第194話『常勝』
敵のエースの能力に対して、警戒しないチームなど存在しない。
緩く見えても、浅く見えても、必死に考えた果てに、現在の選択がある――しかし、非常に残酷な話であるが、その結果が常に最良であるとは限らなかった。
「うぅ!?」
「シっ!!」
レフィーナ・メインデルト。
破壊系のみの単一属性の魔導師であり、固有能力の覚醒を以って、エース格の力を得た魔導師である。
『適性共有』という、香奈子が発現したのとは異なる形での、他の系統との共存形態まで持っており、現時点での力も決して弱体ではない。
破壊系で通常通り戦闘可能な時点で、並みのエースを凌駕するだけの可能性がある。
更に言えば、固有能力に頼ることなく鍛錬して来た甲斐もあり、トータルの力はランカーとして見た場合も十分であろう。
「ぇぁ!?」
「はあああああああッ!」
可能性もあり、現時点でも十分に有力なエース。
おまけに戦況は彼女たちに有利に進んでいる、といっても過言ではない。
にも関わらず、状況は彼女にとって、不利としか言い様がない状況へと傾きを見せ始めていた。
理由は1つしかない。
有力、という程度では彼女を止められないからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふっ!」
必死に繰り広げる近接戦。
お互いの全てを賭けて、挑む戦いは明確な優劣を周囲に示す。
渾身を拳は空を切り、相手の攻撃はレフィーナに吸い込まれるように直撃する。
破壊系による障壁など、僅かな気休め程度にしかならない。
繰り返すほどに、戦局が傾いていくのだ。
「あっ!?」
幾度目かの交戦で、身体ごと弾き飛ばされる。
優香の攻撃を捌けなくなった辺りでわかっていたことであるが、明らかな地力の差が浮き彫りになり始めていた。
レフィーナが息も絶え絶えなのに対して、優香の鋭利な美貌には一切の陰りがない。
「……大凡、掴めましたか」
「何を、掴めたん、ですか……」
時間稼ぎの意味もあったが、純粋な疑問でもあった。
警戒は怠らず、眼前の怪物に問う。
必勝を期し、僅かに揺らいだけの状態だった。その程度のことで、既に状況は五分へと持ち込まれている。
事前に強いと想定していたにしても、あまりにも乖離が過ぎる状況であった。
本当ならば、もう少しは勝負になるはずだったのだ。
奥の手を隠しても、ここまで圧倒されるはずではなかった。
何もかもが予定外と言える。
「端的に答えましょう。あなたへの対処方法です」
「対処、方法。まさか、この短期間で破壊系を防ぐ術でも身に付けた、と?」
「いいえ。破壊系を用いられても、なんとかする方法を、ですよ」
微妙なニュアンスの違い。
些細な間違いへの指摘をすると同時に、優香が駆けだす姿が見える。
休ませてくれるほどには、優しくはない。
当然すぎることだが、驚愕の色は隠せなかった。
「くぅぅぅ!」
「まずは、1点。あなたは確か格闘戦闘では強い。しかし――」
葵のように同じ射程であるのならば、触れれば一気に優位になるレフィーナはかなり厄介な存在であろう。
問題は同じ格闘型でも、武器の分の差がある相手である。
「近接戦闘は、また話が別ですよ」
レフィーナの鍛錬が足りていなかった訳でも、想定が甘かった訳でもない。
純粋な射程の問題である。
最終的には何かしらの手段で継続的に接触が必要になるのが、レフィーナのバトルスタイルなのだ。
葵とは必然、拳を合わせるタイミングがある。
身体に直接接触されるならば、攻撃を受けるのでも究極的には問題ないが、1つ間に挟まってしまうと効果も落ちてしまう。
おまけに、相手は優香。
中途半端な破壊系による干渉など、素で吹き飛ばしてしまうだけのスペックがある。
このスペックだけは葵にもない彼女だけの特徴であろう。
何も警戒されていない状態ならば、もう少しは上手くいったかもしれないが、警戒された状態ではどうしようもないと言えるだけの材料は揃っていた。
「次に、シンプル故に底が見えやすい」
他にもまだ何かを隠しているだろう。
優香もそのぐらいは思っているが、逆を言うとその最大の切り札が容易く切れるものでもないことも悟っていた。
レフィーナがこの後、健輔と戦うことも考えれば消耗は少ない方がいい。
こんな誰でもわかることがわからぬ相手とは思えない以上、1度でも発動すれば、効果が下がる類であることは読めていた。
「っああああああああああああああああ!」
「最後ですが、その特性に目を瞑れば、あなたはまだまだということでしょうか」
私が言うほどのことでもないが、と付け加えて、蒼き乙女は微笑む。
場違いとも言える美しい笑み。
その微笑みに、レフィーナは戦慄を隠せない。
優雅で、余裕に溢れている。
とても、死闘を行っているようには見えないだろう。
相手の中に垣間見えた余裕。
レフィーナの中で、より激しく闘志が燃える。
舐めている訳ではないのだろう。しかし、脅威にも思っていない。
戦っていて、これほど屈辱的なことがあるだろう。
レフィーナたちも、決して遊びでやっている訳ではないのだ。
(考えて、考えて――!)
