第195話『次なる戦いへ』
技能と能力。
魔導において、この区分けの持つ意味は大きい。
技能とは、誰にでも至れるが容易くは昇れない技量の果てを示し、努力による差こそ出るが、絶対にできないということは基本的に存在しない。
対して、能力は完全に個人の資質に依存した力になる。
資質に依存する故に、安定感は皆無だが、強大な能力を持つ者ほど、強い魔導師として知られており、魔導師の力と言えばこちらを想像する者が多い。
『技能』が『能力』に劣るという訳ではないが、これが一般的な考えであり、表面的には正しい区分けというものであった。
しかし、世の中には何事も例外というものが存在している。
加えて、魔導は技術でもあるのだ。
時代の進歩と共に境界は徐々に曖昧になり始めていた。
代表的な例で言えば、『汎用能力』であろう。
正しい意味で、誰にでも使える能力という意味のこの力は、能力が技能に寄ったことを示す特出すべき事例だと言える。
資質に依存していた力が誰にでも使えるようになった。
1つの革命的なことであり――当然、その逆も世界には存在している。
「ユニークスキル……!」
名を聞いただけで、優香の警戒心が何段階も跳ね上がる。
リミットスキルの厄介さを知っていることもあるが、ユニークスキルは固有能力以上の発現難易度で知られており、固有能力とは異なるもう1つの魔導の極点にして技量の到達点なのだ。
一概に比べることはできないが、危険度で言えば強力な固有能力に劣るものではない。
「雪風、頼みます」
『承知しました。お任せを、マスター』
優香は『固有技能』の情報を思い出す。
別名で『専用技能』とも言われる、リミットスキルとは別の形で発現する系統の到達点である。
固有技能の最大の特徴は、その名前が示すように能力が使用者に合わせて固有化していることであろう。
固有能力とは違い、あくまでも各系統の特徴の延長戦にいるが、だからこそ発現する力は通常よりも遥かに効果が高い。
また、発現者が少ないことも特徴であろうか。
歴代の魔導師の中でも両手で数えられる程度しかおらず、発現の経緯が謎に包まれている。
希少過ぎて、警戒する必要もないほどに珍しい力。
逆に言えば、目の前の少女はそれほどの力を使えることになる。
「まさか、そこまでの位置にいるとは……」
ユニークスキルを使う魔導師で、もっとも有名な魔導師は『制覇』と名付けられた魔導師である。
特殊性が皆無だが、単純に強い魔導師。
『制覇』と謳われた最強の女帝。
ユニークスキルと共に語られる『最強』の1人であった。
「同格、などとは思えないですが、どんな形であれ、似たような領域には届いている。そう考えるべきですか」
ユニークスキルは技量の果てと表現されるものであるが、眼前の少女と優香の技量には大きな差はないように見えていた。
自らの眼力が絶対とは思っていないが、指針にはなる。
『マスター、レフィーナ・メインデルトのプロフィールから考えるに』
「うん、単一系統。きっと、この部分も関係していると思う」
ユニークスキルの発現条件はまだ特定されていない。
単純な技量の話であれば、単一系統で世界最強であった『皇帝』が覚醒していないのは、不自然な話になるだろう。
もっとも有名な『制覇』にしても、通常通りの2系統の持ち主。
技量の果てであるが、それだけでもない。
この少女が齎したであろう可能性に、優香も敬意を抱く。
試合運びを含めて、このチームは伸びる。
だからこそ、
「いこう。どんな力かわからないけど、破壊系の延長戦上にあるのは、ハッキリとしている。それなら、2度目はないから」
『存分に』
イメージするのは、魔力を大量に生み出す自分。
想像を形にするがゆえに、単純な自己強化に使えるのも『夢幻の蒼』の特徴である。
自らのバトルスタイルに大きな変化を齎さずに、基礎力で相手を殴りつける。
全身から放出される大量の魔力は、平均な魔導師の最大値を瞬間的に使い捨てるほどの物量を誇っていた。
「いきます――!」
向かい合うレフィーナの瞳に恐怖はなく。
引けない戦いであることを踏まえた覚悟が宿っていた。
比喩表現ではなく、この戦いの結末は試合の行く末を左右する。
既に解放された健輔は間違いなく向かってきているだろう。
2対1ではどうやっても勝機がない。
その前に仕留める。
出し惜しみのない全力を拳に籠めて、立ち向かう。
「砕け『事象決壊』」
「これは!?」
「はああああああああああああッ!!」
優香の中に宿る剛力が消滅する。
すぐさまリチャージは開始されるが、インターバルはどうしても生じてしまう。
最高の攻撃が隙だらけな上に力の籠らなぬ鈍らとなってしまった。
この隙だけは、どうしようもない。
「ぐっ!」
「まだ、まだ!」
完璧に決まったカウンターが優香の鳩尾に突き刺さる。
