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第204話『基本の基本』

 祭りの喧騒に包まれて、学園は命の輝きで溢れる。

 若さの発露と言うべきであろうか。

 学園が喜んでいるかのように、活気づく季節。


「普段は違った層が騒ぐようになる。そんな季節だな」

「なんだかんだで、戦闘行為というのは相応に敷居が高いさ。正面からバシバシやれるのは、実力的にも限られているしね」

「健輔みたいにホイホイ適合するのも稀ってこと。魔導は学問だからね?」

「最近はスポーツとしての側面も出ていますので、健輔のような方も増えてはいますよ」

「俺が特殊なケースみたいな言い方はやめよう。普通だよ、普通。ほら、俺って凡人だからさ」


 健輔の言い分を各々の理解でスルーする。

 苦笑している優香あたりはまだマシで、美咲などは露骨に無視していた。

 この手のやり取りは既に定番と化したもので、最終的には同じように結論される。

 すなわち、お前のような普通・・は存在しない、と。


「それじゃあ、私はいくわね。どうせ、エキシビジョンまで適当に過ごすんでしょう?」

「人を暇人みたいに。まあ、その通りだけどさ」


 戦闘特化。

 能力的にはいろいろできる万能者なので、並大抵のことはやれる。

 しかし、方向性が異なる祭典がこの文化祭なのだ。

 健輔のような戦闘特化は役割が極めて限定されていた。


「戦闘能力に注ぎ込んで、それ以外も万能とは流石にいかないわね」

「軍人が何でもできる訳じゃないだろう? 今の世の中は分業だよ、分業」

「適材適所は基本だものね。ちゃんと理解できるようになっただけ、健輔も成長したわね」

「うるせぇな。前から美咲様には感謝してますよ」

「はいはい、感謝は結果で返してくれたらいいわよ。それじゃあね。回るところが結構あるから」


 陽炎という自らの手足とは異なる意味での半身。

 そんな半身の育て親とも言うべき美咲は、去年と比べると比較にならないほどに知名度が上昇している。

 何かと影に隠れていた去年とは違い、表舞台の露出が増えた影響もあるだろう。

 魔導による文化祭、つまりは技術を求められる場において、美咲が活躍する場所はいくらでも存在していた。


「こういう時、戦闘型はなんとも言えない気分になるな」

「やれる範囲の違いというのは、上にいくほどに出てくるからねー」

「スポーツと学問の違いって感じか……」


 同じものを使っていても活用のフィールドに差異はある。

 魔導の本流はこちらであり、健輔たちの方が亜種なのも事実ではあった。


「ま、ちょうど良い機会だし、魔導を振り返ってみるのもいいんじゃない? 健輔は健輔で、壁みたいなものも見えてきたんでしょう?」

「うん? どうだろうなー。まあ、いい息抜きにはさせてもらうさ」

「休息も成長には大事、でしたよね?」

「そうそう。常に熱い戦いとかよりも、稀にある激戦の方がおいしかったりするしな。同じ味は飽きが来るのも早い」


 今日、この場所が決戦である学生と、そうでない学生。

 同じ服を着て、同じ場所で過ごしているのに生まれた差異に改めて、この学園の特殊性を思い出す。

 どちらも無ければ、上にはいけない。

 その事を再確認するのにこれほど相応しい場所もないだろう。


「魔導、魔導か……」


 強くなっている。

 戦いは順調で、解決策はあるのだ。

 しかし、だからこそについても考えておく必要がある。

 追いかけるだけではなく、既に追い掛けられる立場であるからこそ、健輔は忘れてはいなかった。


「良い切っ掛けになることを期待しておこう」

「相変わらず、競技に関しては真摯だねぇ。九条さんも大変だったりしない? このストイックマンに付き合うの?」

「え? 私は、その……す、素敵だと思いますけど」

「そ、そっか。……いやー、本当、割れ鍋に綴じ蓋とは、昔の人は真理を付いてるよ、うんうん」

「よくわからんが、行くぞー。途中で紗希さんと合流するんだろう? あんまり時間ないんだし。クラウも待ってる」


 妙に感心している親友を急かして、喧噪の中を進む。

 去年からの変化をその身に刻み、確かな実力と共に健輔は歩みを進めるのであった。






 成長とは、すなわち変化していることを指す。

 無論、変化が常に成長とイコールで結ばれる訳ではないが、成長した存在が以前とは異なる変化を遂げているのは、間違いないだろう。

 

「――というのが、私の持論です。変わらずに伸びるという人も世の中にはいますけどね」

「ほー、なるほど流石は戦乙女。いろいろと考えているんだな」

「健輔、君のことだから、クラウディアさんが言ってるの」

「えっ、そうなん?」

「さあ? どうでしょうね?」

 

