第207話『言葉の解釈』
「結論から言えば、学園の教育方針は万能型になっていく、ってことなんだろうな」
「教育方針からすると、それは当然だろうね。学校という場は平均的に、そして公平に教育の機会が与えられる場だからね」
学園祭から少し離れて、4人が互いに意見を交わす。
落ち着ける場所、いつもの部室で休憩がてらお互いの想いを語り合う。
「実際、健輔さんだったら、全ての障害物を超えるのぐらい簡単でしょうしね」
「特化型はあの次世代型レース魔導だと、居場所は限られるだろうね」
「さっきから相槌ばっかりだけど、圭吾。お前さんの意見はどうなんだよ。あれだけ煽ったんだから、何かあるんだろう」
「どうだろうね。個人的には、健輔の意見がそのまま正しいと思うよ」
「おい、それって……」
厳しい視線を送り、ふざけるな、という意思を伝える。
在り来たりな意味での悟りは健輔も得られているが、万能である健輔では体感できないことがあった。
特化型に対しての思いはあれど、真実の意味での特化型ではない健輔ではわからないと踏んでの問いだったのだが、
「どれだけ問われても同じ答えになるよ。そうだね。あえて言うならば、健輔にしては些か言葉の意味に囚われすぎてないかい? ことぐらいかな」
「言葉の意味? それって、どういう意味だよ」
不服そうに健輔が声を上げるが、代わりに答えを齎す存在が此処にいた。
「万能、とは一体なんなのか、ということでしょう?」
嫋やかに微笑む姿は女性らしい柔らかさを存分に含んでいたが、瞳の鋭さは彼女の2つ名を体現するかのように鋭い。
「流石はクラウディアさんだね」
「健輔さんが理解し難いのは、想像できる範疇ですから」
「はあ? 何か頓智みたいな話になっているけど、どういうことだよ」
「佐藤健輔という魔導師は学校のカリキュラムに沿うような万能な魔導師なのかな? 君って、そんな優等生だったっけ?」
「えっ……、いや、まあ……うん、違うと思うけど」
「……なるほど、お二人のおっしゃる万能の意味とはそういうことですか」
得心する優香に、2人は微笑んでから頷いた。
健輔は1人だけ微妙に距離感を感じる状況に焦りつつ、必死に思考を巡らせる。
自分が優等生でないことなどはハッキリとしているが、それと圭吾の話の繋がりが見えない。
万能という言葉の意味を考えろ。
その部分に意識を集中させて、
「あっ……そうか、俺の真似とかできないのか」
あっさりと答えに辿り着く。
魔導の学び舎という学園で1人の生徒しか達成できないような教育モデルを次世代に置くはずがない。
つまり、学園が想定するこれからの万能と健輔の万能は全くの別物なのであった。
「考えれば単純だけどね。そもそも、規格外の人材なんか対応範囲にないさ。ルールを作る時に例外を基準にしたら恐ろしいことなるよ」
「例外がルールを変えることはありますけど、それがスタンダードにはなりませんよね」
他のスポーツでもそうであろうが、一部の規格外がルールを変えてしまうほどの活躍することはあるだろう。
一部の活躍を強く推奨している魔導競技においても、当然のようにこれは当て嵌まる。
しかし、新しいルールにおいて規格外を基準にするなどあり得ないというのも当然のことであった。
健輔を基準に万能を考えるというのは、皇帝に基準に特化型を考えるというぐらいの暴論である。
頂点に近くなれば、特化であろうが万能であろうが、化け物であることに相違など存在せず、一般人は粉砕されるしかない。
「新しいルールから見えてくるのは、今の平均を学校がどのように捉えているのか、ということでね」
「ルールの基準、つまりは能力値の基準ということですね。つまるところ、私や優香、そして圭吾さんは学校側の想定の範囲内の能力で」
「健輔は見事に外にはみ出している、ということだろうね。いろいろな意味で」
「確かに、俺では気付かないな。つまり、学校からのメッセージでもあるって訳か」
「自由型を単体でどうにかするようなのは、エースだよ、ってことだね。それも超級のさ。わかりやすい基準ではあるよね」
言われてみれば、超級のエースは何らかの形で自己完結しているタイプが多い。
逆を言えば、1人で完結する強さを備えているのがエースとも言えるだろう。
健輔は変則的ではあるが、条件を満たしていると言えなくもなかった。
「皇帝、女神、太陽。3強は言うに及ばず」
「優香も、後は俺もか。なるほど、確かに去年のあの3人が如何に怪物だったのかがよくわかるよ」
「数の上では似ていても、内実がね。一切の過不足なく、自己完結している3人と、何かしらの条件を含めた3人ではね。繰り上がり的に順位が上がったのも今年は多いから」
「レオナさんは優秀ですが、秀才と言うレベルですし、評価としては妥当なところでしょうしね。自己完結、確かに魔導師としては1つの基準となるべき高みです」
かつてのランカーを並べてみると、1人で完結しているという部分があるのは、ハッキリと見受けられた。
健輔としても、その見解に否はない。
「それでこの程度のことを言いたかったのか? 今更なことだと思うんだが」
「そうだね。健輔の言う通りだね。今更のことだけど、それが重要なんだと思うよ。思えば、わかりやすい基準点みたいなのが曖昧な部分があて、僕たちからすると非常に目標が立てづらいというのが本音の部分さ」
能力の数値化には限度がある。
ゲームではない以上、どれだけの能力があればエースにも通用するのか、もしくはエースというのがどういう存在で、どんなことができるのか。
改めて振り返ってみると、体系化されているとは言い難い面がある、と圭吾は感じたのだ。そして、抱いた感想は圭吾だけのものではないということを、次世代の自由型から読み取ることができた。
