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第188話『同類』

 ごく普通に日常を過ごしていても、世界は動く。

 過去を乗り越える今なのか、それとも強大なる壁として過去が君臨するのか。

 健輔としても見逃せなかった戦いは、ある意味で彼の信じた通りの結末となった。


「大帝、敗れる。中々に、センセーショナルな見出しって感じだな」

「魔導の世界にその名を刻んだ偉大なる初代が、どんな形であれ、負けた。まあ、向こうの人にとっては大きな事なんでしょうね」


 美咲は興味がなさそうな表情でいくつかの記事を見せてきた。


「さっぱり、わからん」

「ニュアンスでいいわよ。単語で空気ぐらいは察することはできるでしょう?」

「ああ、なるほどね」


 英語で書かれているため、詳細は不明であるが、ニュアンス程度は掴めた。

 まさか、こんな事が、と早い話が驚愕の色に染まった内容である。

 桜香が多少有利と予想していた健輔と違い、大半が大帝の勝利を予想していたのだろう。

 万が一はある、と思っていても実際に現実となった際の破壊力はとてつもない衝撃となって、魔導競技の世界を揺るがしていた。


「初代。まあ、虚像でなくとも、過去は美化されるものか」

「時間が経つと、良い思い出になっちゃうんでしょうね。特にあれだけ強かったら、当時は批判しても、後には受けがよくなるものよ」

「強者の在り方って感じで、好きも嫌いもハッキリわかれる人だけど、共通してるのは、凄い人ってことだからね」

「香奈さん」


 香奈は入口から笑顔で手を振る。

 入れ替わりの激しい昼の部室。

 2人しかいなかった空間に新たな乱入者たちがやってきた。


「極論を言ってしまえば、健輔と桜香の戦いと大差ない戦いだもの。どっちが勝つなら、私は桜香だと思ってたわよ」

「葵さんも」

「何処もかしこも、持ち切り、ってほどじゃないけど、やっぱり騒がしいわね。流石は九条桜香って」

「香奈さんからすると、割と順当なんだけどね。偉大なる伝説も現実に存在するならば、超えるべき壁ってね」


 全てにおいて進歩した最新の覇者と、過去を切り拓いた覇者の戦い。

 虚名と言うのは言い過ぎであろうが、正確に実力を把握している層からは至極、順当な結末と言えた。

 確かに魔導大帝は強い。

 能力型における最高峰。

 健輔すらも部分的には及ばない万能性。

 十全たる状態で行われた戦いは、ブランクを感じさせないほどのものであった。


「魔導大帝は万全。全ての力を出し切った。でも、桜香の方が強かった」

「今の代って、過渡期ですもんね。パワーとテクニックの戦いというか」

「クリストファーが築いた、単純な強さを是とした世代。その極点。固有能力を生みだし、能力者世代を築いた傑物でも、相性的には結構厳しいわよ」


 まだまだ他のスポーツなどから比べれば短い歴史とはいえ、半世紀程度の積み重ねはあるのだ。

 スポーツとしての本格始動はもっと短い期間であるが、ある程度のサイクルというものは過去にも存在していた。


「結局のところ、固有能力の全盛、みたいなときも桜香みたいな複合型は強かったしね。大帝の強さは対処能力の高さというのは間違いなくあるから」

「敵の排除に全能力を傾けることができるなら、あの人もまだまだ強いんだけどね。桜香ちゃんを倒せない。あの役割が枷と言えば枷かも」

「俺としては、勝ってくれて嬉しいってだけですかね。勝つのは俺だ。少し似てるだけの奴じゃない」

「健輔は精神論、好きよね。実際のところ、あの2人の相性云々じゃなくて、チームとしての差が勝負を決めたって感じだったけど? 其処の部分は無視するの?」


 美咲からの問いかけにニヤリと笑ってみせる。

 当然ながら、桜香だけでなく、チームとしての変化も見逃していない。

 アマテラスは良い感じに纏まりを見せていた。

 強くなった、という表現よりはこちらの方が適切であろう。


「桜香さんが強いチームなのは変わらずとも、割り切った感じはありましたね」

「どうせ、エースが中心になる。変に意識するよりは、最初から中核に据えよう。今までは無意識だったけど、今度は意識的に戦法まで含めて切り替えた」