心の中で必死に打開策を練る。
遠距離攻撃で内部に浸透させる――不可能、障壁の突破は可能でも、そもそも受け止めてくれる可能性が低い。
設置型のトラップを空間に仕込む――悪くないが、
「この、人を相手に……」
本職でもないレフィーナが罠に誘い込むには些か厳しい相手である。
高機動、高火力、高耐久。
戦いに必要な要素を全て高水準で備えている。
何か特別なことをする必要もない。
切り札さえも不要なほどに通常の状態が圧倒的なのだ。
攻め続けるだけで相手を疲弊させられるのに、無尽蔵に等しいスタミナまで持っている。
多くの魔導師がふざけるな、と言いたくなるだけのスペック――純粋な才能差というものがあった。
「そんな事、わかってた!」
浮かんだ弱音を声に出して切り捨てる。
己が格下であることなどわかりきっていた。
その上で挑んだのだ。
全てが順調、と言う訳ではないが全くの無策ではない。
奇跡の1つや2つ起こす必要があるが、そのための手段――切り札はある。
「てりゃあッ!」
「はっ!」
「くぅ!?」
擦れ違いの交差で、障壁が両断される。
時間はレフィーナではなく、優香の味方。
否応なく覚悟を固める必要があった。
「チャンスは、1回きり」
狙いは1度だけ。
幾度も使える切り札であるが、2度目もある、などという覚悟で挑めば、相手は必ず食い破ってくる。
発動した瞬間を、必殺のタイミングにしなければならない。
「ふぅーー」
大きく深呼吸を行い、気持ちを落ち着ける。
熱くなっただけで勝てる相手ではない。
徐々に削られていくライフ。少なくなっていく時間。
マイナス要素はあれど、このピンチはチャンスでもあるのだ。
ここで、優香に勝利すれば試合を決めるほどの衝撃になる。
「――参ります」
「よい戦意です」
レフィーナが攻め、優香が応じる。
変わらう剣舞の中、双方が時が待つ。
両者の見つめる未来に、待っているのは勝利か、それとも敗北なのか。
決着の時は近い。
連携は重要である。
特に非力さを補う時に、1人だけでは出来ないことを成す時に、誰かの力を100%以上引っ張り出すためにあるのが連携なのだ。
1人よりも2人、2人よりも3人。
在り来たりであるが、数というのは力であり、連携はそれより強大にするためのものであった。
この場に挑んだ3名――レフィーナの力も含めれば、4人と言ってもいいだろう。
彼らは万全の体勢で、健輔に戦いを挑んでいる。
3対1、ここにレフィーナの破壊系がプラスされることで、彼女たちの力は昇華するのだ。格上すらも打倒が可能な領域へと。
「ララ」
「うん、この人……」
空を駆ける幾重もの閃光。
砲撃魔導師として、見事な錬度であろう。
破壊の力が加わったこの状態は、それこそ香奈子に劣るものではない。
スペックだけの比較であれば、固有能力により、ようやく魔導師らしくなった香奈子よりも余程マシなはずである。
「強い……!」
事前の作戦通りに進行していれば、ダメージは与えているはず――だった。
しかし、現実は異なり、健輔は無傷である。
誤爆すらも恐れない圧倒的な弾幕量。
3人の連携に隙はなく、完璧なはずの包囲網で、涼しい顔で踊り続ける。
「なんという、戦士……!」
驚愕度で言えば、援護している後方の2人よりも前で戦う騎士の方が大きいだろう。
ブレッド・ランバーセイルン。
騎士という任務を己に課した少年は、格の違いというものを感じるしかなかった。
自らの攻撃を受け流し続けられてしまえば、自信の1つも失う。
そんな敵から驚愕されている男、健輔は端的に言えば、機を窺っていた。
「まったく、実にお行儀のよい攻撃だよ」
『手本にしたいぐらいですね』
「ああ、まったく、その通りだわ」
温存策を選択してから、健輔は回避に専念している。
状況の変化を敢えて放置して、究極的には1人でどうにかするための決断――であったが既に相手も周囲も把握をし終えた今となっては無駄な決意でもあった。
戦いながら、索敵などバックス的な事も出来る。
