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第197話『親睦』

 嘉人から見て、佐藤健輔という先輩は見習いたいような、見習いたくないような不思議な先輩であった。

 男子たるもの、最強と言う言葉に夢を見ない者はいないだろう。

 実際には無理だとわかっていても、誰よりも強いという単純な暴力の尺度に一切の興味がない、と断言できるほど大人しい者は少数派だと嘉人は思っている。

 中々に大変なチームで、いつだって辞めたいと思っているが、それでもなんとか続くのは辛いこと以上に楽しいことがあるからだろう。

 尊敬できる先輩に、そして目の保養になる素晴らしい女性たち。

 誰よりも普通だからこそ、白藤嘉人はこのチームで上手いこと生きていた。


「……でもなぁ、誰にも芽がないのは、何故なのだろうか」

「……そんな事を俺に相談されても、なんだ、その……困るんだが」


 厳つい体格に、長身。

 どちらが戦闘向きかと問われれば、百人が彼の方だと断言する同じチームにおける同性の友人。

 大角海斗。

 チーム内におけるただ1人の同級生の同性に、嘉人は盛大に愚痴を吐いていた。


「何だよ。海斗だって、好みの先輩ぐらいいるだろう? 我がチームはレベルが高い」

「いや、まぁ……ない、とは言わないが……」

「おいおい、隠す必要はないって。別に言いふらしたりはしないさ。……バレたら、居心地最悪だろうからな」

「う、うむ。信用しているさ。何せ、完全に女性よりもチームだからな……」


 微妙に背中が煤けているのは、男女の仲の難しさを示していた。

 無論、別に疚しい事をしている訳ではないのだが、男性がいても圧倒的に女性が強い場にずっといることは相応に疲れる。

 別に女性が苦手、というのではなく、少しでも良いところを見せたい、と気合を入れてしまうゆえの疲弊だった。

 完全に開き直れるほど親しくなれば、なんとかなるのだろうが、同学年に対しても微妙に壁がある状況では夢のような話でしかない。


「だよなぁ……。藤田先輩もさ、遠目に見てるのは、なんていうか、イイんだよ」

「ああ、正しく美人、って奴だしな」

「そうそう。快活で、話しやすい人だからな。俺たちの悩みにも直ぐに気付いてくれるいい人なんだよ。ただ……」

「距離が、近い」

「ああ、本気で死活問題だよ。海斗はいいじゃないか、俺はあの人からの接触した上での格闘戦指導とかもあったぜ。あれは、天国で地獄だった」


 健輔とは一際近いが、後輩である彼らとも距離が近い。

 意識している自分たちが悪いのはわかっていても、青少年に美女の近すぎる接触指導などは結構辛いことが多かった。

 模擬戦で疲弊しきっている時などは記憶になくとも、毎回記憶が飛んでいる訳でもない。


「偶に思うんだけどさ、あの美人さんに抱きつかれたりしてるのに反応しない健輔さんは、マジで圭吾さんとデキてるのかな?」

「噂だろう。そもそも高島さんは、片思いの相手がいるじゃないか」

「いや、わかってるんだけどさ。健輔さんの偉大さ、ということで納得するしかないのか」

「うむ。きっと鋼の克己心で我慢しているのだろう」


 後輩2人の中で微妙に評価が割れているが、実体はそれほどのものでなく、ただ単に顔に出ていないか、そもそも気が回ってないかの2択である。

 気付ば流石に内心で焦り出す。

 もっとも、その場合でも表面には何も出てこないので、一見すれば鋼の男に見えるのも間違いとは言い難い側面があった。


「俺も、その鋼の克己心があれば、モテるのかな……」

「いや、流石にそれはないだろう。…多分、だけどな?」


 2人して同じタイミングで、大きな溜息を吐く。

 苦しい訳ではなく、辛いのでもないが、何とも言えない窮屈さがあった。


「はぁぁ、いいよな、お前は穏やかな座学が中心で」


 嘉人の言葉に海斗の眉がピクリと反応する。

 少し憮然とした表情で、否定の意を示す。


「何? そんなことはない。こちらも、辛いんだぞ。その、女性と、複数でずっと同じ部屋にいるというのはな……」

「なんだよ。別に相手の部屋とかじゃなくて、図書館や此処ぶしつが主だろう? そんな緊張するような場面があるとは思えないんだけど」


 海斗の意見に嘉人が尋ねる。

 嘉人の言い分は外側から見ると一見すると正しく見える、という典型であった。

 座学には座学の苦しみがあるのだ。

 肉体的な接触などではなく、精神的な苦しみである。


