第192話『反撃への第1歩』
鳴り響く爆音。
拡散する魔力に、獅山香奈は眉を顰める。
「テキトーに撃っているんだと思うけど、警戒はさせられる。中々に心を削られる光景だよねー」
「呑気な事を言ってないで、なんとかする方法を考えてくださいよ」
「美咲ちゃん厳しいなー。これでもしっかりと考えてるよん」
後輩からの厳しい指摘に苦笑する。
状況が良いか悪いかで言えば、確かに悪いというのも事実ではあった。
バックス側にまで浸透を許すのは久しぶりで人数的には劣っている。
確かな危険があるにはある。
「美咲ちゃん、あんまり先輩が焦った様子を見せるもんじゃないよ。海斗くんが心細くなっちゃうでしょ?」
「っ……。すいません」
「し、獅山先輩……。自分は、別に」
「いいの、いいの。先輩が負けるかもーって顔をしてたら同じように思うものだよ。さて、こういう時は冷静に考えよう。まず、私たちはピンチなのかな?」
一方的に殴られて、連携を断ち切られている。
状況的にピンチなのは事実だが、香奈としてはまだまだ余裕があるという認識であった。
相手側は乾坤一擲。
正しい意味で、全力を投入し、以後の流れを手放さないようにしている。
格下が格上に挑む時の常道であろう。
事実、香奈たちも似たような手法を取って来た。
ある意味では馴染み深い戦法で、だからこそ、香奈には穴もよく見える。
「圧迫されている状況なのは間違いなくて、この状態では厳しいと思うのですが」
「美咲ちゃんの考えは正解だよ。ほぼ無名のチームに世界ナンバー2が圧されている。表面上は、ね」
「表面上、ですか? それは、一体」
「私たちがアマテラスに挑んだ時を考えてみよう。人数で言えば、中盤ぐらいまで私たちは勝っていたよね? でも、あの状況は優勢だったかな?」
「……そうか、同じことが白夜にも言える」
直ぐに答えに至った後輩に満面の笑みを向ける。
究極的に、1人のエースで試合を押し返せるのも、魔導の醍醐味なのだ。
撃墜されたのは葵と、1年生3名。
言い方は悪いが、葵を含めても半壊に至ったか、ぐらいの損害である。
健輔と優香、果てにはフィーネが残留しているのだ。
いくらでも押し返す方法は存在していた。
「向こうもそれがわかっている。だから、勝てるだけの状況を整えようとしているんだと思うよ。エースを集合されたら、困るから。この念話の遮断はまずはそこが目的だろうね」
孤立させておけば、足止めも容易である。
そこに敵のエースを投入。
戦力的な優位を確保した上で、情報が遮断されていたら、有効的な動きを制限できる。
実際、香奈たちが手に入れている情報も限られているのだ。
フィーネや健輔など、ある程度の万能性がある魔導師ならばともかくとして、周囲の探査を得意とする戦闘魔導師は多くはない。
「その上で、健輔には、真っ当に足止め、もしくは」
「撃破を狙った戦力を。そして、フィーネさんにも」
「うん。同じように撃破を狙える戦力を差し向けているんだろうね」
宣言されたフィールド効果の影響。
相手がどのような戦法でフィーネを抑えているか。
薄々であるが、全貌は掴めてきている。
「困ったな。健ちゃんに動かしてもらうにも、こちらの状況を伝える必要がある」
「香奈さん……」
「……うーん、これはちょっと博打をしようか。待ってたら、いつまでも状況は動かないしね」
軽い様子で香奈は微笑む。
誰かがなんとかしてくれるのは性に合わない。
向こうの大まかな作戦は見えてきた。
ならば、やることは単純である。
「海斗くん。ちょっと、頑張って貰えるかな?」
「はい! 任せてください!」
「良い子だね」
劣勢に陥った戦況を立て直すため、参謀陣が動く。
相手の思惑に沿って動かされる戦況。
不透明な中で、各々が反撃の機会を窺う。
どこが発火点となるのか、それともこのまま相手の思惑通りに進んでいくのか。
試合は未だに混沌の中。結末はまだ誰にも見えていない。
コーチになってから、あまり活躍できていない。
誰よりも彼女自身が痛切に感じている。
栄光の3強。
欧州最強にして、歴代でも最強と謳われた存在が、格闘戦に特化した存在とはいえ、極東のサムライ程度に遅れとるのは、去年から考えるとあり得ない事態である。
