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第196話『女神様との1日』


 そんな事はないとわかっているが、周囲の人間の視線が全て集まってくるような気がしてくる。

 戦場であれば喜んで視線を受け取るが、こんな普通の日常では正直なところ御免蒙りたいという想いしか出てこない。

 かつて優香と出歩いた時の経験はあるが、正直なところ全く役に立っていなかった。

 この辺りの経験値の効率は戦闘能力と引き替えにして、健輔の中から失われているようである。

 

「健輔さん、本当に大丈夫ですか? 何故か、警戒中のように張り詰めていますけど」

「いや、その……人混みが、苦手で」

「そうなんですか? 意外ですね。視線なんて、いくら集まっても気にしてないように見えていたんですけど」


 今日は少しジャンルが違うんです。

 口から出そうになる言葉を飲み込んで、なんとか笑顔を張り付ける。

 この状況の辛いところは、根本的にこの相手と自分が釣り合っていないと感じるのが原因なのだ。

 戦闘中は如何なる相手にも突っかかるが、流石に容姿や品格で彼女――フィーネ・アルムスターと釣り合うと思うほど、健輔は自分を高く評価はしていなかった。


「戦闘は、まあ、その専門ですし」

「ああ、なるほど。すいません、少し苦手なところに連れ出してしまいましたかね」

「あっ、いや、その誘って貰えたのは、まあ、嬉しいです」

 

 言外にこの状況が辛いというのを察したのであろう。

 フィーネの気遣いに弁解しておく。

 実際、本気で嫌ならば健輔は誘われた時に否と伝えていた。

 そうしなかったのは、プライベートにおける『女神』に興味があったからだ。

 上品で、穏やか、かつリーダーシップにも富み、強さにおいては比類なし。

 桜香や優香も飛び抜けているが、健輔としてはトータルで見た場合の優秀さはこの人がトップだと思っていた。

 敵から味方へ。

 この特異な状況もそれなりに影響しているが、この評価は妥当だと思っている。

 

