第190話『重なる面影』
高密度の魔力の霧が晴れて、勝者の姿を映し出す。
味方からの超大規模砲撃。
威力のみに魔力を割り振った範囲攻撃は、2名分の総火力に等しいだけの力があった。
葵を一瞬で削り切ったのには、他の要因もあるのだが、1つの事実として、強大な火力であったのは疑いようもない。
ゆえに、
「よしっ!」
無傷でガッツポーズを取る少女の存在はあり得ない現実なのだ。
仮にサラに匹敵、凌駕するレベルの障壁であっても、無防備な状態から慌てて展開した障壁ではまともに受け止めることもできない。
火力優勢の流行は障壁ではどうにもならないからこそ、世界中で流行したのである。
ただの凡人でもスーパーエースを落とす可能性を与えた。
基本的には可能性でしかないが、0ではないということの持つ意味は大きい。
世界を支配するセオリーを覆す。
そう言う意味では、彼女は間違いなくエースの卵と言える存在だった。
『お疲れ、レフィーナ』
「イリアさん」
『完璧な動きだった。見事だ』
「ゴルドくん。ありがとう! そちらこそ、完璧な援護でした!」
念話に対して、元気よく口から返事をする姿は、一見すると何とも間抜けに見えるが、底なしの明るさが全てを掻き消す魅力がある。
レフィーナ・メインデルト。
『白夜』に所属する2年生であり、チームのエースである。
今回の葵に対する奇襲の要にして、彼女が撃墜された最大の要因であった。
『さてと、喜ぶとは当然だけど、行動をお願いしてもいいかしら?』
「はいっ! 私が、後衛を何とかしないとダメですもんね。必ず、やり切ってみせます」
『頼む。こちらは、予定通り、『境界の白』との戦いに注力する。恐らく、援護は一切できないだろう』
少しだけ無念さを漂わせるのは、己の実力を悟ったベテランにありがち声色だった。
諦めた訳ではなくとも、どうしても限界が見えてしまう。
仲間のそんな雰囲気を察し、レフィーナは不敵な笑みを見せた。
エースとして、背負うこと言うの意味を彼女は知っている。
「任せてください。絶対に、他の人たちは倒してみせますから」
『ああ、信じているさ』
『じゃあ、各々、役割に殉じましょうか』
「了解です!!」
『応ッ!』
勢いよくその場からレフィーナは飛び出す。
撃ち抜くべき障害は払った。
最大の懸念事項は、抑えるだけの布陣がある。
そして、もう1人の脅威には、然るべき人材が立ち向かっているのだ。
チームとしてやれること、やるべきことは既に熟している。
後は、全てが彼女の双肩に掛かっていた。
「少しでも早く。エースと当たる前に減らしておかないと」
気負いも過信もなく、静かに現実を見据える。
強き眼差しを持つ少女はチームのために、空を駆けていく。
向かうその先に勝利があると信じて。
高速で空を駆ける。
目にも留まらぬ早さと、圧倒的な魔力量。
火力と速度を両立したクォークオブフェイト最強の魔導師が、一切の加減なしに全力で戦っていた。
強化可能な身体能力は全開。
健輔との対戦経験も活かした脅威的な総合格闘能力。
間違いなく今大会で五指に入る戦闘能力。
普通ならば10分もあれば1人ぐらいは粉砕している力である。
非常に珍しい光景と言えるだろう。
試合開始から葵の撃墜までの間、真価を全く発揮できていない。
「私の攻撃を全て、見切る……」
『はい、攻撃が振るわれる時には、既に迎撃態勢に入ってます。こちらの動きが完璧にわかっていないと出来ることではないかと』
「笹木、真奈美」
珍しいと言えば珍しいだろう。
欧州チームに所属する日本人。外見的特徴は純和風系と共通しているものがあるが、優香ほどに図抜けた美人という訳ではない。
言い方は悪いが非常に普通な人間であった。
強者が持って然るべし、圧力のようなものもほぼ感じない。
端的に言って、脅威ではないのだが、
「――無視もできない。なるほど、良い人材を抱えている」
無視をすることに危険性も見逃せない。
ここまで食い下がるレベルの相手だと、多少の損害を許容すれば、この場で叩き潰すことも不可能ではないだろう。
問題は、多少の損害に収まるのか、ということだった。
魔導の素人など話もならない。
ただ年月を重ねただけのベテランも相手にならない。
ランカークラスでなければ、真っ当な手段では優香を討ちとれない。