苦悶で歪む表情。
崩されたリズムを立て直すため、優香は魔力の充填を急ぐが、
「させません!!」
「またっ!」
距離を問わばかりか、相手の体内にあるのに干渉すらもせず、魔力を消滅させる力。
間違いなく破壊系に属する力であった。
「ならば……!」
「っ、やっぱり、凄いです!」
レフィーナのユニークスキルの性質を予想して、優香は自らの魔力生成を極限まで抑える形に変えた。
強化のタイミングも断続的なものへと変更し、相手がタイミングを合わせられないように手を打つ。
アメリアの固有能力のように、自動的に全てを封鎖するタイプの能力ではないと読み取ったからこその判断であった。
「でも、それぐらいで突破はできないですよ! 全力でいけばいいだけですから――『事象決壊』!」
「――でしょうね!」
タイミングなど関係ないとばかりに常時発動させてくる。
優香の生成する魔力を片っ端から無力していくことで、飛行にすらも影響が出始めていた。十全に戦えない己の状態に苦い表情を見せる。
打開策を練ろうと必死に思考を回転させながら、優香は不意に笑いたくなった。
「2戦続けて、こうなりますか」
奇しくも、先の対戦相手たるアメリアと能力の傾向がに似ている。
そして、同じように能力を封じられて劣勢に陥ろうとしていた。
今年の傾向、言う程ではないのだろうが、格上が純粋に強すぎた前年度までの状況を考えると、『上回る』よりも『引き摺り落とす』の方がやり易いと考えるのは、ある意味では当然なのかもしれない。
結果的に、どんなエースにも刺さる力になるのだから、1つの結論としては間違ってはいないのだろう。
あらゆる方法で相手を上回ることを選んだ健輔や、そもそも同じ領域で戦える優香にはない発想だ。
「ならば、私にとって、あなたたちは超えないといけない壁だ」
根幹となる能力を封じられた。
ただ、それだけだ――と笑える者がエースだと、優香ももうわかっている。
1度は不覚を取った。
2度目は誇りに賭けて、あってはならない。
「雪風、相手の力について、意見をください」
『恐らくですが、魔力に関するスキルではないでしょうか。『制覇』の女帝がそうだったようですが、ユニークスキルであっても、大本は系統からの延長線にある力です』
「大きな違いはない。なるほど、通りでしょうね。――つまり、それほど単純な能力ではなさそうなのが正解というところでしょうか」
『マスター?』
雪風の常識的な意見を聞いて、優香は根拠はないが、違うと感じた。
相手にとっては、この場面は正しく勝負所である。
一見して完全に把握できるような力を切り札にするだろうか。
自分ならば、この程度を切り札にはしない。
確かに距離を問わずに魔力を無力化してくるのは脅威であるが、知っていれば対処は可能な部類である。
常時無力化を図られたところで、アメリアの能力ほどどうしようもない力ではない。不調はあるが、普通に戦える時点で両者にある基本能力の差も大きい。
「わかりませんか? ここまでやって、まだ私がやや不利、という程度です。これが切り札では、些か弱いと言うしかないでしょう」
『マスターを落とせる、と確信するだけの切り札ではない?』
「ええ、つまり、まだ本質的な部分を隠しているはずです。真実を隠すのに、今の状況は非常に都合がよい」
相手の狙いが何処にあるのか。
冷静を失わず、しっかりと見定める。
傍にいる雪風は気付いていないが、その姿勢はある男に非常に良く似ていた。
「……過剰でもなく、かといって、過小でもない」
相手のラインを決めて、後は駆け抜けるのみ。
相手のユニークスキルがどれほどの力があるのか。
見極めるべきは其処にあり、効果の自体は考えたところで深みに嵌るだけでしかない。
「どれほど強力であっても、あくまでも技能。だったら――」
剣を翼のように広げて、魔力を充溢させる。
誰が見てもわかる突撃体勢。
言葉よりもハッキリと相手に伝わる挑発であった。
合理的にいくならば、相手の挑戦を受ける必要はない。
しかし、この状況での優香の挑戦はレフィーナにとっても好都合だった。
既に時間は彼女の敵なのだ。
このままずるずると長引くよりも、早期に終わらせたい。
双方の思惑の合致が、正面からの決戦を生み出す。
「ここで、終わらせる!」
自らの力を信じて、切り札に勝利を託す。
此処に至れば、悩みは不要であった。
レフィーナは拳を握りしめて、迎撃態勢に入る。
「これで、終わりにします!」
そして、呼応して優香も準備を始める。
お互いの切り札がどのように相手を上回るか。
結論としては、それだけを競う戦い。
「はあああああああ!」
全身に魔力を纏い、最大加速での渾身の突撃。
音を置き去りにするほどの速度での体当たり、単純であるがゆえに防ぎがたい攻撃であろう。何より、既に発生した現象を前にしてしまえば、破壊系は意味がない。
