第201話『集う人々』
文化祭ともなれば、校内は自然と活気が生まれる。
祭り前の独特の空気。
熱気とも言い換えられるそれは学内を満たしていた。
本番はまだ先と言えども、徐々に上がっていく熱さ。
しかし、それに紛れて別種の熱さがこの天祥学園に集っていることを知っている者は少ない。
「ふーん、こっちもお祭りの時は似たような感じなのね」
「そうだね。どこの文化であろうとも、祭りというのは同じ色を帯びるみたいだ」
周囲の視線を集める美男美女。
彼らの顔は魔導の学び舎においては、相応の知名度を誇る。
『騎士』アレン・べレスフォード。
『星光の魔女』クレア・オルブライト。
どちちらも2つ名持ちの中でも有名な存在であり、今年にランカーになったばかりの者たちとは空気が違う。
上に立つ者として、自然とした態度で周囲へ圧を放っていた。
「それにしても、日本人は丁寧な仕事をするものだと思っていたのだけど」
「ははは、実直な青年らしいし、僕は嫌いではないよ。何より、あの『太陽』を落とした男から誘われるのは純粋に名誉だ」
「ふん、アレンは太陽さんにご執心だものねっ。……ただ強いだけの子じゃない」
「女性をエスコートしている時に他の女性の名前を出したのは僕が悪いが、あまり邪険にしないであげてくれ。彼女は最強の風格はある」
機嫌が急降下した魔女に騎士は苦笑を浮かべる。
感情の浮き沈みの激しさは彼女の長所であり、短所でもある部分だ。
試合にも顕著に表れる特徴であり、戦いの中で苦労させられた部分でもある。
天邪鬼というか、天気のような気紛れさとでも言うべきか。
1度たりとも安定させた、と思えたことのない感情の生き物。
冷静さを失わせる要因でもあるが、同時に試合を一気に反転させる起爆剤にもなる熱。
長い付き合いの中で、幾度も戦ってきた敵であった。
「ふーんだ。どうせ、私は11位ですよ。納得いかないわ。私がレオナとかに劣ると判断されるなんて」
「ヴァルキュリアはチームの格もある。昨年度は文字通りの怪物がいたしね」
「無冠の王者なんて呼び方、私は嫌いだけどね。あの人は欧州の覇者でしょう? まるで、私たちの頂点が意味がない、と言われているみたいで気分がよくないわ」
「同感だけど、まあ、『皇帝』こそが覇者と言われると納得するしかないと思うけど?」
ランキングには当然ながら、昨年度のチームの成績も影響する。
桜香のような圧倒的な強さの場合はともかくとして、順位が純粋な強さを表さないことも往々にして存在していた。
実情を表さない評価をされるということは、仮に事実に近かったとしても気分のよいものではない。
クレアからすると、昨年度までのフィーネの評価は今の自分が受けているように、不当なものだと言えた。
「皇帝、皇帝。わかるけど、非常に腹立たしいわね」
「僕たちの世代は皆、同じことを思い、なんとかしようと頑張ってきたんだけど」
「結果は……出たと言えるのかしらね」
「言えるんじゃないかな。君のライバルは打ち倒せる相手を育てた訳だしね」
「わかってるわよ。だから、素直にここにいるんだし」
クレアがいきなりの招集に素直に応じたのは、いくつか理由がある。
もうちょっと段取りを考えろ、とか文句を言いたいのもそうだが、1番大きな理由はある種の因縁作りとも言うべきものであった。
「私はライバルだと思ってたけど、後輩たちにまでは引き継がれないだろうし。こっちだけ盛り上がるのは癪だしね」
「顔は知っているぐらいで収まる相手にはなりたくないかな」
「勿論よ。戦い甲斐のある敵だもの。これ以上ないぐらいに、意識して欲しいものだわ」
ライバルは、強敵は1人でも多い方がいい。
招待状にも似たような事が書かれていたが、共感したからこそクレアはこの場にやってきた。
まだ見ぬ強敵と縁を結ぶために。
「なんだかんだで、僕たちは似た物同士ということかな」
「あなたも、同じ目的なんでしょう? 良く知っている相手の方が盛り上がるもの。自分の中で、ね」
「太陽に昨年度のお礼を、と言うのもあるけどね。最後の勝者になるために、敵を知ることは悪くないだろう?」
