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第198話『心臓に悪い話』

 やると決めたのならば、やるべきことはたくさんある。

 スケジュールの確定。

 人員の確保。

 果ては場所の予約。

 健輔にとっては初めて尽くしの経験に、少し怯むが、先輩の威厳で押し殺して、嘉人たちには解散を命じた。


「と、言う訳なんだが、陽炎さんや、どう思う」

『よろしいのではないでしょうか。チームメイトと仲を深めるのも、敵と交流を深めるのも、マスターにとっては、強さに繋がると思います』

「だろう? 何処と当たるかわからない、ってのも悪くはないんだがな。やっぱり、顔とかを知ってる方が個人的には楽しい」


 友人との激突こそを望むのは、相手もまた強者だと知っているが故のことである。

 魔導競技は戦いではなく、あくまでも競技。

 敵を打倒する事は勿論であるが、競うことはそれ以上に重要なことであった。

 友人と真っ向から競い合い、その果てに手にする勝利。

 健輔にとって、最高の勲章はその領域にある。


「とはいえ、誰を呼ぶかなぁ……」

『あまり大規模にすると、目的を果たし辛くなりますよ』

「だよなー。後輩との懇親がメイン、っていうのもあるしな」


 ベッドに横になりながら、明日以降の行動に思いを馳せる。

 日数にはそこまでの余裕はなく、準備期間は1週間もないだろう。

 文化祭にも興味はある。

 やるべきこと、何をやらないといけないのかということを念頭に置いて行動しないといけないは間違いなかった。


「……はぁぁ、戦いよりも、余程面倒だなぁー」

『マスター……その、ちょっと、そのセリフは、どうかと』

「ん? そっか……まぁ、そうだよな……」


 只管に思考を巡らせながら、健輔は微睡に落ちていく。

 結局、決めるべきことは決まらないまま、次の日へと問題は持越しになるのだった。






 翌朝。

 悩んだ時、健輔は迷わずに誰かの力を借りる。

 そして、こういう時に最も頼りになるはたった1人しかいなかった。


「――と言う訳だ。どうしたらいいと思う?」

「意外とまともな提案にびっくりだよ。相談がある、って言われた時は何処かに殴り込みに行くのかと、覚悟を決めたのに、無駄になるとは思わなかった」

「どんな戦闘狂だよ。いや、流石にそこまでは……しない、と思う」

「そこで断言できないのは健輔の美徳だよね。まあ、わかったよ。場所とかはどうにでもなると思うよ」


 社交性において、健輔は圭吾に及ばない。

 自らの至らない部分を素直に認められるのが、健輔の強さの1つでもあるが、今回は諦めるまで早かった。

 誰にでも苦手な分野はある。

 万能の力を持つ魔導師でも、力でどうにもならない事は弱かった。


「ちなみにだけど、大規模な懇親会って話だけど、何でも詰め込めばいいってものじゃないんだから、分けて考えた方がいいと思うよ」

「と言うと?」

「チームの懇親と、敵チームの交流を同じにしない方がいいってこと」

「混ぜるとやっぱり、目的が弱くなるか?」

「二兎を追う者は一兎をも得ず、ってやつだよ。まあ、大袈裟に考える必要はないさ。2回やったら、ダメって訳でもないし、2回やればいいんじゃないかな」


 健輔は手間を考えて、一纏めにするつもりだったが、圭吾は逆の考えのようである。

 この辺りはバトルスタイルにも表れる両者の差であろう。

 健輔は誰かの力を借りる事に抵抗はないが、最後まで考え抜いた上での分業を行う男である。対して、圭吾は最初・・から分業前提なのだ。

 2人の持つ力の差は、些細な部分でのスタンスの違いと現れる。

 もっとも、両者ともにお互いのスタンスなど知っているし、

 