問題は、ベテランとの狭間にいる存在たちである。
一騎当千から程遠いが、ただのベテランでもない。
昨年度の優香や健輔がいたポジションであり、これからの人材がくすぶっている場所でもある。
「笹木さん、でしたか」
「はい、九条さん。光栄です。私の名前を知っているとは思いませんでした」
「敵はしっかりと調べます。慢心の後にあるのは、敗北と決まっていますからね」
「勤勉な上ほど、厄介なものはありませんね。素直に、そう思います」
激しく切り結びながらの呑気な会話。
会話の最中にもフェイントを混ぜるなどして、撃墜のチャンスは狙っているのだが、全てに乗ってこない。
わかっていたことであるが、素早く倒せるほどに甘くはない錬度である。
「1つ、仕掛けます」
「っ!」
相手の対応力を見極めるためにも、優香が1つ手札を切る。
噴き出す魔力は圧倒的で、他者の追随を許さない。
豊富な魔力を誇る彼女だからこそ出来る技。
全方位、逃げ場なしの大規模火力攻撃。
「術式展開」
『――蒼き閃光、スフィアモード』
ゆらりと振るわれた双剣から数十の閃光が空を奔る。
優香の意思を携えた誘導砲撃という規格外の火力が物理的な逃げ場所を塞いだ状態に敵を追い込んでいた。
如何に格闘戦に優れた魔導師であろうとも、全ての逃げ道を塞がれたしまえば、対処できる範囲は限られる。
奇しくも、というか、必然と言うべきであろうか。
優れた格闘型魔導師を叩き潰すための戦術に同じものを両チームは選択していた。
違いはたった1つ。
エースを含めた上で、3人が完璧な行動誘導でようやく倒せた葵の時と違い、優香の場合は本当にあっさりとした具合で必殺の状況を作ったことであろう。
「――なんて、出鱈目な」
自らのチームの作戦を知っているがゆえ、驚きはあった。
この場を引き受けたのは彼女の、真奈美の意思ではあったが、相手の実力には震えるしかないほどの差がある。
迫りくる破滅。
葵の時と違うのは、まだ抵抗するだけの時間も手段もあるということである。
もっとも、普通に考えればか細い望みに過ぎないが。
「魔力、限界突破」
彼女は無理を可能をする人材であった。
「はあああああッ!」
内部で魔力の生成速度を大幅に加速。
同時に体内の各種反応を向上させる。
これこそが彼女の誇る番外能力『極点解放』。
基本的には、魔力を高速処理する能力でしかないが、収束系という量を補う系統と、身体系という制御に優れた系統を鍛え上げることで、実戦的な能力に仕上がっている。
「前に、出る」
能力を発動している間の真奈美の瞳には、優香の攻撃がコマ送りで見えている。
本来ならば、脆い部分など見極める余裕も、力も皆無であるが、足りない時間を補ってくれるのが、真奈美の力である。
内部的な体感速度の向上と、それに応える肉体。
収束・身体系という肉体に全振りした系統の構成と、確かな錬度が彼女の強さを支えている。
通常はどうしようもない攻撃であろうとも、諦めない限り、突破口は必ず見つかる。
「ここを、駆け抜ける!」
1番、魔力が薄くなるポイントを見極めて、全力で駆け抜ける。
「障壁展開!」
身体を膜のように展開した障壁が覆う。
優香の攻撃が円形に閉じる前、合流する刹那のタイミングに、僅かな接触のみで包囲網を抜けきった。
「いけた! そして――」
「――ええ、見事です」
「やっぱり、来ますよね!」
安堵する間もない優香からの攻撃。
最大のピンチを乗り越えた時を狙うのが、本当の優香の狙い。
真奈美もわかった上での切り札の展開であるが、実際に狙われるのは心臓に悪いとしか言い様がなかった。
『極点解放』は使い勝手の悪くない番外能力であるが、相応にデメリットもあるのだ。
加速させた魔力生成と、魔力展開による認識速度などの諸々の向上がメリットであるが、無理矢理すぎる嵩増しは当然、揺り戻しがある。
事実、今の真奈美は相応に体力を消耗していた。
再度、同じことを要求されれば、出来るかはわからない。
「ふむ……」
「どうか、しましたか」
「いえ、私の予想よりも、ずっと困難な相手だと思っていただけです。己の眼力など信じていませんでしたが、やっぱり、こういうのは苦手ですね」
「評価してくださるのなら、とても嬉しいですけど」
真奈美の正直な気持ちである。
