第200話『次への布石』
親睦と言うからには、普段はあまり絡むことのない人物と交流を深めることになる。
当たり前と言えば当たり前であるが、事前に想定出来なかったことを、彼――大角海斗はとても悔やんでいた。
「……えーと、海斗くん?」
「な、なんでしょうか、九条先輩」
困ったように微笑む先輩の用件はわかっている。
わかっているのだが、対処できない以上は理解できていないのと同じだろう。
自らの不甲斐なさを自覚はしていた。
「それまで、硬くならなくても」
『マスター、多分、無理ではないでしょうか。脈拍などが極度の緊張を示しています』
「雪風、すまんが、わかっているので、何も言わないで欲しい」
『海斗、マスターが偉大な存在なのは当然ですが、あなたはチームメイトなのです。もう少し、力を抜いていいと思いますよ』
違う、そう言う事じゃない、と言えたらどれだけ楽であろうか。
大角海斗も男性、しかも思春期の男である。
好みというものはあり、その好みに優香は割とヒットしている。
優しい女性像、というものに憧れがあるゆえに、空気から含めて、全てがふんわりとしている普段の優香は理想の偶像と言って良かった。
「誠に、己が不甲斐なくて」
「いいえ、その緊張されるのは慣れてますので、お気にせずに。でも、本当に大丈夫ですか? 汗も凄いことになってますけど」
「隣り合う、というこの状況が、予想以上だった、と言うべきでしょうか。本当に、すいません。普段はここまでにはならないのですが」
優香と交流する、と強く意識するほどに身体が硬くなる。
その他大勢の1人で在る時には、全くと言っていいほどに問題ないのに、実像を伴ってしまうと、こうなってしまうのだ。
こればかりはどうにも出来ない、と内心では既に諦めていた。
意識したが最後、時間しか解決する手段はない。
「すいません、祝いの席で」
「ううん、気にしないで」
ニッコリと微笑む笑顔に心臓が高鳴る。
優香に対して、恋をしていると言う訳ではないのだ。
言うなれば、遠い世界にいる好みの芸能人が隣にいて、自分を意識してくれている。このシチュエーションが最も近いだろう。
遠くにいるはずの存在が存外に近かったというシチュエーションを意識してしまったことこそが、この妙な空間が誕生した理由であった。
そもそも、話すような話題もないのに隣に置かれている、というのも辛いのだが。
「先輩はその、何故魔導競技をやろうと思ったのでしょうか?」
「ん? そうだね。私がやろうと思ったのは、やっぱり姉が理由だったかな」
「そ、そうですか。九条、桜香先輩が」
「うん、世界で1番強い魔導師。私たちの世代ではね」
苦し紛れに話題を変える。
顔を見るような余裕はないため、視線は全く別の場所に飛んでいたが、高鳴る心臓は地徐々に落ち着き始めていた。
予想外にシチュエーションを意識してしまったからこその、失敗である。
慣れてくれば、普段通りに敬意を持って接するだけだった。
少なくとも会話自体は問題なく出来るはずなのだから。
「お姉さんに勝利するため、でしょうか?」
「うん、そういうことで、問題ないと思うよ。結局のところ、私は勝ちたいだけだと思う」
少し妙なニュアンスであった。
まるで、本人も理解していないとも取れる言い分に、疑問符が浮かぶ。
「何か疑問点でもある? 不思議そうな顔をしてるよ」
「あっ、いえ……」
浮かんだ疑問はあれど、突っ込むほどに親しさはない。
きっと、この優しい先輩であれば、答えてはくれるだろう。
聞きたいという想いはあり、嘘ではない。
「何でも、ありません。あの九条桜香選手ですから、当然の目標ですよね」
「そうですか。納得していただけたなら問題ないです。ふふ、ありがとう」
「い、いえ、こちらこそ、不躾な質問に答えてくださってありがとうございます」
誤魔化がばれている事に赤面するしかない。
この未熟さこそが、自分がまだまだである証。
悔しいという思いが、今まで以上に胸を満たす。