「学校側もここまで魔導競技が大きく発展するとは思ってなかった面があると思うんだよね。まあ、元が元だし、後付けで対応していくのは当然だとも思う」
「全てに万全に、とは言い難いでしょうね。魔導技術の向上と普遍化が最優先の課題であって、魔導師の運用って研究員以外ではあんまり考慮されていないですし」
「治安維持、もしくは災害救助などに活躍していますが、一般に溶け込んだとは確かに言い難いでしょうね」
「資格みたいなものがまだまだ未整備というのもあるだろうしね。使用するのに環境を構築するのが必要だったり、些か民間で運用するには厳しい面もある」
圭吾の指摘に健輔も思考を巡らせる。
魔導競技に全振りをしていた健輔ではあまり思い至っていなかったが、確かに魔導の活用の分野は狭い。
正確に言えば、魔導師の活用の幅が狭いのだろう。
そもそもとして、既存の社会は魔導を抜きにして進んでいるのだ。
異物である魔導が溶け込むのは相応以上に手間が掛かるのはなんとなく理解はできた。
「……学園の意図として、社会でも活躍できるような万能の魔導師を生み出したい、とかそういうのがあるってことか?」
「多分ね。用意されていた課題を見るに、明らかに様々な場面を想定していただろう?」
『マスター、肯定します。マイスターなど、今までは上位とされていた称号レベルの作業などが盛り込まれておりました』
「水上歩行とか、後は術式の即席構築。他にも状況判断能力。なるほど、ふんわりした部分をいろいろと詰めていっているんだな」
自由型の形式に大きな変更があったのも頷ける。
戦闘型ではどうしようとも最終的にエース対決になってしまうのを避けがたい。
力量というわかりやすいジャンルの差異は、強制のしようがないからだ。
しかし、レースなど一定の課題を設定して、そのクリア速度を競うのには、方向性を指定できる。
つまりは暴力というわかりやすい強さへの制限だ。
「なるほど、なるほどね。学園が定める様々な能力基準を競いながら育てていく。エースの独断場にはさせない」
「クリア可能なミッション数に上限を設けてしまえば、どうやってエースを運用するのか、という戦略とかが生まれるしね。特化型にも上手く生きる分野が出てくる」
「そうやって伸ばした分野から、将来の区分けを考えさせるのか。なるほど、学校はいろいろと考えているんだな」
戦闘型については、戦術面を補強することで今までよりもエースの力を抑えようとして、自由型についてはルールで縛る。
対応に差異があるのは、超級のエースを活躍させるのを戦闘に絞りたいのだろう。
言い方は悪いが、健輔や桜香などの一定水準を超えた魔導師については、好きに将来の進路を選択できる。
早い話が、補強などしなくても勝手に伸びていくと思われているのだった。
「圭吾としては、なるほど重要な話ということか」
「そうだね。つまるところ、僕やクラウディアさんとかはまだ特化とも言えないし、万能とも言えないレベルにいるんじゃないかと思ってね。勿論、僕の方がクラウディアさんよりもいろいろと深刻だけど」
体験施設に用意された課題はまだまだ緩いものであるが、実際の自由型では本当に特化していないと対応できないような課題が増えてくると予想される。
桜香や健輔は万能であるが、術式などの分野については当然ながら専門家には劣る部分があるのは当然で、そしてその領域を代行可能な者が本当の特化型なのだろう。
「僕が感じたのは、特化させた時の僕の個性と言うべきものが薄いということ。今の僕は能力の延長線上にいるからね」
「特化、特化……なるほどな。得意なことではなく、1つを専門とする。それこそが、時代の特化型になるはずだ、ってことか」
「今までの戦闘型の傾向から仕方がないと言えば、仕方がないのでしょうが、まだまだ考えが甘かったです。ハッキリと見せられると、言うほど私の魔導は私のものになったとは言い難いと思いました」
能力的な不足については、一朝一夕で埋められるものではない。
努力の差は嘘を吐かないからだ。
しかし、発想で飛躍的に伸びることもまた世の中にはあるものだった。
現時点では役立たずでも方向性を変えれば、活用可能なものはある。
圭吾が掴んだ気付きとは、自分にまだ個性がない、という事であった。
「才能に寄らない、個性か」
健輔は個性的な戦いをしている。
その点に不足はなく、圭吾とは立脚点が異なっているのは当然であった。
つまり、健輔が得る気付きは圭吾とは異なるものであり、同時に近しいものとなる。
健輔に不足がないのは、万能型としての戦い方、つまり特化型としての健輔には圭吾と同じ命題が立ち塞がることとなる。
「能力を偏向するだけでない、俺ゆえの特化の在り方。いや、特化すると言う言葉の意味を改めて考えてみる、か」
「当たり前だけど、今だからこそ、という訳ですか。とても良い切っ掛けを与えていただけたように思えます」
優香も思うところがあったのだろう。
万能では、格上の万能に勝てない。
格上という存在を崩すにはジョーカーとなるものが必要で、大抵の場合、それは一品ものとなる。
つまりは、研ぎ澄ませたたった1つの刃こそが最大の武器となるのだ。
健輔は体験からその事を良く知っていた。
「今更なことだけど、か。やっぱり初心は大事だな」
「まったくだよ。何度も考えて、進んで、結局は戻ってくる。徒労じゃないと確信できるから別にいいけどね」
特化の在り方。
1つの気付きを得て、健輔はあることを思いつく。
実現するには、いつもように参謀の協力が必要だろう。
頭脳担当と過ごす文化祭の時にどのように話を持って行くか。
悪巧みをひっそりと始める、健輔なのであった。