「まずは、匂いだな。獅山先輩の香水なのだろうが、その……」

「お、おう、そうか。……そういえば、そういうのがあったな」

「他にもある。こちらは少し、今までの苦しみとはずれるが」

「な、何だよ。深刻そうな顔してさ」


 暗い顔をした海斗はゆっくりと、溜め込んだ思いを吐き出すように口を開く。


「俺にも、なけなしのプライドがある。だが、その……やっている内容が高度すぎてな。ついて、いけない時があるんだ」


 その度に何度も何度も根気よく説明してくれるのが、美咲と香奈である。

 2人とも嫌な顔もせず、わかりやすく丁寧に教えてくれた。

 海斗も2人の期待に応えたいと全力である。

 全力なのだが、世の中にはやる気だけではどうにもならないことがあった。


「俺は、消極的にバックスを選んだ男だ。ハッキリ言えば、適性はあまり高くない。そんな俺に2人とも、期待してくれるんだ。これは、辛い……」

「……そうか、そうだな。ああ、それは、キツイな」


 少し肩を落とす友人から視線を逸らす。

 何だかんだで、嘉人はここまで活躍する場面もあった。

 葵との練習の辛さなど、ある意味で笑い話的な辛さである。

 対して、海斗のそれはいろんな意味で本気の悩みであった。

 女性の前で格好を付けたい、もしくは少しは良いところを見せたいが、実力不足で出来ない上に、魔導の実践と違い、座学は積み重ねがメインである。

 一気に成果を出す、というのは不可能ではないが、容易な事でもなかった。

 一朝一夕に、とはいかない分野である。


「……」

「……」


 急激に変わってしまった空気に、嘉人もあまり良いアドバイスを出せない。

 窓の外を見つめながら、どうやって空気を入れ替えようかと、悩んでいると、


「おろ? 何だ、2人だけか?」

「健輔さん」


 健輔がひょっこりと顔を出すのであった。






「ふーん、そんな悩みがね」

「ふーん、じゃないですよ! もうちょっと、こう、真剣に考えてください」

「ああ、悪い悪い。別に実感ないとかじゃないよ。あったなーって感じで懐かしくなってるだけだって。まあ、海斗と比べて、嘉人は幸せそうだなって思ったけどな」


 抗議の言葉を放とうとする嘉人を華麗にスルーして、健輔は海斗に笑いかける。

 努力が実を結ばず、辛い思いをする。

 辛い、というよりも羞恥心が疼くというべきであろう。

 1人の男性として、悔しさを覚える事は自然なことであった。

 健輔にもそちらの感情は覚えがある。


「そうだなぁ。……残念だが、同じ舞台で競うのは諦めた方がいいと思うぞ」

「同じ舞台ですか?」

「言うのもあれだが、天才というカテゴリーで努力するような輩が1番上にくるんだ。そりゃあ、凡人が普通に努力しても一生追い付けんだろうさ」

「しかし、その……」


 言いにくそうな顔に意地悪い笑みを作る。

 武雄が何故、自分の態度を見て、意地の悪い顔をしていたのかがなんとなくだがわかってきた。

 後輩に上から目線で言葉を投げるのは、ハッキリと言って楽しいのだ。


「俺も凡才なのに、って感じか?」

「いや、流石にそこまでは。ただ、健輔さんは上でも活躍してますから」

「活躍、ってほどでもないけどなぁ。上にいる奴を超えるのと、倒すのって別に一致したことでもないからな。考えて、その上で上手く出し抜けばいいんだよ」


 実際、健輔も倒す事は可能であっても、桜香やフィーネを超えるのは不可能に近い。

 単純に持っている力の方向性が違う。

 競技的な意味で上回る事は可能であるが、能力値で超えるのは天地がひっくり返っても難しい。


「しかし……」

「いやいや、誰かを超えるって、よく言うけどさ。実際のところ、何をどうしたら超えるのかって、完全に自己満足だよ。客観的に超えたか、なんてのは判別できんさ」

「悩むよりも、出来ることを考えろ、と」

「おう。大事だぜ、考えるって。効率を考えて、後追いとかをすることが多いと思うが、リスクを恐れていたら、何も出来んからな」


 健輔から見て、海斗に足りないのは素質などではなく、危険を取りに行く度胸である。

 これは嘉人にも共通していることであるが、彼らは2人とも自分で考えた末の力というものが存在しない。

 言われるがまま、ただ先輩の指示に従っている。

 これではいつまで経っても半人前でしかない。


「基礎は大体できてるんだ。失敗してもいいや、で好きにやってみろ。美咲には出来ない事で、お前にしか出来ないことが必ずある」