良いところを見せてみたい、と海斗は静かな決意を胸に秘める。
高鳴る音は消えて、小さな覚悟が彼を動かす。
小さな切っ掛けであれど、負けられない理由がこの時、確かに生まれたのだ。
「羨ましいような、違うような」
「何? 私では不服?」
「いやー、そういうのじゃないんですけど、隣の芝生は青い、みたいな」
「ふーん、言い訳がだんだん健輔みたいになってるの、直した方がいいんじゃないかしら。悪い影響だと思うわよ」
「うぐっ……」
美咲は道化を演じる後輩に容赦のないダメ出しをしていた。
他のメンバーと違い、2人は相応に関係がある。
何せ、美咲は香奈に代わってチーム内の魔導機調整を引き受け始めているのだ。
魔導師にとっての生命線の調整作業を行うのだから、扱う本人についてはよく知っていないと話にならない。
「あなたの本命はチーム外との交流会でしょう? 真面目な理由と、不真面目な理由の両方でね」
「見抜かれてるしー!?」
「だって、この間の調整作業の時にしっくりこないって言ってたじゃない。ようは、チームの中ではイメージに合うポジションが見つからなかったんでしょう?」
「えーと、はい、まぁ……そういう感じです」
「趣味と実益を混ぜてなんとかするのは、健輔を見習ったのかしら。良い部分は取り込んで合わない部分は別途考える。考え方は1番健輔に近いかもね」
後輩なりの努力の証を美咲は見逃さない。
魔導機には魔導師が行使した魔導の記録が全て残っている。
そこから得られる情報は膨大であり、魔導師の性格を表していると言ってもいいだろう。
調整作業とは、日々の生活の中で生じたブレなどを修正する作業であり、その担当者である美咲は各人の傾向はしっかりと把握していた。
「思うところがあるなら、頑張ればいいと思うわ。まあ、海斗くんくらいには相談するようにね。健輔も完全に独力で爆走していたのではないし」
「いや、ちょっとやる気が足りないかなーって思ってたんですけど」
「巻き込むには? まあ、切っ掛けは誰にでもあるものよ。基礎はみっちりと仕上げているから、応用は自分でなんとか出来るはず、っていうのが私の感想」
嘉人は技巧派であるが、チームの内の技巧派とはまた毛色が違う。
圭吾などは魔導の強さとしての技巧派であり、嘉人は魔導以外の部分での技巧派なのだ。
どちらも兼ね備えたのが、武雄であるが、嘉人はそこまで器用ではない自分を知っていた。どれだけよく表現しても小器用。
魔導の強さと言う面では大したことがないのを、それ以外で必死にひっくり返そうとする。あくまでもその程度だと、割り切ったことだけが彼の強さであった。
「はぁぁ、難しいですわ。いろいろと考えても」
「非力な部分はどうしようもない、ですものね。弱い部分は弱いままで。あなたには其処を如何こうするつもりがないもの」
「努力はしますけど、人生捧げるレベルの努力って、まあ、出来るやつと出来ないやつがいますよね。俺は後者の自信があります」
凡夫と言い切ってしまえば簡単ではあるが、真実とは言い難いであろう。
嘉人はトータルのレベルは高いが、世界に届くような逸材でも国内に響き渡るような優秀な男でもない。
しかし、平均という総体値は超えていると表現が可能な、何とも普通な男であった。健輔の普通とは異なる真実、能力値は普通な存在。
「工夫のし甲斐はあるでしょう? まあ、頑張って引出を増やしなさいな。健輔もそうだったけど、そうするしかないんだし」
「先輩たちはほんと、厳しくて優しい人ばかりですよね。厳しいだけなら、反抗も出来るのに、優しかったら、自分を奮い立たせるしかないじゃないですか」
嘉人の恨み節を美咲は笑う。
そんなレベルまで出来る訳がない、と他ならぬ自分が思っているのに、お前たちはやれる、と押し付けられた。
美咲からすると、笑い話――もはや、思い出になった出来事である。
過去は美化されるものだが、改めて実感するしかない。
「ええ、そうね。その期待に応えないと、惨めですもんね」
「わかってやってるから性質が悪いんですよ」
