幕間『混ぜるな危険』
コーチ制度。
今年度から施行された各チームの強化を狙った制度。
これにはいくつかの狙いがあり、平均的な魔導師の強化を狙った施策であることは既に周知されていた。
今までまともに指導者もいなかったチームに指導者足りえる魔導師を派遣して強化する。
理に適っているのは疑うべくもないだろう。
指導のあるとなしで考えれば、前者の方が間違いなく強くなる。
何もない状態から自分たちの好きに出来る今までの制度も悪くはないのだが、現状の大きくなった大会の規模に見合っていなかった。
教育環境の育成――コーチの選定も含めて、学園側の肝いりで行われた一連の改革は現時点では大きな問題点もなる恙なく進行している。
「しかし、これには一見すると、現状で強いチームへの恩恵が少ないようにも見える」
「頭の足りない奴らには、だろうの。実際にはそんなことはないわな。コーチのレベルにもよるが、違う環境で育った魔導師、というのはそれだけで良い刺激になるものよ」
「その通り、自分たちにはなくとも、何処かならノウハウを含めて保持している可能性はある。今年度からコーチ制度が動いてくれてよかった。おかげであなたを招くことが出来たのだから」
健輔たちがフィーネという稀有な魔導師の力を得て更なる高みに至ろうとしているように、他のチームも今までとは自分たちとは違う環境で育った魔導師の影響を受けることで大きな変化が起ころうとしていた。
レオナたちヴァルキュリアと最強の砲台、クロックミラージュの術式を総べる皇太子と王者の影に隠れたゲームマスター。
普通に成長すれば交わることのないものたち同士を混ぜることで大きな反応を起こす。
学園側の意図はそこにあり、彼らは正しくその事を理解していた。
行うための手段はあっても気付かなければ意味はない。
そして、気付いていても、行動に起こさないと意味がない。
コーチ制度によって各チームに引き起こされた変化は、間違いなく各チームの面々が選んだものだった。
彼――魔導戦隊を預かることになった『正秀院龍輝』が選んだ道もその1つである。
この学園におけるもう1人の万能系は静かに胎動を始めていたのだ。
「儂を招いたのは、そのためだったかの。龍輝、お前の野心は中々に楽しいな」
「あなたにそう言われるのは光栄だよ。しかし、あまり褒めないで欲しい。ヒーローとしては些か、現実的な選択肢だとは思っているんだ」
学年の違う2人がまるで親友のように対等の立場で言葉を交わす。
魔導戦隊を導くコーチ、彼は天祥学園で最も厄介だと言われた男である。
戦場で戦うバックス。
ある意味でササラの元祖とも言える男――霧島武雄。
2つ名はあれど、世界上位のランカーではなく、世界大会での活躍の実績もほぼ存在していない。
しかし、この日本で彼を侮る魔導師はいないだろう。
誰よりも魔導を道具として扱う事に長けた策士。
最強の砲台すらも謀りきった鬼謀は今も健在だった。
かつては『賢者連合』というチームを率いた最恐のジョーカー。
彼を受け止めるのは、国内におけるもう1人の万能系。
健輔とは違う道を選んだバックスを主体とした可能性がそこには存在していた。
「現実的、結構なことだの! 夢を見ることを現実から目を背けることだと思っているアホが世の中には増えた。違う、違うのよ。豪快な夢を見る奴はな、誰よりも現実を見るものさ」
現実を知っているからこそ、そこに存在しないものを生み出す大バカ者。
武雄が愛するのはそういう人種である。
彼が魔導師になったのもそれが理由だった。
常識、結構なことである。
踏まえるのは必然であり、倣うのが自然なのだ。
「秩序から外れるのが自由? バカを抜かすなよ。自由というのは、責任と義務を果たす奴が得るものだ。反対のことをしたらそれを得られる訳じゃないだろうが」
だからこそ、武雄は現実的な判断で戦うバックスとなったのだ。
現在の潮流に逆らったのではなく、結果として反逆になっただけだと誰よりも自由な男は笑う。
自分の同類、とびっきりのアホになりに目の前にやって来た後輩が愉快で堪らないのだ。
「だから――胸を張れよ、ヒーロー。強くあるために、チームを終わらせないために、太陽に挑むのだろう」
「ああ、やっぱり、1番強いのはヒーローであるべきだ。断じて、魔王ではないだろうさ」
漆黒を身に纏い、全ての魔導を蹂躙する魔王から栄光を奪い取る。
