第191話『見えなくとも』
「いきます」
「いきますよ」
ララ・モーセスとルル・モーセス。
双子がよく似た容姿で同じように笑う。
魔導の世界において、双子は他にはないアドバンテージがある。
一卵性、二卵性を問わず、彼あるいは彼女たちの魔力は波長が似ていることが多い。
血縁者と言うのは、ある程度似た部分があるのは常識であるが、共鳴が可能なほどに似ている他人、というのは双子だけの特権と言えるだろう。
2人でいれば、通常よりも大きな力を得られる。
無論、双子だから無条件で共鳴が可能と言う訳ではない。
お互いがよく似たスタイルを確立し、更には仲が良いという微妙に難しいハードルを乗り越えてからの話ではある。
その分、乗り越えた時の恩恵は大きい。
魔力の共鳴現象――健輔が知る限りにおいて、類似の現象とは莉理子が扱う『魔導連携』なのだから。
「あのバトルスタイル……、確かにそのタイプは共鳴と悪くない相性だ」
身体の動かし方、魔力の移動の仕方などをつぶさに観察する。
最多のバトルスタイルの保持者でもある健輔にとって、他人のバトルスタイルはよっぽど奇天烈なものでない限り、見れば判別が可能であった。
魔導連携と違い、共鳴はあまり融通が利く能力ではない。
共鳴が始まれば、後は勝手に魔力の密度や質が高まっていくだけ。
繊細なコントロールを必要とするバトルスタイルとは、全く噛み合わない。
ラッセル姉妹が共鳴ではなく、お互いのバトルスタイルを補うだけのバトルスタイルに終始しているのは、そのためであり、双子の少なさも相まって、共鳴を有効に使いこなせた者は過去にもほとんどいなかった。
「で、お前さんが騎士役ってことでいいのか?」
「いかにも」
姉妹へ振り向けた意識を前方に移す。
槍を構えた偉丈夫。
少しだけ幼い表情なのは、まだ魔導の世界に浸かってから日が浅い証明。
白夜のメンバーについて、事前にわかることはある程度は調べている。
メンバーの名前、戦い方。
残念なことに、現在の主力は名前ぐらいしかわからなかったが、そのわかったメンバーの中にも、彼らの名前はない。
総括すれば、彼らは1年生であるということで、
「いくぞ」
「望むところ――!」
真価は一切、わからないことだった。
1年生だから弱い、などというのは魔導の世界で通用する事ではない。
経験が絶対の強さを保証するものではなく、どちらかと言えば才能が物を言う世界と言えるのが魔導なのだ。
よって、初手の選択は全開という小手調べを選ぶことになる。
「陽炎」
『魔力全力解放』
「ぬお!?」
吹き出る白の魔力が周囲の空間を染め上げる。
片っ端から魔素の支配権を掌握する姿は、正しく格の違いを見せつけていた。
相手がどんな力を持っていようが、そもそも燃料を渡さなければエンジンは動かない。
格闘系ならば体内に溜め込んだ分で活動は可能であるが、そんな貧弱な補給に敗れるほど健輔は弱くはなかった。
「――仮にも、格上だとわかってきただんだろう? ある程度の策ぐらいはあるはずだ。期待しているから、簡単には終わってくれるなよ?」
展開される魔力で出来た砲塔。
前衛型砲撃魔導師という矛盾も良いところのバトルスタイルが牙を剥く。
籠められた魔力は遠方で優香が放ったモノにも見劣りのしない凶悪な一品。
ごく普通の手段しか持たぬ魔導師に、防げる代物ではない。
「斉射」
『バースト!』
前衛ごと後衛を抹消するための攻撃が空を裂く。
「見事な技――しかし、こちらには効かないな!」
槍を前に突き出す。
動作としては、ただそれだけで特別な部分など皆無。
既視感を覚える動作で、健輔が繰り出した攻撃は完璧に防がれてしまう。
「あの消え方は……」
『破壊系ですね。香奈子様の能力は汎用化していたはずですので、あの能力の可能性が高そうですが』
「常識的に考えた場合は、そうだろうな」
渾身が掻き消されたところで、健輔に動揺はない。
既に見慣れた手品。
