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第185話『胎動』

 クォークオブフェイトと正義の炎の戦い。

 激戦を制したのは、健輔たちとなったが、試合の中で魅せつけた多くの情報は他のチームにとっても貴重な刺激となっていた。

 今大会における最初の上位チーム同士の対決。

 今後を占う上で重要な意味を持っている。

 特に、彼女たち――黄昏の盟約にとっては。

 非常に立ち位置の近しいチームと、狙うべき立場のチーム。

 正義の炎とは傾向が違うとはいえ、チームの規模、実力的には近い部分がある。

 彼らの敗戦から見えてくるものは、彼らの今後にも必要なものであった。


「クラウ、あなたはどう見ますか?」


 涼やかな声でチームの参謀たる三条莉理子はエースに問う。

 1つの結末、あり得るかもしれない末路を見て、どう感じるのか。

 同じように負ける、と思うことはなくとも、脅威ぐらいは感じているかもしれない。

 エースを支える立場だからこそ、些細な変化も見逃さないための問いかけ。


「どう、と言われても。個人的には、健輔さんが強くなって素晴らしいことだと思いますけど。強いて言うならば、遣り甲斐がある方との戦いは楽しみですね」

「……まあ、別にいいですけど。エースらしい、と言えばエースらしいですからね」

「クラウちゃんも、莉理子ちゃんも、もうちょっと意思疎通を頑張ってみた方がいいじゃないかな。断絶してるよ、断絶」


 2人のやり取りを見て、思わずといった感じで紗希が口を挟む。

 このチームのコーチとしてやってきた彼女であるが、複数のチームが合併したゆえの弊害か割とバラバラな部分が多かった。

 上にいきたい、強くなりたいという想いが共通しているゆえに大きなズレはないが、主力の2人でも阿吽の呼吸とはまだまだ言い難い面が多く、バランサーとして、日夜奮闘を重ねている。


「はい! まずは、整理をしましょうか。私たちと似た立ち位置のチームが負けたけど、参謀の目から見てどうだった?」


 仲が悪い訳ではないのだが、どちらも我が強い魔導師。

 なまじ頭が良いものだから、勝手に自己完結する面があったりするなど、微妙な意思の齟齬は日常茶飯事であった。

 莉理子とクラウがずれた会話をして、紗希が軌道修正する。

 最近のチームの動きはそのような流れで決まっていた。


「良いチームだったと思いますよ。弱点も明確ですが、それを補えるだけの布陣ではあったと思います。十分に上位を狙う事は可能でしょう」


 冷静な莉理子の意見に紗希は嬉しそうに頷き返す。

 簡単に軌道修正をすれば、望む答えは返ってくる。

 ポテンシャルの高さは、多くの魔導師を知る彼女からしても明白なのだ。

 優勝という頂を目指せるだけの力はある。


「そうだね。相性によっては、昨年度の上位チームも普通に狙えるだけの実力はあったと思うな」

「完成度は中々で、能力は脅威。優勝候補、とまではいきませんが、ダークホースには相応しいかと」

「うんうん! 妥当な評価かな。初見の場合とそれ以外で質も違うだろうし、総じて、上位の中でも異端的なイメージだよね」


 相性によっては上位チームを食いかねない。

 莉理子の評には、素直な賞賛が含まれていた。

 事実、今大会でも優勝候補筆頭のアマテラスなどは、同じ単一エースのチームであるがゆえに、正義の炎は相性が非常に良い。

 恐らくはクォークオブフェイトよりもアマテラスの方が勝率は高かっただろう。

 初見であれば、まさかの事態が起こった可能性は十分にあった。

 

「私としては、一代限りの強さで、あの人ありきのチームは歪んでいるようにも思えます。もう少し、連携を重視してもよかったのでは、と思わずにはいられません」

「クラウちゃんの言うことももっともだよね。ただ、何処のチームも多少は人に偏るものだから。私は、あまり他人に言える立場でもないしね」

「紗希さんを責めた訳ではないですよ。私の個人的な感想です。理屈はわかります。私が納得できない。……仲間を大切にしているのに、その犠牲しか評価できない。悲しい能力で、勿体ない。ただ、それだけですから」