存在するギャップ。
同じようにコーチになった紗希や皇帝はコーチの立場で活躍しているのに自らが劣っている。
目の前の窮地よりも、まずは根本の原因をなんとかしないといけない。
「そう、相手の作戦が上手いのは、事実。しかし、私に覆せない苦境ではないはず――!」
相手の作戦は単純である。
フィールド効果『防護弱体』と『任務変更』の併用。
防護弱体は簡単に言えば、コーチの無敵を解除するフィールド効果である。
無敵の盾たる存在を1選手に落とす――とはいえ、撃墜には選手の力量が必要なため、他のフィールド効果に比べると使い辛いものではあるだろう。
もっとも、この程度の問題は使う方もわかっていた。
「おらあああああああッ!」
「ええい!」
フィールド効果『任務変更』。
こちらの効果を一言で表すならば、コーチを普通の選手に戻す、となる。
ライフなどは4分の1になるし、撃墜可能な人数にも制限が付く上、戦闘可能時間にもリミットが設定されてしまう。
しかし、コーチという安定した技量を持つ者を一定時間の制限付きとはいえ、普通の選手のように扱えるメリットは大きい。
「っ――!」
『白夜』はフィーネを落とすためだけに2つのフィールド効果で獲りにきている。
無敵を無効化された彼女は撃墜可能な存在となり、力量による問題点はコーチを鉄砲玉に使うことで解決。
更に相手には、既に20%分のダメージを与えている。
これ以上のダメージを与えることは、コーチの制限上、行うことができない。
相手はコーチではなくなったのに、事実上、コーチの防護を備えた状態で、フィーネとの戦闘に入っている。
「風よ、唸れ!」
「は、目晦ましにもならんな!」
ダメージを与えられない以上、相手は気にせず突っ込んでくる。
隔離しようにも、相手の技が問題となり、上手くいかない。
風の檻を容易く叩き切る攻撃性能。
望月健二がそうであったように、歴代のサムライは近接戦闘能力に優れている。
全てにおいて、フィーネが優っているが、攻撃のみに注力しているうえに、ダメージを気にしないサムライを押し留めるほどの拘束力はなかった。
フィーネの万能性はあくまでも、魔導師としての範疇に収まる。
健輔ほどになんでもあり、という訳ではなかった。
「あなたは……!」
相手のライフは僅かに5%。
これが普通の戦いであれば、既に蹴散らしている。
問題は、前提とする条件が普通ではないからこそ、苦境となっていることだった。
ダメージを気にしない近接特化の人間追尾式ミサイル。
相手の土俵で粘れているのは、フィーネの力があってこそであるが、いつまでも続けられると思うほど、女神は楽観的ではなかった。
何より、敵も見逃すつもりなど欠片もない。
「全方位、お前さんの能力に不足はないさ。ただ、コーチと言う事が枷になるくらいに、バランスが良すぎるな」
「アドバイスですか? もう、勝ったつもりだとでも?」
「いいや、感想だよ。お前ほどの強者とやれることに感謝。そして、この舞台を整えてくれた教え子のためにも、ここで落としておく」
「軽く見えても、しっかりとしている。まったく、味方にいれば心強いタイプの方が、この地には多すぎますね」
追い詰められた苦境の中、フィーネが思うのは自らの不甲斐なさについてである。
敵には感嘆の念しかない。
状況、経験、全てを用いて敵を倒す。
新しいルールも考慮に入れた見事な戦術。
対して、自らはどうであろうか。
「私は結局のところ、敵を素早く撃破することで強さを示していた」
皇帝や真由美などが各々のやり方であっさりとコーチに適応しているのに、フィーネが微妙に活躍できないのは、どっちにも振り切れないことが大きな原因ではある。
コーチとしての本分では、役に立たない訳ではないが、天才肌であることもあり、大きく役に立っている訳ではない。
努力していない訳ではないが、凡人ゆえの努力というのを天才肌の努力家というフィーネではまだまだ経験しきれていないのだ。
戦力としては、撃破するという部分がスタイルの根幹にあるため、こちらも本領を発揮するには至っていない。