「ま、それが1番か」

「でしょう? 文化祭前にお疲れ会で懇親。文化祭後に交流と、宣戦布告・・・・を兼ねて、打ち上げでもやればいいんじゃないかな」

「そうだな。うん、そうしようか」

「チーム内の懇親会は僕の方で、やっておくよ。健輔は」

「招待する予定のチームを回るわ」


 阿吽の呼吸は揺るぎなく。

 優香と健輔は無二のパートナーであるが、健輔と圭吾の関係も負けてはいない。

 お互いが何を考えているのか、などは考えなくとも直感で分かる。


「健輔、1つ大事な役割を忘れてるよ」

「ん? この分担で問題あるか?」

「問題というか……いや、問題だね。チーム内の懇親もそうだけど、チームという形でするならば、プロセスをしっかりと通さないと」

「プロセス? ……あっ」


 懇親をするにしろ、何をするにしろ、ある種の公式行事である。

 健輔が後輩を連れてご飯を食べに行く、というプライベートでの行動という訳ではない。

 参加者はチーム全員。

 ここいらで改めて、しっかりと意思疎通をしよう。

 その後には、他のチームとの交流をしよう、という真っ当な事であるが、真っ当であるが故に1人だけ許可を取らなければいけない人物がいた。


「じゃ、葵さんへもよろしく!」

「嬉しそうに言いやがって……」

「はは、健輔なら大丈夫だよ。別に悪い事をしてる訳じゃないんだしね」

「うわぁ……。えっ、こいつ健輔って、言われるのが目に見えてるよ……」


 自分らしくない提案を持って行った時の反応が手に取るようにわかる。

 他人評価をそこまで気にする訳ではないが、流石に葵ほどの戦闘狂に、そういった反応をされると落ち込む。

 少なくともテンションが下がるのは間違いない。

 あまり好ましくない未来。

 それでも、健輔が発案者なのだから、やるしかなかった。


「はぁぁ……。仕方ないわな。じゃ、他の事は頼むわ」

「任された。頑張れ、親友」

「なんてやる気ないの応援だよ」


 気は重いが、どっちにしろやらないといけないのだ。

 己に活を入れる健輔なのであった。






「健輔、大丈夫? 私が殴り過ぎて頭おかしくなった?」

「予想よりも酷い言葉に、心が軋んでますよ……」

「ぷははははは、いやいや、仕方ないでしょう! まさか、健ちゃんから懇親とかいうワードが出てくるとか予想外もいいところだもん」


 爆笑する香奈にジト目を向ける。

 オロオロとしている優香が視界の片隅に移っているが、そんな事よりも問い出すことがいくつもあった。 

 己の行動方式は誰よりもわかっているが、ここまで爆笑されるほどに酷いものだとは思っていない。

 同類に近いと確信している葵にすらも笑われるのは、納得できないものがあった。


「ほ、ほう? そんなに変にですかね?」

「うわ、口元がピクピクしてる。葵、健ちゃん、怒ってるみたいだよ」

「えっ、まさか本気の本気? えっ、えっ? 正気?」

「正気ですよ!? というか、酷くないっすか! 流石にその反応は傷つきますよ」

「け、健輔さん、落ち着いてください」


 いくらなんでも、と声を荒げる。

 葵の言葉にも傷ついているが、さりげにずっとフリーズしている美咲の方が更に破壊力があった。

 微動だにしない様子は、ちょっとした恐怖も伴っている。


「だって……ね?」

「健ちゃん、いつも戦いの事ばっかりだしね」

「ぐぅ……ひ、否定はしないですけど……」

「私がそういう部類なのは否定しないし、別に認めてるからいいけど、流石に健輔ほど他の話題を捨ててないわよ。一応、女だし」

「えっ……葵さんと同じくらいですよね? 俺」

「いや、私を超えてるわよ。流石に寝る時も、というか四六時中魔導競技の事を考えてないからね。健輔、不思議そうな顔しないの!」

 