 強みがそのまま弱点に繋がる。

 正義の炎はエースを中心とした綺麗な構成であったが、結果として、その構成が足を引っ張り、予想以上にはなれていない。

 よくも悪くもアメリアがあってこそ。

 初見ではなく見抜かれてしまえば、敵も相応に考えてくる。


「クラウは良い子ですね」

「うん、敵であっても、惜しむ。いいエースの証拠だよ」

「い、いえ……。その、本音ですから」


 後輩の照れた顔に先輩2人は微笑ましそうに見つめ合う。

 愚直なまでの真っ直ぐさは、健輔や優香とも違った形での正道である。

 この在り方があるからこそ、2人はこの後輩をリーダーとして、立てる事が出来るのだ。

 時には弱みにもなるのが強みであるが、雷光の戦乙女はしっかりと武器にできる魔導師だと2人は信じている。


「まあ、あの手の能力に対抗がしやすいのは仕方がないかなぁ。私の1つ前の世代くらいにはあの子みたいな人は多かったんだけど、常にトップにいるような人はいなかったよ」

「瞬発力と持久力のような関係ですからね。どちらが優れているのか、という論に意味はないですが、長く続く強さではないのは間違いないです」

「連携を重んじると能力の精度が落ちていただろうし、特化することを選んだのも勇気ではあるよね」


 アメリアに限らず、過去にも固有能力に特化した魔導師は存在していた。

 彼、あるいは彼女たちも例外なく強い魔導師であったが、固有能力のみで頂点に立った魔導師は驚くほどに少ない。

 クリストファーのように長きに渡り頂点に君臨するタイプの魔導師は、例外なく彼のように固有能力を道具として使いこなす地力のある魔導師であった。


「固有能力ありきでも構わない。その先をどうするのか。あの能力だって、他にも行き先があったと思うのが、私としては勿体なく感じます」

「クラウちゃんは向上心があるからね。きっと、あの子はそこまで待てなかったんだと思うよ。言い換えると、少し臆病だったのかもね」


 あったかもしれない可能性。

 しかし、既に消え失せた可能性でもあった。

 どれほど強力であっても、本当の意味で望みと合致しているのかはわからない。

 願望で目覚める力であったとしても、未来を見据えた願望と現在を見据えた願望で形が変わることは十分に起こりえることだった。


「既に終わった話ばかりもあれですから、少しは建設的な話をしましょうか。クラウ、佐藤さんの強さ、どのように見ますか?」


 しんみりとした空気を拭い去る一言。

 あったかもしれない未来の話は終わり、来る未来への話が始まる。

 敗者への考察も重要だが、より重要なのは勝者への考察であろう。

 頂点に立つために避けられない相手。

 宿敵とも言える存在を無視しては、何も達成することはできない。


「大筋に変化はないと思いますよ。ただ、パワープレイも選択肢に入るようになる、ぐらいは思っておいた方がいいかもですけど」

「その心は?」


 参謀らしい参謀の莉理子の問いにクラウディアはイメージ通りの実直さで答えた。

 優香が味方としてもっとも健輔を知る人物ならば、彼女は敵としてもっとも健輔を知っている人間である。

 力の大小程度で本質を見誤るような付き合いではなかった。

 何より、クラウディアには優香に優るポイントもある。

 健輔に勝利・・するために、見つめ続けたのは、彼女以外では桜香ぐらいしかいない立ち位置なのだ。

 異なる視点はそれ自体が武器となる。


「魔素に対しての干渉と見られる力、ですが、あまり健輔さんらしくない動きが目立ちました。どう見ても、決着を急いでいた」

「ふむ……。鍍金が剥がれるのを恐れた、というところでしょうか」

「そうですね。私もそうだと思います」


 健輔の持ち味は巧みな状況判断と、決断に沿って繰り出される技にある。

 今回のアメリアとの戦いでは如何にして、自分のところにまで流れを引き寄せるか、という部分に注力していた。

 結果、勝利はしたものの、いろいろと課題は山積することとなっている。

 クラウディアの観察眼は、その課題の部分を見逃していなかった。


「確かに、あの子にしては、いろいろと逸ってたイメージはあるかなぁ」

「制御に自信がなかったんだと思いますよ。あの時、周囲に展開されていた魔力は明らかに健輔さんのキャパシティをオーバーしてましたからね」

「新しく目覚めた力でも、基本の原理までは逸脱していない可能性が高い、ですか。……確かに、筋は通ってますね」

「実際、有効な手段だったけど、時間を掛けると自爆の危険性もあったんじゃないですかね。力を励起させるのと、制御するのでは難易度が違いますから」


 淡々と並べられる事実。

 クラウディアの健輔に対する評価は客観的に見た上で高い。

 間違いなく彼女が知っている魔導師の中でも5本の指に入り、その上で将来性までもまだまだ備えている。

 端的に言って、侮ってよい相手ではない。

 同時に、過度な警戒も必要な相手でもなかった。

 脅威は脅威で、疑いようもないが、絶対に勝てない相手でもない。

