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第199話『共通点』

 やると決めれば行動は素早く、果断となる。

 真由美から生まれて、葵、健輔に引き継がれたある種の伝統であり、このチームの象徴となる精神性であろう。

 健輔の発案から僅か2日。

 悶々と悩んだのは何だったのか、というほどにあっさりとチーム内での親睦会はあっさりと開幕となった。


「それでは、それでは! ここからの戦いと、今までの戦いに感謝を込めて!」

『乾杯!』


 乾杯の音頭を取るのは、リーダーである葵ではなく、香奈であった。

 底抜けに明るい雰囲気の女性は、場の盛り上げ方をわかっている。

 部室の仲でピザを取って、食べるだけでも、特別な場に変えてしまえる力があった。


「……なんか、あれだな。悩んでいたのが、アホらしいというか」

「何か悩んでいたんですか?」

「ん、いや、まぁ……。発案者、俺だしね」

「へ? この親睦会って、先輩の発案だったですか?」

「意外か?」

「はい。先輩って、こういうところに気を配れるイメージはないです」


 親睦会であるがゆえに、普段は交流の少ない者と交流するように配置が考えられている。

 健輔の隣に坐すのは、2人の少女。

 暮稲ササラと、川田栞である。

 栞は朔夜と引き離されたことで無口になっていたが、ササラは割とスパスパと切り込んでくる。

 やり易いと言えば、やり易いが、健輔の中にあったイメージとはかなり乖離した言葉遣いではあった。


「お前さん、そんなズバズバ系だった?」

「いいえ。もうちょっと大人しかったですよ。でも、先輩にはそんなのいらないですよね?」

「お、おう……」

「今でも尊敬してますし、目標となる魔導師は先輩です。でも、人間的には素直・・に見習えないところもあるなって、思うようになっただけです」


 小柄であるが妙な威圧感を伴って断言する姿に、健輔はある女性を幻視する。

 丁寧な物腰で、実際に丁寧なのだが、妙な毒を会話に盛り込んでくる女性。

 素直なバトルスタイルの中に、少しだけ曲がったものを混ぜ込むやり口は、このチームの中でもある人物が長けているやり口であった。


「……真希さんと、仲が良いんだっけ?」

「はい、とても、尊敬してます。いろいろな意味で」


 とても、の部分を強調して笑顔を作る。

 健輔はゆっくりと視線を動かしてみた。

 すると、悪戯が成功した子どものような顔をした先輩がウインクをしてくれた。

 容姿の整った先輩からの可愛らしい仕草。

 普通はときめいたりすべきなのだろうが、微塵もそんな気持ちは湧いてこなかった。


「俺の知らないところで、後継者が生まれている……!」

「先輩の世界は物凄く閉じているという印象なんですけど、そんなにショック受けてますか? 気にしないかなって、思ってたんですけど」

「気にしている訳ではないんだよなぁ……」


 どれほど強くなり、どれほど高名になろうが、逆らえない者というのは必ず存在する。

 親であったり、世話になったりした人が該当するだろう。

 暴君の如き人間ならば、そんな情とは無縁なのかもしれないが、健輔はそういった人種ではなかった。

 どちらかと言えば、恩などにはうるさい方の人間である。

 先輩を思い出させるリアクションには、基本的に弱い。

 

「何にせよ、逞しくなるのは良いことだろうさ。真希さんを見習って、小技を磨け。ああいう人は大事な場面で必要になる」

「小技っていうのが、ちょっと気に入らない表現ですけど。頑張りますよ。先輩にも、認めてもらいたいですしね」

「おう、楽しみにしてる。……で、だ。もう1ついいか?」

「はい? ……ああ、そういうことですか」

「ああ、そういうことだ」


 先ほどから1度も会話に混ざらない人物に視線を送る。

 釣られて、ササラの視線を該当の人物へと注がれた。


「栞ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。その緊張とかでは、ないんです」

「場に居づらいとかじゃないんだったら、いいけどさ。本当の本当に大丈夫なんだよな?」

「は、はい! 話題が思いつかなくて、必死に聞いているだけです」

「真剣なのは悪くないんだけどな」


 栞の性分は知っているが、こういう場でも健在のようであった。

 ある意味で不器用と言うべきなのだろう。

 場に合わせて、自分を切り替えるというのは相応の難易度がある。

 健輔のように周囲の空気など一切気にしない、というのは相応以上に難しいのだった。


「お前さんの調子はどうなんだ? 葵さんからも指導を受けているんだろう」

「え、えーと、悪くはない、です」

「自分のことなのにえらく歯切れが悪いな」

「その、まだ自覚できるほどの活躍はしてないですから……」

「ああ、なるほどね。そういうことなら仕方がない。俺にも覚えがある」

 

