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第189話『迫りくる影』

 魔導競技において、鉄則と言うべきものがある。

 攻撃と防御。戦いを構成する中でも最大の要素たるこの2つの内で、重要なのは攻撃である、ということだ。

 基本的に魔導競技と言うのは、相手を倒すことで初めて勝利を手にすることができる。

 ルールがどうなろうとも変わらぬ根幹。

 よって、勝利を欲するならば、必然、格下は博打をする必要がある。


「うりゃああああああああああああッ!!」

「おっと!」


 真っ直ぐに向かってくる拳をひらりと回避する。

 技術的には荒く、経験も浅い。

 総じて、見て取るレベルは1年生の平均クラスであろう。

 試合の中で通用するようなレベルにはまだまだ届いてない。

 見るべきところも、警戒すべき部分もない――ないのだが、その姿勢だけは魔導に大切なものが詰まっていた。


「ははは、いいねいいね。そうそう、縮こまっているよりも、ずっといい」


 第3者の視点からすると、無謀な特攻で、最後の結末は見えている。

 計算をすれば、非常に無為な戦いであることを、否定できる材料は少ない。

 勝敗だけに着目すれば、揺るがぬ事実。

 しかし、同時に貪欲に勝利を目指す上で大事なことでもあった。


「オラッ!」

「ぐおっ!!」


 相手の再度の突撃を、受け流して、流れのままに拳を叩き込む。

 障壁すらも簡単に突き抜けた一撃は破壊力も相応であった。

 1年生が怯むには十分で、完璧に計算された攻撃である。

 諦めて然るべき差、なのだが、


「今度は、こちらの番だ!」

「だろうな。お前は絶対に、反撃すると思った」


 障壁で相手の拳を受け止めて、軽快な笑みを向ける。

 楽しいという気持ちと、何とも言えない羞恥を感じる光景を前にして、試合の高揚とは別にテンションが上がる。

 ああ、自分は真由美からはこのように見えていたのか。

 大凡1年越しの真実に、何故、真由美が熱に入った指導をしてくれたのか理解した。

 理屈など知らない、と言わんばかりの猛攻。

 倒れる時は前のめり、と語る背中。

 どれもこれも身に覚えがあり過ぎる上に、現在進行形の事例でもあった。


「客観視できていたつもりだけど、つもりでしかなかったか」

「先ほどからうだうだと意味のわからぬことを! 真面目にやれ!!」

「はっ、真面目ときたか。なるほど、なるほどね」


 案外、自分というものはわからない。

 傍から見ると、なんとも弄り甲斐の素材にしか見えなかった。

 非才であるとか、そんな理屈はどうでもよく、この芽を育てたくなる。

 最後まで何があろうとも諦めない瞳。

 正面から対峙する同類に、敵として出来る事は何なのか、と大して意味のないことまで考えてしまう。

 1・・で健輔と止めるためにやってきた魔導師にできる最大の返礼。

 答えはあまりにもわかりやすく。


「――おうさ、真面目にやろうか」


 一切の加減なし。

 後のことも考えない全力しかあり得ない。

 試合開始から数分。

 敵チームの趣向を凝らした素晴らしい歓迎。

 あまりにも素晴らしすぎる歓迎に、自制が出来ずホイホイと挑発を受ける。

 相手の作戦通りにも関わらず、満面の笑みで戦いに向かう姿は、誰が見てもわかる程に実にウキウキとしている。

 健輔らしいと言えば健輔らしい姿であるが、忘れてはならない。

 この状況は、敵によって生み出されたものなのだ。

 決して、健輔のプラスに働くものではないのである。






 この状況に至った理由に藤田葵は気付いている。

 敢えて、悪いように言うならば、チームとしての欠陥で、良き方向に捉えるならば、上に立つものとしての在り方。