「貰いました――!」
透けてみえた思惑にレフィーナは確信の笑みを見せる。
破壊系の延長線上に過ぎない。
そう考えた相手を討ちとるための『切り札』。
『事象決壊』の本質――より言うならば、真の力はそんなものではない。
「私の努力を、侮った!!」
発動する事象決壊が、優香の加速の全てを一気に打ち消す。
傍から見ていれば、直撃する瞬間に優香が急停止したようにしか見えないだろう。
これこそが『事象決壊』の真実。
発生した現象を決壊させる力。
魔力など関係なく、破壊することに秀でた技能であった。
無論、破壊対象が複雑になれば、技能に過ぎない力は容量を大きく奪われるが、単純な加速現象を打ち消すぐらいは訳がなかった。
固有能力にも劣らぬ脅威。
能力を不発させる力が、おまけに過ぎない辺り、アメリアよりも汎用性においては優る。
激突のタイミングで無様にも停止してしまった優香の命運など論ずるまでもなく。
完璧なカウンターが放たれて――
「――いいえ、見事な力です。私の、予想通りに。返しなさい、『夢幻の蒼―再臨する災い』」
「えっ……!?」
今度は逆にレフィーナの拳が停止することとなる。
ぶつかる直前に前進する力を失ったかのような急停止。
加速の規模こそ、優香と差異はあるが、起こったことは全く同じ現象。
止めるつもりなど微塵もないのに、止まった自分の拳を見て、レフィーナは混乱の極致に至るが、敵がその隙を見過ごすはずもなく。
「はああッ!」
完璧な一撃がレフィーナに直撃するのだった。
「かっ……!?」
不可解な現象。
まるで、自分の技能がそのまま自分に跳ね返ってきたかのような状態に、頭は混乱し付けている。
レフィーナとて、相手のデータは全て叩き込まれているのだ。
こんな現象が起こる敵は、あり得るならば健輔ぐらいであろう。
少なくとも優香はシンプルな強さの魔導師で、このような混乱を引き起こすタイプではない、はずであった。
「このままじゃ、ダメ。とりあえずは、能力を」
「不発にする、ですか? 困りますので、やめましょう」
「っ、言われて、やめるもの……えっ」
力を籠めて、『事象決壊』を発動させようとするも、何故か技が不発に終わる。
いや、正確に言えば、発動したが、同質の力で打ち消されるような感覚がした。
「まさか……」
声を震わせて、レフィーナは正面の敵へと視線を移す。
視界に映った顔には、確かな笑みを浮かべていて――
「空間展開『戦域掌握』。大したことではないですよ。どんな能力でも、発動してから結果を導き出すことには変わらない。だったら――」
展開された空間内で発動した魔導の魔力の性質、形などを把握して、全く同じ波形の力を『夢幻の蒼』で生み出して、跳ね返す。
結果、能力を無効化する力は相殺されて意味を失う。
先ほどのレフィーナの攻撃を無力した場合などは、直前の加速を無効化した力をそのまま再現しただけ。
あくまでも把握できたもの、空間展開内で起こったことを再出力するだけであるが、1つの能力を頼みとする者にとって、これほど鬼門となる力はない。
「――私の想いは、その祈りをそのまま再現しましょう。それで、結果的に戦いは基礎力によるものとなる」
「こんな……!」
無力化するには、優香が相手の能力を完全に把握して、再現できるだけの力が必要になるが、レフィーナとの錬度の差であれば不可能ではない。
単一系統で、只管に打ち込んだからこその覚醒。
そのため、レフィーナは本来ならば覚醒するであろう段階よりも大分早い形で、ユニークスキルに覚醒してしまっている。
結果、錬度で押し負けるという、技の本質から考えれば、あり得ない形で抑え込まれようとしていた。
「あ、あ、あああああ……」
「あなたは強かった。――でも、まだ早かった。ただ、それだけですよ」
切り札を封じられて、ただの魔導師として戦う。
こんな状態では、『夢幻の蒼』を抜きにしても、九条優香にレフィーナ・メインデルトでは勝てるはずもない。
圧倒的な魔力に物を言わせた高火力の連撃は、容赦なく少女のライフを削り切り、
『レフィーナ選手、撃墜!』
エース対決の終わりを告げる。
レフィーナで纏まり、レフィーナこそが切り札であったチームが、残った2大エースを前にして、立て直すことなど出来るはずもなく。
選抜戦、最後の戦いは健輔たちの『クォークオブフェイト』の勝利で、終わりを迎えるのだった。
選抜は終わり、次なる舞台は予選へ移る。
過酷な戦いを勝ち抜いた先にある栄光を求めて、魔導師たちはぶつかり合う。
更なる強敵たちのぶつかり合いを前にして、高ぶる闘志のまま、彼らは進む。
――その前に、最後の休息を。
天祥学園、秋の文化祭。
今年は世界規模で行われる世界大会予選前の宴。
最大規模でのお祭りの幕が、上がろうとしていた。




