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第193話『理想論』

 試合における結果とは、勝利を意味しており、過程には究極的には意味がない。

 過激な物言いであるが、一側面としては事実であろう言葉。

 どれほど良い勝負をしようが、それこそ、序盤に有利だったとしても、最後にひっくり返されてしまえば、意味はない――と他ならぬ彼らこそがよく知っていた。


「くぅ!!」


 思考する余裕を失う。

 現在・・を凌ぐこと以外、何も考えることができなくなる。

 いけない、とわかっているのに、己の全てを費やすことでしか、相手に抵抗すらもできなくなっていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 『白夜』に所属する日本人。

 笹木真奈美にとって、この試合は死地となるのは、最初からわかっていたことであった。

 試合開始時から、もはや圧倒的も生温いレベルの実力差がある相手とのタイマン。

 序盤はある程度、凌げるとわかっていた。

 真奈美の能力は凌ぐという面で非常に有用である。

 特に基礎能力の差を埋められるのが大きい。

 単純な能力ゆえに対策も難しく、だからこそ、この重要な役割に選ばれたのだ。

 ――この役割の重要さを理解した上で、彼女はこの戦場に降り立った。


「ま、まだよ! 私は、このぐらいで」


 思考を加速させて、敵に対処する。

 万能で、かつ器用な能力である『最速の瞳』。

 真奈美は志願して此処に立った勇気ある魔導師である。

 試合開始から大凡30分。

 序盤を終えて、中盤に入り始めるこの時間帯からこそが、本番になるとわかっていた。


「意地でも、あなたは通さない」

「……そうですか。では、これは?」

「くぅ!?」

 

 魔力の圧力が一気に高まる。

 常人の数倍規模の魔力を垂れ流して、威圧してくるなど、持てる者だけの特権であろう。

 圧倒的すぎて嫉妬の感情も抱けない。


「どんな攻撃も、当たらないと意味はないです!」


 見てから避ける。

 普通は不可能な事も真奈美は実現が可能だった。

 本来ならば隙にもならないものを隙とし、相手に致命傷を与える。

 派手ではない堅実な強さはここまでの研鑽の日々も証だった。

 無名であるが、ランカーに迫るほどの力は十分にある。


「そうですね。あなたの言う事は正しい。ですので、まずは当てることに注力します」

「なっ」


 あったはずの距離が一瞬で0になる。

 魔力の大半を身体能力の向上に回したのだろう。

 感情を見せない冷たい瞳は真奈美を見据える。


「そのぐらいで――」


 自失は一瞬。

 本来の実力差ではこの隙は致命傷だっただろうが、真奈美が持つ力が傷を緩和する。

 スローに見える視界の中で、思考を加速させて全身に指令を出す。

 自らにしか影響しない代わりに、自分への干渉能力は群を抜いて高いのが真奈美である。

 この分野ではいどれほどのランカーであろうとも、遅れを取るつもりはなかった。


「能力に自負がある様子ですが、大事なことを忘れていますよ」

「嘘……!?」


 相手へカウンターを放つために、動いた行動に、カウンターを取られる。

 真奈美は迫る刃に驚愕の色を見せて、固まるしかできない。


「どうして!?」


 悲鳴と同時に、優香の刃が容赦なく少女を薙ぎ払う。

 一撃で障壁を切り裂き、無防備な姿を最強の蒼の前に曝け出させる。

 左に待機していた2つ目の刃は、この絶好のタイミングを見逃しはしなかった。


「答えはご自身で出してください。一言、アドバイスをするならば、上手くいっているからといって、計画通りに運んでいる訳ではないと思うべきだった、ぐらいでしょうか」

『マスターの温情に感謝しなさい』

「ま、だーー!!」

「いえ、終わらせます。対処するとわかっているのならば、その通りに動くだけです」


 決死の覚悟で身体を動かすも、想いだけで変わるほど、状況は容易くなく。

 この試合の中でも、最大級の火力を前にして、真奈美は沈黙することになるのだった。

 





