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第18話『アクセル全開』

 本当にすごいこととは、何のなのか。

 この学園に、魔導に携わるようになってから彼女――暮稲ササラはそんなことを想うようになっていた。

 彼女は才能がある。

 才能を発揮するために努力をすることも出来た。

 しかし、彼女にはどう頑張っても手に入らないものがある。

 

「――自分の中にない可能性。私はそれを、掴めない」


 それこそが彼女が天祥学園にやって来た理由。

 自分に出来ないことを呼吸でもするかのように成し遂げる人に、直接会って、話を聞かせて欲しかったのだ。

 彼女は天才である。

 彼女は努力家である。

 年齢相応の傲慢さはあっただろうが、成熟度で考えれば同年代よりも精神年齢は高かっただろう。

 傲慢は自信と紙一重のものだが、傲慢がいけないということくらいはしっかりと理解していた。

 確固たる自負と、相応しい実績を持っているササラのそれは自信と言っても何も問題はなかった。

 順風満帆な歩み。

 魔導と携わってもそれは続くはず――だったのだ。

 フィーネに砕かれてしまった、あの日までは。

 砕け散った誇りと自信。

 再起を誓うも、才がある故に現実が見えてしまう。

 年齢の差を考えても、自分が勝てるイメージが一切存在しないのだ。

 彼女が才ある身だったからこその絶望。

 天才だったからこそ、味わった敗北があった。

 絶対に勝てない――刻まれた思いは言葉にするのも難しい。

 だからこそ、女神の天墜はそれ以上の衝撃だった。


「あの時の敗北は中々にショックでした。だって、私の中で最強と言えば、他ならぬフィーネ・アルムスターでしたから」

「耳に痛い言葉ですが、私からすれば世界が小さい、としか言えませんね。健輔さんみたいに最初からその辺りを振り切っているのは珍しいとは思いますけど」


 目前で繰り広げられる戦いを異なる表情で見つめる2人。

 ニコニコとした笑顔のフィーネ。

 高揚して、上気した頬を見せるササラ。

 共通しているのは、彼女らの視線を集める1人の男だろうか。

 熱い視線を集める1人男性はとくに視線へ興味を示さず、戦闘を続けていた。

 背後で繰り広げられている話題など彼の耳には入らない。

 仮に入っても、面倒臭そうな表情で終わるだけだろう。


「先輩が勝てる可能性があの時、それほど高くなかった。私はそう計算していたし、間違いではなかったはずです」


 世界大会。

 あの戦いは破壊されたササラの価値観を更に破壊した元凶である。

 女神すらも凌駕する2人の最強。

 おまけとばかりに生えてきた最凶の可能性。

 彼女が絶望を感じた女神の壁を粉砕する姿は衝撃という言葉では生温い。

 かつての彼女は滅ぼされて、新生したといってよいほどの価値観の変化を齎していた。


「天才の悪いところではありますね。優香もそうですが、中途半端に才能がある人ほど、見切りが早いです。結果が悪いから、損切りをする。まあ、悪いとは言いませんが」

「良くもない、ですか? ええ、今の私はそう思いますよ」

「確かに全体の確率としては、あなたたちの方が賢いとは思いますよ。でも、挑まないと可能性はいつまで経っても0です」


 最適な努力で才能を引きだし、磨き上げる。

 中にある可能性を追求するのは得意だが、逆に言えば不得意に突貫するようなことはないということになってしまう。

 時に時代を動かすのが、特大のバカであるように常識の範疇内に収まっている限りではいけない場所というのもあるのだ。

 博打に似た話であるが、実際に似たようなものなので仕方がないだろう。

 実力を磨き上げて、才能があっても、最後は運や執念に敗れることもあるのが、ササラたちがいる魔導という世界だった。

 平和な時代で戦いに熱を上げている。

 否定しきれない野性、というものがあった。


「魔導というバカな世界にいるのだから、特大のバカになった方がいいということですか?」

「さあ? ただ、私の好みは理屈を口から発する男ではなく、身体が勝手に動くタイプの方、というのは確かですね」

「結局、好みの話になっているじゃないですか」


 尊敬する女性に呆れたような視線を送る。

 ササラにとって、超えたい壁であり、超えるべき壁である女性は快活に笑う。