撃破しないと役に立たないと言う訳ではないが、有り余る戦闘能力を用いて、敵を潰していくのが彼女の戦法の呼吸の部分なのだ。
ありのまま最強である皇帝との異なる部分であり、普通の試合では問題にならない程度の違和感。
しかし、実力が伯仲したり、ただでさえ乱れている基礎の部分が乱されてしまうと、途端に力を発揮できなくなってしまう。
「自覚はできている。私は、新しい私を始める必要がある」
どんなことでもこなせてしまうがゆえに、些細な問題の修正に時間が掛かってしまった。
答えは見えている。
この苦境の中で――否、苦しい中でこそ、思考を続けて、塗り替えるのだ。
フィーネが昨年度に学んだ強さは、そういった柔軟さなのだから。
「大きな力じゃなくて」
周囲を覆う風を自らの身体に沿う形で収束させていく。
圧倒的な魔力を活かしたパワーファイト。
言うならば、戦略兵器のような力がフィーネの持ち味であるが、コーチというのは戦場を薙ぎ払う存在ではない。
市街戦で核をバンバン使う訳にはいかないのと同じで、戦場や任務に合わせて使う兵器のチョイスは変更すべきだろう。
大事なのはたった1つで、あらゆる状況に対応する力ではなく、状況に合わせて、自らを組み替えること。
「――なに……」
「ランサー、ショートモード」
フィーネの持つ魔導機が縮む。
身の丈を大きく超えていた槍から、槍の部分を収納して、棒状へと変化。
代わりに風が先端を覆い、槍の形へと変化する。
「いきます!」
「機動格闘形態、というところか。おいおい、バトルスタイルを変更するなんて、それは、お前さんがやることじゃないだろうに」
軽口を叩くが、明らかに顔色が変わった。
ルールの縛りがあるゆえに撃墜されることはあり得ない。
問題は、この戦略兵器が自在に適性を変更できるということにある。
「はあああああああああッ!」
「駆け抜ける!」
0から最高速度まで一気に加速、風を纏う槍を携えて、真っ直ぐに突き進む。
脅威の突進力を前にして、ダメージがないとはいえ、前に立てる魔導師は多くはないだろう。
ダメージはなくとも衝撃はあるのだ。
そう、ダメージはなくとも、付き纏う物理法則は当然のように発生する。
「やっぱり、俺を置いていくつもりだな」
「避けるか、受け止めるのか。お選びください!」
「選べるか!!」
受け止めれば、猛烈な突進の衝撃を受け止めることになる。
避ければ、最悪そのまま離脱させる危険性がある。
風を身に纏うフィーネは速度において、身体系の高機動型を凌駕していた。
近接型との戦闘経験が豊富なサムライだからこそ、この手の輩との追いかけっこが無謀なことくらいはわかっている。
「まだマシな方を選ぶしかないか!」
刀を構えて、覚悟を決める。
受け流して、そのままカウンターを放つ。
明らかに何かを振り切った様子の女神は、先ほどまでのように強力であるが、場に不向きな力を使ってはいない。
コーチでない状態ならば、圧倒的な魔力で生み出された竜巻に突っ込むのは自殺行為であるが、コーチでは牽制にもならない代物でしかなかった。
そういったある種の不適合性があるからこそ、ここまでは上手くやれていたのだが、相手が戦法を切り替える器用さがあるとなると、話が別である。
高すぎる総合力を特化させたら、どんな怪物が生まれるか。
「ここから、逆転させていただきます」
「やってみろ。こちらにも、意地がある。ダメージを受けない状態で、負ける訳にはいかないんだよ!!」
相手の戦意に呼応して、フィーネは艶やかな笑みを浮かべた。
風を纏い、雷光を迸らせて、水を周囲に待機させる。
規模を絞り、密度を上げて、バトルスタイルも格闘に特化したものに寄せた。
能力的な変化は何もないが、別人と断言して良い代わり方である。
「では、こちらの意地もお見せしましょう。ええ――よき戦いを」
女神飛翔。
変幻自在に己を組み替えて、どこかの誰かとよく似た笑みを浮かべる。
かつての3強は未だに健在なり、と世界に示す進撃が始まった。
敵を倒すことはないが、試合を掌握する偉大なる天災。
フィーネ・アルムスター、最強の女神は此処にあり――。