「騎士も稀には、悪い顔をするってことかしら」
「ああ、だって」
白兵における雄。
昨年度においては、中々に屈辱的な敗戦を与えられた。
涼しい顔の中には確かな闘志を滲ませている。
「負けるのは、なんとも気持ち悪い。たとえ、相手がどれほどの猛者でもね」
「同感。だから」
「ああ、だから、今度こそ勝つと誓うのさ。そのためにも、今の頂点や障害とは顔を合わせをしておきたい。――気合の入り方が違う」
人柄などの情報は簡単には手に入らない。
合宿の時とは、また違う面を手に入れるのに機会としては悪くないだろう。
そろそろ世界大会予選での、ブロックも発表される。
もしかしたら、交流会の場で敵となるものがいるかもしれない。
そんな楽しそうなイベントを見逃すほど、アレンやクレアたちは枯れてはいなかった。
「あら、あの仏頂面とニヤニヤ顔」
「皇太子に、ああ、皇帝の付き人か」
そして、同じ考えをする者たちこそが頂点に近い者たちである。
深い交流のある者も、一瞬だけの繋がりであった者も例外なく、天祥学園へと足を運ぶ。
本番の前から始まる小さな交流会。
ある意味で世界大会の前哨戦と言える戦いが、静かに幕を上げるのだった。
「健輔さんのことでしょうから、いろいろな人に声を掛けているのは間違いないでしょう」
「私たちとしては非常に助かりますが。やはり現物を見た方が理解は早い。彼の観察眼は信頼できますし、良い事尽くしの集まりになると思えます」
黄昏の盟約の主なメンバー。
コーチ、藤島紗希。
エース、クラウディア・ブルーム。
参謀、三条莉理子。
国内においてはアマテラスやクォークオブフェイトに次ぐ実力があるのでは、と注目されている有力チーム。
その首脳陣こそが彼女たちである。
本来ならばチームの方針などについて話す場であるが、今の話題はもうすぐ行われる集まりに関してのものに集約していた。
予想もしていなかったイベント。健輔により差し込まれた貴重な機会を活かすため、才媛たちは知恵を絞る。
「チームを固めることが優先だったため、周囲への警戒は粗い部分が多い。最低でも有力チームは観察しておくべきでしょうね」
「エースだの、リーダーだのぐらいは見えるでしょう。出てこないチームについては、逆に1つの判断基準になるかと」
莉理子、クラウディアの順に意見を並べる。
場を楽しむというよりも活かすための意見。社交を前哨戦と捉える故の発言であるが、1人だけ口を閉じている紗希の瞳の色は機嫌が良いと言えるものではなかった。
「2人とも、真面目なのもいいけど、少しは真剣に楽しんであげてね? あの子、そういう意図とかないと思うから」
「わかってます。健輔さん、普段は普通に正面から来る人ですもの」
「私もわかってますよ。別に楽しみじゃない訳ではないです。いろいろな強敵と会えるのは、それはそれで良いことですしね」
「お願いよ? あれでも私の弟分なんだから。こんな事で落ち込む姿とかは見たくないの」
コーチと言うのはある意味では部外者となる立場である。
チームを第一にする2人からは少し離れた立ち位置で、太陽の名を女性は釘をさす。
何でもかんでも魔導競技と結び付けるのは、それはそれで良い事とは思えない。
弟分の健輔にも会う度に口を出しているが、あまり効果は見られてない。
せめて、関わるチーム内ぐらいは思いを感じ取って欲しかった。
「気持ちはわかるから、ゆとりは持つこと。話をして、琴線に触れるものがあったら、その時に警戒する。その程度で良いの」
「因縁は育てるもの、ですか?」
「ええ。因縁の1つや2つ、結べないようなら、その程度ということです」
まだ見ぬ強豪も0ではないだろう。
組み合わせによっては世界大会に行く前に消えるチームも存在するはずだ。
戦うための条件は厳しいものがある。
それを超えて、結ばれるものが因縁。
健輔が桜香や皇帝と結んだものであり、紗希が現役の時代に抱えたものである。
「そんな事よりも、やってくるチームの中でどことぶつかりたいのか、と言う視点の方を大事にしましょうよ」