 最強はいても、無敵はいなければ、無敗もいないのが魔導である。

 どんな形であったとしても、勝利を掴む可能性は0にはならない。


「今回の事で大事なのは、健輔さんの虚像を大きくしないことですかね」

「大物食い。格上殺し。言い方はなんでもいいですが、本人の実力以上と思われる相手を下した者に付く印象ですからね」

「本人も強い、だから、警戒しないと――この心の動きが1番危険です。あの人への1番の策は有無を言わせない力技。この辺りは変わってないですよ」


 健輔がどのような手段に出ようとも勝てる。

 必要なのはそのための自分・・

 状況に合わせて、相手を出し抜くだの、技で翻弄するなどはどちらかと言えば、健輔の方の舞台なのだ。

 健輔を警戒し過ぎた結果、相手の舞台で踊ってしまう。

 この事に注意をしていれば、戦いにはなる。

 今回の『正義の炎』はその辺りの基本はしっかりと守っていた。

 お互いの強みが激突したからこそ、状況が安定している瞬間がほとんど存在しなかったのだ。

 自分ルールを押し付け合い、と言うと少し低俗になるが、やっていることに大差はない。


「結論はいつも通り、ですか。まあ、あの子はわかりやすいですからね」

「千変万化のようで、筋が通ってます。奇を衒っているようで、王道に終始している。この辺りは葵さんや真由美さんと一緒ですね」

「師に似た、ということか。あの子らしい、と思うのは、ちょっと婆くさいですかね?」

「いいえ、私も健輔らしいと思います。口には出さないですけど、あの人、真由美さんの事が大好きですからね」

「……やっぱり。そうよね! うんうん、真由美ちゃんにはいろいろと甘いなぁ、と思ってたんだ。クラウちゃんもそう思うんだ」

「……多分、そういう好きではないと思うんですが。はぁ、紗希さん、その反応の方が少し世代間の差を感じますよ」


 莉理子は妙にテンションを上げる紗希を冷たく刺す。

 面倒見の良いお姉さん――という印象を裏切らない紗希であるが、意外とお茶目な部分も多い。

 健輔などの前ではお姉さん風を吹かせるのだが、割と身近で接する機会が増えているクラウディアたちには段々と素が見えてきていた。


「うぐっ……。だって、こういうのって楽しくない?」

「否定はしません。噂話は好きですよ。ただ、どう見ても煙すらもないところに火を立てるのはやめてあげましょうよ。ただでさえ、ヤバイ女性に目を付けられているのに」

「はーい。反省しますぅー」

「何度目ですか。こういう風になると、クラウが微妙な顔になるので本当に勘弁してください。拗ねるとこの子も面倒なんです」

「す、拗ねてないですよ。変なことを言われないでください!」

「あー、うん、ごめんね。別に、本気で言ってる訳じゃないからさ」


 慌てるクラウディアに紗希が申し訳なさそうに謝罪を述べる。

 急に慌ただしくなる空気。

 脱線し始めている場に流れさない鋼鉄の意思を持つ女性は、ぴっしゃりと場を締める言葉を場へと投げかけた。


「――とにかく! 今後も普段通りを心掛けましょう。まだ前にいない敵を警戒しても無意味ですからね。忘れず、されど、過度に見ない。方針を守っていきましょう」

「わ、わかってます。わかってますから、そんな目で見ないでください」 

「敵の情報を意識するのは大事ですが、それ以上に自らの事を理解しておきましょう。クラウ、あなたが要なんですから、頑張ってくださいよ」


 エースの意気込みは知っているが、念のため、焚きつけておく。

 挑発的な物言いは変な方法に流れた思考を引き戻すためのものである。

 場を和ませてくれるのは嬉しいが、あまり莉理子が居やすい場ではない。

 巻き込まれる前に撤退を図る様は、流石は参謀と言うべきであろうか。

 勝てぬ相手には退くだけの潔さがあった。


「い、言われるまでもなく。紗希さんに頼りきるつもりも最初からないですし、エースとして勝利を齎しますよ」

「……いい事なんだけど、言い切られるとお姉さんとしては悲しいかも」

「あっ……。いえ、そういうつもりじゃないんですけど……」


 何故か流れ弾に撃ち抜かれた紗希は悲しみの表情を浮かべ、クラウディアが慌てて慰める。もはや、話し合うをする空気ではない。

 じゃれ合う2人にこれ見よがしに溜息を吐いて、莉理子は窓から外へと視線を移した。

 鏡に映り込む紗希の表情は少し悪戯めいたものが浮かんでいる。

 何を考えているのかわかりやすい先輩に少しだけ苛立ちを覚えるも、妙に硬い関係の自分たちに問題があるのか、と思い直した。


「私たちだけじゃなくて、各々、刺激を受けているんでしょうね。まったく、時間は待ってくれない事ばかりですか」


 同じ空の下で、頂点に近い者たちを狙う同業者はいくらでも存在している。

 上だけでなく、横にも、そして下にも常に変化は訪れて、同じ景色は2度と存在しない。

 なんとも慌ただしい空気に、憂いげな表情で未来を思う莉理子であった。


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