種も仕掛けもわかっているものに必要以上に委縮する要素はなかった。
「問題は、破壊系を組み込んだだけなのか、ってことだな」
『どういうことでしょうか?』
チャンスと見たのか、双子の砲撃が激しくなる。
普通は渾身を掻き消されてしまえば、動揺するので間違ってはいないのだが、健輔には正直なところ、意味のない攻撃でもあった。
この辺りのセオリー通りに動くのは実に1年生らしい。
相手を見て作戦を組み上げた訳ではないのが見てとれる。
「破壊系を汎用能力として取り込めば、トライアングルサーキットを持っていてもどうしても戦法の幅が狭まる」
『壁役のみに持たせた、というのは?』
「さて、どうだろうな」
騎士役の1年生、ブレッドと言う名の男子生徒は己の役目を理解しているのか、不用意な突撃はしてこない。
身の丈もある大型の槍を構えた姿は堂に入っていた。
付け焼刃ではなく、白兵に注力してきたのが窺える。
とてもではないが、破壊系を主軸にした魔導師には見えない。
クラウディアのチームにも1人、破壊系を軸にした魔導師がいたが、破壊系は強いがゆえに、扱いが難しい。
香奈子ほどに鍛えた魔導師でも、破壊系の特性に飲み込まれてしまう程に癖が強いのだ。
1年生では増長しない方が珍しい。
「やっぱり、なんともチグハグな印象がある。破壊系は強いからこそ、他の系統を飲み込みかねない」
『その不安定さがない?』
「……俺もまだよくわからん。もしかしたら、葵さんをあっさりと落とした秘密にも絡んでるのかもしれんな」
『念話が不通、という状況にもでしょうか?』
「ああ、間違いないだろうな。正直なところ、よくない空気だ」
葵が撃墜されてから、一切の情報が入ってこない。
本来ならば香奈から指揮権の委譲などがあって然るべきだろうが、念話は完全な沈黙状態である。
全体に大きく広がった状態でぶつかっていたゆえに、直前の情報から考えると、迂闊に動いてしまえば、戦線に穴を開けかねない。
流石の健輔もこの状況ではどうしようもなかった。
手段はあるが、目的をハッキリとさせないと動くに動けないのだ。
突っ込んできた有望な1年生たちが足止めだとわかっていても応じるしかないのも、判断材料が少ないことが原因だった。
「……無理矢理やるか、それとも、というところなんだけどな」
『変に掻き乱すのも、よくないということですね』
「癪だが、素直に応じて情報収集しかない。小細工なのも事実だしな。実際、イイ感じの情報も手に入れられた」
不安はあるが、だからといってやるべきことは変わらない。
究極的に、己1人で全てを倒せばいいと楽観的に考えておく。
その上で、必要になるであろう情報を少しずつ集めていた。
「現在の状態、全てに絡んでいるのは」
『破壊系』
「もしかすると、もしかするかもしれないな」
香奈子とは別の形で、破壊系を活用する力を持つ魔導師。
敵のチームであろうエースの影を健輔は確かに見た。
「……となると、俺は対抗策を考えるべきか」
相手の戦術を予想し、恐らく起こっているであろう事態を想像する。
直接的にはまだ大事にはなっていないが、なんとも言えない閉塞感を感じさせる試合。
ゆっくりと真綿で首を絞められるかのような感覚は、あまり感じたことのないものであった。
「陽炎、なるべく温存でいこうか」
『承知しました。存分に』
「勿論、いつも通りにやらせてもらうさ」
孤立していても不敵さは変わらず。
仲間を信じて、己の役目を忠実に果たす。
奇しくも対峙する者たちと同じ心境で、健輔は戦う。
『桐嶋朔夜、川田栞、暮稲ササラ選手、撃墜判定』
――万が一の、準備だけは忘れずに。
健輔と優香が事実上の足止めをされている間に、戦局は徐々に白夜側へと傾き始める。
原因は言うまでもないだろう。
敵のエースの万全の吶喊を受けてしまえば、並大抵の魔導師ではどうにもならない。
1年生組が既に壊滅。
圭吾、剛志、真希の3名が必死の防戦を繰り広げていた。
「剛志さん!」
「ああ、俺がやるしかないだろう」