「当たり前です。真理なんてものに、私は興味ないですよ。心のままに、想いのままに。これでも乙女の端くれですので」


 自信満々で発せられた発言にササラは目を丸くする。

 既に最初の荘厳な女神、というイメージは粉微塵に破壊されているが、それでもここまで軽い雰囲気を出す人ではなかった。

 解き放たれたような解放感を醸し出しているのは、ササラの気のせいではないようである。


「……まあ、私も楽しいからいいですけど。先輩の胃には優しくしてあげてくださいよ。最近、別のことに気を取られているみたいですからね」

「善処はします。でも、優香に先手を取られたままではあれですので、確約は出来ませんね」


 フィーネは実にイイ感じの笑顔で宣言する。

 日本に来てからの彼女は絶好調、ノンストップで健輔のあらゆる部分に攻撃を仕掛けていた。

 彼女の凄いところはそれで健輔に嫌われてはいないことだろう。

 全力で胃袋を攻撃した後に少し優しい空気を提供する。

 計算でやっているのか、天然なのかもわからないところが女神の恐ろしさであった。


「……頑張って下さい。先輩」


 尊敬する先輩の受難を思い、ササラは小さく頭を下げる。

 せめて自分は優しくしよう。

 少女は心に誓いを立てて、練習の様子を見守るであった。






 入学式と歓迎から既に2週間が過ぎようとしていた。

 季節は4月も終わり5月へと向かう。

 学生にとっても長期休暇となるゴールデンウィークを前にして、健輔たちクォークオブフェイトは合宿計画を立てていた。


「健輔ー、生きてる?」

「うぃ……多分、生きてます……」


 健輔は腹を押さえて、机に突っ伏している。

 先ほどまでの練習、最後の模擬戦で葵と当たった健輔は見事な一発を貰っていた。

 ダメージなどはカットされているいるし、後遺症などは残らないはずなのだが、貰った時の記憶がフィードバックしてテンションが下がっているのだ。

 そんな後輩の様子を楽しそうに見つめるのは主犯たる葵である。

 ニヤニヤとした笑顔は会心の一発が決まったこともあり実に晴れやかなものであった。


「葵ー、あんまり健輔で遊んだらダメだよ。優香ちゃんが心配し過ぎて、泊り込みで看病とかしに行っちゃうよ」

「えっ……いや、その……流石にそれはないです」


 少し顔を赤くして否定する優香の姿に葵の表情が先ほどまでとは別の意味で楽しそうになる。

 初々しい2人を見て、何かを思いついたようだった。


「あらあら、優香は可愛らしいですね。そうは思いませんか、葵」

「そうねー。本当に優香ちゃんは可愛いわ。私もそう思うわよ、フィーネ」


 現在のチームで怒らせたくないランキングの1位と2位がにこやかな笑顔で談笑する。

 表面上は実に仲が良さそうだが、群れのリーダーとは1人なのだ。

 両者の瞳はバチバチと火花が飛び交っていた。

 彼女たちの厄介なところは別に主導権争いなどしていないことだろう。

 争っているのは、如何にして後輩を可愛がるか、である。

 多分に趣味的であるがゆえに、犠牲になる本人が必死に抵抗するくらいしか対抗手段がない。


「と、後輩で遊ぶのはほどほどにして、本題にいかないとね。香奈、お願い」

「はいはいー! 香奈さんにお任せー!!」


 葵の呼びかけに香奈が応えて、手を翳すと空間に何かしらのスケジュールが投影される。

 1つはゴールデンウィークの日程。

 もう1つは、クォークオブフェイトの合宿内容についてであった。


「事前に告知してたように、他チームと合同で簡単な合宿を行うよ。場所は此処、天祥学園の大学部。次世代型の試合設備があるグラウンドだね」

「目的は手っ取り早いレベルアップと問題点の再確認ね。やっぱりこういうのは直接体に刻むのが早いわ」

「勿論、脳筋的な理由だけじゃないよー。新しいチームの方向性を決めるのにも、1回は実戦を経験しておいた方がいいからね。ちょうどい良い感じに利害が一致したチームがあったので、お願いしてみました」


 映し出されたチームの名前は『黄昏の盟約』。

 新入生たちの顔には疑問符が付いているが、在学生たちの表情に変化はない。

 両者の持つ情報量の差、つまりは新チームである『黄昏の盟約』の母体となったチームたちを知っているかどうかの差が出ていた。


「新ルールの把握には確かにちょうど良いですね。腕がなります」

 