勇者ではなく、現代のヒーローを自称するものは指導者に宣言した。
俺こそが、最強になるのだ、と。
「俺には、佐藤健輔の真似は出来ない。しようとも思わない」
昨年度の国内大会で龍輝に突き付けられた現実。
彼は戦闘魔導師としての適性が今一だったのだ。
数字には出ない戦いの面で見えた陥穽。
魔導戦隊は中々に面白いチームだが、その強さの過半をリーダーであった星野勝の固有能力に頼っていた。
彼の卒業は決定されていたのだから、対策はしていたのだ。
しかし、凋落は止められない。
世界大会に出場したという1度の奇跡は地に堕ちて穢れてしまった。
夢は既に遠くへと飛び立ったのである。
「勝さんの代わりも無理だ。だが――俺にしか出来ないことが間違いなくある。佐藤健輔でも、星野勝でもない。この俺、正秀院龍輝にだけ出来ることが、必ずある」
世界で活躍する健輔を見て、龍輝もまた自己への理解を深めていた。
万能系にはあれだけのことが可能な潜在能力がある。
健輔の方向性だけが唯一無二の解答だとは思えない。
龍輝が出せる、いや、龍輝にしか出せない答えがあるはずだった。
「考え抜いて、バックスに特化したんだろう? お前たち、2年生が中心となっての」
「ああ、先輩たちは応援してくれたよ。やり方を変えようと言った俺たちを、優しく肯定してくれた」
ヒーローの先輩として、彼らは正しく背中を見せてくれた。
実績も何もない後輩の戯言を真剣に聞いてくれたのだ。
後は只管に邁進しただけである。
勉強は嫌いではない。
アドリブは苦手でも準備さえあれば、ある程度の対応は可能だった。
適応力には欠けていても、龍輝には聡明な頭脳とそれを支える豊富な手段があったのだ。
ここに、最強の知恵を加えることで新しい魔導戦隊は完成する。
「今までのバトルスタイルは捨てた。今度は同じ魔導師として相対する。俺たちは心がヒーローとなるんだ」
「酔狂だの、だが、それが面白い。お前の挑戦が、天に届くのか。特等席で観察させて貰おうかの」
「コーチが観察してどうするんですか。無理矢理にでも参加させます。祭りは盛大にしないといけないでしょう。準備だけが楽しい、などとは認めませんよ。退屈はさせません。俺たちが必ず、勝利者となる」
「中途半端だが、だからこそ他の奴には出来ない事が出来るのが万能系よな。健輔だけの特権ではないの」
健輔が現在において、最も万能系を使いこなしているのは間違いない。
しかし、未来においても最高の使い手なのかは別の話である。
危険な融合、コーチという新たな風がもう1つの可能性に必要なものを吹き込む。
「ええ、そうですね。――あの日の敗北を礼の意味も込めて、返せるように、全力を尽くしますよ」
敵は強大だが、だからこそ挑む意味がある。
彼らはヒーロー。
敵の方が強いことなど、普通のことであった。
実力差を塗り替えて、奇跡を起こすからこそヒーローたちは愛される。
架空の存在であろうとも、心の中にいる彼らを魔導で描けぬ道理はなかった。
少しずつ、歩みを進めた敗者たちが勝者へと手を伸ばす。
結末は誰にもわからない。
暗き敗者の道にも意味はあり、勝者とは違うものを胸に立ち上がるのだ。
健輔が背後に置き去りにしたものたちが追い付こうとしていた。
邂逅はまだ先、激突はまだ未定。
それでも確かに、欠片は集い始める。
油断ならぬ大敵たちは、どこに潜んでいるのかわからない。
雷光が空を駆け抜ける。
全身を光で染めて、女神の薫陶を受けた最強のヴァルキュリアは天を舞う。
右手に宿るは魔力で生み出した剣。
左手に宿るは剣型の魔導機。
変則的な二刀流。
今までの正統派だった型をあえて崩すことで彼女は新しい自分を開拓した。
世界ランク第8位。
『雷光の戦乙女』――クラウディア・ブルームは冷たい表情で戦場を見渡す。
眼前に聳え立つ強大なる敵、国内に君臨した比類なき怪物の1人が楽しげに少女を見下ろしていた。
「――御覚悟を、ここで終わらせますッ!」
「どうぞ、ご自由に。やれるものなら、やってみせてください」
右手の剣が一気に刀身を伸ばして眼前の女性に襲い掛かる。
敵手は彼女の所属する『黄昏の盟約』のコーチ。
不死身の相手を止めるために、クラウディアは決死の覚悟で戦闘を仕掛けていた。
籠められた魔力、おまけに属性が持つ特性により彼女の剣は容易く相手を両断する。
