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第202話『人を巻き込む才能』

 佐藤健輔は魔導においては誰よりも真摯である。

 より言うならば、誰よりも真摯であろうとする男である。

 強者対して敬意を払い、術者に対して感謝を向け、その全てに己の姿勢で意味を返す。

 定められたベクトルはぶれることがなく、この2年に近い月日を駆け抜けた。

 

「……ふむ」

「……むっ」


 そして、対峙する男もまた、1つの道を貫いた存在である。

 『皇帝』クリストファー・ビアス。

 王者たる称号を持つ者は過去にも幾人か存在していたが、彼だけは何かが違う。

 単純な能力であれば、大帝は彼を凌駕しているし、桜香の才能も同様に考えられる。

 しかし、それらの事実を踏まえた上で、多くの魔導師が彼こそが最強・・だと讃えるのだ。

 否定すべきであろう、現在の頂点たる桜香も苦笑して頷く程度には、誰もが認める事実上の覇者。

 この男を超える――などとは、容易には口に出せない絶対的な強者――


「どうも、クリストファーさん、今日はよろしくお願いします」


 ――にも、まったく怯んでいない。

 何故ならば方向性に違いはあれど、根本の部分は同類なのだ。

 敬意はあるし、あの戦いへの感謝もある。

 されど、譲れないものもまたあった。

 俺の方が、あなたよりも強いと視線で強く語りかける。


「ああ、よろしく。急な申し出であったが、姫も喜んでいた」


 挑発めいた視線を軽くスルーして、王者は穏やか健輔に応じた。

 この手の輩の相手には慣れている。

 そう言わんばかりの態度に、今度は健輔が苦笑いを浮かべる。


「すいませんね。つい」

「何、気持ちはわかる。俺も、己の強さを試したい時はあった」


 招待した相手に向けるような視線ではなかった。

 誰彼かまわず、常に熱暴走しているのはの健輔のスタイルではない。

 必要な時に爆発させるように、溜めることを覚えたのだ。

 何よりも、本命と言うべきか。

 本当の意味で闘志を向けるべき相手は、王者ではない。


「男の世界で盛り上がって、淑女を放置するなんて」

「ふふ、仕方ありませんわ。殿方はああいうのが大好きなんですもの」

「ええ、お姉様の言う通りですわ。特に健輔様のような方は大好物ですのよ」

「えらい言われようだな……。まあ、こっちが悪かったのは認めるけどさ」


 あくまでも相手は彼女たち、アリス・キャンベル率いるシューティングスターズ。

 楽しい敵を見据えるのはよいが、結果として本命をスルーしてはいけないだろう。

 自らよりも格上に挑むのは楽しいが、同格に近しい相手と競うのも違う味でよい。

 

「久しぶり、で問題ないよな?」

「勿論。見ただけでわかるわ。良い戦いをしたのね」

「映像ぐらいは見てるだろう? 良いチームと戦ったからな。実に良い経験が積めたと思っているよ」

「実物を見る事が大切なのよ。映像を見ただけで理解するのは、危険な事だと思うわ」


 どれほどの強豪であろうとも、ふとしたことで消えることはある。

 姉から受け継いだチームという健輔にはないプレッシャーを背負う少女は、夏の時よりも大きく見えた。

 物理的な部分に変化は多くはない。

 内面での変化、王者としての気質の芽生えを強く感じさせた。

 ハンナとは異なるタイプのカリスマ、いや、正確に言えば姉ともう1人の複合と言えるのだろうか。


「ヴィオラ、そっちのリーダーも頼もしくなったな」

「はい、健輔様。参謀として、遣り甲斐に溢れています」

「おお、怖い怖い。お前の笑みは感情がないから、本当に綺麗だよ」

「あらら、私、怒った方がよいのでしょうか。とても失礼な事を言われた気がします」

 

 完璧な笑顔でこちらに問いかけてくる。

 この笑顔が怖い、と内心での恐怖をダイレクトに伝えてみたが、反応はやはり窺えない。

 去年はまだそこまで固いものではなかったが、今では内面を窺える要素はほとんど見えなくなっていた。

 