『笹木真奈美選手、撃墜判定』

『佐竹剛志選手、撃墜判定』


 響き渡る宣言はほぼ同じタイミング。

 レフィーナにとっては、自らのチームは初めて遅れを取った証左であり、剛志の粘り勝ちを示していた。


「マズイ……」


 視界に映る残った2人。

 伊藤真希と高島圭吾。

 この2人を今から撃破するには、多少の無理が必要であった。


「迷う時間はない、か」


 必要以上に自らのリソースに意識を裂き過ぎた結果、1番重要な時間という資源を浪費したと言ってよいだろう。

 彼女の切り札はこういう状況には強くなく、正攻法で攻めるしかない。


「申し訳ありませんが、一気に決めさせていただきます」

「そう言われて」

「素直に負ける人って、いないと思うよ」


 圭吾が真希を庇うように前に出て、真希は距離を取り始める。

 剛志の撃墜により壁が無くなってしまった以上、これ以上のフォーメーションは存在しない。

 もっとも、


「真っ直ぐ、真っ直ぐ!」


 一切の被害を気にしない破壊系の突進を止められるものでもなかったのだが。

 魔導師にとって、魔力を殺す破壊系は基本的に致命的な存在である。

 他に何かやりようがあるのならば、抵抗は可能であるが、相手側が決死となり、更にはエースとなると、ベテランクラスでは出来る事も限られてしまう。

 何よりも、圭吾も真希も純粋に魔力を武器にしている魔導師である。


「糸は効かない。砲撃は当然のように無効化。詰んでいる、というのはこういう状況を指すのかな」


 ただの破壊系、射程などに問題を抱えていればよいが純粋に力を発揮する破壊系の魔導師が相手では時間稼ぎもままならない。


「まずは、あなたから!」

「さて、どれくらいを目安にするべきかな!」


 得意の戦法を捨てて、完全な肉弾戦に移る。

 相性が悪すぎるゆえの苦肉の策だが、即死が致命傷レベルに落ちただけであり、結末には大きな変化は訪れない。

 真希を含めて、僅か数分・・

 剛志が撃墜されてから、彼らが生き残れたのは、たったそれだけの時間であった。

 

『高島圭吾、伊藤真希選手、撃墜判定!』

「よしっ!」


 無理矢理に近い形であるが、なんとか帳尻を合わせる。

 戦力の大半を潰して、後はバックスを落とす。

 これこそが『白夜』の思い描いた光景。

 勝利への譲れないラインであり、


「――見つけました」

「ぇ……嘘、早すぎる――!」


 クォークオブフェイトが見逃さない、絶対の分岐点である。

 試合開始から、40分過ぎて、ついに避けられないエース対決が始まろうとしていた。

 この光景を恐れていたからこそ、避けてきた『白夜』に舞い降りるべくしてやってきた試練。奇跡を起こし、勝利を齎してこそ、エースは本当のエース足りえる。

 レフィーナが本当に『白夜』のエースなのか試される時であり、同時に優香がエースとして、確かにチームを背負った状態での戦いが始まる。

 双方が双方共に、エースの証明を背負っていた。

 

「いきますよ、雪風」

『マスターのご意志のままに』


 迷いなき『蒼』に、


「――やるしか、ないのだったら!」


 未熟な『エース』が立ち向かう。

 攻めているのに、受け手に回る。

 この心理状態が、勝敗に影響するのか。

 結末はまだ誰も知らない――。






「白夜も頑張るね~。いやはや、理想的な中堅チームだよ」

「言い方に少し棘があるように感じるが」

「そうかい? 僕は前からこんな感じだけどね。おかげで、女帝とかの好感度はとても低かったよ。はは、嫌われ者、ってやつかな」


 今回の大会においては、全ての試合が学園によって中継されている。

 そのため、ポイントを絞ってさえいれば、現在のチームの状況を手に入れることは昨年度などと比較すると容易にはなっていた。

 彼ら――『クロックミラージュ』のように、有名どころになってくると、そんなのは関係なしに必ず対策されているのだが、多くのチームにとって朗報であるのは間違いない。

 事実、彼らにとっても避けられない壁との差を埋める貴重な情報を得られる機会になっていた。


「それで、ジョシュア先輩としては、どの辺りが理想・・的と見えたんだ?」

「ん? 簡単だよ。わざわざ、エースを避けていたところだよ」


 ニヤニヤとしながら、ジョシュアは画面に映るレフィーナを指さす。

 現時点で判明している能力や、ここまでの試合運び。

 全てが彼女というエースを活かすために、組み上げられたもので、この段階までは上手く機能しているように見える。

 

「エースを避ける。別におかしくはないだろう。消耗を避けて、多数の雑魚を討ちとり、時間切れでの勝利を目指す。格下としては中々に常道だ。エース対決を制した場合は、そのまま勝利もあり得る」

「そう、そこだよ。理想的な中堅の戦いってね」

「だから、何が面白いんだ? 俺には実に手堅く見える」

「君も同じ系統だからね。そりゃあ、同類の手は好ましいでしょ」


 わざわざ嫌味を乗せてくるジョシュアにアレクシスは溜息で応じる。

 絆、だの、信頼だの、などをこの輩と結ぶためにチームに迎え入れた訳ではない。

 元より、自分とジョシュアが合わないことは理解していた。

 その上で、ジョシュアが必要だと判断したからこそ、お互いに同じチームに所属しているのである。

 今更、挑発に1つに動じるほど、彼も未熟ではなかった。


「では、異なる視点で見ると、穴があると?」

「うん。だって、結局のところ、エースに対する対応策がないじゃないか」

「うん? いや、エースには、エースで」

「違う、違うんだよ。それは、大前提、というやつさ。いいかい? 目的と、手段は異なるだろう? エースを倒すという、目的には相応の手段が必要。で、その手段がエースをぶつける。いやいや、間違ってないけど、具体性が欠けてるでしょうに」