「でしたら、良いんですけど。ごめんなさい、一緒に回ってみたい、と思っただけなので」

「いえ、以前から声は掛けてもらってたのに、引き伸ばし続けた俺が悪いとも言えますし。気にしないでください。まあ、頑張って、慣れます」

「そうですか……。はい、わかりました。健輔さんの男気に感謝させていただきます」

「ま、任せてください!」


 少し付き合って欲しい。

 目的のないただの連れ歩きという健輔にとっては難易度の高すぎる試練。

 尊敬する魔導師の1人である『女神』と共に、勝敗なき戦場へと赴く健輔であった。






 佐藤健輔に他者の全てを見通すような眼力はない。

 霧島武雄ならば、あるいは持っているのかもしれないが、非常に残念なことに健輔には備わっていなかった。

 もっとも無いならば、無いになりにやるのが健輔流であり、そういった細やかな努力が今日まで勝つことが出来た原動力と言えるだろう。

 全てがわからずとも、試合に必要な分だけあればいい。

 実際、武雄のそれも全てを知っている訳ではなく、ただ範囲が広く、精度が高いだけだと考えれば、別に的外れな考え方ではなかった。

 様々な要因が影響する『戦い』という形式を取る魔導競技。

 その中で、健輔が重要視したのは、バトルスタイルなどのわかりやすい部分ではなく、相手の『生き方』とも言える部分であった。

 『生き方』より言うならば『哲学』と言うべきものを読み解く。

 翻って、その哲学は必ず戦闘にも反映されるもの――健輔の認識ではそうであり、どんな人間なのかを把握することは、勝つ為に必要な事だと認識していた。

 バトルスタイルなども、結局のところは本人の哲学が強く反映されたものになるのだ。

 才能など、他の要因もあるが、応用性が高く、かつ正確だと健輔は思っていた。

 これこそが健輔なりの『敵を知る』ということであり、その上で己への理解を深めていく。この両輪を絶えず続ける精神力、それこそが佐藤健輔の強さである。


「――と言うのが、私の健輔さんへの評価でしょうか」

「そ、そうですか。は、はははは……」


 当たってますか、と微笑みながらの問いに曖昧な笑みを返す。

 フィーネの言うように理路整然とした形で考えていた訳ではなく、もう少し本能的な考えで動いていたが、別に間違っている訳ではない。

 ただ、改めて言葉で言われると恥ずかしさが優った。

 高すぎる評価に言われた本人はあまり実感がない。


「実際、素晴らしい着眼点だと思いますよ。皇帝クリス太陽おうか、そして女神わたし。この辺りは生き方から読み取れる部分が多い」


 事実、健輔の予想を超えてきたのは、『生き方』を劇的に変えてきた桜香だけである。

 精度はともかくとして、戦闘スタイルを判断するモノとして悪い選択ではないのだけは、間違いではないと言えるだけの実績はあった。


「まあ、そこまで考えている訳ではないですけどね。相手の基本がそう言った部分にあるだろうって、思ったのは否定しないでおきます」

「味方になっても伏せるんですか? 酷い人ですね」

「いや、勘弁してください……。自画自賛とか、気持ち悪いのでやりたくないですよ。謙虚なぐらいでちょうどいいんですから」


 真由美に対しては先輩として、師匠としての敬意から、健輔は頭が上がらない。

 葵に対しては姉のような存在感から、どうしてか頭が上がらない。

 では、この女神に対しても似たような感覚を覚えるのは何故なのか。

 自問するも、明瞭な答えは出てこない。

 天真爛漫な振る舞いのように見えて、この女神が計算高いことを知っている。

 力押しが得意なように見えて、裏には高い技術が潜んでいるのを知っている。

 傲慢なように見えて、誠実な精神があるのを知っている。

 多面的すぎて、明確な対処方法がわからない人。

 初対面のころから変わらないフィーネの印象だった。


「俺なんかのことよりも、偶にはフィーネさんについて話して欲しいと思うんですけど」

「私ですか?」

「フィーネさんの言う通りだとして、哲学というのが1番わかりにくいのは、ハッキリ言えばあなたですからね」

「それは、また……。随分と直球というか」


 健輔の率直な意見としては、フィーネは非常に面倒・・な相手だった。

 昨年度の戦いの中で、桜香には敗北、皇帝には勝利、フィーネにも勝利とランカーとして十分な実績を積んでいるが、過程においては当然ながら差異がある。

 フィーネだけは、彼女の納得・・ありきの敗北であり、IFを語るだけの余地がいくらでも存在していた。

 今であれば、結果が異なるのは当然であるが、健輔は本当の意味で勝ち切れなかったたった1人の敵であろう。

 だからこそ、こうして肩を並べていることに不思議な感覚はあった。


「うーん、そうですね。私の哲学、生き方ですけど」

「ですけど?」

「1番よい表現は『ない』になると思いますよ」

「なるほど、ない、ですか。……んん?」


 相槌を返そうにも、思いも寄らぬ言葉に詰まってしまう。

 哲学がない。

 別になくても生きてはいけるし、強くもなれるだろうが、芯というのもが欠けてしまうだろう。

 最後の最後、頼りにすべきものがないという事になりかねない言葉である。


「それは……普通に考えたら、あり得ないと思うんですが」

「常識的に考えれば、窮地において、己を奮い立たせるのに必要だから、ですか?」

