第205話『明日への希望/燻る意思』
魔導の適性チェック。
一般向けにも開放されている簡単な検査であり、魔導師になれるのか、ということよりもどんな系統が向いているのか、ということを判別する検査である。
健輔たちも入学する前と後に、同じものを受けて、自らの進路を決めた。
「懐かしいもんだな」
「懐かしいというほどに、時間は経ってないと思うけどね」
「濃い時間だったからでしょうか。なんだかとても時間が経ったように感じるのは、私も共感できますよ」
「充実した1年だった、ということではないでしょうか? 少なくとも私は、そのように思っていますよ」
大勢の人が並び、試しにと言わんばかりに己の適性を調べる。
かつては、同じ列に居た者として変わらぬ光景に少しだけ頬が緩んだ。
「魔導の根幹、大本たる何が得意なのか、ということを調べる検査か」
一部の系統を除き、魔導師は全ての系統を選択することができる。
これは常識であり、不変の真理であるが、別の側面がない訳ではない。
誰しも当然のように得意な事や、不得意な事はあり、魔導もこの常識から完全に逃れることはできていなかった。
「健輔は検査した時は平均オブ平均みたいな、数値だったもんね」
「おう、まさか万能系の素質があるとは思ってなかったけどな」
「万能系は非常に珍しいですし、簡易チェックでは判別できませんからね。各系統の得意とする分野を更に細分化したのが、これらの基礎チェックですし」
クラウディアの言葉に初めて受けた説明を思い出す。
系統を持ち、その系統に沿った力を使うことが魔導師と認識していた当時の健輔にとって、その説明はよくわからないものだった。
得意なこと、出来ることが系統で決まるのならば、それをチェックしないで何をチェックしているのだろうか――そんな疑問を抱いたのは、家に帰った後であったが、思い返せば引っ掛かる説明の仕方ではあったのだ。
「健輔さんは、その時から万能の片鱗を見せていたのですね。完全に平均値を取るのは万能系の中でも珍しい事だと聞いたことがあります」
「自分がレアケースだって、ことにちゃんと気付いてのは2ヶ月くらいしてからだけどね。それまではどんな魔導師になるのか、ってことばかり夢想してたみたいだから」
「うるさい! 男だったら、必殺技とかを妄想するだろうがっ。下手に不得意がないって言われたから、いろいろと考えることがあったんだよッ!」
「健輔は本当にポジティブだよね。平均をそういう風に捉えるんだから」
魔導を扱う要素、つまるところ、系統にも得意な分野と不得意な分野がある。
簡易検査で調べているのは、才能と呼べるものの中でも最も基礎的な部分なのだ。
「操作、維持、収束、構成、干渉、付属、出力だっけ? 俺は全部、平均だったな」
「出力だけは別の分野ですけどね。大別の6属性に、魔力そのものの力強さ、それこそが魔導師の才能――という訳ですね」
身体系を得意する者は、操作、維持、収束の3要素に長けている。
遠距離系であれば、維持をメインとして、操作も同様に。
創造系は構成と付属性。
浸透系は干渉と付属――そして、万能系は全てに均等に。
各系統の得意分野を更にミクロ化したようなもの、それこそが魔導の基礎となる素質だった。もっとも、この素質における数値的なものはあまり意味がない。
「才能は才能だが、これだけでは意味ないしな」
「魔導を扱うには、複数の要因を上手く使いこなさないといけない。系統という複数の要因に働きかけられる状態を作らないと魔導は上手く動かない、ってね」
「魔導基礎論ですね。魔力を持ち、経路を作り、その上で初めて魔導師となる」
「実際、桜香さんとかも数値は高かったけど、凄い才能だ、っていうのはわからなかったみたいだしな」
おまけとして付け加えるのならば、皇帝のような一点型も見抜くことは不可能である。
才能だけでなく、環境が生み出したとも言える魔導師には、この基礎論は無意味であるし、この検査で判明する大凡の傾向というのは、魔導にほとんど触れていない自然な状態での才能でしかない。
皇帝や健輔のように激戦を乗り越えた、などの要因により、後天的に意味不明な才能を見せるタイプを見抜けるようなものではなかった。
この検査において、苦手とされた分野――例えば、真由美などは初期時点では操作の分野における数値は平均よりもかなり下の方であった。
しかし、彼女のその後の活躍を見れば、魔力の扱い、系統の扱いに不備を抱えているようには見えないだろう。
どの分野も先天的なものよりも、後天的な練習こそが物を言う。
特に操作などという分野はどれほど練習したか、というので結果が変わる典型的な素養と言えるだろう。
何を推しても、魔導に付き物となるのは努力であった。
無論、極限領域では、才能などの物差しが出てくることはある。
あるが、絶対ではないのだ。
健輔が桜香を打倒したように。あの1戦に限らず、可能性はいくらでも転がっている。
所詮、才能も含めて魔導は道具に過ぎない。
人間が使いこなすには、確かな努力しか近道はないのだ。