 葵のあまりにも予想外な申告に健輔がフリーズする。

 周囲を見渡すとお腹を抱えている香奈以外は、葵と似たような視線で健輔を見ていた。

 フリーズから復帰した美咲は呆れたような目をしている。


「えっ? ……えっ?」

「け、健ちゃんの提案はわかったよ。うんうん、戦闘の魔力に捉われた後輩が真っ当な道に返ってくるつもりなったなら、先輩としては汲んであげないとね」

「香奈、笑うのはやめてあげなさいな。健輔が凄い形容しがたい表情になってるからね」

「はいはい。相変わらず、実弟には厳しいのに、義弟には優しいですねー」

「香奈」


 地獄から響くような重い声に、健輔が別に意味で表情が漂白されそうになる。

 身体に染み付いた恐怖などは簡単には抜けない。

 仮に立場や実力で抜いたとしても、師匠はどこまでいっても師匠であった。


「おお、怖い怖い。ま、健ちゃんのお願いはわかったよ。うんうん、ちょうどいい機会だし、週末に懇親会やっちゃおうか」

「もう1つの方はそっちで適当にやりなさいな。協力はするから企画と実行は任せたわよ」

「……好きにしていい、ってことですよね」


 いろいろと脇に逸れたが本道に話が戻ってくる。

 チーム内での懇親は受け持ってくれるとのことなので、健輔は脳内からやるべきことを全て消去した。

 先輩たちの仕事に疑うべきものなど何もない。

 問題は己に振られたもう1つの問題である。


「大量のチーム、呼んでもいいんですね?」

「いいわよ。ただ、企画もそっちよ。呼んだはいいけど、場所がなかった、なんてダサいことにしないように頑張りなさいな」

「わかりました。じゃあ、俺の能力の範囲内で全力・・でやります」

「ええ、全力・・でやりなさいな」


 葵の声に笑みを深くする。

 言質は貰った。

 問題は何もない、ということでやりたい事をやろう。

 そう、例えばになるが、夏の打ち上げ、もしくは振り返りというのはどうだろうか。

 楽しい試みがいくつも浮かぶ。

 魔導をよりよく楽しむためのオプションとして申し分ない。


「よっしゃ、まずはクラウディアだな。優香、美咲、付いてきてくれ」

「ぁ、わかりました! 美咲もいこっ!」

「えっ、あっ、うん……。まだ、衝撃が抜けないけど、わかったわ」


 元気な2人と対照的に酷く重い空気を纏う美咲の凸凹3人組み。

 どんな組み合わせなのかよくわからないメンバーであったが、足並みを揃えて部室から去っていった。

 行動自体は共にする辺り、やはり相性が良いのだろう。


「慌ただしいというか、本当に面白いわね」

「葵も昔はあんな感じだったわよ? 世界は敵、怠惰は殺す、みたいな目してたもの」

「どんな殺し屋よ。流石にそんな事はなかったと思うんだけど……」

「自分のことはよくわからないって、本当よね」


 ニヤニヤとしている香奈に降参とでも言うように手を上げる。

 落ち着いた、とは口が裂けても言えないが大人しくなった自覚はあるのだ。

 それなりに周囲に迷惑を掛けてきたとは思っている。


「こうやって、一生、機会がある度に言われるんでしょうね」

「仕方ないわよ。腐れ縁、親友っていうのはそういうものでしょう?」

「嫌だ、嫌だ。理解できるが何とも言えない気分させてくれるわ」

「真由美さんも同じことを言ってたんじゃないかな」

「歴史は繰り返す、かしら。まあ、健輔も戦う事以外にも気を遣ってくれるようになるなら、嬉しいことよね。今回の事は良いことだわ」


 次のチームを託すべき相手には、正しくチーム全体を見て欲しい。

 リーダーとしての素養と言う意味では今一だった健輔が片鱗を見せてくれたのだ。

 姉貴分にして、師匠の1人としては嬉しいことであった。


「秋が過ぎたら、本気でも考えないとね」

「充実した時間は過ぎるのも早いよね。実力よりも、他の部分重視でみるよ? 強ければよい、じゃダメだからね」

「ええ、問題ないわ。ある程度の実力があれば、上に立つ権利はあるものよ。真由美さんが私を選んだのはいろいろと理由があったのだろうけど」


 選ばれた理由を正確には聞いていない。

 あまりリーダー向きとは思えない自分が選ばれた責任を果たすために、それなりに頑張ってきたつもりではある。

 しかし、期待に応えれているのか、というのは不明なままであった。

 聞く訳にもいかず、ただ日々を全力を戦っている。

 戦闘に勝利するよりもある意味では厳しい日々。

 慣れない自重などを身に着けた意味などはあるのか、自問する日々は続いている。


「考えるのは、面倒よね。それでも責務は果たすけど」

「葵は責任感が強いものね。あなたは他人にも厳しいけど、それ以上に自分に厳しいもの。あんまり根を詰めたらダメよ? 適度な休息もパフォーマンスの維持には必要なんだから」

「わかってるわよ。私が、私が、なんて被害妄想は抱いてないわ」

「だったら、いいけどね。世界で1番自分が優秀、なんて思っている人は責め方も独特だから」


 揶揄に不機嫌な顔を見せておく。

 弱点を含めて、いろいろと見せ合った仲の前には、いろいろと気恥ずかしい秘密があるものだった。

 今は理性ある無鉄砲であるが、昔はただの玉砕だった時もあるのだ。

 有り余る衝動を制御できずに迷惑を掛けてしまったのは、本気で反省している数少ないことであった。

 大抵は言い訳する余地があるが、この事に関してだけは葵の全面敗訴である。


「わ、私はいいのよ。もう、卒業したもの。とにかく! 健輔のあれ、ちゃんと経過だけ見ておいて。失敗してもいいけど、フォローはできるようにしないとね」

「はいはい、わかりましたよん! ふふん、本当に優しいんだから」

「香奈、あなたは本当に一言多いわね。1回、矯正してあげた方がいいかしら?」


 指を鳴らす親友から脱兎の勢いで香奈は逃げる。

 健輔たちの距離と似たような友人たちの距離。

 世代を超えて、変わっていくモノと受け継がれるモノ。

 意識していようとも、繋がるモノが此処にあった。


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