 曖昧な笑顔でクラウディアは疑問に答えを返さない。

 この人物には、そういった真っ直ぐな答えなどは意味を成さないと理解しているからこその行動であり、クラウディアなりに学習した成果であった。

 成長とは変化である――というのは、彼女が思っていたことで、実際には変化せずとも成長する類の人間もいるものである。

 世界が狭かったと言えば、それだけであるが、違いが何なのか。

 どうしてそうなったのか、ということを考える機会が彼女には増えていた。


「優香はどう思いますか?」

「そうですね。一面として正しく、同時に間違っている」

「あらあら、よく言われてしまうことですね。香奈子さんとかにも言われましたし、今も同じようにとダメ出しされてます」

「間違っている、というのとは違うと思うんですけど。……成長というものは、わかりやすいものだけではないですから」


 儚い微笑みは同性すらも惹きつける何かがある。

 これ一体、なのか。

 凡人と天才、秀才と鬼才。表現は何でもいいが、それらの境が一体どのように分かれているのか。

 どのような変化が彼らを分けてしまったのか。

 上の領域に近づくにつれて、クラウディアは気になるようになっていた。


「そうですね。単純に数値化が可能だったら、優劣を見極めるの容易いというのに」

「クラウにも悩みが?」

「ええ、優香。あなたと同じように」

「そう、ですね。私も、あなたも立場ゆえの悩みがありますか」

 

 優香の問いにも答えを返さない。

 返さないことこそが、戦乙女の答えであるから。


「下から見てると贅沢な悩みのように感じるけどねぇ」

「下とか言っているからだろう。俺にも悩みがあるし、まあ、競技者だったら皆、あるものじゃないか。多分、皇帝以外は」

「ああ、あの人は確かにそういうのとは無縁そうだ」

「あら、健輔さんも何かを悩んでいて?」

「そりゃあ、あるだろうさ。俺だって、無敵でもなければ最強でもない。完璧とはいかないからこそ、こうやって違う分野を見て回る訳だ」


 技術としての魔導と競技としての魔導の違いを敢えて、掲げるのならば汎用性という部分に焦点は絞られるだろう。

 競技はどうやっても、最終的には個人技に収束するし、連携なども結局のところは各チームの個性が出る。

 固有の性を持ってこその、競技なのだから、これは当然であった。

 技を競うということは、明確に優劣が出る。

 対して、技術の魔導には、偏りは許されない。

 健輔たちも授業で学んでいることではあるが、やはり体感したものには劣る。

 去年は純粋に祭りを見て回るということしかしていなかったが、今の健輔たちには別の視点からのものが見えるようになっていた。


「誰にでも扱えるようにするからこそ、術式の1つ1つをとっても、綺麗に構造が解析されているっていうのは、やっぱりこっちからすると新鮮だね」

「共通化、かつ普遍化を意識しているからこそ、独自性を一切もたずに飛行の術式なども運用されますからね」


 健輔たちが周囲を見渡すと、飛行エリアと定義されたフィールドがあった。

 やっていることは単純で、一定空間内で誰にでも空を飛べるようにしている、というだけのわかりやすい技術アピールである。

 夢があり、かつ誰にでもわかりやすいということで、文化祭の定番となっている催し物の1つだった。

 

「今でこそ、普遍化した飛行ですが、昔は相応の難易度だったんですけどね」

「僕たちの飛行術式の実働データから、魔力なしの人でも飛べるようにした空間術式。一種の空間展開を応用した技術だね」

「学生レベルは超えている、って奴か。本気の魔導技術の前には競技者も大したことないっていうのは、聞いたことはあったけど。何とも、微妙な気分だよ」


 魔導技術の普遍化は学園の命題である。

 競技とは投入される予算の桁が違い、社会に対する影響力の大きさも当然のようにこちらの方が巨大であった。

 競技が軽視されている訳ではないが、本流というべきものの重みは存在している。


「どちらにも相応の努力が必要で、方向性が異なるだけですから」

「わかってるよ。改めて、というか基礎の振り返りさ」

「私たちは結構な部分で感覚派になってしまいがちですが、魔導は理論的なものでもありますしね」

「一部のスーパー魔導師を基準にして物事を考えてしまうけど、あっちが本来はイレギュラーな人たちだからね」


 魔導技術そのものを超越しているようなイレギュラー。

 健輔や優香も片足を突っ込んでいる領域であるが、魔導の進歩のために解析対象になるような魔導師は少数派なのは言うまでもないことであった。


「それで、健輔のお目当ては何だったっけ?」

「んあ? ああ、そういえば言ってなかったっけ。基礎中の基礎だよ。系統の簡易検査にちょっと用事がな」

「なんとも、また意外なところに」


 自分たちの系統は既にハッキリしている。

 健輔の毛色が多少異なるぐらいで、これ以上の変化など起こりえないだろう。

 ゆえに、系統の確認することが目的ではない。

 

「自分の系統を知る時のあれに用事がある」

「なるほど。基本から見直すっていうのはそういうことかい」

「私が見てみたい、とお願いしまして」

「いや、俺も用事があったから、渡りに船ってやつだよ。あそこに立ち返るのが1番正しいだろうさ」


 入学時、大半の魔導師は自らの系統を確定・・させてはいない。

 例外はあれど、魔導師として自らを確定させるのは、5月以降の話だからである。

 つまり、1ヶ月程度であるが、魔導師の魔導師たる根幹。

 系統を未確定のままで、過ごしていた時期があるのだ。

 その時期にこそ、本当の意味での得手と不得手が隠れている。


「データは既にチェック済みだけど、まあ、思い出を振り返るのも大事だろうさ。今は、大切な休息期間だしな」


 独り言のように呟くが、瞳は真剣そのものである。

 成長してきたと言う自負。

 まだまだある伸び代。今という時期だからこその振り返りをしなくてはいけない。

 明日の勝利のために、成すべきことを成す。

 お祭りの空気とは正反対な、真面目な決意と共に過去へと思いを馳せる健輔なのであった。


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