白兵戦能力において、彼女と正面から競れる相手などそれこそ世界ランクの上位者しかあり得ない。
不死身とはいえ、凡百の魔導師ではどうにもならないだろう。
故に――
「甘い、かな。斬撃の練り、籠めた気迫、後は――――」
――不死身に頼らずに、正面からクラウディアを粉砕する彼女は、ランカーの中でも最上位の実力者に違いない。
雷光の剣を紙のように両断する一筋の『糸』。
よくよく目を凝らさないと空間に入った亀裂を誰も視認できない。
これこそが彼女の生み出した必勝の空間。
世界に刻まれた名は『不敗の太陽』――藤島紗希。
3強に名を連ねず、しかし、3強に匹敵する女性がクラウディアに向かって強大な力を加減なしで叩き付ける。
「魔力を、刻む……! これが、不敗の意味」
浸透系を文字通りの意味で極めている紗希に魔力での防御は意味をなさない。
彼女と同格ならば、ある程度の抵抗は可能だろう、
3強クラスですら、抵抗というレベルになってしまうのが彼女の技。
直接的な打撃力はそこまででもないが、如何なる場合でも能力を減じない汎用性に陰りはない。
「申し訳ないですが、それが私の戦い方ですから。――さあ、次がいきますよ」
「――上!」
正面の糸の結界――ではない場所、何もないはずの空間から突如として糸がクラウディアに向かって落ちてくる。
上だけではない、下、後ろ、ありとあらゆる方向から雷光を滅する魔を断つ糸が迫っていた。
「種はわかりますね? 上手く凌いでください」
「『空間展開』、わかっていましたけど!」
全方位を支配し、魔力では絶対に防げない攻撃で敵を仕留める。
言うならば器用な香奈子とでも言えばよいだろうか。
浸透系を極めた紗希の前に、純粋な魔力だけの技では抗することが出来ない。
攻撃、及び防御において絶対に等しい魔導における1つの究極が彼女である。
破壊系を魔導殺し、とするならば彼女こそが魔導封じ。
桜香すらも純然に活動させないだけの力がある。
「はあああああッ!」
休むことなく迫る攻撃をクラウディアは紙一重で避け続ける。
どうしても避けられない攻撃にだけ左手の魔導機で対処して、彼女は無理な行動を避けた。
確かに追い詰められているが、それで焦ってしまうと相手の思う壺である。
魂と身体は熱くなっても、頭は冷静に機を見計らう。
経験と才能が一致することで、クラウディアの潜在能力は花開こうとしていた。
エースとして必要な心構えも、彼女は実戦で見つけている。
隙を窺う、もしくは機を見つける――こんな後ろ向きな心構えでは、格上には勝てない。
エースとは、如何なる条件、相手でも前に進む者のことを指すのだ。
「リミットスキル――発動!」
無理矢理にでも敵に対応を余儀なくさせる。
繰り返しの手順。
相手の勝ち筋に乗ったまま、結末を変えようとするのは無理がある行為なのだ。
既にクラウディアは経験として知っている。
対応されるかもしれないことなど考えない。
彼女の持ち味は全てを焼き尽くす偉大な雷。
どこまでも魔力を高めて、粉砕することこそが本質であった。
「『回路掌握』――駆け巡れ、我が雷!」
身体の中のリミッターを操作して、実力を大きく凌駕した超出力を手に入れる。
放つ雷光は過去最大。
2つの異なる剣が最大級の輝きを放ち、充溢する魔力はベテラン魔導師100人分を凌駕するだろう。
それらの暴力を一切漏らすことなく完全に制御する。
圧倒的な暴力と精緻な制御力が融合することで、彼女の術式は今までとは比べ物にならない領域へと駆け上がった。
「消し飛びなさい――術式展開『裁きの雷霆』」
右手の雷光の剣に力を注ぎ、左手の魔導機が全体の流れを統括する。
身体自体の流れも活用することで、リミッターが解除された魔力を完全に絞り尽くす勢いで術式へと注ぎ込むのだ。
もはや個人用のレベルを大きく逸脱した火力。
個人用の領域を超えて、戦術魔導陣にすらも匹敵しようとしている。
リミットスキル――『回路掌握』をリミッターを解除するためでなく魔力回路の性能を十全に引き出すために活用していた。
単純な火力でならば、現役の魔導師でも最高峰だろう。
世界大会の時の真由美すらも凌駕していた。
全身を巡った魔力は右手の剣を槍へと変化させ、穿つべき相手を見定める。
「なるほど、流石は『雷光』ですね。では、ロートルですが、それなりの技をお見せしましょう」
繰り出された技には、同じように至高の技で返礼をしないといけない。