 珍しくも、と言うべきだろう。

 前のめりの姿勢と共に美咲が最初に発言した。

 彼女らしからぬ闘志の籠った言葉。

 敵チームの規模と実力を考えればそうなるのも無理はないだろう。


「莉理子さん、クラウ、後は暗黒の盟約のメンバー」

「コーチは『不敗の太陽』藤島紗希。新入生も積極的に獲りにいってましたし、今までとはまた違った感じのチームなってそうですね」


 健輔と圭吾も美咲の言葉に同調する。

 『黄昏の盟約』。

 国内でも上位だったチームが結集した新星。

 連携などの面ではまだまだ粗もあるだろうが、残った選手はかなり強力な魔導師ばかりである。

 世界ランク第8位『雷光の戦乙女』クラウディア・ブルームを筆頭に侮れない戦力を有していた。

 クラウディアは優香に劣る部分もあるが、総合的な戦力比では負けてはいない。

 平均的な火力ではまだまだ侮れない存在だった。

 そして、重要なことはもう1つある。

 美咲が闘志を燃やす理由――国内最高のバックスがこのチームに所属していることを忘れてはいけない。

 (さん)(じょう)()()()

 国内においては名を知られた2つ名持ちの魔導師である。

 世界的な知名度においては、世界大会への出場経験がないこともあり、少々寂しい部分もあるが、実力に疑うべき部分は存在しない。

 

「莉理子さんは前ルールでも正統派のバックスとして力を発揮した人です。あのルールで自分の実力を戦場に介入させるのは並大抵の力ではないです」

「香奈さんとしても同意かな。霧島先輩が裏門なら、莉理子ちゃんは正門だね。方向性が違うけど厄介さは同じレベルだよ」


 霧島武雄という厄介な極まりない男が天祥学園には存在した。

 バックスを戦闘に組み込んだ強さは彼の智謀と合わさり、これ以上ない武器として戦場で暴れたものである。

 裏門、と評した香奈の言葉は的確であろう。

 対する莉理子は、バックスとして極限の技能を持って自らの能力を選手に付随させる力を発現させた。

 番外能力との組み合わせだが、大本の部分には彼女の技がある。

 オンリーワン、という意味では世界の誰も真似出来ない究極のバックスの姿があった。


「旧暗黒の盟約のメンバーも実力は十分。こっちと噛み合せが悪いのも多いしね」

「要注意、ということですか。確かに良い相手だと思います。同格に近く、かつお互いに交流のメリットがある。これ以上に刺激的な関係はありませんね」


 片方だけのメリットでは相手側のやる気がでない。

 双方が高め合うには、対等な関係であることが重要だった。

 アマテラスに対して、練習試合を持ち込むチームが少ないのはこの辺りも影響している。

 自分たちのチームである意味では完成されたチームを変えられると思わない限り、手を出そうとは思わないだろう。

 クォークオブフェイトはそういう意味ではちょうどよい感じで弱体化している最中であった。

 多くの強豪の中に埋没するほどではないが、かと言って圧倒的と言う程にも強くない。

 不完全とも言えるが、だからこその再構成である。

 真由美が生み出したチームは1度の栄光で終わるような安いチームではないということの証明でもあるだろう。


「新入りたちもバンバン投入するから、イメージだけはしておくこと。向こうの主力にぶつけるから、良い感じに世界の壁を感じてきてね」


 負けること前提の葵の言葉に煽られたものが何名か出てくる。

 負けん気を瞳に灯した者と冷静に受け止めた者を記憶しつつ、葵は不敵に笑い宣言した。


「対外的には、ここからが本格始動。まだまだ完成には程遠い状態だけど、心に刻んでおきなさい」


 これからやってくるだろう戦いを思い、藤田葵のボルテージが上昇する。

 1流のチーム同士がぶつかる中で、見えてくるものがきっとあるだろう。

 小さな交流、されど次の世界大会を見据える上で重要な試金石となる戦い。

 当然ながら、葵の脳内に敗北の2文字は存在していなかった。


「敗北からしか学べないこともあるわ。でも、その上で言うわ。外で負けることは、絶対に許さない。個人ではなく、チームとして負けることは、絶対によ」


 1度の敗北も許されない。

 自身の身を犠牲にしてでも勝利に貢献しろ、と葵は宣言した。

 彼女自身も含めて、この命令から逃れられる者はいない。

 歓迎の戦は終わり、新入生たちの初陣がやってくる。

 次の戦い、その次の戦いを見据えて、実戦で磨き上げていく原石たちが独自の光を放つのはそう遠い日ではないのだろう。

 今はまだ、戦意を灯すも何処か揺れている小さな星たちを見つめて、強大な将星は激しい戦いへと思いを馳せるのであった。


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