「仕方ないわよ。だって――」
健輔ほど振り切ってはいないが、美咲や優香、それに圭吾も、掛けられた期待があった。
入ったばかりの頃は今の嘉人と同じように思ったものである。
それが、どういうことであろうか。
今や、立場が入れ替わっていた。
「――それが、このチームの伝統ですもの。期待に伍するだけの、試練を与えて、必ず踏破すると信頼する。このチームの強さの秘訣ってやつかしら」
「うへ……来年は同じことをしてるのかぁ……。いや、するか……? いや、するだろうなぁ……。多分、実感しちゃうんだろうし」
「結果的に必要だった、と思うちゃうんでしょうね。わかるわよ、渋い表情になるのはね」
受け継がれる伝統、というものは意図しない形で生まれるものである。
素晴らしい先人の魂を受け継がせる儀式。
しっかりと、その信念と共に継承されていた。
「ま、頑張りなさい。技術的に手伝えることはいくらでも手伝うわ。今はまず、自分だけのやり方をしっかりと煮詰める時期よ。焦らずにね」
「わかってますよ。普段とは違う視点と交わるチャンス、しっかりと活かすつもりです」
「よろしい。女の子の事しか考えてなかったら、ちょっと痛い目にあってもらうところだったわ」
「そ、そんな事、あるはずないですよ、は、はははははは……」
乾いた笑い声を聞いて、美咲はジト目を向ける。
この後輩が抜け目ない男であることは知っているのだ。
どちらが本心なのか、わかったものではない。
釘だけは刺すようにしておこう。
健輔とは別の意味で要注意な男。
白藤嘉人の事をしっかりとメモしておく美咲であった。
「普段から全く交流がないって訳じゃないから良かったよ」
「いきなり親睦会と言うから何かと思ったら、切っ掛け作りか。まあ、健輔のやつには必要かもな。あいつは、いろいろと線引きの怪しい男だからな」
「だよねー。私たちとも魔導オンリーだし。働きだしたら、スーパー仕事人間とかになりそうだよ」
意図的に偏らせた配置は、それなりに功を奏したようである。
3年生たちは悪くない形で、今までの積み重ねが生きてきたことに一安心であった。
「藤田、お前としては次は誰にするつもりなんだ?」
「ん? 私? どうだろう。正直なところ、わからないんって感じかな」
「意外だな、健輔を推すと思っていたが」
和哉からの言葉に眉を顰める。
そろそろ次を意識する時期であるのは、葵にも自覚はあることだ。
問題は、彼女の中で次を託すべき相手を迷っていることであった。
和哉の言い分はわかる。
気に入っている相手であるし、健輔は殊更適性が低いという訳ではない。
王道、と言い換えてもいいだろう。
「個人的に、何とも言えない違和感がね」
「あー、私もわかるかも。健輔って、先輩って感じではあるけど、リーダーってタイプじゃないように感じるかな。香奈は?」
「どうだろう? あの子は意外と小器用だしなー。個人的には、どっちでもって感じ。 剛志くんー」
「意見を回すほどのことか? どちらでもいいだろうに。あの4人の中では、ベターではあるだろう」
総じて薄い反応に、和哉が眉を顰める。
興味がない、というよりも誰でも卒なくこなせる可能性が高いからこその、葵に任せるという判断に近い態度であった。
「なるほど、果断なお前が悩む訳だ」
「でしょう? ま、終わる頃にはいろいろと見えてるよ。それでは、暖かく、苛烈に、見守ってあげましょう」
「同意しておこうか。我らの先輩のごとく、な」
「そうそう、そういうこと。ああ、もうちょっとしたら、混ざってきてね。私はぼんやりと此処で見ておくけど」
話はここまで、と葵は会話を打ち切る。
全員が頷き、次への話は流れていった。
チームを託すべき時代の存在。誰が良かったのかは、結果のみで示される。
その事を、誰よりも知っている女性は、頭の片隅で、難問を解き明かす方法を考えるのだった。
今年最後の更新になります。
1年間、お付き合いありがとうございました!
皆さま、よいお年を!
また来年もよろしくお願いします。