「すいません――!」
「うわぁ、これはダメかも」
敵影は1人。
葵を葬り去った女性が真っ直ぐに向かってくる。
バトルスタイルは格闘型。
大きな錬度などにはそこまで脅威的なものはない。
しかし、彼女こそが――レフィーナ・メインデルトこそが、白夜の最大戦力にして、この試合の混乱の中心点である。
「運が悪い。私と戦える人が残っているとは!」
「ふん、よく言う。残っていても問題ないように試合を動かしたのだろうが」
「戦術、というのはそういうものではないでしょうか」
互いにスタイルは格闘型。
クォークオブフェイト、ただ1人の純正な破壊系の使い手は、自らの大きく上回る破壊系の使い手を渋い表情で見つめる。
バックスからの連絡はなく、連携を寸断された状態で、1年生の壊滅を見過ごしてしまった。
ぶつけてはならなかったのだ。
この少女は、魔導師にとって天敵に過ぎる。
「赤木香奈子は、破壊系と他の系統を共存させる道を拓いた。貴様は違うな」
「どうでしょうか? 私の力、当ててみせてください」
「無論、やってみせるさ」
拳と拳が衝突し、剛志が競り負ける。
腕力で劣るはずもなし。
つまるところ、魔力の強化倍率で破れているのだ。
仮に同じように破壊系を使った場合、年期の分だけ剛志が優る。
しかし、香奈子と同じような、破壊系と何かを併用できる類だと話が変わってしまう。
事実として、戦い中でその傾向は見て取れた。
「グぅ!」
「せいやッ!」
ぶつかりあった拳から魔力が流れ込んでくる。
力こそ弱いが、疑いようもない。
浸透系の力をこれは発揮していた。
更に、
「はあああああああああああッ!」
「チィ!!」
掌底から発せられる破壊系魔力の衝撃波。
威力こそ皆無であるが、微量であろうが破壊系を含んだ魔力を散布しているようなものである。
魔力を普通に生成しようにも周辺の魔素が既に汚染されているような状況では性能の低下は免れない。
圭吾や真希が置物になってしまっている原因の1つでもあった。
「これも、ある意味では健輔の影響か」
遠距離系や収束系、果てには身体系もあるのだろう。
破壊系を基軸にしているが、限りなく万能系に近い。
体捌きこそまだまだ荒さがあるが、能力の切り替えに関しては恐ろしくスムーズである。
どちらに注力していたのか、いや、注力した結果、目覚めたのか。
一目瞭然であった。
『高島、聞こえるか』
『剛志さん?』
周辺の魔力が遮断されて遠距離の念話は使用不能だが、まだ近距離のものは使える余地が残っていた。
まともにぶつかり合える数少ない魔導師だからこそ、剛志は圭吾に後事を託す。
『撤退しろ。この女、圧倒的に強い訳ではないが、魔導師には天敵だ』
『……了解。葵さんが落ちたのが、辛いですね』
『……頼んだぞ』
後ろを振り返ることなく、視線は敵に向けたままで、剛志は覚悟を決めた。
「お話は終りましたか?」
「……その様子だと、残りの戦力はあちらに投入している、ということか。どこかが破綻すれば、一気に崩れるだろうに」
「元々の実力差がそんなものです。当たって砕けろ、の精神でいくならば、博打くらいは必要ですから」
朗らかな笑みに剛志も口元を緩める。
先の試合とは能力を無効化すると言う点で似ているのに、スタンスがまるで違う。
正義の炎は必死に勝利を追い求めて、辛そうであったが、こちらのチームは駆けあがる事を楽しんでいるタイプだった。
葵や健輔、真由美ととても気が合いそうである。
「否定はせんよ。こちらも、根本は同じだ」
「ええ、先輩に敬意を。あなたたちが上に挑戦し、勝利することを教えてくれました。鮮烈だったからこそ、超えたいと強く思う」
自信を滲ませる表情に、友人たちを幻視する。
剛志もベテランの魔導師なのだ。
調子に乗っているエースを如何にしてあやすかはよくわかっている。
「こい、エースの卵。魔導の奥深さを教えてやろう」
「期待していますよー!」
勝てないとわかっている戦いで、勝利のために道を作る。