「はい。フィーネさん程の魔導師であれば……」


 言葉を続けようとして、ある可能性に思い至る。

 欧州の覇者。

 最強の女神と謳われた彼女について、健輔は入念に調べ上げている。

 しかし、結局のところ、理解した上で戦いに挑めたとは言い難い状態での決戦となってしまった。

 勝ち切れなかった原因の1つがあるとすれば、間違いなく其処にあった。

 良い機会だから、と尋ねたのも、思えば意識せずとも引っ掛かる部分があったからなのであろう。


「桜香はあなたに負けて、心にを得たみたいですが、恥ずかしいことに、私にはまだ見えないんです」

「敗北は悔しいし、努力もしている。でも」

「ええ、でも、何処かで納得・・してしまう。これならば、1つに答えだ、と」


 私にも何でなのか、わからないんですけどね。

 付け加えられた言葉にどれだけの想いが籠められていたのか。

 健輔にもわからない。

 気の利いたセリフは出てこず、咄嗟に口から出てきたのは、自分でも微妙な言葉だった。


「その、えーと……。フィーネさんとの試合は、楽しかったですよ。勝ち切れなかったことも、含めて」

「そうですか。そのように戦えていたのでしたら、良かったです。ええ、あの試合は私にとっても、とてもよい試合でした。いろいろと、納得できましたから」

「だったら、俺も嬉しいです」


 機転が利かぬ己に腹が立つ。

 内心の怒りは押し込めて、フィーネへと全力で意識を向ける。

 ただ雑談しながら街を歩いているだけであるが、此処は健輔にとっては戦場。

 出来るだけの力を尽くし、楽しんで帰って欲しいと思っている。

 圭吾から事前に貰ったアドバイス。

 デートとは、男と女の戦場という言葉は、胸に刻んでいた。

 戦場、つまりは試合と同じ、ならば負ける訳にはいかない。

 

「また、凄く気合を入れた顔をしてますよ。リラックスして欲しいところなんですけど」

「ぐっ……ど、努力します」

「ほら、硬くなってる。試合ではあれほどまでに柔軟なのに、変なところは愚直な人ですね。まあ、そういうのも含めて、あなたはあなたなのでしょうけど」


 言い終わるや、ひんやりとした感触が健輔の右手に宿る。

 妙に柔らかく、暖かい感触に、健輔の中の何かが右手を見ることを拒否した。


「あらら、真っ赤になってますね」

「そ、そんなこと、ないっすよ?」

「語尾が上擦ってますよ。もう、そんなに嫌ですか? 私と手を繋ぐの」

「い、嫌とか、そういうのでは……」


 赤くなる健輔が楽しいのか、フィーネのテンションが見るからに上がっていく。

 この時、健輔は周囲を見るような余裕を完全に失っていた。

 何処から見てもカップルなのだが、その自覚に行く前にいろいろと限界を突破しようとしている。


「じゃあ、別に問題ないですよね? はい、このまま行きましょう!」

「な、ぬ……は、はい……」


 楚々としていて、物静かな美女――というように見えるが、実は負けず嫌いで、小悪魔的な部分もある。

 関係が深くなったからこそ、見えてきた女神の姿。

 仲間なってから既に半年、いや、まだ半年であるが、非常に魅力的な人物だということはわかっていた。

 強引な先導に不快感よりも、嬉しさが恥ずかしさが優る程度には、フィーネに心を許している。


「ほらほら、まだデートは始まったばかりです。――ちゃんと、エスコートをしてくださいね?」


 小首を傾げて、囁く声に健輔は心の中で白旗を上げた。

 この試合に、自分は勝てそうにない。


「承知しました。精いっぱい、やらせていただきますよ」

「はい、よろしい」


 輝く笑顔に一瞬、見惚れてしまう。

 まだまだ始まったばかりの一日。文化祭の前のちょっとした余興であるが、健輔にしてもリフレッシュするための良い機会であった。

 偉大なる先達。

 良い戦いが出来た好敵手に、楽しんでもらいたい。

 緊張からの決意ではなく、友人に接するようにごく自然に思う。

 

「健輔さん?」

「あっ、いや、大丈夫です。じゃあ、行きますか」

「はい。お願いしますね」

「任せてください」

 

 全く自信はないが、笑顔の女神はどんな形であれ、楽しんでくれるだろう。

 信頼なのか、それとも願望なのか。

 フィーネとの間には何とも言えない形の絆が存在していた。

 この絆が何なのか、改めて問うには良い日だろう。

 そう思うと、健輔もワクワクする気持ちを思い出す。

 握られた手を自然に握り返して、歩き出す姿は、誰もが知る『佐藤健輔』の背中をしていた。

 

「あらら、やっぱり男の子は、決意すると早いですね」

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも。やっぱり、凄いと思っただけですから」


 並び立って歩く背中は絶妙な距離感を持っている。

 近すぎず、かと言って遠くもない。

 敵でもなく、純粋な味方とも言い難い。

 2人だからこその、距離が其処にある。

 変化の兆しはまだ見えず、可愛らしい年上のお姉さんの内心を、初心な青年は見通せない。

 2人の戦いは、まだ始まったばかりだった――。


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