「変わらないのは、こっちだけか」

「ふふふふ、皆様、とても楽しい方ばかりでしょう? 健輔様ほどの千変万化ではありませんが、描く文様の美しさは変わりませんわ」

「お、おう、そうか。……褒められてるんだよな?」


 童女のごとく、天真爛漫な笑みを向けてくる金の少女。

 ヴィエラとのやり取りに戸惑いながらも反応を返す。

 チーム以外のメンバーとの交流。

 戦いという交流は盛んでも、それ以外となると、疎かにしがちなのが健輔である。

 反省したからこそのこの試みであり、今までとは違うアプローチでの戦いを盛り上げる方法だった。

 上手くいくのかは本人もわからないままに、世界から強き魔導師たちが集う。

 集めた本人からすると、大したことのないの事であるが、傍からみれば綺羅星の如き魔導師たちの集い。

 祭りの時期に星が集う。

 この事に特別な事情を見出されない者など存在しない。

 世界大会からずれた、普段とは違う戦いへの布石は既に見え隠れしているのだった。






 健輔からすると新しい縁作りに過ぎない今回の集まり。

 縁を作るのは、別に強敵にある必要もないので、戦いには関係のない人間も呼ばれていた。戦いを支える縁の下の人物たち、つまりは放送部である。


「なんというか、壮観だよね」

「不滅、不敗、の太陽コンビが談笑して、皇帝と女帝がじゃれ合う。女神と女神と女神の揃い踏みとかもあるよ」

「ん~、ほんとだぁ。有名な人ばっかりだよ~」


 健輔から誘われた3人は場違いな空気に萎縮しつつも、雰囲気だけは楽しんでいた。

 何せ、魔導の世界においては正しく強者の縮図があるのだ。

 必然、著名な魔導師が揃う。


「うわぁ、アルメダ・クディールとかいるよ。あの人、かなりの重要人物なのに」

「軽くぶつかった縁があったから呼んでみたら来たって、話でした。結構ノリノリだったらしいですよ」

「綺麗な人ね~。でも、なんていうか親戚のおじさんみたいなテンションかも~」

 

 後輩の女神に積極的に絡みに行く姿は完全に悪質な酔っ払いであるが、笑顔のフィーネが鉄壁の防御でレオナを守っていた。

 庇われる側のレオナは困ったような笑顔なのが印象的である。


「菜月、あんたが佐藤くんと付き合いがあったから呼ばれたみたいなものだけど、良いところに呼ばれたわね」

「そう、かな? まあ、私も最近は麻痺しているかも。こう、ビックネームがホイホイと飛び出してくるから」


 紫藤菜月は友人の木村悠花に曖昧な笑みを見せる。

 このイベントの実行に際して、かなりの協力を行った1人が菜月であるが、まさかここまで大きくなるとは思ってもみなかった。

 彼女からこの集まりについて聞いた、現放送部の部長がちゃっかり文化祭のイベントに利用するのに動いたり、と本当にいろいろあったのだ。

 菜月からすると、憧れの選手からの頼みを誠実に果たしただけなのだが、結果的に話はこのようにワールドワイドな展開を見せていた。


「良く言うわよ。連絡を取ろうにも、海外のチームはわからないわ、って言ってのを全部繋いだのって菜月なんでしょう?」

「去年の分があるし、夏の合宿もお手伝いしたしね。それに健輔くんも手伝ってくれたから。私の苦労は話を取り付けるまで、かな」

「宿泊施設は~部長がなんとかしてくれたもんね~」

「うん。エキシビジョンマッチへの協力の代わりに、事だったけどね。急な話なのに皆さんが受けてくれて助かったよ」


 文化祭は一般層へと魔導をアピールする場所でもある。

 その中には、当然、花形たる魔導競技も含まれているが、今年のエキシビジョンは最大級の規模になるのが確定していた。

 昨年度も海外の提携校の協力はあったが、今年は一切の協力がないような魔導校の関係者も揃っている。

 健輔の戦友、と言う名のトッププレイヤーたちが。

 引退済みの者も含めて、とてつもない規模のエキシビジョンをやることを考えたのだ。

 菜月は部長から承諾を取ってきて、と言われて胃が痛い思いをしたものである。


「本当に、受けてくれてよかったよぉ……」

「なっちゃん、泣きそうだったもんね~」

「佐藤君は、ナイスアイディアって喜んでたけどねー」


 流石に菜月だけで言わせるような鬼畜な所業は許せなかったので、2人とも付いていったのだが、拍子抜けするほどあっさりと許可は出た。

 主催者たる健輔がノリノリだったのが、大きな理由だろう。

 せっかく集めたから戦いたいが、良い題目がなくて困っていた、というのは掛け値なしの本音だと3人ともわかっていた。


「代わりに最終日までは文化祭を楽しませろ、か。費用もろもろ放送部に全部押し付けられたよね」

「なっちゃんが笑顔で部長を攻撃してたもんね~。部長の笑顔が引き攣ってたわ~」

「脅してなんかないです。健輔くんたちへの正当な対価です」


 憮然とした表情を見せるも、否定はしなかった。

 菜月にしても、友人を見世物にする片棒を担がされたのだ。

 言われた始めたのならばともかくとして、断れない状況を作り出されてからの依頼には怒りを抱いた。

 友人の望み、というのもあったが相応の成果はもぎ取らないと、彼女のプライドが許さない。


「ま、どっちにしろ今回のお祭りは派手・・になりそうだね」

「ね~? なっちゃんもそう思うでしょう~?」

「そうですね。いろいろと、盛り上がると思いますよ」


 企画から何から何までを健輔は菜月に放り投げた。

 こういうのはプロの方がきっと面白くしてくれるだろう、と。

 全幅の信頼には応えたくなるのが、人というものであろう。

 何よりも憧れがある人物からの頼みなのだ。

 こういう時こそ、やる気を出さずにいつならば、やる気を出すというのか。


「私も、それなりに頑張りましたから」


 満面の笑みは自信の表れ。

 今日、この集まりに参加する人物たちように印刷してきた資料には、大きく非常にわかりやすいタイトルが付けられていた。


『天祥学園文化祭最終日、特別エキシビジョン――移動玉入れ合戦――』


 一見すれば平和なタイトル。

 しかし、集うメンバーは一騎当千の英傑たち。

 穏便なことにはならないことが確定している日本の運動会の代名詞は、いろいろ不穏な空気を漂わせる。

 普通ではない学校の普通ではない文化祭。

 その前夜祭にて、様々なが生まれていく。

 静かなまま、少しずつ大きなうねりへと、健輔の思いつきは姿を変えようとしていた。


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