昨年度の決勝戦で葵が行ったことと、同じことを剛志が行う。
巡る因果の果て、結末はまだ、誰にもわからない。
戦闘とは原則、総合力で決まるものである。
単純な戦闘能力に優れていても、相手に通用しなければ意味がない。
近接タイプとは離れて戦い、遠距離タイプには上手く懐に潜り込む。
これらの特性を判断するのに必要なものが情報であり、現状のクォークオブフェイトに不足しているものだった。
葵の撃墜から、戦域全体に広がった念話の不調。
今や、不調を通り越して、完全に寸断された連絡網は、連携において重大な問題を生じさせている。
「くッ!!」
「ちぇりゃあああああああああああああッ!」
半ば孤立した状況で敵の攻撃を受けているのも、連携が寸断された影響であった。
フィーネは決死の表情で攻撃を受け流す。
相手は女神を討ちとるためにやってきたサムライ。
万全の準備に対して、相手を撃墜できないフィーネではあまりにも課せられた制限が多かった。
「まさか、こんな方法で」
クォークオブフェイトは機動力を活かして、高い個体戦力を用いた各個撃破を好む。
健輔の万能性もあるが、優香や葵などの前衛型の超級エースを抱えている影響も大きいが、かつてのクォークオブフェイトがそういう戦い方だったのだ。
上手くいっているものを無理矢理変える必要はない。
そう、弱点があるのをわかっていても。
「マズイですね。遊撃戦力を活かした戦術が戦力の逐次投入にさせられている……」
相手の脆い部分を見極めての戦力投入が誘導された上での、戦力の逐次投入になっている。気付いた頃には、相手の念話封鎖が完成してしまっていて、迂闊に動けない戦況になってしまっていた。
「失態です。もっと、早く動いておくべきだった」
葵の撃墜の衝撃。
自らが指揮官ではないという外様の意識がフィーネを待ちの戦術へと傾けたが、完全に悪手となっている。
いつまで待ってもこないバックスの指令に、相手の狙いに気付いた時にはもう遅かった。
「後悔は終ったか。強いのは結構だが、気も漫ろでは落としてしまうぞ?」
「思考と戦闘の切り分け程度は造作もないです。己の迂闊さを呪っていただけですよ」
「ふむふむ。今の女神は不敵だな。俺のころは、御淑やかというか、母性的な感じだったんだがな」
軽い調子で刀を肩に担いだ魔導師は言う。
本来ならば取るに足らない相手。
フィーネ・アルムスターが劣るはずはないのだが――コーチという立場が撃墜を縛ってくる。
おまけとばかりについてきたのが、フィールド効果『防護弱体』である。
何がなんでも、ここでフィーネを終わらせるつもりなのは明白であった。
「ま、なんでもいいか。おし、戦ろうか。さっさと、次の首を狙いに行く必要があるんだ」
「――舐めないで、ください。極東のサムライ」
「ふむ。いいね、そそる目付きだよ。美人さん。年を近いだろうし、実にお近づきになりたいものだ」
状況は危険。
だからこそ、女神に敗退は許されない。
現役の時にはなかった生き延びるための戦いにフィーネは身を投じようとしていた。
数多の選手が彼女にそういたように、同じ覚悟を抱いて、最強の女神は魔力を高める。
「存分にご堪能を。ただし、火傷で済むとは思わないでください――!」
空から稲妻が落ちる。
挨拶代りの一発に、
「おうさ。火傷よりも、アツアツな方が好みだ」
返礼として、一閃が叩き付けられる。
元ヴァルキュリア所属。
フィーネ・アルムスター。
元スサノオ所属。
長谷川拓海。
片方は既に相手への与えられるダメージを使い切る寸前、片方は『防護弱体』に『任務変更』を使用している。
選手として、万全の魔導師。
外様同士の試合の趨勢を決める戦は、実に不公平なバランスとなっていた。
優勢なのはサムライで、不利なのは女神。
明白すぎるバランスの中で、経験のない戦に女神は挑む。
姿は見えず、声も聞こえないが仲間が必ず血路を拓いてくれると信じて――。