紗希が持ち得る2つの異能。
その内の1つが静かに隆起する。
「固有能力――発動」
教え子のために、世界の頂――頂点を叩き込む必要がある。
彼女たちが挑むのは加熱したことで、更なる高みに至った世界大会。
昨年度も激戦だったが、今年はそれすらも超える可能性がある。
かつてならば、ランカーも容易かったであろう者たちが無名で消える可能性すらもある最大級の決戦。
紗希が誇る後輩たちにクラウディアが勝てるようになるためにも、必要なのは過酷な現実だった。
「世界よ、結びなさい。『秩序変転』ッ!」
叫びと共にクラウディアの『裁きの雷霆』とまったく同じ威力の攻撃が空間の穴から飛び出してくる。
完璧なカウンター、裏返すように秩序が切り替わってしまう。
ぶつかり合う同じ輝き。
全力を出した者と、1つの手札を晒した者。
有利なのは言うまでもなく後者であり、
「チェック、メイト」
紗希の涼やかな声がクラウディアの敗北を告げるのだった。
「お疲れ様、クラウ。惜しかったわね」
「ありがとう、瑞穂。……個人的には複雑です。傷くらいはつけたかったのですけど、今日も無傷で終わってしまいました」
激戦を終えて、級友から飲み物を受け取る。
相応の体力を消耗した身体に冷たい飲み物が心地よいのは魔導師も変わらない。
「後数歩、ですか。これが、3強と私の差だと思うと辛いですね。まだまだ伸び代はあると前向きには考えていますけど」
「あのね。あなたがそんなことを言うと私はどうなのよ。技を使う以前のレベルよ。エースなんだし、もっと胸を張ってよね」
瑞穂の不器用な励ましにクラウディアは笑みを浮かべる。
健輔が弟子にした、というのが最初の興味だったが、彼女の前向きな心に今では個人的な好意を抱いていた。
瑞穂が怒ると思っているので言ったことはないが、流石師弟だと密かに感心している。
「努力はしますよ。ただの展望ですので、そこまで気にしないでください。それよりも、次は瑞穂の番ですよ」
「うへ……、りょーかい。行ってくるから、後で屍は拾ってね」
「ふふっ、わかりました。ご武運を」
言葉の割には軽い雰囲気で戦いを挑む瑞穂を見送る。
何分持つのか、という戦いだが、今はまだそれで良いのだ。
黄昏の盟約は新しいチームである。
やるべきこと、鍛え上げないといけないことはいくらでもあった。
チームとしても、何よりクラウディアとしてもやりたいことはある。
「……健輔さんは皇帝とフィーネさんに勝利している。私も、最低でもそこに至らないと何も始まらない」
紗希は現役を離れてそれなりに長い。
今が全盛期である桜香との単純な比較は難しいだろう。
そのため彼女に勝てるようになるのが、そのまま桜香や皇帝などを凌駕したことには繋がらない。
クラウディアとて、その程度のことは理解している。
「紗希さんは安定度が図抜けている。フィーネさんもその点では勝てないでしょう」
幾度も剣を交えたことで、藤島紗希という魔導師の性質はわかった。
強さは確かに3強クラス、能力に不足はない。
問題があるとすれば、安定度はあるが、代わりに爆発力がないだろう。
紗希と3強の違いをあげるとすれば、その1点である。
3強はどんな状況からでも状況を一変させうる切り札があった。
クラウディアが知る範囲での紗希はその部分が欠けている。
「……やはり、実戦に等しい緊張感が必要ですね。新人にも、このチームを固める意味でも、1度あそことぶつかっておきましょうか。莉理子さんに確認を取りましょう」
見据える先にいるのは先を進む友人たち。
更なる高みへと至るために少女はかつての自分を1度破壊した。
選択の苛烈さ、前へ進むための意思。
自分を解き放つことを選んだクラウディアは急激にレベルアップしている。
全てを焼き尽くす雷火は、今はまだ幼く小さい。
しかし、約束された栄光は必ず彼女を待っている。
胎動するライバルたち。
健輔の――クォークオブフェイトの道のりが険しくなるのは、もはや確定した未来となっていた。
舞台は次のステップへ、形になったチームに命を吹き込む作業が始まる。
出会いの春から、理解の春へ。
季節は確かに前へと進むのだった。
これにて第1章終了となります。
第2章『雷鳴、轟く』をお待ちください。
4月中にはスタート出来るかなー、と思っています。
それでは、ここまでお付き合いのほどありがとうございました。