万能系の万能系たる由縁を人知れずに実行していた男は、相手側のあまりにも完璧すぎる作戦に何とも言えない気分を抱く。
「うーん。なんというか、型に嵌り過ぎるのも問題だな」
破壊系と共鳴の力で、砲撃の殲滅力は圧倒的。
盾役も優秀で、誤爆というか、自爆の覚悟もある。
並べてれば、まさに完璧としか言い様がない作戦で、実際、健輔に当てる要員としては悪くはないだろう。
問題は、
「流れが見えてしまうほどに完璧だわ。というか、流石にもうちょっとアレンジは加えた方がいいんじゃないか? ちょっと不自然な時が多い」
『マスターほどアドリブでなんとかされる方は珍しいかと』
完璧に同じことを繰り返す連携。
健輔からすると、パターンを見切った時点で連携でも何でもなくなっていた。
どれほど優れていても、環境に適応できていない強さでは、環境に適応することに長けた男に勝利することはできない。
教科書の教えは覚えていて当然のものであるが、勝利を約束するものではないのだ。
学び、実践し、修正する。
これこそが戦いにおける練磨の過程で、この辺りへの認識が実践で止まっているのが、ある意味では1年生らしいと言えるだろう。
「そうか? 去年はそんな奴がいっぱいいたような気がするんだがなぁ」
『……マスター、それよりも』
「ん? そうだな。全体の把握も終わったし、そろそろいくか」
『はい。優香よりも早く終わらせないといけない、ですからね』
相棒の返答に口元を歪めておく。
最大のライバルは敵ではなく、今は身内にいるのだ。
優香の相手には多少、興味があるが、それだけでもある。
今回の敵はよい魔導師であるが、戦い甲斐のある戦士ではない。
実にお行儀がよい、と言える相手だろう。
こういう相手との戦いも嫌いではないが、まだまだ不足しているものがあった。
「陽炎、いくぞ」
『望みのままに、マスター』
健輔の戦意に呼応して、周囲の魔素が一斉に反応を開始する。
視界を覆い尽くす色は、白。
今大会において、間違いなく最高クラスの能力が牙を剥く。
「これは……」
「何、これ」
「お、おおおおお……」
砲撃が衝突した瞬間に掻き消えてしまうほどの高密度魔力帯。
エリアごと封鎖してしまう戦い方は、かつての3強に共通している部分であったが、3強にとって最大の敵たる男が、同じ技を会得したのは、因縁と言えるだろうか。
「悪いが、そろそろ攻めるぞ」
周囲の魔力をに干渉して、多数の術式を一斉に起動する。
精緻な魔力制御と、圧倒的な魔力量が組み合わさっての技。
今までの健輔よりも1段階上の力は、強敵との戦いで得たもの。
健輔にとっては非常に残念なことであるが、この1年生たちでは同じ恩恵を期待することは難しかった。
アメリアとは違い、あまりにも美しすぎる。
健輔すらも認めるしかなかった不屈の執念。
あれに匹敵するものがこのチームには欠けていた。
悪いことではないが、
「強さに掛ける想いをもうちょっと重要視してから、出直してこい。弱くはないし、強い部類であるが、怖くないのが、お前たちの弱点だ」
連携は重要である。
仲間の存在も同じく。
その上で、怖さが必要なのだと、健輔は語り、
「じゃあな。敗北を糧に、成長してくれ」
空を塗り替えるほどの爆撃で3人を瞬殺する。
逃げ場なき光の世界。
白光に包まれて、彼らの試合は終焉を迎える。
決定的な一撃。
もう1人のエースが解放された報せが、流れる時、この試合自体も終わりへと向かう。
『ララ選手、ルル選手、ブレッド選手撃墜!』
その報せが告げるのは、両名が決断をすべきタイミング。
――九条優香にとっては、試合を終わらせるタイミングであり。
――レフィーナにとっては、無理矢理にでも決着を図るべきタイミングであった。
「雪風」
『能力発動――』
固有能力を使い、勝負を仕掛ける者と
「ユニークスキル顕現」
系統を極めた果て、限界を超えた先の力を発動する者。
両者の決断はまったくの同時であり、ゆえに激突は必至となる。
試合の趨勢を掛けて、両者が己の切り札に全てを託す。
勝つのは、優香か、それともレフィーナか――。