何故ならば、優香の攻撃は真実、小手調べでしかない。
平均的な魔導師にとっては必滅の攻撃が、牽制程度しかないという事実にはもはや嫉妬の感情も浮かばないほどの格差がある。
真奈美に多くの手札はない。
切り替えが楽であるゆえに、『極点解放』によるデメリットはある程度は殺すことが可能であったが、限界がくるのは目に見えていた。
何より、これ以上の手段を持たない真奈美は、優香にとっては多少の損害で倒せる相手でしかない。
決意をされた瞬間に潰される。
「それで、そちらの出し物は終わりですか?」
「……いえ、まだまだ用意してありますよ」
「では、いくらでもどうぞ。全てを捌き、然るべき時に、返礼をさせていただきたいと思います」
「承りました。期待、していますよ?」
過度に警戒されてもいけないし、かといって舐められ過ぎるのもいけない。
綱渡りとしか形容のできない状況で、真意を全て押し殺して、能面のような表情を顔に張り付ける。
魔力回路の消耗を顔に出すのは、もう少し後にするべきなのだ。
今はまだ、相手の決断を促すタイミングではない。
「存分に。笹木真奈美、タダではやられませんから」
既に限界は近くとも耐えて、耐え忍ぶ。
自らの得意分野で、チームに貢献できるに誇らしさを感じた。
この試合、九条優香を自由にしてはならないのだ。
そのためには、真奈美が彼女の拘束しておく必要がある。
怪物の目を惹きつけるという危険な役割に、全てを投げ打つのが、彼女の使命。
己を役割を完遂することで、強さよりも『勝利』に貢献をすることを選ぶ魔導師もいる。
名の残らぬ、しかし、確かな強者の1人として、笹木真奈美は静かに世界という舞台にやってきたのだった。
『レオンハルト・ガーウィン、撃墜!』
響き渡る宣告は、『白夜』の最初の脱落者を告げるもの。
彼が誰を抑えていて、彼が負けることがどうなるのかは、チームの全員が理解していた。
時間にして、実に15分。
ただ時間だけを見れば短いものだが、相手が誰なのかを考えると大健闘と言える。
「じゃあ、次は私の番かな」
「うん、私たちの番だよ」
「3人で挑むという、実に情けない有り様であるが、卑怯とは言わないで欲しい、境界の白よ。我らは、非力であるがゆえに」
背丈の良く似た2人は双子なのだろう。
魔力までも似通った有り様は、アメリカにいる友人たちを思い出す。
もう1人、まるで2人を守るように前に立ち塞がる槍を持った男も非常に出来る雰囲気を漂わせていた。
「寝言は寝てから言うものだろう? 素面で、そんなバカなことは言わないさ。ルールの中にあり、矜持に反しないならば、何をしても自由だ」
よって、結論は単純である。
このチームは面白い。
ある意味では戦術の王道に歯向かっているのに、同時に戦術の王道的な性格も兼ね備えている。
エースにはエースを。
戦力を投入するならば、一気呵成に。
どちらも守っていないのに、消耗戦という観点では非常に理に適っている。
最初は時間を、そして次は、
「俺を消耗させる。可能ならば、勝ちを狙う。つまりは、そういうレベルだと思っていいんだな?」
「言葉では、証明は出来ない。すまないが、槍で語らせて欲しい、異邦の先達よ」
先達、という意味を理解できないほどに耄碌はしていなかった。
彼らがどういう組み合わせで、何を狙ったものなのか。
昨年度の自らが教えてくれる。
「時代は巡るか。俺も、もう狙われる対象という訳だな」
「ああ、名誉を貰おう。最強の万能を、討ち取ったという名誉をね」
「はっ――」
生意気であるが、非常に見所がある。
今までの敵とは違う、追い掛ける存在というのも中々に悪くはなかった。
自らが落としてきた相手に自分がなるのか。
それとも、
「――デカい口を叩くと、後には引けないぞ?」
「御身に問え。名誉を前にして、退く事が出来たのか、とね?」
「返事は簡単だな」
「はははははっ、流石は名高き戦闘狂だ。極上の戦闘になるように、努力しよう」
「ええ、私たちも」
「協力させていただきますわ。1人よりも2人、2人よりも、3人でしょう?」
佐藤健輔の第2ラウンド。
迫る次代に、今代の力を魅せつける。
かつてとは逆転した立場の中、いつも通りの笑みで健輔は空を駆けていく。
変わるものと変わらぬもの。
異なる立場の境界が、姿を見せようとしていた。