 傲慢とも、油断とも言える紙一重の領域にあった心構えが、大きな隙となり、格下のチームに道を拓いてしまった。


「問題点はわかっているのに、根本的には是正できていない」

『だから、こんな状況に持ち込まれちゃうんだよね』

「チームのリーダーとしては、頭を下げるくらいしか出来ないわね。相手に絶好のチャンスを与えているんだもの」


 クォークオブフェイトの序盤の試合運びは一定のパターンがある。

 真由美の時代の名残といってもよいだろう。

 長距離からの砲撃戦で、相手の陣を乱し、個性に長けた戦力で、1つずつ削っていく。

 王者と言うよりも挑戦者の戦法であるが、戦力の均一化に難を抱えているクォークオブフェイトには、他に選択肢の取り様がないという現実もあった。

 何より、昨年度・・・は上手くいっていたのだ。

 結成から2年目のチームにしては快挙。

 現時点で判明している戦力レベルでは疑いようもない最上位であろう。

 しかし、弱点がない訳ではない。


『健ちゃんに1人、そして』

「私に3人、か。ふん、よくわかってるじゃない」


 葵は迫りくる砲撃の雨を避ける。

 相手側の錬度は試合前に予想したのと大きな差はない。

 葵ならば無難に対処が可能で、被弾も心配する必要はないだろう。


「嫌になるわね。この状況に、持ち込んだ相手が無難に無難を重ねてくる。警戒心を維持するのは辛いわ」


 格上を打ち倒す最適の手段は初見の脅威による奇襲。

 チームとしてのクォークオブフェイトの核たる葵を討ち取るために、白夜は完璧な試合運びを見せていた。

 始まりはそこまで複雑ではない。

 いつものように健輔による制圧射撃からの、優香による攪乱と、葵による平押しをしようとした時に、唐突に敵陣が砕けたのだ。

 圧力に抗しきれなかったように見せかけた意図的な戦力分散。

 追撃をしかけようと分散したところに、想定以上の移動速度で、逆撃を掛けられた。

 ここに至るまでの鮮やかな状況操作には、葵も感服するしかない。

 想定に想定を重ねた完璧な動き。

 相手側の圧力に屈する陣形などは、本物と見紛うかのような出来であった。

 そして、この敵の動きから、相手側は現在のクォークオブフェイトが抱える問題点を見抜いていることが伝わってくる。

 わざわざ、葵を最初に討ちとろうするのも、実に厭らしい。

 

「私が抜けると、安定的な戦力に欠けてしまう」

『健ちゃんと優香ちゃんは強いけど、いろいろとまだまだ荒いからねー』

「私も他人の事を言えるほどじゃないけどね。真由美さんの代わりにはほど遠い程度だけど、あっさりとやられる訳にもいかないわ。まあ、それだけじゃないんでしょうし」

『だろうね。副産物で、1番大きな理由は言うまでもなく』


 高速で放たれる砲撃と、周囲を圧するばら撒き。

 2種類の砲撃型で、逃げ道を塞いで、エースをぶつける。

 簡単にわかる必勝の陣。

 相手側が賭けに出た相手が自分であることに、葵は少しだけ不機嫌そうに言葉を零す。


「エースの中では、私が1番、組し易いって考えたってことか。……悔しいけど、このチームは怖いわね。慧眼としか言い様がないわ」

『おまけに、幾分か勝率を上げれそうな要因もあなたが抑えている。私が敵でも、葵を最初に狙うかな』

「あら、奇遇ね。私も同感よ」


 不機嫌で、上機嫌。

 何とも言い難い雰囲気を放つ親友に、遠方にいる香奈は笑いながら声を掛けた。


『上手くカモフラージュしても、緩くなっているところは隠せないね』

「真由美さんの安定感が無くなって、試合運びに不安定な部分が増えているもの。圧勝か、辛勝か。試合数が多くないからまだ表には出てないけど、わかるところにはわかるんでしょうね」