「は、はい! ありがとう、ございます」

「いいよ。先輩・・というのはこういうものだろうしな」


 傍から見れば大したことない話題でも、本人にとっては重大なことなのだ。

 健輔にも覚えがある。

 そして、真由美や葵に導いてもらった。

 歴史は繰り返す、というと大袈裟であるが、後輩たちも着実に進んでいるという実感を彼に与えてくれた。


「じゃあ、真面目な話は終わりだな。次は嘉人の方か。ハッキリ言おう、知らん」

「ちょっ、一刀両断っすか!? もうちょっと、こう、悩むとかはなし?」

「知らんもんは知らんよ。どうやったら、モテるか、だと。そんなのは圭吾にも聞けよ。モテるかどうかはともかくとして、あいつは異性の知り合いも多いだろうが」

  

 魔導と関係なるならばともかくとして、そんなことは健輔は知らない。

 嘉人への直球の返答に、投げられた相手は意義を申し立てる。


「ダウト! ダウトですよ! 聞きましたよ、この間、フィーネさんとデートしてたらしいじゃないですか!」

「む」

「あんな美人を異国からこちらに招き寄せておいて、何も知らない、とかは流石にあり得ないしょ! 何か、何でもいいので、お恵みをください!」


 とても美しい角度でのお辞儀に、思わず後ろに下がってしまう。

 勢いというか、若さの全力疾走を見た気分である。

 健輔と1つしか違わないが、この類の情熱を持たないため、異次元にあるモノを見るような視線になっていた。

 ちなみに、であるが話題を魔導に変えると、立場は全くの逆になる。


「まあ、そういう仲になるのか、と言うのは別にして、もうちょっとお前さんたちはコミュニケーションはした方が良いようなきがするな」

「あれ、なんか思っていたのと違う感じの流れになってそうな……」

「おう、あれだな。そういうのはよくわからんが、懇親会でもやるか?」

「なんと……懇親会、そんなものが、出来るんですか」


 嘉人は何かを感じ入るかように目を閉じていた。

 何がこいつをそこまで駆り立てるのだろう、と不思議には思うが、健輔は何も言わなかった。どちらかと言うと自分が異端で、彼の方が常識だと弁えている。

 何より、健輔も必要だと思ってからこそ、口から出したのだ。

 1度口にした以上、引っ込めるつもりは欠片もない。


「チーム内での繋がりもそうだけど、外との繋がりっていうのも維持しないとな。引き籠っているだけだと、その内、先細りしてしまう」

「イエスマンだけでは、組織は回らない、というやつですか」

「そこまで大袈裟ではないけどな。クラウディアとか、あの辺りの縁って、俺たちが卒業すると切れちゃうからな。それはダメだろ」


 戦いで顔を合わすのは言うならばビジネスのようなものである。

 絆が生まれない、とは言わないが激突が強制される以上は、必要以上に近づくことは出来ない。

 拳で語り合うには、相応の思いも必要なのだ。

 誰もが簡単にやれるようなことではなかった。


「ちょうどよく文化祭も近い。やってみるか」


 思いつきであるが、中々に悪くないように思える。

 後輩のためにも1つ出会いの場所ぐらいは用意してやろう。

 健輔としても今までない形での貢献は悪くないように思えた。

 ついでに、この懇親会を通じて、チームとしての仲も進めれば言うことはない。


「よし、じゃあ、俺は誰を呼ぶか、何をするか、とかを考えてみるわ。お前たちは雑用な」

「先輩……ありがとうございます。俺、先輩の弟子でよかったです」

「嘉人……お前、泣くほどの事なのか」


 神に祈るかのような姿勢で涙する嘉人に海斗は乾いた視線を送る。

 そんな2人の様子には気付かずに、健輔も段々とテンションを上げていた。


「これはフィーネさんへの返礼にも使えそうだな」


 過日のデートでは押されまくりであったが、それだけ終わるような男ではない。

 次なる一手を考えてニヤリ、と笑う表情は、とある男性によく似ていた。


「よし、では作戦を開始していこうか!」

「望むところですよ!! ヒャッハー、テンション上がってきたあああああああ!」

「ダメだ……。この2人、根本がよく似ている。なんとか、ストッパーにならない、と」


 三者三様。

 ニヤリと不敵に笑う健輔。

 無邪気に喜ぶ嘉人。

 そして、胃をおさえる海斗。

 まったく属性の異なる3人が主催となる『懇親会』はこうして動き始めるだった。


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