 自らの実感でも強くなっている。

 周囲から見ても実力はある。

 しかし、どうしても実感が出来ない。

 健輔にも覚えがある感覚であった。結局のところ、先輩に頼っている内に実感は出来ない。何処かで必ず、巣立つタイミングがあるのだ。


「俺が、いや、俺たちがお前さんの成長を阻害しているのかもな」

「そ、そんな事は、ないですよ。とても丁寧に指導していただいてます」

「機会を活かせていないのは、私たちですから。その部分に関しては、心配無用です。どちらかと言えば、叱責してくださって問題ないですよ」

「叱責って。別にそれほどの事でもないだろうに」


 結果的に活躍できず、実感を得られない事は本人の問題である。

 健輔にとっては別に問題にするようなことでもなかった。

 素直に吐露された感想は掛け値なしの本音で、だからこそ、ササラは大きな溜息を吐いた。この先輩はそう言うだろうとは思っていたが、いざ言われると、思うところがあった。


「最後はご自分で解決される、からですか?」

「おう。なんだ、不服そうだな」

「はい。たちには、まだまだ信じて託されるだけのものはないんだな、と思いまして。正直なところ、かなり悔しいです」

「そうか。悔しいならば、良いことだ。まだまだ伸びる」


 この先の戦いはもっと辛くなっていく。

 健輔の能力は対応力において、他に追随を許さないが、無敵でもなければ最強でもない。

 自らの対応可能な範囲というものについては、よくわかっているつもりだった。

 選抜戦については、まだまだレベルの低いチームや、そもそも策の根本がずれているチームが多かったが、此処から先は同じではない。


「お世辞とかじゃなく、本音を言うならば、今年の優勝はお前たちの双肩にも掛かっている。俺たちだけだと、必ずどこかで頭打ちだ」

「それは、期待しているってことですか?」

「ああ、どんな能力でも知られてしまえば、対応策は必ずある。俺の力は対応し辛いはあるが、対処・・は可能だしな」


 付き合いの深いクラウディアなどは、健輔を上手く行動させない方法ぐらいは考えているだろう。

 健輔が優香に対して勝ち切れないのと同じように、純粋な格以外にも勝敗に影響する部分はあるのだ。

 呼吸を掴まれている、もしくは掴んでいる相手との戦いはまだ普段とは異なる戦いになるのは間違いなかった。


「桜香さんにどうやって勝つのか、なんて今から頭が痛いしな。1つでも多くの手札はあるべきで、それはお前さんたちだよ」

「そうですか。だったら、嬉しいですね。ねえ、栞」

「うん。精いっぱい、やってきたつもりだけど、もっと頑張ろうって気持ちになるよ」

「そうそう、それぐらいの意気込みでやってくれ。安心しろ、才能って面では間違いなく俺よりも普通に優秀だ」


 才能がない、とは言わないが、尖っているという自覚はある。

 普通に優秀な後輩たちとは毛色が違う。

 彼女たちが成長した果て、自らと競う未来に思いを馳せる。

 それはきっと、健輔にとっても最高に楽しい時だと、確信が持てた。






「ああいう風にしていると先輩らしいのにね」

「高島先輩は結構、性格悪いですよね」

「親友が素直だから、僕はこれぐらいの方がちょうどいいのさ。友人関係って言うのは、正反対ぐらいの方が上手くいくものだよ」

「そういうものですか?」

「君と栞ちゃんもそうだろう?」


 朔夜は少し考え込み、納得してない表情を見せる。


「そんなの意識して、友達になったことないですよ」

「はは、正論だね。まあ、後付けだからね。妙に長い付き合いになると、きっと、こうなんだろうって、理屈をつけたくなるのさ」

「よくわからないです。わからない事をわからないままにはしておけない、ってことですか? 先輩らしい、というか」

「健輔とは反対だろう? 健輔はわからないなら、わからないなりにどうにかするだろうからね。まあ、噛み合わない部分があるから、イイ感じに友達なのさ」


 完全に同じ傾向の人間同士では、優劣を付けた時に、必ず上下が生じる。

 その点で言えば、正反対、と言わないまでも噛み合う部分の少ない圭吾と健輔は、良き関係だと言えるだろう。


「ぐだらないスタンスの話だよ。君とかは気にしなくていいんじゃないかな」

「先輩は優しいですけど、踏み込んでこない人ですよね。佐藤先輩だったら、全く気にしないで突っかかって来るでしょうに」

「だから、友達なんだよ。何度も何度も申し訳ないけどね」

「なんていうか、面倒な人ですね」


 朔夜は呆れたような視線を見せる。

 実際のところ、親睦会を提案した健輔よりも圭吾の方が後輩との付き合いは浅い。

 何だかんだと男子の後輩には世話を焼き、女子の後輩にも気を配っている健輔とは対照的に、圭吾は建前的な付き合いが多かった。


「この配置は香奈さんだからね。多分、葵さん以上にいろいろと周囲を見ている人だ。意図しているんだろうね。僕が1番、親睦を深めるべき相手は君、とかね」