「どのチームも魅力的ですしね。莉理子さんが注目するのは?」
「無難なところですが、クォークオブフェイトでしょう。連携を軽くみていませんが、あの人たちは高度な個人戦力が結果としてチームワークになる類のチームですので、個人技においては疑いようもなく最高峰です」
世界大会における最大の壁。
アマテラスも十分に脅威であるが、身近に接することが多い莉理子たちからすると、クォークオブフェイトの対策の困難さには頭を抱えるしかない。
幅広い戦術に、正攻法を強いるチーム構成。
世代交代による相対的な弱体化こそあるが、それ以外には弱点らしい弱点がない。
この部分はアマテラスにも共通している厄介な部分であった。
大凡、去年と比べても変化が少ない。あるとすれば、上方修正のみというのは敵からすると厄介としか言い様がなかった。
「何処のチームも世代交代は苦労しますが、クォークオブフェイトは後1年は持つ。戦法の要たる佐藤健輔がいる限り」
「圧倒的な汎用性。そして、正攻法での強さ。あの子に勝つには、魔導の技術もそうだけど、心理戦も含めた総合的な部分での勝利が必要ね」
幾度も重ねた議論。
いつぶつかるかわからないが、最後まで行くためには避けられない壁である。
交流会の主催者でもある彼らを甘くみることはない。
「では、莉理子ちゃん、次の質問です。私たちにとって、非常に面倒な相手はどこでしょうか?」
「そうですね。いろいろとありますが、第一には星光の魔女がいる晩餐会が危険でしょう」
黄昏の盟約は合併による戦力向上が行われたチームである。
個々の質や、コーチの力量などを鑑みても上位には入るだけのものを持っていた。
しかし、新興チーム故の脆さもある。
戦術的なレパートリーの少なさ、チームとしてのスタイルが未確立であることなど、一朝一夕ではどうにもならない問題を抱えていた。
「クラウディアは距離を選ばないエース。あなたの強さは疑う部分はないです。でも、世の中には相性がある」
「そうですね。近距離よりも、長距離が私には厳しい」
「はい。無論、並みの使い手に負けるようなことはないでしょうけど」
加えて言えば、紗希も近距離寄りの人材である。
チームとしても明確に遠距離を範囲としている逸材は少ない。
皆無ではないが、他の部分に劣っているのは事実であった。
「シューティングスターズも当然、警戒の対象ですね」
「ゲームメイクについてはしっかりと考えないとダメなチームたちでしょうね」
同格もしくは格上ともなれば、何処かで不利な部分は出てくる。
当たり前と言えば当たり前の話であるが、再度、認識を固めることには意味がある。
「結論としては、どこも注意をしましょう、ですかね?」
「いつも通り。代わり映えのしない結論はなんとも言い難いですね」
苦笑する面々。
既に話し合って出た結論であるが、他に何かないかと不安になって口に出してしまう。
どれほど覚悟をしたところでまだまだ10代の少女なのだ。
消しきれない不安と言うものはあった。
強敵揃いの中で、進めるのは2チームのみ。
少し大目に強敵と当たってしまえば、もう戦えなくなる。
雪辱を果たすため、激突できれば御の字と言う状況は掛かる重圧を強くするものだった。
「新しい発見のためには、新しい刺激が必要で」
「交流会はちょうど良い。さらには、文化祭も重なるから」
「息抜きにも使える。なんか、健輔さんは本能で正解を引き当てる才能でもあるんでしょうか。断られにくい材料が揃ってますよ」
ニコニコ楽しそうに笑っている姿が脳裏に過る。
無害そうな争いとは無縁の笑顔で、獲物を吟味する狩人。
そう考えると、健輔がとてつもなく優秀なハンターに思えるのだから不思議である。
「多分、テンションだけは凄い高いんだと思うわ」
「簡単にに思い浮かびますね」
「ええ、本当に……」
三者が同時に脳裏に描いたのは、満面の笑みの健輔。
数多の強者が集うことにこれ以上ないほどにワクワクしているであろう姿を思い浮かべてしまい、何とも言えない表情となる3人なのであった。




