いな、急な話で。参考になったよ」
「別にいいわよ。文化祭を一緒に回るんだし、予行演習だと思っておくわ。あなたはこの後はどうするの?」
「相談の旅、かな。強さには目がないので」
「そ。じゃあ、いろいろと意見を聞いて、纏めてからまた相談してちょうだい」
「そうするわ。じゃあ、また後で」
健輔は返事を聞かずに手を振って、その場を去る。
頭にあるのは、非常に珍しい思いへの問いのみであり、後ろから刺さっている視線についてはまったく気付いていない。
「ああいうところは、全然変わらないのよね」
とても健輔らしい後ろ姿に溜息を吐いて、丸山美咲は新しい目的地に向かうのであった。