「今のままでもいいけど、もっと上にいくためには、ってやつですか」

「そういうことかな。真希さんをササラに向けたり、栞さんの面倒を見たり、と葵さんには出来ない部分にいろいろと手を回しているみたいだから」


 圭吾が視線を送ると、香奈がニコニコとこちらを見つめていた。

 苦笑しつつ、手を振っておく。

 チームのナンバー2はやはり、いろいろと手強い先輩であった。

 自分に同じことが出来るのだろうか。 

 来年・・を思うと、相応に憂鬱になる。


「しかし、先輩たちは本当に酷い人たちだよ。いろいろと考えてくれているのが、わかるぐらいには聡いのが辛い」

「私たちからすると、高島先輩とかも同じですよ。ニコニコして、真意を悟らせてくれない人じゃないですか」

「僕なんかまだまだだよ。香奈さんなんか、距離感を自由自在だからね。物凄くフレンドリーだったのに次の日には、妙にお仕事めいた距離になってたりするし」


 そして、ふと瞬間には真面目な顔を見せる。

 全部が計算なのか、それとも素なのか。

 圭吾では永遠に解けない問題だろう。

 健輔のように全く気にせず、ぶれもせずに付き合うのは中々に難しい。


「健輔は僕を評価してくれるけど、僕の自己評価は低い。普通、だからね」

「嫌味ですか。私たち、その普通・・に負け越していたりするんですけど」


 朔夜はむっ、とした顔を見せる。

 浮かぶ苦笑を深くして、自信家の少女に圭吾は弁解した。

 彼女ほど素直ではないが、去年の自分も似たような事を思ったものである。


「ごめんごめん。立場が変わると、相手への配慮が無くなっちゃうね。去年は、同じようなことを隆志さんに言われて、不機嫌になったのに」


 自分よりも強いのに、何を弱気な事を言っているんだ。

 言葉にすればそれだけであるが、自分の事になると忘れてしまいがちなことであった。

 謙虚であれ、と言い聞かせすぎて、結果的に卑屈になってしまう。

 己の悪癖である、と圭吾は理解している。

 親友が努めて、強者として振る舞う理屈は理解しているのだ。

 自らもいつまでも下にいる気持ちではいけない。


「自分の中では左程変わっていないからこその謙遜だよ。君たちの事を貶している訳ではないんだ」

「変わってない、ですか?」

「ああ。――ま、簡単なことさ。君が成長を実感するのに勝利を必要とするように、僕も強くなったことを実感するには、相応のものが必要ってことかな」

「なるほど。それが果たされるまでは」

「どれほど、周囲に評価されても、自分で自分を認められない」


 現状において、弛まぬ鍛錬と確かな才覚で1番、伸びているのは朔夜であろう。

 それでも、彼女はまだ強くなった自分を実感・・できていない。

 契機となる出来事ことが、己を認めるのに必要であり、そのハードルは当然ながら上がっていくことになる。

 圭吾レベルでも、もはや単純な勝利では実感はできない。

 もっとも、それは朔夜にも言えることであった。

 後衛であるからこそ、強敵と戦い打破する、と言う形では強さを実感しにくい。

 圧倒的に勝つか、粉砕されるように負けるか、というのが後衛型――火力型の宿命である。真由美のように正面から戦える、というのは、中々いないからこそ、讃えられるのだ。


「僕たちはある意味で似たもの同士、ってことか。健輔に倣う、という訳でもないけど、これから仲良くしてくれると嬉しいかな」

「いいですよ。立ち回り、経験、いろいろと学ぶことはありますから。私も、あなたと同じようにいろいろな距離・・を制したい」

「これは、また、何とも茨の道だね」


 わかりやすい道ではなく、困難を踏破することを望む。

 苦笑するしかないが、他人を笑うほど、圭吾も賢い道を歩んでいる訳ではなかった。


「でも、納得したよ。君も確かに、このチームのメンバーだ」

「馴染んだ、ということだったら嬉しいですね。頑張ってきた甲斐があります」


 お互いに指揮官に近い、広い視野の持ち主として、学ぶべきことがある。

 朔夜は圭吾の技巧を、そして圭吾は朔夜の精神と力を。

 武器は使い様だと、理解しているからこそ、2人は仲良くやれる間柄であった。


「今回の戦いも激しくなっていくはず。その中で、自分の理想を果たせるように協力していこうか、逞しい後輩くん」

「ええ、伝説に近い、ランカー超えを目指す、素晴らしい先輩」

「はは、同じチームの創設者超えも似たようなものだと思うけどね」


 無謀であるが、そうであるゆえに挑む価値がある。

 正反対のように見えて、根本の部分は健輔と一致している。

 だからこそ、彼らは親友なんだろう、と桐嶋朔夜は納得をするのだった。


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