 かつて最強の魔導師の傍にいたからこそ、誰よりも格下の戦い方について知っている。

 その経験がジョシュアに教えるのだ。

 あまりにも理想的で、美しいチームが『白夜』だと。


「コーチを討ちとるために、フィールド効果を使い潰した。エースを恐れるならば、あれぐらいしないとダメなんだよ」

「フィールド効果は上手く使えばエース級の魔導師が働いた結果に匹敵する効果を得られるとされている。……確かに、対コーチと比べると、対エースが些か雑に見えるな」

「中々に強い能力だ。あのアメリアくんに似た系列かもね。ただ、破壊系を使えるだけの魔導師で終わるならば、これほどまでに全力でエースを押しをしないとは思うよ」


 相手への賞賛は惜しみなく。

 ジョシュアは本心から言葉を放った。

 その上で、白夜の失策を指摘する。


「恐らくだけど、あのレフィーナって子は対魔導師について、それも格上に対して、何かしらの切り札があるんだろうね」

「それがあれば、勝てると踏んだ。なるほど、だから、具体的な手段がない訳だ」

「でも、それが悪手だ。彼女たちが理想的・・・なのは、その部分だよ。ランカー、というのを些か甘くみている」


 最強のランカーの傍にいた者。

 ジョシュアの価値は其処にあり、彼だけが知っているランカーの恐ろしさがある。


「九条優香も、佐藤健輔もまだまだ自覚が浅い部分がある。ようは、自分が強者で、上に立つ者って言う意識だね。でも、普通はそういうものさ。役職を得たからといって、昨日までの自分からいきなり変わる訳じゃないでしょう?」

「……そうか、彼らも」

成長・・してるんだよ。精神的に、ね。わざわざ支柱を叩き折って、其処に彼らを据えるようなことをするなんて、僕は怖くて出来ないね」


 責任感。

 言うならば、上に立つ視点。

 健輔たちが葵に寄り掛かっていて、まだまだ浅かった覚悟の部分。

 自覚をしていると言って、意識が高くとも、やはり人間である。

 どうしても、後輩意識といったものは抜けないものだ。


「特に九条優香は化けるよ。あの子の弱点は精神で、わざわざ其処を補えるような機会をプレゼントしたんだ。怪物の妹は怪物だよ。世界第2位の魔導師をちょっと舐め過ぎじゃないかな。あの子、固有能力はクリス系で、身体能力とか、魔導の能力は姉系っていう、最悪のハイブリットだよ。君も含めて、ちょっと甘く見過ぎ」


 むしろ、佐藤健輔よりも未知数な分、怖いところもある。

 締めくくりの言葉に、アレクシスは反論しない。

 彼女の姉に容赦なく粉砕された身として、本当の意味での才能を身を以って知っているのだ。

 あの姉の血縁を侮るなど、死んでもあり得ない。


「ムラはあるさ。安定感にも欠けていて、脆い部分がある。でも、その脆さが都合よく毎回くるとか、そんなのを前提してたら作戦とは言えないよ」

「勝利のためには、あらゆる最悪を想定すべきと?」

「その通りさ。格上に勝ちたい、と言うのならばね」


 飄々とした雰囲気が鳴りを潜めて、真剣な表情で呟く。


「佐藤健輔がエースと言うよりもエースキラーなのは、この部分が徹底しているからだしね。彼、自分よりも強い相手、未知の相手、種別を問わずに、必ず具体的に勝てる手段を考えてから挑んでる」

「ただの戦闘狂とは違い、か。そうだな。俺たちにも、その謙虚さが必要だ」

「白夜は大金星だよ。実際、ここまでは互角の戦いに見えるからね。でも――」


 優香とレフィーナの遭遇。

 戦闘を開始するのを見てから、ジョシュアは席を立つ。

 もはや見るべきものは終ったと言わんばかりの態度。

 いや、事実、彼の中では試合は終ったのだ。


「試合は最後までわからない。この言葉は、別に格下のためにあるものじゃない。クォークオブフェイト、実に厄介なチームだよ。新鋭チームに対して、何も新しい手札を見せてくれなかった」

「見据えるのは先、だけか。優勝以外は眼中にない」

「彼らは正面のチームよりも、僕たちなどのわかっている強者に意識を割いていたってことだよ。わかったのは、全員が順当に強くなったということだけ」


 肩を竦めて、ジョシュアは部室から出ていく。

 去る先輩の背中を見送ってから、アレクシスも席を立った。


「そうだな。誰もが、強くなっていた」


 言葉に籠められて感情は果たしてなんだったのか。

 激突する次世代のエースと今代に君臨するエース。

 1つ後塵を拝する、とされたものとして、アレクシスは自らに置き換えて、状況を見ていた。

 己ならば、あの挑戦者に勝てるだろうか、と。


「……勝利よりも敗北こそが重要な時もある。ああ、そうだな。負けたことがある、というのが、財産になるのは俺もわかるよ」


 手痛い敗北を知っている。

 そこから立ち上がって駆け抜けてきた自負があるからこそ、この先の結末に思うところはあった。


「しかし、最後に物を言うのは純粋な強さだけだ。どちらが、より強くなったのか。ただ、それだけなんだよ」


 静かに、そして、穏やかな心でアレクシスは戦いを見守る。

 この先に、立ち塞がる敵が、どちらなのかを見極めるため。


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