「それで、わざわざ見に来た意味はあったのかい?」
「ああ、俺の歩みが無駄じゃなかったって。もう1回、確認しに来ただけだよ」
踵を返して、祭りの喧騒へと歩みを進める。
歩んだ道のりはまだ途上。
止まることを微塵も考えない男が、少しだけ後ろを振り返った。
その意味をまだ、本人もまだ上手く言葉にできないのだった。
魔導戦においての花形と言えば、やはり綺羅星の如く名を連ねるエース同士の激闘であろう。神話の如く、伝説の如く、一騎当千を体現する傑物たち。
ランカーとは、そんな英雄たちの代表であり、同時に下にいる者たちからすれば、絶好の獲物であった。
「いつかは倒す。なんて、言えたらいいんだけどなぁ」
「先輩たちを近場で見ていると勝てる、とは思えないのは確かにそうだな」
「あなたたちが弱いからじゃないの。私は諦めたつもりはないわよ」
「で、でも、先輩たちが凄い人たちって言うのは、事実だよね?」
栞里の問いに、朔夜は苦々しい表情を見せる。
自信家、かつ努力家で、自らの実力を誇るゆえに、評価もまた公正であった。
言われるまでもなく、先輩たちをもっとも尊敬しているのは、他ならぬ彼女である。
誰よりも自信を持ち、才気に溢れ、努力を好む。
つまり、そんな彼女を凌駕する先輩たちは、彼女の努力を凌駕しているというのが、当然の答えになる。
1年間。
たった1年か、それとも1年間も、なのかは主観によるだろうが、朔夜にとっては中々に衝撃的なことではあった。
優秀であったからこそ、知らずにいた世界の広さを知ったと言うべきだろうか。
「……まあ、それは認めるわよ」
「桐嶋は変わらずに自信家だな。先輩の前ではちゃんと大人しいところも見せるのに」
「腑抜けたつもりがないだけよ。身内だからこそ、しっかりと向上心は持っておくべきでしょう。じゃないと、外の人には勝てないわ」
「そうだな。お前さんの言う通りだよ。先輩たちは俺たちを見ているようで、見ていないからな。いつまでも、皇帝がーとか。女神がーとか、過去ばっかりだ」
健輔たちは素晴らしい先輩である。
認めることに否はなく、純粋に尊敬はしていた。
同時に、何とも言えない想いを抱くこともあるにはあった。
彼らが見つめる強者は、常に過去。
新しい強者の誕生を望んでいても、結局のところ壁という認識はないのだ。
良い戦いが出来るだろう。勝つのは、自分たちだが。
健輔と過ごす中、そんな言葉に出さない想いを感じたことは幾度もある。
「朔夜ちゃんも、前に同じようなことを言ってたね」
「当然じゃない。今回、集めたチームにしても、前から知っているところよ。もしくは」
「知っている強者が所属している、というのが選定の基準だな」
「気に入らないじゃない。ヴァルキュリアを警戒しているのだって、結局のところは、先代さんを警戒しているのよ。あそこのチームの人たちじゃないわ」
油断している、慢心している。
そんな感情とは無縁であろうが、無意識レベルの行動に過去が染み付いていた。
後輩からすれば、偉大な伝説級の先輩もあまり知らない年上の人たちだ。
やたらと、警戒しているが、能力値で言えば、健輔たちを覆いく凌駕するものではないだろう。
皇帝に対しての評価が高いのもわかるが、警戒すべきは皇帝よりも直接ぶつかるシューティングスターズのはずである。
「警戒はしてる。でも、意思の底には王者の影がある。あれじゃあ、油断しているのと変わらないと思うんだけどね」
「先輩たちも自覚を持とうとはしているから、完璧に油断しているとかじゃないんだけどな。でも、どこかでまだ見ぬチームたちを軽視しているのは、事実だろうさ」
「難しいよね。出来ることは、誰でも限りがあるから」
「リソースはいつでも有限よ。私の意見だって、ただの難癖って言う自覚はあるわよ」
過去を強く見つめている。
だからこそ、敵としてより言うならば脅威として見られないことに不満を抱いてしまうのだ。
結果、彼女たちは頼られることもほとんどない。
もっとも、自分たちが急いでいるという自覚もあった。
時期で言えば、健輔が活躍をし出したのも、ようやくこの辺りになってからだったのだ。
未熟者が急いでも結果は得られないと弁えてはいる。
「難癖だけども、言いたいってか?」
「同期の仲間だけにしか言ってないわよ。理屈と感情は別ものでしょう?」
「違いない。俺も、鬱陶しい奴よりも、厄介な奴ぐらいの評価は貰いたいしな」
「俺は早く一人前になりたいよ」
「私も、海斗くんと同じかな。まだまだ未熟だけど、いろいろと経験は積めたから」
半年というのは、短いようで長い月日だ。
特に彼らの年代とっては貴重な時間であろう。
昨年度とは大会の形式などが変わってしまったため、健輔たちも予想しきれていない要因。つまるところ、彼らのような新世代の胎動は既に始まっている。
その証左となるイベントの開催は間近に迫っている。
企画の絡んだ健輔も予想もしない、思いもしなかった展開を生み出すのは見知った強者ではなく、朔夜たちも含めた可能性なのだと、万能たる男すらもまだ知らないのであった。