「小さくても大きな変化だよね。実際、そこまで割り切れてなかった敵チームは脆かったからね。大帝と桜香さんよりも、そっちの方が大きな要因だったと思うわ」


 アマテラスが堅守だったのに対して、攻めに出たガンナーたち。

 総合力ではエースが存在している分、後者が有利であったが、守りを固めたアマテラスメンバーは想定よりも遥かに硬かった。

 攻めきれず、結果的に桜香が大帝を振り切り、ガンナーたちは蹂躙。

 そのまま試合は終わりへと向かった。


「エースと共に死ぬ覚悟があったチームと、外付けで強い魔導師を付けられたチームの差だな。ガンナーは、正義の炎ほど割り切れてもない」

「戦い方から見ても明らかだったしね。大帝の力で勝ったとは言われたくないって感じが透けて見えてたかな」

「その自覚自体が既に甘いと思いますね。覚悟の差が順当に出たってことでしょう」


 エースと共に死ぬ。

 次世代に問題を抱えるのは避けられないだろうが、覚悟としては真っ当である。

 開き直りの類でもあるが、エースに頼らないのが強いチームという訳ではない。

 大事なのは何をすべきかを各々が自覚していることであろう。

 数は力で、質も力なのだ。

 双方を兼ね備えたチームが頂点に立つ。


「目下最大の脅威は順調に成長し、私たちの優勝への道のりは険しくなっていく、か」

「その割には葵は楽しそうだよね。この間の試合も終わったら結構、機嫌が良かったし」

「強いチームとぶつかるのは楽しいでしょう? あそことは、もう1度ぶつかりたいとも思ってるのよ。健輔に頼りぱなっしで勝つのも気持ち悪いしね」


 英気は十分。

 正義の炎との戦いからまだ1週間も経っていないが、既に気合は十分であった。

 万全の体勢で次なる敵を待つ。

 次なる敵は『白夜』。

 正義の炎に劣らぬ戦いを期待して、健輔たちは戦いに臨むのであった。






『ありがとうございます、メアリー。私の依頼を請け負ってくれて』

「構いませんよ。あなたを作った方も優秀みたいですけど、設備の差というのは存在してますしね」


 くたびれた表情でメアリーは傍らの機械に語り掛ける。

 陽炎からの依頼。

 データを受け取る際に簡易的なものでいいからメンテナンスをしてほしい、という要望を彼女が叶えた故の光景であった。

 魔導研究の最先端を行く者。

 里奈などの生みの親に不満がある訳ではないが、直ぐ傍に絶好の機会があるのにただ見過ごすほど、陽炎は真面目ではなかった。

 主のように実に抜け目のない行動である。


「しかし、あなたほどの自立しているサポートAIは非常に珍しいですね。我儘を言う、なんていうレベルは学園管理クラスでも厳しいと思いますよ」

『マスターからの薫陶の賜物だと思います。良い材料をいただいております』

「自らの補佐をしろ、でしたっけ。中身がふんわりすぎて、普通は壊れてしまいそうな指令なのに、あの子、戦闘は合理的だからなぁ……」


 メアリーの脳内に破天荒なのに理詰めでいく男の子の姿が浮かぶ。

 似たような能力の持ち主であるアンドレイを良く知っているが、世間で言うほど両者は似ていないことをメアリーだけは理解していた。

 『魔導大帝』。

 固有能力を含めて、疑いようもない頂点の一角であるが、メアリーにはまた異なる見解がある。

 いわゆる選手としての適性において、アンドレイはそこまで高くないのだ。

 健輔もそうであるが、現役の中でもトップクラスの者ともメアリーは交流がある。

 現役のトップクラスは実情はどうであれ、選手としての適性は高い。

 そんな彼、あるいは彼女たちが伸び悩んでいるような場合の原因は、魔導師としての能力が激化する環境についていけていない事が大半であった。

 選手としては十分でも魔導師としての面で不足がでる。

 どちらの資質も大事であるが、魔導を用いた競技という性質上、魔導の力の強さは選手としての未熟さを覆い隠す力があった。


「まあ、私に出来ることはやってあげる。微調整をするだけでも、あの能力にも対応しやすいでしょう?」

『ありがとうございます。私の不足で、マスターを敗戦させる訳にはいかないので』

「いい子ね。あなたみたいに苦労する事なんてほとんどないんだけど、あの子は本当にいろいろと脇道に逸れているタイプだから、予想が難しいわ」


 蓄積された戦闘データ1つとっても、宝の山である。