 激しい攻撃の中を涼しい表情で掻い潜る。

 相手側の試合運びは実にセオリーに沿っていた。

 葵が教師ならば100点を上げたくなるほどの出来である。

 この状況に持ち込むためのだが、主目的をはっきりとさせているのも良い。

 健輔に1人、優香に1人をぶつけるという端的に言って無防備な挑戦であるが、上手く粘り強い魔導師をぶつけているのが窺えた。

 どれほどの実力差があっても、生き残ることに優れた相手を敵にすると、どうしても倒すのに時間が掛かる。

 僅かな時間であるのは間違いないが、同時に戦力差を利用して、相手のエースを崩せる貴重な時間でもあった。

 昨年度、同じような役割を担ったからこそ、相手の狙いがよくわかる。


「なんででしょうね。卒業してからの方が、真由美さんの偉大さをよく感じるわ」

『あの人、1人で土台を創れる人だからね。いろいろ言われているけど、やっぱり、ああいう安心感を作れる人は少ないよ』

「どんな相手でも一定の戦果を担保する。これだけで、格上とは非常にやり易くなるものね。代わりになる、って言うには高い壁だわ」

『遣り甲斐はあるよね!』

「違いないわ」


 親友の言葉に強く頷き、葵は敵へと視線を移す。

 藤田葵という人間は、自分に厳しく他人に厳しい人間である。

 自己の評価、あるいは他者から見た自分というものへの意識は人一倍強い。

 だからこそ、冷静にこの状況を見切っていた。

 相手側の勝利への布石。

 いや、互角の戦いに持ち込むための中核を担うのは、眼前にいる前衛魔導師で、自分と同じようにを武器にする少女だと。


「そちらの狙いはもういいのかしら?」

「はい、私とあなたが1対1になれる状況が必要でしたので」

「そう。――いい戦いにしましょう」

「勿論です。挑ませて、いただきます」


 言葉少なく、それを合図に両者は激しい砲撃の中で激突を開始する。

 敵の砲火の中でも、葵の技に陰りなし。

 むしろ、敵と接近している方がやり易いと経験で知っていた。

 あまり援護になってない稚拙な砲撃。

 最高峰の砲撃を知る彼女からすると物足りない援護をするりとすり抜けるように移動する。


「これぐらいの弾幕じゃあ、怯んではあげられないわね」

「っ、流石ですね」


 自信を滲ませる笑みは、実に葵らしい。

 しかし、表面上の態度とは裏腹に葵は妙な焦りを感じていた。

 技量の未熟さはあるのは別に問題ではない。

 問題は、これだけ見事にこの状況に持ち込んだ相手が、根本的な錬度の差を意識していないことにあった。

 普通に考えて、そんな事はあり得ない。

 間違いなく、この状況は相手にとっての好機で、恐らく必殺の間なのだ。

 援護にならない援護の中で、葵の土俵である格闘戦を戦うことが、必殺に繋がるとは到底、思えなかった。


「……わからないわね」


 清楚で嫋やかな外見に反して、力強い瞳を持つ少女。

 レフィーナ・メインデルト。

 紫色の鮮やかな長髪が尻尾のように付き纏う姿は、いろいろと葵とは正反対だった。

 度胸と瞳を除けば、共通点など存在しない。

 自分と似ている部分のある少女との格闘戦。

 好みのシチュエーションでもあるのに、今一、思い切れない何かが葵の中で膨らんでいた。


「……いえ、私らしくないわね。ピンチはチャンス。ここでこの子を落とせば!」


 相手の必勝を崩し、勝利へと一気に状況を動かす。

 迷いを捨てて、葵は相手の懐へと肉迫する。


「ふっ!」

「やああああああッ!」


 飛び交う魔弾の中を、2人の魔導師が駆け抜ける。

 お互いの姿を瞳の中に収めながら、葵の中では様々な可能性へ思考を飛ばしていた。

 双方が拳。

 つまりは格闘戦を主体としている。

 相手は2年生で、葵は3年生。

 更に言えば、名も知られた葵に対して、レフィーナは無名である。

 言い方は悪いが、事実だけを並べてしまえば、葵の圧勝であろう。


「まずは……!」


 攻撃を避けながらの接近。

 1度目の攻撃の機会を逃さぬように、集中した葵から必殺の拳が放たれる。

 健輔の師匠に相応しい確かな錬度。

 まだまだ荒い相手の動きでは、対応することも出来ずに、綺麗に胴体へと攻撃がヒットする。

 完璧だった一撃。

 だからこそ、


「んな!?」

「流石です。これほどの業。私では、まだまだ届かない」


 セリフは謙虚だが、声色と表情には隠しきれない歓喜の色が浮かんでいた。

 想定に想定を重ねた状況に相手が嵌る快感。

 策士でなくとも、この瞬間の喜びは言語に尽くし難いものがある。

 ましてや、チームの勝利が掛かる最初の関門。

 ここを超えなければ、そもそもの問題として、勝敗争いすら出来ないのだ。


「あなたは偉大です。偉大であるがゆえに、真っ先に潰します」

「まさか、狙いは……!?」


 接触した部分から流れ込んできたものが、葵から活力を失わせる。

 魔力の恩恵は掻き消え、攻撃を遮断する壁も展開できない。

 抜け出すために力を入れようとも、腕は完璧に掴まれてしまい、脱出も不可能だった。

 一瞬ではあるが、計算され尽くした一瞬を前にして、敵が躊躇うはずもなく。


「イリアさん、ゴルド。お願いします」


 放たれた巨大な砲火は、味方も巻き込むような放たれた一撃であり、非力な身となった葵にどうにか出来るものではなかった。


「格闘戦をすること自体が、狙い……」

「はい、あなただからこそ、絶対に逃さない自信がありました」

「そう……。まったく、格好悪いったら、ないわね。健輔、優香ちゃん、後は頼むわ」


 レフィーナごと飲み込む一撃は、無防備な葵を飲み込み、この戦いの本当の意味での始まりを告げる。


『藤田葵、撃墜判定!』


 試合開始から10分。

 昨年度の準優勝チームのリーダーの撃墜。

 柱となる人物を失った状態で、敵に流れを奪われたまま、クォークオブフェイトは戦い抜く。

 挑戦者が持つ飽くなき心の力。

 かつての自分たちと同じ意思を前にして、のクォークオブフェイトの真価が試される時がきた――。


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