 同時にメアリーたちに夥しいまでの残業時間を叩き付けてくる悪魔の使者でもあるのだが、仕事がないよりはある方がいいだろう。


「あの試合からまだ数日ってところなのに、もうこれだけの量の戦闘データがある、か。やっぱり、アンドレイよりもアグレッシブね」


 魔導師としての才を評価する場合、アンドレイや桜香などが『脅威』だとすれば、健輔のそれは『異質』と表現すべきであろう。

 あまりにも特化し過ぎている故に、他のケースの参考にはならない。

 代わりに健輔個人で見た場合は、他者の追随を許さないだけの特異さがある。

 才能、などと言うべきものを表すのは簡単ではないが、評価するべき基準がわからない、というのが正しい扱いであった。


『解析をお願いしてもよろしいでしょうか。私も日々、整理はしていますが、マスターのは過去との類似が少なく苦労しています』

「はいはい。任せて。あなたたちの苦手分野だもんね。私なりの見解も添えておくわ」

『ありがとうございます』

「いいのよ。私の役割は、あなたのご主人様みたいに放っておけない子の面倒を見ることもあるんだもの。お仕事はしっかりとしないとね」


 大まかな分野で言えば、健輔の才能は平凡よりも幾分か上、と言う段階であろうか。

 5段階の評価で、5を最上とした場合、3.5になる、といった具合である。

 しかし、異質さ故の測定できない部分では、下手すると限界を超えた6などの数値も出ることがあるかもしれない、というのが佐藤健輔という人間だった。

 普通はこの手の輩は真価を発揮する前に、事故を起こすなりで普通・・という型に嵌ってしまうものであるが、稀に突破してくるものがいる。

 健輔の同類たち、異質な強さかもしくは正道な強さかはともかくとして、在る領域を超えた者たちは、次代の魔導を形作るだけの力があった。

 メアリーが健輔やアメリアなどを目に掛けているのも、秘めたる可能性に着目して、という事情がある。

 何もしなくても勝手に生える連中と違って、盛大に爆発する可能性もあるのだ。

 それなりの手腕を持つ者を送ってくるのは当然であろう。


「とはいえ、誤魔化しきれるものでもないでしょうね。ハード的にも対応が必要かな」

『同感です。しかし、マスターの状態は判明したばかり。いくらなんでも、今大会には間に合わないのでは?』

「ええ、完璧に対応するのは間に合わないでしょうね。でも、完璧である必要はなくないかしら?」

『完璧である必要が、ない?』


 陽炎の声にメアリーは自信ありげな笑みを見せる。

 完全な安全や、完璧な効果、などというのは夢物語であるが、必要な分を必要なだけ対応することは不可能ではない。

 健輔の能力の問題は通常とは異なる魔力の生み出し方と大量の魔力の制御であろう。

 後者については、この際、無視してしまえばいいのだ。

 他の魔力と異なるアプローチ方法に対してのみ、対応することは不可能ではなかった。

 メアリーの休みがいくらか捧げられる事になるが、彼女も魔導師である。

 新技術などという新しい餌があるならば、頑張れないことはない。


「ふふふ、実は腹案があったりするんだ。承認を取るのに時間が掛かると思うけど、期待してくれていいわよ」

『は、はぁ……。今まで以上にお役に立てるようになるのでしたら、問題はないですが、よろしいですか?』

「問題ないない! どうせ、残業なり、休みがないなんていつも事だしね。楽しいことをしている方が重要よ!」

『それは、自棄と言うのでは……』

「もしかしたら、アンドレイとぶつかるかもしれないしね。その時に備えておきましょう。うんうん、ヤル気が湧いてきたわ」

『は、話を……』

「よし! 決めたら即行動だわ。陽炎ちゃん、自己診断で作業を進めておいて! 私、ちょっといってくるわ!」

『あ、あの……』


 いろいろと溜まっていたのか、メアリーは笑い声をあげて部屋から消える。

 すれ違った所員に、また壊れてるな、と言われながらも疾走する彼女の脳内にはバラ色の未来が広がっていた。

 溜まったストレスを忘れるようにアイデアを吐き出す。

 現時点で最高峰の術者が施す改良。

 戦闘バカに与えられる新しい玩具。

 そのヴェールはまだ謎に包まれているのだった――。


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